42話:決闘④ 愚者は怪物の逆鱗を撫でまわす
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あらすじ
<p>サイファーの杖の転がる乾いた音が演習場に静寂をもたらした。</p><p>魔導士の決闘において、杖を手放すことは魔法を操る「資格」と「意志」を喪失したと同義であり、それは紛れもない敗北の証左であった。</p><p>「勝っ・・・た?」</p>
本文
サイファーの杖の転がる乾いた音が演習場に静寂をもたらした。
魔導士の決闘において、杖を手放すことは魔法を操る「資格」と「意志」を喪失したと同義であり、それは紛れもない敗北の証左であった。
「勝っ・・・た?」
観客席の隅で、誰かが震える声で呟いた。
その一言が波紋のように広がり、瞬く間に演習場全体を驚愕の色で塗りつぶしていく。
「一年の・・・それも平民が、二回生に『決闘』で勝ちやがった…」
静かなざわめきは、英雄の誕生を予感させる高揚感を孕んでいた。
だが、その熱気は一瞬にして、醜悪な怒号によって引き裂かれることとなった。
「ふ・・・ふ・・・」
サイファーは、指の骨が砕け、赤黒く腫れ上がった右手を抑えながら、石畳に落ちた愛用の杖を見つめていた。
その瞳は屈辱に濁り、やがて煮えくり返るような狂気が血管を浮き上がらせる。
「ふざけるなぁぁぁ!!!!」
ドガァッ!!
「がぁ!?」
無防備に勝利の余韻に浸る暇さえなかったシュドーの腹部に、サイファーの革靴が深々とめり込んだ。
満身創痍の体は木の葉のように吹き飛び、石畳の上を無様に転がる。
「平民が、ドブ水生まれのゴミカスが!!
この、高貴なる血筋を引く俺に、こんな無様な真似を・・・!!
ふざけるなっ!! ふざけるなよこのドブネズミがぁぁ!!!」
倒れ伏し、内臓を揺さぶられるような激痛に悶えるシュドーを、サイファーは獣のような形相で踏みつけ続けた。
魔導士としての誇りも、上級生としての矜持も、すべては平民に負けたという事実を消し去りたい衝動によって焼失していた。
息が詰まり、視界の端で火花が散った。
しかし、シュドーの目は死んでいなかった。
執念だけで動く指先が、サイファーの足首を鋼の枷のように掴む。
そして、震える手で自らの杖の先を、その足首へと押し当てた。
「魔弾(バレット)・・・ッ!」
それはもはや、弾丸と呼ぶにはあまりに弱々しい光の欠片。
だが、ゼロ距離で放たれたその熱は、サイファーの足首の皮膚を焼き焦がすには十分な威力があった。
ジュウウッ!
「がっ、ぎゃあああ!!! こ、この野郎おぉぉ!!!」
サイファーは悲鳴を上げて飛び退き、怒りに任せてシュドーを蹴り飛ばした。
シュドーは石畳を数メートル滑り、動かなくなった。
「がっ…くっ…!」
口の中に血の味が広がり、全身が悲鳴を上げていた。
僅かに動く首を傾けると、サイファーが憤怒に顔を歪めてこちらを見下ろしていた。
「・・・もう遊びは終わりだ!! 貴様のような害虫には、死をもって身の丈というものを刻みつけてやる!! お前ら、出て来い!!!」
サイファーの合図に呼応するように、後方で様子を伺っていたコリン、そして同じ二回生の取り巻き三人が一斉に杖を抜き、ステージへと上がった。
「ふん、ようやく似合いの姿になったな、シュドー!
こうやって貴様に引導を渡せる日を心待ちにしていたよ!!」
コリンが顔を歪ませ、嗜虐的な悦びに浸りながら杖をシュドーへと向けた。
「おっ、おい!! いくらなんでも、それは卑怯過ぎるだろ!!」
観客席から、これまで静観していた学生の一人がついに声を上げた。
「決闘で負けたのはお前だろ、サイファー! 貴族としての誇りは無いのか!!」
「そうよ!こんなの美しくないわ!貴方達それでも貴族のつもり!?」
あまりにも一方的で、あまりにも卑劣な暴挙に耐えかねた群衆が、
続く様にサイファー達に怒号浴びせ始めた。
だが、
「黙れぇぇぇえ!!!!!」
サイファーの絶叫が、演習場の天井を揺らした。
血走った瞳を野次馬に向け、彼は吠える。
「貴族の誇りだと!? あるに決まっているだろう!!
