43話:決闘⑤ 憤怒の魔神と氷の断罪
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あらすじ
<p><span style="background-color: rgba(0, 0, 0, 0); color: rgb(31, 31, 31);">コリンの口から放たれた「無能」という言葉が、メルティの胸の奥底、これまで一度も触れられたことのない不可侵の領域を土足で踏みにじった。</span></p><p><span style="background-color: rgba(0, 0, 0, 0); color: rgb(31, 31, 31);">「シュ、シュドーを・・・・・・」</span></p><p><span style="background-color: rgba(0,
本文
コリンの口から放たれた「無能」という言葉が、メルティの胸の奥底、これまで一度も触れられたことのない不可侵の領域を土足で踏みにじった。
「シュ、シュドーを・・・・・・」
感情の濁流が、彼女の華奢な内側を激しくかき乱す。
杖を握りしめる指が白く震え、彼女の瞳からは堪えきれない大粒の涙が溢れ出した。
メルティという少女の人生において、「怒り」という感情は常に遠い場所にあるものだった。
港町コタンで過ごした幼少期、男だった頃からメルティは争いを何よりも嫌い、誰かに石を投げられれば悲しそうに目を伏せる、そんな穏やかな子供だった。
誰かに怒鳴り、理不尽を撥ね除ける役割は、いつだってシュドーだった。
自分を助けてくれたシュドーへの、張り裂けんばかりの愛しさと悲しみ。
そして、それを嘲笑う者たちへの、生まれて初めて抱く苛烈なまでの「怒り」。
「シュドーを・・・・・・!!」
ウウウウウ…
その時、演習場内の大気がまるで巨大な獣の呻き声のように低く、重く唸り始めた。
演習場内の魔導灯が点滅し、肌がびりびりと痺れ、耳の奥で鼓膜が押されるような圧迫感が場内を満たした。
「な・・・なんだ・・・・・・?」
アルが、マリンが、そして狂乱の真っ只中にいたサイファーやコリンですら、肌を刺すような異常なプレッシャーに動きを止めた。
メルティを中心にして、目に見えるほど濃密な魔力が渦を巻き、視界を歪めていく。
「シュドーを・・・バカにするなあああああああああ!!!!!!!!」
メルティが魂を振り絞って放った咆哮。
次の瞬間、
ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォオオオ!!!!!!!
演習場内に嵐が直撃したかのような暴風が吹き荒れた。
野次馬たちが悲鳴を上げて座席にしがみつく中、吹きすさぶ風が意志を持つかのように一点に凝縮され、巨大な形を成していく。
そこに現れたのは、演習場の天井を覆い尽くさんばかりの巨体を持った、三面六臂の異形――古の戦神を思わせる「憤怒の風精」だった。
精霊はメルティの怒りをそのまま写し取ったような憤怒の相で牙を剥き、眼下のサイファーたちを文字通り「虫ケラ」を見るような目で見下ろした。
「な・・・・・・あ・・・・・・」
サイファーの口から、情けない空気の抜ける音が漏れた。
先ほどまでの醜悪な狂気は、あまりに圧倒的な力の前に、ロウソクの火を吹き消されるように霧散した。
彼の脳内は、生物としての本能が告げる「死」への恐怖一色に塗りつぶされる。
「お、おい嘘だろ!? 詠唱もなしに精霊を召喚したのかよ!?」
嵐の中心でアルが絶叫する。
「あ、あり得ないわ……こんなの、魔法じゃないわよ……!」
マリンもまた、眼前で繰り広げられる神話のごとき情景に戦慄していた。
憤怒の風精が、その巨大な腕をサイファーたちに向けてゆっくりと伸ばし始める。
「ひ、ひいいいい!!!」「た、助けてぇぇぇ!!!」
