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第3話 夜間課程と全日制

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あらすじ

昼は魔術師ギルドの魔導基盤保守班で働き,夜は王立魔導大学院の夜間課程に通う若手保守技師レクト・ノーウェル. 彼はギルドの廃棄倉庫で,旧式の喋る魔導書アルカを拾う. アルカは古文書や事故記録の照合に異常な強さを持つが,現場感がない. レクトには現場で拾う違和感があるが,過去記録への到達手段が足りない. 二人は互いの欠けを補い,生活記録,現場記録,雑談,失敗記録を積み上げながら,魔法世界の未解明問題に名前をつけていく.

本文

「この魔導書,誰の許可で使っていますか」

セリス教授の問いは静かだった.静かすぎて,逃げ道がない.

講義室にはまだ何人かの院生が残っている.仕事帰りの夜間課程組は,眠気と好奇心のあいだで目をこすりながらこちらを見ていた.全日制らしき前列の院生たちは,隠す気のない興味を向けている.

俺は鞄の口を押さえた.押さえたところで,喋るものは喋るのだが.

「ギルド保守班長のガロンが,扱いを保留しています」

「保留は許可ではありません」

「はい」

《補足します.私の現在の扱いは,廃棄処理の延期,または一時的な証拠物件に近い状態です》

「証拠物件」

教授が繰り返した.俺は頭を抱えたくなった.

「アルカ,言い方」

《より穏当には,確認待ちの備品です》

「最初からそれで頼む」

「名前はアルカ」

《はい.書庫照合補助具,個体名アルカです》

「古い事故記録の照合ができる」

《できます.ただし,旧式書庫索引の断片に依存するため,完全性は保証できません》

「自分の弱点を言えるのは良いことです」

アルカが一瞬だけ黙った.褒められ慣れていない本,という奇妙なものを俺は初めて見た気がした.

「ノーウェル,次回までに,今日の事故記録を書き直しなさい.人に見せる記録と,自分用の記録は違います」

ガロン班長は現場が次に動ける形を求めた.教授は,俺自身が次に考えられる形を求めている.どちらも,たぶん必要だ.

「分かりました」

「それと,その魔導書は,講義中に勝手に発言させないこと」

《承知しました》

「今です」

《失礼しました》

講義室の後ろで,誰かが噴き出した.

初回講義は,途中からでも十分に濃かった.基礎詠唱式という名に反して,セリス教授は「正しい詠唱」を教える前に,「壊れた詠唱記録」を黒板に並べた.

王暦五九八年の水路封印式.王暦六三〇年の街路灯火拡張式.王暦六五九年の風除け結界簡略式.どれも古い.そして,どれも一部が欠けていた.

「欠けた記録を見たとき,初心者は二つの間違いをします」

教授は白墨を置いた.

「一つ.欠けているから価値がないと思うこと.もう一つ.都合よく補って,分かった気になること」

胸に刺さった.さっきの俺だ.

アルカが鞄の中で小さく震えた.発言を我慢しているらしい.俺は小声で言い,鞄の隙間から小さな記録板を差し込んだ.

「言いたいことがあるなら,記録板」

しばらくして,細い文字が浮かび上がった.

《講義内容整理案.一,欠損記録の扱い.二,補完の危険.三,照合可能な特徴.四,詠唱式の形態差.五,実務記録への応用.六,レクトの事故記録の問題点.七,レクトの睡眠不足》

最後がいらない.

俺は記録板の端に「七は削除」と書いた.

《削除すると健康状態の文脈が失われます》

「講義記録に俺の健康はいらない」

《夜間課程の学習成果に影響します》

正しい.正しいが腹立たしい.

そのやり取りをしていると,前の席の青年が振り返った.先ほど俺の遅刻で笑った,金髪の院生だ.身なりがいい.外套の留め具だけで,俺の一月分の昼食代はしそうだった.

「講義中に備品と筆談とは,夜間課程は忙しいんだな」

声は涼しい.悪意というより,分類している感じがした.

「備品じゃない.確認待ちの魔導書だ」

自分でも変な説明だと思った.

青年は薄く笑った.

「ユリウス・ヴァン・クロードだ.全日制,詠唱理論専攻」

「レクト・ノーウェル.夜間課程,魔導基盤保守班」

「知っている.さっき教授が教材にした」

周囲の夜間課程組が,少しざわついた.俺は苦笑するしかない.教材にされたことは事実だ.

ユリウスは俺の記録板をちらりと見た.

