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第7話 ユリウス・ヴァン・クロード

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あらすじ

昼は魔術師ギルドの魔導基盤保守班で働き,夜は王立魔導大学院の夜間課程に通う若手保守技師レクト・ノーウェル. 彼はギルドの廃棄倉庫で,旧式の喋る魔導書アルカを拾う. アルカは古文書や事故記録の照合に異常な強さを持つが,現場感がない. レクトには現場で拾う違和感があるが,過去記録への到達手段が足りない. 二人は互いの欠けを補い,生活記録,現場記録,雑談,失敗記録を積み上げながら,魔法世界の未解明問題に名前をつけていく.

本文

ユリウス・ヴァン・クロードは,嫌なやつだった.

ただし,正確だった.

「まず,この事故記録は表題からして曖昧だ」

王立魔導大学院の閲覧室で,ユリウスは俺の書き直した記録を指で叩いた.夜間講義の前,セリス教授に出す前に一度見てやると言われたのだ.見てやる,という言い方が気に入らなかったが,断れるほど俺の記録は強くない.

「『北棟枝線事故』では,現象が分からない.自己閉鎖なのか,自己閉鎖前兆なのか,人払い判断記録なのか.混ざっている」

「そこは分けたつもりだった」

「つもり,は記録にならない」

正しい.腹立たしいくらい正しい.

《ユリウスの指摘は妥当です》

鞄の中からアルカが言った.

「味方がいない」

《研究上の味方と感情上の味方は異なります》

ユリウスは興味深そうに鞄を見た.

「この魔導書は,持ち主に遠慮しないのか」

《問いの条件によります》

「いい道具だ」

「道具扱いすると,あとで訂正されるぞ」

《現在は廃棄保留中の書庫照合補助具です》

「本人も道具寄りだな」

俺は記録板を取り戻そうとしたが,ユリウスは離さなかった.

「次.類似事故三件の扱いが粗い.南門倉庫区,旧水路,西市場.年代も環境も媒介も違う.どの特徴をもって類似とした?」

「枝線の熱の跳ね方と,閉鎖前の沈み込み」

「なら,そう書くべきだ.『似ている』は感想だ」

「現場では,似ているから動くこともある」

「研究では,似ている理由を書く」

言い返せない.

閲覧室の窓の外では,全日制の院生たちが中庭を横切っていた.彼らは昼からここにいる.講義の前に走って駆け込む必要も,職場の焦げた匂いを外套につけたまま席へ着く必要もない.

そのことに少し苛立った直後,自分が雑な方向へ逃げていると気づいた.

ユリウスが恵まれていることと,彼の指摘が正しいことは別だ.

「続けてくれ」

俺が言うと,ユリウスは一瞬だけ意外そうな顔をした.

「怒らないのか」

「怒ってる.でも役に立つ」

《適切な自己観察です》

「お前も続けるな」

ユリウスは小さく息を吐き,記録板へ赤い線を引いた.

「では遠慮なく言う.君の記録は,現場の順序がある点は良い.だが,定義がない.自己閉鎖とは何か,予兆とは何か,警告値未満とは何か.定義がないまま議論すると,あとで都合よく広がる」

「定義……」

「それと,赤葡萄亭の証言を使うなら,証言者,時刻,発言内容,確認結果を分けろ.飯屋の噂をそのまま研究に持ち込んだら,笑われる」

「もう少し柔らかく言えないのか」

「柔らかくすると,不正確になる」

アルカがページを震わせた.

《親近感があります》

「持つな」

そこへミナが閲覧室に入ってきた.治癒院の勤務後らしく,袖に薬草の匂いが残っている.俺たちの机を見て,少し眉を上げた.

「揉めてる?」

「記録を解体されてる」

ユリウスは澄ました顔で言った.

「研究の前処理だ」

「言い方」

ミナは俺の記録板を覗き込んだ.

「でも,証言者と確認結果を分けるのは必要だと思う.治癒院でも,患者さんの言葉と,術者の判断を混ぜると危ないから」

「患者さんの言葉?」

「痛い,寒い,怖い,眠れない.公式の術式記録には入りにくいけど,治癒の失敗には関係することがある」

ユリウスが少し黙った.

「それは主観では?」

「主観です」

ミナは穏やかに答えた.

「だから捨てる,とは私は思わない.主観として記録する」

俺は思わず記録板に書いた.主観として記録する.

ユリウスはその文字を見て,眉をひそめた.

「字が読みにくい」

「内容に触れろ」

「内容は良い.字は悪い」

《清書を提案します》

「頼む」

《ただし,レクトの筆跡は今後の歴史研究において解読困難資料となる可能性があります》

「歴史に残す気はない」

閲覧室で小さな笑いが起きた.

その後,俺たちは記録を四つに分けた.

一,現場観測.

二,証言.

三,書庫照合.

四,判断と処置.

分けるだけで,昨日まで一つの塊だった事故が,急に扱える形になった.同時に,穴もよく見えた.測定器の種類が足りない.発生前の基準値がない.西市場事故の断片は典拠が弱い.

「……弱いな」

俺が言うと,ユリウスはあっさりうなずいた.

「弱い」

「少しは慰めろ」

「弱いが,捨てるほどではない」

それは,彼なりの慰めなのかもしれなかった.

夜間講義の鐘が鳴る頃,俺の記録板は赤だらけになっていた.だが,不思議とへこんではいなかった.弱い場所が見えたなら,次はそこを埋めればいい.

講義室へ向かう廊下で,ユリウスが言った.

「ノーウェル,夜間課程は現場記録を持っている.それは認める」

「どうも」

「だが,現場記録だけでは研究にならない」

「分かってる」

「本当に分かっているなら,次は定義を書け」

俺は記録板を抱え直した.

定義.

失敗とは何か.

予兆とは何か.

生活記録とは何か.

廊下の先で,セリス教授がこちらを見ていた.まるで,その問いが来ることを知っていたみたいに.

教授は俺たちの赤だらけの記録板を見て,何も聞かずに言った.

「良いですね.傷が見える記録になりました」

「傷ですか」

「批判された場所です.そこは次に考える入口になります」

ユリウスは少しだけ満足そうにした.俺は少しだけ複雑だった.自分の記録が傷だらけで褒められるとは思わなかったからだ.

《傷が見える記録,という表現を保持します》

「発表には使うなよ」

「使ってもいい」

ユリウスが言った.

「弱点を隠していない,という意味なら有効だ」

セリス教授はうなずいた.

「ただし,傷を見せびらかす必要はありません.治すために見えるようにするのです」

教授は俺の記録板の余白に,細い線を三本引いた.

「ここに,批判を受けた日付,批判者,修正した内容を書きなさい」

「そこまで残すんですか」

「後で,自分が何を根拠に変えたか分からなくなるからです」

ユリウスがすぐにうなずいた.

「修正履歴は必要だ.特に君は,現場感で直すことが多い」

「現場感は悪いことか」

「悪くない.だが,後で説明できないと研究では弱い」

また正しい.俺は少しだけ肩を落とし,日付欄を作った.ギルドの作業記録では,誰がいつ処置したかを残す.研究記録でも同じことをするだけだと思えば,それほど変ではない.

《批判履歴欄を作成します》

「名前が硬い」

《傷の記録欄》

「急に生々しい」

セリス教授が少しだけ笑った.

「正式には修正履歴でよいでしょう」

また一つ,記録の扱い方が増えた.

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作者について

ラカン

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AIを使って面白い小説を書くことに興味があります

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