第5話 お嬢様、怒る

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/7/20 📚 シリーズ: 高飛車お嬢様に見えますが、本当は友達がほしいだけですわ! 〜有能侍女に背中を押されて、初めての友達作り〜 📝 2,102文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

高飛車お嬢様に見えますが、本当は友達がほしいだけですわ! 〜有能侍女に背中を押されて、初めての友達作り〜 - 第5話 お嬢様、怒る

本文

「ヴィオレッタ様。そこ、まだ読んでいません」

「先ほどから三分も同じ頁ですわ」

「考えながら読んでいるのです」

「眠っていたのではなくて?」

「目を閉じていただけです」

「それを一般的には眠っていたと申しますわ!」

 図書室の窓辺で、エミリアが困ったように笑う。

 初めて声をかけた日から、三週間が過ぎていた。

 まだ友達と呼んでよいのか、ヴィオレッタには分からない。それでも、一緒に昼食を取り、同じ本を読み、見つければ互いに声をかける。

 少なくとも、以前よりずっと近くなった。

「午後は茶会実習ですね」

 エミリアが本を閉じた。

 今日の実習では、各自が一人ずつ卓の前へ立ち、指定された地方の茶と作法について説明することになっている。

「緊張していますの?」

「少しだけ」

 答える指が、本の角を撫でている。

 エミリアが本当に少しだけ緊張している時は、そんなことをしない。

「昨日、あれだけ練習したのですもの。心配ありませんわ」

「途中で三度、言葉を忘れました」

「本番で忘れる分を、先に済ませたのですわ!」

「そういうものでしょうか」

「そういうものに決まっています!」

 もちろん、ヴィオレッタにも根拠はない。それでもエミリアの指は止まり、表情が少しだけ緩んだ。

 午後の実習室には、白い布を掛けた卓が並んでいた。

 生徒たちは順番に前へ出て、茶葉や菓子の由来を説明していく。

 エミリアは七番目だった。

「クラウゼンさん、お願いします」

 教師に呼ばれ、立ち上がる。

 ヴィオレッタの横を通る時、二人の目が合った。

 大丈夫ですわ。

 声には出さず、しっかりと頷く。エミリアも小さく頷き返した。

 指定されたのは、西部で春の祝いに飲まれる花茶だった。

 最初の説明は、つかえることなく進んだ。細い手で茶器を取り、湯を注ぐ。白い花びらが、硝子の器の中でゆっくり開いていく。

「この花は、雪解けの頃に最初に咲くことから――」

 その時、開いていた窓から風が入った。

 卓上の説明書きがめくれ、床へ舞う。

 エミリアがとっさに手を伸ばした。袖口が小さな湯差しへ触れ、こぼれた湯が卓布へ広がった。

「あ……」

 誰かが、ふっと笑った。

 続いて、扇の陰で二、三の小さな笑い声が重なる。

 大きな失敗ではない。教師も、手伝おうと一歩動いている。

 エミリアの手は、茶器を持ったまま止まっていた。

 頬から色が引き、唇が震えている。

 その姿を見た瞬間、ヴィオレッタの中から、いつもの慌ただしい声が消えた。

 椅子を引いて立ち上がる。

「……今、笑いましたの?」

 低い声だった。

 先ほどまでの囁きが、ぴたりと止まる。

 ヴィオレッタはエミリアのそばへ歩き、倒れかけた湯差しを起こした。自分のハンカチで、卓の端へ流れた湯を押さえる。

 それから、扇を手にしていた令嬢たちへ目を向けた。

「人が震えながら立っている姿を見て笑えるほど、皆様は立派ですのね」

「わ、わたくしたちは、そのようなつもりでは……」

「どのようなおつもりなら、笑ってよろしいの?」

 返事はない。

 いつもなら勢いよく跳ねる語尾も、今は平らだった。

 実習室の空気が冷えていく。

「ローゼンベルクさん」

 教師の声に、ヴィオレッタはようやくそちらを見た。

「もう十分です。クラウゼンさんの発表を手伝ってあげてください」

「……承知しました」

 ヴィオレッタは視線を外し、床の説明書きを拾った。

「エミリア。続けられますの?」

 エミリアの指は、まだ震えていた。それでも、ヴィオレッタが差し出した紙を受け取る。

「はい」

「わたくしが、ここにおりますわ」

「……はい」

 今度の返事は、少しだけ強かった。

 エミリアは最初の一文から説明をやり直した。声は細かったが、最後まで止まらなかった。

 授業の後、笑った令嬢たちはエミリアへ謝った。

 本当に軽い気持ちだったのだろう。二人とも青ざめ、何度も頭を下げていた。

「もう大丈夫です」

 エミリアはそう答えたが、令嬢たちはヴィオレッタの方を一度も見なかった。

 二人きりになってから、ヴィオレッタはエミリアの手を取った。

「火傷はありませんの?」

「手にはかかっていません。大丈夫です」

「本当に?」

「はい」

 エミリアは、濡れたハンカチを胸元で両手に包んでいた。

「ありがとうございました」

「当然のことをしただけですわ」

「それでも、嬉しかったです」

 その言葉に、ヴィオレッタはようやく息をついた。

 怒ったことを後悔はしなかった。エミリアがもう震えていない。それだけでよかった。

 翌日から、周囲の空気が変わった。

 ヴィオレッタが廊下を通れば、それまでの会話が止まる。教室では、近くの席にいた生徒が理由をつけて場所を移った。

 落とした筆記具を拾おうとしただけで、持ち主から「自分でできます」と怯えた声を返された。

「皆様、少し静かになりましたわね」

 昼食の卓で何気なく言うと、向かいのエミリアはカップへ目を落とした。

 その翌日、エミリアは教師に呼ばれていると言って、昼食に来なかった。

 さらに次の日は、図書室に姿を見せなかった。

 三日目の朝。

 ヴィオレッタの机に、小さな包みが置かれていた。

 中には、洗って丁寧に畳まれたハンカチが入っている。

 添えられた紙には、エミリアの字で一言だけ記されていた。

『ありがとうございました』

 また明日、とは書かれていなかった。

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