40話:決闘② 大したことない
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あらすじ
<p>薄暗い廊下を歩くアルとジョシュアの足取りは、かつてないほど重かった。</p><p><span style="color: rgb(31, 31, 31); background-color: rgba(0, 0, 0, 0);">「……最近、A組の雰囲気、最悪だな」</span></p><p><span style="color: rgb(31, 31, 31); background-color: rgba(0, 0, 0, 0);">アルが吐き捨てるように言うと、ジョシュアは力なく頷いた。</span></p>
本文
薄暗い廊下を歩くアルとジョシュアの足取りは、かつてないほど重かった。
「……最近、A組の雰囲気、最悪だな」
アルが吐き捨てるように言うと、ジョシュアは力なく頷いた。
「ああ。シュドーは幽霊みたいに暗いし、メルティは元気がない。
マリンはずっとピリピリしてて……これじゃあ地獄の一週間目の方がまだマシだったぜ」
「シュドーの奴……もしかしたら、もうダメかもな」
ジョシュアの不吉な予感に、二人は言葉を失った。
誰もいない廊下を沈黙が包んだ。
その時、廊下の向こうから足音が響き、必死な形相で走ってくる人影が見えた。
「ありゃ、ファリナちゃん……?」
「!! ア、アル君! ジョシュア君! た、大変なの!!」
ファリナは二人の前で膝を突き、肺が焼け付くような音を立てて呼吸を整えた。
「なんだよ、どうしたんだ。そんなに慌てて」
「シュドー君が……シュドー君が上級生の人に『決闘』を申し込んで……
今、第三演習場に連れて行かれちゃった! このままだと彼、殺されちゃう!!」
刹那、廊下に沈黙が降り、直後――。
「「はあああああ!?!?」」
二人の絶叫が、石造りの校舎を激しく揺らした。
◇◇◇
第三演習場。
石畳のステージの上では、魔法大学の演習ではあり得ない、あまりにも一方的な「処刑」に近い光景が繰り広げられていた。
「はぁ……はぁ……っ!」
シュドーは膝を震わせ、肩を激しく上下させていた。
対するサイファーは、髪一筋乱さぬ余裕の表情で杖を弄んでいる。
ステージの傍らに控えるサイファーの取り巻きやコリン達は、平民が苦しむ様を特等席で嗜虐的な笑みを浮かべ楽しんでいた。
サイファーが放つ『火炎弾(ファイア・バレット)』や『風刃(エア・エッジ)』は、一回生が習う基礎魔法とは密度も速度も次元が違った。
バチッ、と空気が弾ける音と共に、真空の刃が頬をかすめた。
かする度に肌が焼け、風の刃が薄く切り裂いていく。痛みと熱が同時に走った。
シュドーは最小限の『盾(シールド)』を展開し、石畳の上を転がってそれを回避するのが精一杯だった。
時折、隙を突いて放つシュドーの魔弾(バレット)は、サイファーが無造作に展開した防護壁に当たって、虚しく霧散するだけだった。
「どうした? いつになったら小判鮫の実力とやらを見せてくれるんだ?」
サイファーの後ろでは、コリンが上級生の取り巻きたちと共に、歪んだ優越感に浸りながら冷笑を浮かべていた。
「おーい一回生! 少しは反撃しろよ!」「逃げてばかりでつまらねーぞ!」
「あぁ、醜い醜い。ホントに優雅さも品性の欠片もないのね、平民って」
いつの間に聞きつけたのか、野次馬たちが観客席を埋め、敗色濃厚なシュドーを嘲笑の的にしている。
「シュドー! もういいよ、もうやめて!!」
柵を指が白くなるほど握りしめ、メルティが悲鳴を上げる。
その横へ、息を切らせたアル、ジョシュア、ファリナが滑り込んだ。
「おい、マジで相手は二回生じゃねえか! 何考えてんだシュドーの奴!?」
アルが愕然として叫ぶ。
「向こうにコリンがいやがる……あの野郎、最近見ねえと思ったら上級生に取り入ってやがったか! ……これ、マズいなんてもんじゃないぞ!」
