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第6話 王立魔導大学院の夜間課程

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あらすじ

昼は魔術師ギルドの魔導基盤保守班で働き,夜は王立魔導大学院の夜間課程に通う若手保守技師レクト・ノーウェル. 彼はギルドの廃棄倉庫で,旧式の喋る魔導書アルカを拾う. アルカは古文書や事故記録の照合に異常な強さを持つが,現場感がない. レクトには現場で拾う違和感があるが,過去記録への到達手段が足りない. 二人は互いの欠けを補い,生活記録,現場記録,雑談,失敗記録を積み上げながら,魔法世界の未解明問題に名前をつけていく.

本文

夜間課程の講義室は,開講前から半分ほど眠っていた.

正確に言うと,人間は起きている.ただ,魂の何割かが職場に置き去りになっている.工房帰りの男は指先の煤を落としきれていないし,治癒院の女性は薬草の匂いをまとっている.門番のダンは後ろの壁際で立ったまま目を閉じていた.器用な寝方だ.

俺も人のことは言えない.昼は東三区の追加点検,夕方は事故記録の書き直し,そのまま坂を上って大学院だ.

《レクト,着席後三分以内に意識低下の兆候があります》

「言うな.気合いでなんとかする」

《気合いは記録上,安定した対策ではありません》

「それを夜間課程で言うと,全員を敵に回すぞ」

隣の席から,小さく笑う声がした.振り向くと,治癒院の腕章を外した女性が座っていた.淡い栗色の髪を後ろで結び,疲れているのに目だけははっきりしている.

「今の,喋る魔導書?」

「はい.アルカです」

《書庫照合補助具,個体名アルカです》

「丁寧ね」

「丁寧すぎて,たまに傷口に塩を塗ります」

女性はくすりと笑った.

「ミナ・アルヴェン.治癒院勤務,夜間課程一年目」

「レクト・ノーウェルです.ギルド保守班」

「知ってる.昨日,教授に教材にされた人」

「その覚えられ方,長引きそうですね」

《識別性は高いです》

「うるさい」

講義室には,昼の学院にはない混ざり方がある.年齢も職場もばらばらだ.若い院生の隣に,子どもがいそうな職人が座る.貴族風の外套と,油染みの作業着が同じ机に並ぶ.

その代わり,誰も暇ではない.

ここに来るには,一日のどこかを削る必要がある.睡眠,食事,休み,家族との時間.削ったものは人によって違うが,削ってまで来ていることだけは同じだった.

「夜間課程は,初回で半分脱落するって聞いたけど」

俺が言うと,ミナは肩をすくめた.

「講義が難しいから?」

「仕事のほうが容赦ないから」

「分かる」

ミナの記録板には,細かい字で治癒術式の失敗条件らしき項目が並んでいた.体温,脈,術者疲労,患者の食事,祈祷前の待ち時間.治癒院の公式記録にしては,生活寄りの項目が多い.

見ていると,ミナが少し記録板を傾けた.

「患者名は伏せてる」

「すみません」

「いいの.見られて困る書き方はしてないから」

その言い方に,妙な芯があった.

セリス教授が入ってくると,講義室の眠気が一段引き締まった.教授は出席を取らない.代わりに,黒板へ一文を書いた.

「同じ術式が,同じ結果を返すとは限らない」

「今日は条件の話をします」

教授は振り返った.

「才能,血筋,集中力.失敗を説明する言葉はいくつもあります.便利な言葉です.便利すぎる言葉でもあります」

ミナの指が止まった.

「便利な言葉は,記録を止めます」

俺は息をのんだ.それは,俺が嫌いな「地脈の気まぐれ」と同じだ.

教授は,灯火符の失敗例,水路封印の失敗例,治癒術の失敗例を並べた.全分野の失敗が,黒板の上で横に置かれる.

「夜間課程の強みは,現場で失敗を見ていることです.弱みは,その失敗を忙しさの中で失うことです」

教室のあちこちで,記録板を握る手に力が入る.

「だから,記録してください.美しい理論にするのは後でいい.ただし,記録したものをそのまま真実と思わないこと」

アルカが静かにページを震わせた.我慢している.

俺は小声で言った.

「言いたいなら記録板」

《整理案.失敗を説明する便利語,一,才能不足.二,地脈の気まぐれ.三,患者の祈り不足.四,現場の勘.五,寝不足》

「五は俺か」

《一般化可能です》

ミナが記録板を見て,少しだけ笑った.

講義後,夜間課程の学生たちはすぐには帰らなかった.誰もが忙しいはずなのに,黒板の前に集まり,自分の現場の失敗例をぽつぽつ話し始めた.

工房職人は,雨の日だけ火入れが遅れる炉の話をした.門番のダンは,北門の警鐘符が夜明け前だけ一拍遅れる話をした.ミナは,治癒術式が手順通りなのに効きが鈍る患者がいると言った.

俺は東三区の灯火柱と,赤葡萄亭の雑談の話をした.

《複数分野において,公式警告値未満の小さな乱れが先行する可能性があります》

アルカが言うと,ミナがまっすぐ鞄を見た.

「可能性,なのね」

《はい.記録束が不足しています》

「なら,まだ患者には使わないで」

声は穏やかだった.だが,そこで線を引いているのが分かった.

《承知しました.治癒記録の扱いには,追加の条件が必要です》

ミナは少しだけうなずいた.

その帰り道,俺は講義室で聞いた失敗例を簡単に写した.すぐに眠ればいいのに,手が止まらなかった.

失敗は,分野ごとに閉じているようで,どこか似ている.

灯火柱,警鐘符,治癒術式,炉.

どれも「少し変だった」で流されそうなものばかりだ.

《レクト》

「何だ」

《本日の記録により,生活側の小さな乱れ,という仮のまとまりが広がりました》

「まとまり,か」

《ただし,名前としては不安定です》

「俺もそう思う」

王都の坂道を下りながら,俺は記録板に仮の欄を作った.

未整理記録.

公式値未満の乱れ.

生活側の先行変化.

まだ研究ではない.

だが,夜間課程の講義室には,その種が確かに落ちていた.

講義室を出る時,門番のダンが後ろから声をかけてきた.

「レクト,あんたの箱みたいなの,ギルドにあるのか」

「箱?」

「変だったことを入れる箱だよ.今はないなら,作ればいい」

まだ俺は,そこまで考えていなかった.記録は自分で集めるものだと思っていたからだ.だが,働きながら一人で全部を見るのは無理だ.夜間課程の講義室にいる連中は,それぞれ別の現場を持っている.

《複数観測者による未整理記録収集の可能性があります》

「急に大きくするな」

ダンは笑った.

「難しいことは知らん.変だと思ったら紙を入れる.それくらいなら,俺でもできる」

その言葉も,俺は記録した.

ダンの紙片は,文字が少なく,端が少し油で濡れていた.警備詰所で食べた夜食の跡だろう.以前なら汚れたメモとして避けたかもしれない.だが,その油染みのおかげで,いつ,どこで,誰が書いたのかがかえって分かる.きれいな記録ばかりが役に立つわけではない.

《保存時は劣化します》

「だから写しを取る.でも原本も残す」

《理由は》

「現場の手触りがある」

言ってから,研究らしくない答えだと思った.けれどダンの紙を見ていると,それを消す気にはならなかった.

翌朝の欄には,紙片の状態も書くことにした.内容だけ抜き出すと,誰かの夜が薄くなる気がしたからだ.

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作者について

ラカン

ラカン

AIを使って面白い小説を書くことに興味があります

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