だからこそ、こんな貴族を、秩序を、神聖なる魔法をコケにする様な害獣を野放しにできるわけがないだろうが!!! こんなゴミは処分するのが正義だ!!
文句があるなら前に出てこい!!!」
狂気に当てられた野次馬たちが、その気迫に気圧されて口を噤む。
ある者は、その見苦しさと醜悪さに顔を顰めた。
サイファーは再びシュドーを見下ろし、呪詛を吐くように言葉を重ねた。
「消してやる・・・! こんな奴が生きていていいわけがないんだ・・・!!」
(くそっ、もう体も魔力も・・・!!)
シュドーは意識が朦朧とする中で、死の予感に歯噛みした。 その時だった。
バッ――!!
視界に、大きく、けれど震える「白」が飛び込んできた。
「ぼ、ぼ、ぼ、僕が相手だぁぁ!!!」
メルティだった。
その細長い足はガクガクと震え、大きな瞳からは涙がこぼれ落ちている。
それでも彼女は、倒れ伏すシュドーを庇うように、五人の魔導士の前にその身を投げ出した。
「ケダモノがぁ!! ようやく自分から屠殺場に来たか!! お前も、そのチビも、まとめて肉塊にしてさらしてやる!!」
サイファーが狂気混じりの笑みを浮かべて一歩踏み出す。メルティはその殺気に圧され、思わず後退りかけた。
(バカ、やめろ・・・逃げろ、メルティ・・・!)
シュドーは喉を鳴らすが、もはや声は形にならない。
「負けを認められない上に、レディ一人に寄ってたかって暴力を振るおうだなんて、
貴族の恥さらしもいいところね」
静かに、けれど氷のように冷たい声が響いた。
ステージの上に滑り出すように現れたのは、黄金のツインテール。
「マリンちゃん!?」(マリン…!?)
彼女はメルティの横に並び立ち、優雅に杖を構え、サイファーたちをゴミでも見るかのような目で見据えた。
「騒がしいと思って覗きに来たら、随分と見苦しい場面を見せつけられたわ。
気分は最悪よ」
マリンは背後で倒れているシュドーを一瞥することなく、静かに言った。
「思った以上にやるわね、シュドー。
根性無しっていう評価だけは取り下げてあげるわ」
「相手が五人なら、俺たちが加わっても卑怯じゃねぇよなぁ!」
アルが豪快に笑いながらステージに飛び乗り、その横には拳を固めたジョシュア、そして震えながら必死に杖を構えるファリナの姿があった。
「わ、私も、怖いけど・・・でも、こんなの絶対におかしいと思うから!」
ファリナの震える声に、アルが不敵に笑う。
「こいつは俺の将来の、唯一無二の得意先になる予定なんだ。
死なせるわけにはいかねぇな。・・・で、ジョシュア。お前はなんでここに?」
アルの問いに、ジョシュアは苦虫を嚙み潰したような顔で答えた。
「成り行き上、仕方なくだよ!! この流れで俺だけ逃げたら、一生夢見が悪いだろ! ああもう、めんどくせぇな、クソッ!!」
「クソ共がぁぁ!!! ウジ虫みたいに鬱陶しく集まりやがって!!
まとめて殺してやる!!!」
サイファーが狂ったように吠え、五人の杖から魔力の光が溢れ出す。
その時、サイファーの後ろにいたコリンが、シュドーを指差して下卑た声を上げた。
「アハハハ!! 滑稽だな!! シュドー!
貴様、前に僕のことを『一人じゃ何もできない無能』だとバカにしたな!?
今の貴様こそが、まさにそれじゃないか!!
ボロボロで這いつくばって、平民仲間に庇われなければ死ぬだけのゴミ!
その中で、お前が一番『魔法の才能が無い』!
お前が一番の『無能』そのものなんだよ!!」
「・・・・・・!!」
シュドーの胸に、その言葉が深く、深く突き刺さる。
現実は無慈悲だった。
自分が立ち上がった結果、こうして仲間たちを命の危険に晒している。
そして自分は、彼らを守るための「力」を、もう一滴も持ち合わせていなかった。
しかし。 その言葉に、誰よりも反応したのはシュドーではなかった。
「シュドーが・・・無能・・・?」
低く、地這うような声がメルティの口から漏れた。
コリンは、そしてサイファーたちもまだ気づいていなかった。
自分たちが今、どれほど巨大で、どれほど狂暴な「怪物の逆鱗」を、薄汚れた手で無粋に撫で回してしまったのかを。
空気が軋むような圧力が、演習場全体を押し包み始める。
メルティの中に眠る魔力が、かつてないほどの質量を持って臨界点を突破しようとしていた。
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