ジョシュアは戦慄した。
二回生は全員が国家資格である「三級魔導士」資格を保持している。
入学して一ヶ月に満たない一回生とは、使える魔法の量も質も大きな差がある。
「俺たちが割り込んでも、あいつらを止められるのか……!?」
中央のシュドーは、もはや満身創痍だった。頬には掠めた風の刃による切り傷があり、服の端は炎に焼けて黒ずんでいる。
「チッ、人が集まってきたな……。
時間をかけ過ぎたか。このままだと教官にバレるな」
サイファーは周囲の野次馬を見回し、退屈そうに鼻を鳴らした。
元々これは生意気な平民の立場をわからせる為の『遊び』だ。
サイファーは既に、目の前の平民から興味を無くしつつあった。
「おい雑魚。格の違いは骨身に沁みただろ。
今なら『参りました』と土下座して靴でも舐めれば許してやる。さっさとしろ。
お前のような小物にかける時間はもう無いんだ」
サイファーの見下した温情に、アルとジョシュアは「これで終わる」と微かな安堵を覚え、野次馬たちも「なんだ、もう終わりか」と興を削がれた空気が流れ始めた。
だが、当のシュドーは俯いたまま、小刻みに肩を震わせていた。
「…………フッ、……クク、クハハッ」
掠れた、地の底から響くような笑い声が漏れた。
その異様な反応に、サイファーが眉を潜める。
「おい、聞こえなかったのか? さっさと負けを認め――」
「ギャハハハハハハハ!!!!!」
突如、シュドーが狂ったように大笑いし始めた。演習場の空気が一瞬で凍りつく。
メルティも、コリンも、野次馬たちも、狂気に触れたような不気味さに言葉を失った。
やがて笑いが収まると、シュドーはゆっくりと顔を上げた。
その瞳には、先ほどまでの卑屈さも、劣等感も、恐怖も、何一つ残っていなかった。そこにあるのは、どこまでも不遜で不敵で、嘲笑の込められた眼だった。
「なぁんだ……。言うほど、大したことねぇんだな、お前」
シュドーの一言が、静寂に突き刺さった。
「……何だと?」
サイファーの顔が、小さく引き攣る。
「聞こえなかったのかよ? お前、全然大したことねえって言ったんだ。
二回生だからどんな魔法を使うのかと思ったら……
マッチみてぇなショボい火遊びと、そよ風ばっかりじゃねぇか」
シュドーは一歩、また一歩とサイファーの方へ歩みを進める。
「こんな程度の魔法、メルティの足元にも及ばねぇ。
それどころか、ジジイに食らった魔弾の方が、よっぽどケツが浮くほど痛かったぜ」
「……お前、自分が何を言っているのか分かっているのか……!」
サイファーの手の中で、杖がミシミシと音を立てる。魔力の密度が急上昇し、周囲の大気が震え始めた。
「わかってねえのはてめぇの方だよ。
……いいか、そこの金髪狐が言ってた『小判鮫』。あれな、半分は合ってるぜ。
俺は確かに、メルティっていう本物の『天才』の隣でずっと生きてきた。
アイツの凄まじい魔法を、ガキの頃から誰よりも近くで、毎日、嫌っていうほど見続けてきたんだよ」
シュドーは不敵な笑みを深く刻み、サイファーの鼻先を杖で指した。
「そんな『本物』を見た俺からすりゃ、お前の魔法なんてガキの遊びにもなってねぇんだよ。そんなセコい魔法しか使えねぇなら、せめてド派手に100発くらいうち込んでみろよ……。
出来るならの話だけどな、『雑魚』」
ピキッ
サイファーの頭の中で何かが切れた音がした。
「~~ッ! この、平民のドブネズミがぁ……!!」
サイファーのこめかみに血管が浮き出て、魔力が膨れ上がった。
空気が重くなり、対面したシュドーは息苦しさを感じる。
肌がびりびりと痺れるほどの圧力が、演習場全体を包み込んだ。
それはもはや「教育」でも「調教」でもない、ただの殺意に満ちた魔力の奔流だった。だが、それこそがシュドーが狙っていた、唯一の「勝機」の入り口だった。
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