「欠損記録の講義で,自分の事故記録まで欠損しているとは,徹底している」

「そこまで徹底した覚えはない」

《レクトの記録は欠損というより,分類未整理です》

「アルカ,黙る約束」

《筆談のつもりでした》

「声に出てる」

ユリウスは今度は本当に少し笑った.

「面白い道具だ.ただ,記録の分類を道具に任せすぎると,自分の頭で考えなくなる」

言い方は刺さる.だが,内容は間違っていない.

「それは気をつける」

「素直だな」

「現場では,正しい指摘まで敵扱いしている暇がない」

そう答えると,ユリウスの表情がほんの少し止まった.

教授の声が飛んだ.

「前列と後列,講義中の私語は研究会でやりなさい」

「失礼しました」

俺とユリウスの声が重なった.

「今から,この欠損詠唱式の補い方を三つ書きなさい.一つは文献照合,一つは術式構造,一つは現場記録から」

記録板が一斉に鳴った.

文献照合は,アルカが得意そうに文字を出した.

《王暦六三〇年前後の街路灯火拡張式には,同系統の句が七例あります.候補は三つに絞れます》

「早いな.じゃあ,術式構造は?」

《候補句のうち,第二節は魔力の流入方向と矛盾します.除外可能です》

「現場記録は?」

《街路灯火の現場記録が手元にありません》

アルカの文字が,そこで止まった.

俺は自分の作業記録をめくった.西市場の灯火柱なら先月見た.雨の後だけ明滅する古い柱で,詠唱句より根元の泥を除くほうが効いた例だ.

「たぶん,候補句より環境条件のほうが効いている」

《根拠は》

「灯火柱は詠唱式だけで光ってるわけじゃない.根元の導線が湿ると,魔力が横に逃げる.欠けた句を補っても,足元が濡れていたら同じ不具合が出る」

《記録束にありません》

「俺の作業記録にはある」

《共有してください》

それを言われると弱い.アルカは便利だが,俺が渡さないものは持っていない.

俺は西市場の記録を写した.泥,雨,根元導線,明滅周期,苦情主の証言.字は荒いが,現場の湿った匂いは思い出せる.

《整理します.文献上の欠損句は三候補.術式構造上は二候補.ただし現場記録を加えると,詠唱句の欠損ではなく媒介環境の不安定が主因である可能性があります》

「それっぽい」

《ただし,レクトの字が一部判読不能です》

「そこは推測してくれ」

《典拠なき断言になります》

「急に真面目だな」

《先ほど教授に褒められました》

「効いてる……」

講義の終わり,セリス教授は数人の解答を読み上げた.ユリウスの答えは見事だった.文献の年代差,詠唱句の変形,術式構造の整合まで,無駄がない.

「ヴァン・クロードの整理は正確です.美しい.ただし,現場記録がありません」

ユリウスの眉が動いた.

教授は次に,俺の記録板を掲げた.

「ノーウェルの整理は乱れています.字も読みにくい.ただし,現場記録があります.雨の後,根元導線,泥,苦情主の証言.これは文献だけでは出ません」

教授は黒板に,文献,術式,現場,と三つの言葉を書いた.

「研究に必要なのは,この三つを混ぜることではありません.分けたうえで,接続することです」

混ぜるのではない.分けたうえで,接続する.さっきから,俺に足りなかったものだ.

「夜間課程には,現場記録を持つ院生がいます.これは貴重です.ただし,貴重であることと,正しいことは別です」

講義後,セリス教授が俺とユリウスを呼び止めた.

「二人とも,次回までに同じ欠損詠唱式を別々に補いなさい.ヴァン・クロードは現場記録を最低三件入れること.ノーウェルは文献根拠を最低三件入れること」

俺とユリウスは,同時に顔をしかめた.

「それぞれ,不足しているほうを持ってきなさい」

帰り道,俺は気づいた.東三区灯火柱点検,事故記録の書き直し,欠損詠唱式の課題,アルカの扱い.仕事と研究が,初日から絡まり始めている.

《レクト》

「何だ」

《睡眠予定が欠損しています》

「そこは補わなくていい」

《精度が低下します》

俺は坂道で立ち止まり,空を見た.結界が,星明かりの向こうで震えている.

その震えが,昨日より少し違って聞こえた.

「アルカ,今の音,記録できるか」

《レクトが観測内容を述べれば,記録できます》

記録板を取った.眠る予定は欠けた.

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作者について

ラカン

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AIを使って面白い小説を書くことに興味があります

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