37話:負け犬の気持ち
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
<p>あの日、教官の冷酷な言葉を立ち聞きして以来、シュドーの世界はモノクロームに変色した。</p><p><span style="color: rgb(31, 31, 31); background-color: rgba(0, 0, 0, 0);">「棲んでいる次元が違う」</span></p><p><span style="color: rgb(31, 31, 31); background-color: rgba(0, 0, 0, 0);">その一言が、鋭利な楔となってシュドーとメルティの間に打ち込まれた。</span></p>
本文
あの日、教官の冷酷な言葉を立ち聞きして以来、シュドーの世界はモノクロームに変色した。
「棲んでいる次元が違う」
その一言が、鋭利な楔となってシュドーとメルティの間に打ち込まれた。
シュドーは、これまで人生の全てにおいて隣にいたはずの半獣人の少女を、直視することができなくなった。
「あ、シュドー、おはよう!」
翌朝、朝日を浴びていつものように駆け寄ってきたメルティに対し、シュドーは心臓を冷たい手で掴まれたような感覚に陥った。
「……ああ」
視線を足元の石畳に落としたまま、シュドーはそれ以上一言も発さずに静かにその場を去った。
「え……?」
背後でメルティの困惑に満ちた声が響く。
かつてはその後を追って屈託なく笑っていたはずの彼女も、あまりに拒絶の色が濃いシュドーの背中を前に、石像のように固まって立ち尽くすしかなかった。
講義中も、演習中も、食堂でも。シュドーは徹底してメルティを避けた。
彼女が隣に座ろうとすれば席を立ち、話しかけようとすれば本に顔を埋めた。
それは、かつて村の子供たちからメルティを守り続けてきた「楯」が、今度はメルティを傷つけるための「壁」へと変貌した瞬間だった。
「おい、シュドー。お前最近どうしたんだよ?」
そんな異変を、悪友たちが放っておくはずもなかった。
「メルティちゃんとケンカでもしちまったか? それとも、ついに風呂覗いたのがバレて絶交でも言い渡されたとか?」
アルが軽口を叩いてシュドーの肩を叩く。
しかし、シュドーの反応は予想に反して暗く、重かった。
「……なんでもねぇ。なんでもねぇよ」
虚空を見つめ、一切の感情を排した声。
その拒絶の深さに、アルとジョシュアは顔を見合わせ、引き攣った笑いを収めた。
「……これ、マジでヤバい感じか?」
「ああ……なんか、今は弄れる雰囲気じゃねぇよ」
親友たちからも孤立し、シュドーは一人、図書室の隅へと沈んでいった。
一方、女子寮の夜はさらに悲痛な空気に包まれていた。
談話室の片隅。メルティは小さく膝を抱え、震える声で胸の内を吐露していた。
「……最近、シュドーが全然話しかけてくれないんだ」
傍らには、自分のことのように心を痛めて寄り添うファリナ。
そして、少し離れた位置からアリシアとマリンが、対照的な表情でその独白を聞いていた。
「挨拶しても、冷たくて。ご飯も……もう一緒に食べてくれなくて。
勇気を出して話しかけても、離れていっちゃうんだ」
メルティは膝に顔をうずめ、小さく丸まった。
その声は、次第に震えを帯びていく。
「僕……シュドーに嫌われちゃったのかな。
何か悪いことしたのかな……どうしよう、どうしよう……うええええん!」
ついに堪えきれず、メルティの目から大粒の涙が溢れ出した。
「メルティちゃん! だ、大丈夫だよ!
きっとシュドー君、ただ疲れてるだけだって!!」
ファリナが必死にメルティの背中をさすり、慰める。
「ほら、彼、最近は夜遅くまで自主練してたり、図書室にこもったりしてるし……
きっと余裕がないだけだよ、ね?」
しかし、メルティの慟哭は止まらない。その様子をじっと見つめていたマリンの瞳に、静かだが苛烈な怒りの炎が宿った。
◆
翌日、重い足取りで一人廊下を歩くシュドーの前に、一人の少女が仁王立ちとなって立ちはだかった。マリン・ペルナンド。その不機嫌さを隠そうともしない鋭い視線が、シュドーを射抜く。
シュドーは黙っての横をすり抜けようとしたが、マリンの言葉が彼の足を止めた。
「メルティに才能があったのが、そんなに悔しかったの?」
「――ッ!!」
シュドーの体が、見えない落雷に打たれたように大きく震えた。
その過剰なまでの反応に、マリンの顔に失望の色が浮かぶ。
「うわっ……カマをかけてみたけど、図星だったんだ」
マリンの声は冷徹を極めた。
「ダサいわね。追い抜かれて悔しいからって、やることが無視?
ホントにガキみたいだわ。最高にダサい。……反吐が出るわね」
シュドーは拳を血が滲むほど強く握りしめ、俯いたまま絞り出すように叫んだ。
「うるせぇよ……! お前に何がわかるんだ!
家柄も、才能も、最初から全部持ってたお前なんかに、俺の気持ちがわかるわけねぇだろ……!!」
「わかりたくもないわよ、負け犬の気持ちなんか」
マリンは一歩も引かず、シュドーを冷たく切り捨てた。
「平民にしては根性ある奴だなって、少しは評価してたけど……ガッカリだわ。
今のあんたは、家柄に縋って威張るだけの無能な貴族と同レベルのバカよ」
かつて自分が最も軽蔑し、唾棄していた連中と同じ。
その指摘は、図星であるがゆえにシュドーの魂を深く傷つけた。
「魔力も低い、根性も卑屈、おまけに貧乏。いい所無しね、今のあんたって。
そうやって一生、イジけてなさいよ」
マリンは冷ややかに背を向けると、トドメを刺すように言い放った。
「その内メルティも愛想を尽かして、あんたの下から離れていくでしょうから。
……せいぜい、一人で腐っていきなさい」
マリンの足音が遠ざかり、廊下には再び静寂が訪れる。
残されたシュドーは、ただ俯くことしかできなかった。
足音が消えて静寂だけが残る夕闇が差し込む廊下で、吹き抜ける風が一人無言で佇むシュドーの心身を容赦なく冷やしていった。
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