第4話 お嬢様、少しだけ近づく
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
高飛車お嬢様に見えますが、本当は友達がほしいだけですわ! 〜有能侍女に背中を押されて、初めての友達作り〜 - 第4話 お嬢様、少しだけ近づく
本文
約束の昼休みを迎えるまでに、ヴィオレッタは時計を十二回見た。
食堂へ着いたのは、鐘が鳴るより前だった。
「少し早すぎたかしら」
窓際の卓には、二人分の食器が整っていた。花瓶の向きも、椅子の位置も問題ない。給仕には、今日のスープに苦手な香草が入っていないことまで確認した。
エミリアの苦手なものは知らないので、三種類ある昼食から選べるようにもしてある。
抜かりはない。
友達との昼食に、ここまで準備が必要なのかは分からなかった。
「ヴィオレッタ様」
呼ばれて振り返る。
エミリアが、淡い緑のリボンを髪に結んで立っていた。
「お待たせしてしまいましたか?」
「今来たところですわ!」
嘘ではない。今とは、どこまでを指すかが曖昧な言葉だ。
エミリアが時計を見たが、何も言わず向かいへ座った。
「今日は鶏肉のパイと白身魚、それから野菜の煮込みがありますの。お好きなものを選ぶといいですわ」
「ずいぶん詳しいのですね」
「たまたま給仕に確認しただけですわ」
「三つとも?」
「……たまたま三つともですの」
エミリアは一度目を伏せた。笑いをこらえたようにも見えたけれど、ヴィオレッタには確信が持てない。
二人とも鶏肉のパイを選び、食事が始まった。
最初の数分は、ナイフと皿の触れ合う音ばかりが続いた。
昨日のように失敗してはいけない。
話しすぎてもいけないし、黙りすぎてもいけない。相手がどう感じるかを考えて――。
考えれば考えるほど、何も言えなくなる。
「あの」
先に口を開いたのは、エミリアだった。
「旅行記のこと、お好きなのですか?」
「ええ。ですから、今朝借りてきましたわ」
ヴィオレッタは鞄から一冊の本を取り出した。昨日、エミリアが持っていたものと同じ青い装丁だ。
「もう借りたのですか?」
「お話しするなら、読んでおいた方がよいでしょう」
「もしかして、全部?」
「さすがに二十頁ですわ!」
「それでも、昨日の今日ですよ」
エミリアが、今度こそ声を立てて笑った。
「な、何かおかしくて?」
「いいえ。嬉しくて」
「嬉しい?」
「私が好きだと言った本を、すぐに読んでくださったので」
胸の奥がくすぐったくなる。
「まだ二十頁ですけれど」
「では、私が先のお話をしてしまわないように気をつけますね」
「少しくらいなら構いませんわ。氷晶湖は、どの辺りで出てきますの?」
「それを言ったら、読む楽しみが減ってしまいます」
「昨日は挿絵を見せてくださいましたのに!」
「挿絵とお話は別です」
譲らない返事がおかしくて、ヴィオレッタも笑った。
気づけば、パイはすっかり冷めていた。
それから二人は、少しずつ一緒にいるようになった。
図書室では、同じ卓で別々の本を読む。授業の合間には、課題の難しい箇所を見せ合う。
毎日ずっと、というわけではない。会えば挨拶をして、どちらからともなく隣へ座る。それだけの変化だった。
ヴィオレッタにとっては、その「どちらからともなく」が、毎回胸を弾ませるほど嬉しかった。
ある日の茶会実習では、二人一組になるよう教師から指示が出た。
ヴィオレッタは反射的に立ち上がる。
「エミリア、わたくしと組みますわよね!」
周囲へ響いた声に、何人かが振り返った。
またですわ。これでは断る余地のない命令ですわ。
「……組んでいただけます?」
言い直すと、エミリアは目を丸くしたあと、柔らかく笑った。
「はい。喜んで」
実習では、互いのために茶を淹れることになった。
「お砂糖はいくつ?」
「入れません。薄く切ったレモンを一枚だけ」
「覚えましたわ」
「今日の実習で必要なだけですよ」
「一度聞けば十分ですもの」
ヴィオレッタは本当に覚えていた。
次の昼食で紅茶が出た時、給仕が砂糖を置くより先に、レモンの皿をエミリアの前へ寄せた。
最後に一つ残っていた杏のタルトも、迷わずそちらへ置く。
「こちら、お好きでしたわよね」
「どうして……」
「先週、最初に選んでいましたわ」
エミリアはタルトとヴィオレッタを交互に見る。
「よく見ていらっしゃるのですね」
「当然ですわ!」
何が当然なのかは、自分でも分からない。
エミリアはレモンを紅茶へ浮かべ、カップを両手で包んだ。
「ヴィオレッタ様」
「何かしら」
「明日も、お話ししてよろしいですか?」
ヴィオレッタは危うく、膝を卓へぶつけるところだった。
今日は、自分から誘っていない。
エミリアの方から、明日もと言ってくれた。
「ええ。もちろんですわ」
声が裏返らなかったことを、誰かに褒めてほしい。
「では、明日もこちらで」
「席を空けておきますわ!」
「一人分で大丈夫ですよ」
「分かっていますわ!」
エミリアがまた笑う。
窓から差し込んだ光の中で、紅茶に浮かぶレモンが明るく透けていた。
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