義理だから
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
大学2年生の橘ひなたは、ごく普通の女子大生。ある日、学校一のイケメンと噂される林武蓮と同じゼミになったことで、自然と彼を意識するようになる。 しかし蓮は恋愛に全く興味がなく、女の子から告白されても断り続けるクールな男。ひなたが話しかけても素っ気ない態度ばかり。 それでも一緒にいる時間が増えるうちに、ひなたは彼の不器用な優しさに少しずつ惹かれていく。 恋愛に無関心なイケメンが、初めて「恋の病」にかかるまでのドキドキラブコメ!
本文
二月十四日の朝、ひなたはキッチンで出来上がったチョコレートを眺めた。
生チョコだった。昨夜、レシピ動画を何度も見返しながら、二時間かけて作った。表面はつるりとしていて、我ながらうまくできたと思う。小さな箱に並べて、リボンをかけると、それなりに可愛らしくなった。
義理チョコ、義理チョコ。あくまでも義理チョコ。
ひなたは自分に言い聞かせながら、箱をバッグに入れた。
渡したいけど、講義室や廊下で渡すのは嫌だった。周りに見られるのが、とにかく恥ずかしい。バレンタインのチョコを渡す場面を誰かに見られたら、どんな憶測をされるかわからない。
だから昨日、林武に「放課後ちょっといい?」とだけ送っておいた。林武からの返信は「……何だ」という一言だったが、断られはしなかった。
講義中、ひなたはバッグの中の箱が気になって仕方なかった。林武の横顔をちらりと見ては、どう渡すかをシミュレーションした。
自然に渡す。義理だと伝える。それだけだ。簡単なはずだ。
でも、手作りの生チョコを義理と言い張るのは、冷静に考えると無理があるかもしれない。
いや、義理でも手作りする人はいる。私はそういうタイプ。
ひなたは心の中で言い訳を積み上げた。
放課後、二人は講義棟の裏手にある、人気の少ない場所に移動した。ひなたが「こっちで」と引っ張ってきたのだ。
「なぜこんな場所に」
「人が少ないから」
「……何をする気だ」
「ちょっと待って」
ひなたはバッグから箱を取り出した。リボンのかかった、小さな白い箱。林武がそれを見て、少し目を細めた。
「……それは」
「バレンタインだから。はい、義理チョコ」
できるだけ自然に、さらりと言ったつもりだった。でも声が少し上ずった気がした。
林武は箱を見て、それからひなたの顔を見た。
「……義理」
「そう、義理。さくらにも渡したし」
嘘だった。さくらには渡していない。でも今さら取り消せなかった。
「……手作りか」
「内緒」
林武はしばらく箱を見つめていた。受け取るか迷っているのか、それとも何か考えているのか、表情からは読めなかった。
「受け取らないの?」
「……いや」
林武はゆっくりと手を伸ばし、箱を受け取った。両手でそっと持った。その仕草が、なんだか丁寧で、ひなたは少し胸が痛くなった。
「義理にしては、丁寧な包みだな」
「……リボンが好きなだけ」
「そうか」
林武は箱を見ながら、小さく言った。
「……ありがとう」
「どういたしまして。義理だけど」
「……三回目だ」
「何が」
「義理、と言った回数」
ひなたは黙った。確かに言いすぎた。言えば言うほど、怪しくなる気がした。
「……嬉しい」
林武が静かにそう言った。いつもの平坦な声だったけれど、その言葉だけははっきりと聞こえた。
ひなたは視線を逸らした。耳が熱くなるのを感じた。
「義理でも嬉しいの」
「……義理でも、もらえることは少ない」
「そっか」
それ以上は何も言えなかった。ひなたは自分の顔が赤くなっているのがわかったから、さっさと話題を変えることにした。
「じゃあ、帰ろっか」
「……ああ」
二人で歩き出しながら、林武が箱をコートのポケットに大事そうにしまうのが見えた。その仕草に、ひなたはまた胸がきゅっとした。
義理、と何度言い張っても、作るのに二時間かけたことは変わらない。嬉しいと言われて、こんなに動揺していることも変わらない。
義理じゃないのは、自分が一番わかってる。
ひなたは前を向いたまま、小さくため息をついた。
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