取り巻きたちはあっさりとサイファーとコリンを見捨て、我先にと逃げ出した。
サイファーは魔力を使い果たし、腰が抜けて座り込むことしかできない。
「あ、あ……と、父様、た、助け……」
杖さえ手放し震えながら立ち竦むコリンの小さな呟きは暴風によってかき消されていった。
二人の頭上に、すべてを握りつぶすための巨大な掌が影を落としたその瞬間――。
「やめなさい!!!!」
嵐を両断するような、鋭く、峻烈な声が場内に響き渡った。
その声を聞いた瞬間、メルティはビクッと肩を震わせ、張り詰めていた魔力の糸がぷつりと切れた。
具現化していた巨像は音もなく霧散し、演習場に静寂が戻る。
荒い息を吐きながら、涙を流しながらメルティが振り返ると、入り口にはデボラ教官が、厳しい表情の上級生たちを引き連れて立っていた。
「……これは、一体どういう事ですか?」
カツン、カツンと、静まり返った階段をデボラが降りてくる。
一歩ごとに、張り詰めていた場の空気が、氷のように冷えていく。
その表情はいつものように凍りついていたが、その奥底には隠しきれない、苛烈な怒りの炎が揺らめいていた。
「教官の立ち会いの無い無許可の決闘、演習外での魔法濫用、そして他者への明確な害意を伴う攻撃魔法の使用。
全てステラ・マリスの校則において厳禁とされている行為なのは教えた筈です」
デボラの氷の眼差しが、震えるサイファーとコリンを貫いた。
「下級生の模範となるべき上級生が率先して法を破り、魔法で徒に他者を傷つけ、
私怨のために多人数で負傷者をなぶる。
……貴方たちの蛮行は、魔導士や貴族である以前の問題です!!
人として、恥を知りなさい!!!」
「氷の女」の激昂。それが心臓を直接叩くような圧力となって響き、サイファーとコリンは力なく項垂れた。
「そうだ! この卑怯者共!!」「貴族の面汚しが!!」
便乗するように野次馬たちがヤジを飛ばすが、
「黙りなさい」
デボラは一瞥でそれらを黙らせた。
「……安全な場所から下級生が嬲られるのを娯楽として楽しみ、助けの手も差し出さず、今更になって安全な場所から正義を振りかざす。
これが、貴方たちの言う『貴族の誇り』ですか?」
デボラは周囲の生徒たちを、等しく冷徹に見回した。
「魔導士とは、叡智の結集である魔法を使い、弱きを助け、正しき道を示す者であるはず。
傍観者でしかなかった貴方たちに、貴族の矜持や誇りを口にする資格はありませんよ」
その言葉に、野次馬たちは羞恥に顔を赤くし、あるいは目を逸らした。
デボラは一度深く溜息をつくと、実務的な口調に戻った。
「ここにいる全員、懲罰対象です。しかしまずは怪我人の治療が最優先です。
シュドーさん、そしてサイファーさんを医務室へ。残りの者は全員残りなさい。
特に…メルティさん。そしてコリンさん。
貴方たちには、一言半句の言い訳も許さず、すべてを説明していただきます」
「ま、待ってください教官!ぼ、僕は、その…これが父様に知られたら、僕は…!」
コリンが弁明を試みるが、デボラはそれをいつもの冷たい目で見据えた。
「言い訳は全て教官室で聞かせて頂きます。拒否も、虚偽も、甘えも一切許しません」
「あ、あ…あぁぁぁ…」
容赦ないデボラの切り捨ての言葉に、コリンはこの世の終わりを悟った様な顔で膝から崩れ落ち地面に手をついた。
担架が運び込まれ、意識の朦朧とするシュドーが乗せられる。
遠くで誰かが話す声が、水の中にいるように歪んで聞こえた。
運ばれていくシュドーの脳裏には、最後に見たメルティの、あの圧倒的で、残酷なまでに美しい魔力の輝きが、消えない火傷のように強く、強く焼き付いていた。
それは、彼がどれほど努力しても決して届かない、「本物の天才」が放つ絶望的なまでの光彩だった。
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