第6話 お嬢様、また一人になる
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
高飛車お嬢様に見えますが、本当は友達がほしいだけですわ! 〜有能侍女に背中を押されて、初めての友達作り〜 - 第6話 お嬢様、また一人になる
本文
エミリアが向かいへ座らなくなって、四日が過ぎた。
「静かで結構ですわ! 勉学に集中できますもの!」
昼食の席で、ヴィオレッタは誰にともなく言った。
当然、返事はない。
四人がけの卓には、今日も一人分の食器しか置かれていなかった。
少し離れた席から笑い声が聞こえる。以前なら話の内容を聞き取ろうと、こっそり耳を澄ませていた。
今は、聞こえないふりをした。
杏のタルトには手をつけなかった。
エミリアが好きだと知ってから、どうにも自分で食べる気になれない。
昼休みの後、廊下の先に亜麻色の髪を見つけた。
「エミリア」
呼びかけるより先に、彼女は近くの教室へ入ってしまった。
こちらに気づかなかったのかもしれない。
そう考えたのは、一度目までだった。
図書室の窓辺は空いたまま。授業が終わると、エミリアは誰より早く教室を出る。
目が合えば微笑んでくれる。それなのに、その足は決してこちらへ向かなかった。
ヴィオレッタにも、避けられていることくらい分かった。
その夜。
寮へ戻ったヴィオレッタは、長椅子に座ったまま、膝の上の包みを見つめていた。
「きれいに洗われていますね」
リゼットが、戻ってきたハンカチを広げる。
「刺繍にも、ほつれはございません」
「そんなことを聞いているのではありませんわ」
「では、何をお聞きになりたいのでしょう」
ヴィオレッタの指が、ドレスの布をつまむ。
「……わたくし、間違えましたの?」
リゼットはすぐには答えなかった。ハンカチを元どおりに畳み、包みの上へ置く。
「お嬢様は、エミリア様を傷つける言葉から守りました」
「では、間違っていませんのね?」
「ですが、エミリア様の心まで守れたかは、別でございます」
「どういうこと?」
「あの場でエミリア様が何を望んでいるか、お尋ねになりましたか」
ヴィオレッタは口を開き、また閉じた。
聞いていない。
笑い声が聞こえた瞬間、許せないと思った。立ち上がり、言葉を投げ、相手が黙るまで止まらなかった。
エミリアの方を見たのは、その後だ。
「怒るべきではなかったと申しますの?」
「いいえ」
リゼットの返事は静かだった。
「お嬢様が怒らなければ、エミリア様は一人で最後まで耐えていたでしょう。あの方を支えたことまで、誤りにはなりません」
「でしたら、なぜ……」
「それを知っているのは、エミリア様だけでございます」
答えをくれないリゼットが、少し意地悪に思えた。
本当は分かっている。
これはリゼットが調べ、代わりに答えてよいことではない。
「わたくし、また自分のやり方だけで動いてしまいましたわ」
守りたい。
その気持ちばかりで、守られるエミリアの心を見ていなかった。
ヴィオレッタは包みを胸元へ引き寄せた。
「怖がらせてしまったのかしら」
その言葉は、ひどく頼りなくこぼれた。
同じ頃、エミリアもまた、自室で開いた本を読めずにいた。
昼間、教室で交わされていた会話が耳に残っている。
『ローゼンベルク様を怒らせたら、どうなるか分かりませんもの』
『クラウゼン様も、大変でしたわね』
気遣うような声だった。だからこそ、否定する言葉が見つからなかった。
大変だったのは自分ではない。
失敗した時、ヴィオレッタが来てくれて嬉しかった。隣に立ち、「ここにおります」と言ってくれたから、最後まで話せた。
その一方で、ヴィオレッタの周りから人がいなくなった。
今日も、彼女は一人で昼食を取っていた。
自分がそばにいれば、また何かあった時にヴィオレッタは怒るかもしれない。周囲はもっと遠ざかるかもしれない。
ならば、離れた方がいい。
そう決めたはずなのに、青い旅行記は同じ頁で止まっている。
氷晶湖へ着くのが何頁先か、ヴィオレッタはまだ知らない。
続きを話す約束も、そのままだった。
「これで、いいの……」
呟いてみても、胸の痛みは消えなかった。
翌朝、ヴィオレッタはいつもより早く教室へ入った。
エミリアの席は、まだ空いている。
机に手紙を置くことも考えた。けれど、紙なら返事をせずに済んでしまう。
今日は、目を見て話す。
怖がられているのなら、謝る。
離れたいと言われたら――。
そこまで考えると、足が震えそうになった。
けれど逃げたら、もう何も聞けない。
やがてエミリアが教室へ入ってきた。ヴィオレッタを見て一瞬足を止め、そのまま鞄を置く。
声をかける前に、すぐ廊下へ出ていった。
ヴィオレッタも後を追う。
亜麻色の髪が、校舎裏の小さな庭へ消えた。
「エミリア!」
呼びかける。
今度は、彼女の足が止まった。
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