53話:キスってどんなの?
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
シュドーは苛立ちを隠さずに羽ペンで羊皮紙を叩く。「いいか、よく聞けよ。この第十七類に属する魔導回路を構築する際は、甲式の術式をそのまま当てはめると高確率で術式崩壊を起こす。
本文
シュドーは苛立ちを隠さずに羽ペンで羊皮紙を叩く。
「いいか、よく聞けよ。
この第十七類に属する魔導回路を構築する際は、甲式の術式をそのまま当てはめると高確率で術式崩壊を起こす。
だから、ここに補助的な干渉コードを織り込んで……」
夕刻、ステラ・マリス魔法大学の図書室。
放課後の静寂の中、巨大な書架が迷宮のようにそびえ立つ一角で、シュドーとメルティは机を並べていた。
一方、シュドーの隣のメルティは既に脳内の思考回路がオーバーヒート気味だった。
彼女にとって魔法は「感じるもの」であり、こうしたガチガチの数式と理論は天敵に近い。
(うぅ、難しいよシュドー……。頭がもやもやして爆発しそう……)
こめかみを押さえて苦悶していたメルティだったが、ふと、昼間のレポート作成時にアリシアから投げかけられた衝撃的な一言が、不意に脳裏をよぎった。
――『あんたたち、そこまでしててまだキスもしてないの?』
(……きす。唇と、唇を合わせること……)
一度意識してしまうと、それまでただの「難解な説明を吐き出す器官」でしかなかったシュドーの口元が、急に別の意味を持って見え始めた。
シュドーが理論を語るたびに、その薄い唇が忙しなく動く。
少年特有の青さを残した、けれど以前より少しだけ大人びた口元。
(キスかぁ……恥ずかしいけど、そんなにいいものなのかな?
もし、シュドーとキスしたら……僕、どうなっちゃうんだろう……)
妄想が加速する。
メルティの顔はみるみるうちに熟した林檎のように赤く染まり、彼女は無意識のうちに、説明を続けているシュドーの横顔へ吸い寄せられるように顔を近づけていった。
目を硬く閉じ、口元を鳥の嘴のように可愛らしく窄める。
身体は期待と恐怖でプルプルと小刻みに震え、まるで祈りを捧げるかのようにシュドーのパーソナルスペースを侵食していく。
「――だから、ここの公式が……って、聞いてんのかテメェ!!」
ゴッ!
「あいたぁっ!?」
シュドーの容赦ないチョップが、メルティの額にクリーンヒットした。
「……ていうか、今なにやってたんだお前。
変なカオして寄ってきやがって。タコの真似か?」
「うう……。ち、違うよぉ……。
その、キスってどんなのかなぁって、ちょっと思っちゃって……」
メルティは涙目で、指をもじもじさせながら白状した。
「…いや、なんで急にそんな話になるんだよ!
ていうかそもそも、勝手に他人にキスしようとすんな! 」
「だってぇ……シュドーとしたら、どんな感じになるのかなって。
一回、試してみたくて……」
「別にキスなんざ、誰とやったって変わんねー…」
シュドーは吐き捨てるように言いかけたが、その瞬間、ある不吉なビジョンが脳内を駆け巡った。
自分より背が高く、魔法の才能も家柄も完璧な、非の打ち所がない「王子様のようなイケメン」。
そいつが優しくメルティの肩を抱き寄せ、静かに唇を重ねようとする場面――。
(…………っ!?)
言いようのない不快感、あるいは臓腑を直接掴まれるような嫌悪感がシュドーを襲い、彼は急に押し黙った。
「……シュドー?」
不思議そうに覗き込んでくるメルティの潤んだ瞳。
その無垢な視線に耐えきれず、シュドーは顔を背けながら、消え入るような声で呟いた。
「……まぁ、一回だけなら、協力してやらないこともない」
「本当!?」
メルティの表情が、一瞬にして春の陽だまりのようにぱぁっと明るくなる。
「おい、勘違いすんなよ! あくまで実験だ。一回、一瞬だけだからな!」
「うんうん! 分かった、約束する!」
二人は図書室の硬い椅子の上で、正面から向き合った。
「じゃ、じゃあ……い、いくぞ……」
シュドーは心臓が口から飛び出しそうなほどの緊張を悟られぬよう、努めて冷静なフリをして顔を近づける。だが、メルティは目を見開いたまま、好奇心旺盛にシュドーの顔を凝視していた。
「……おい、目閉じろよ! やり辛いだろ!」
「あ、そっか。ごめん!」
メルティが慌てて瞼を閉じると、そこには長い睫毛が細かく震える、無防備な顔が現れた。
シュドーはそっと手を伸ばし、彼女の柔らかい頬に触れた。
ふわふわな髪の感触と、体温が掌から伝わる。
子供の頃から中性的な美形だとは思っていた。
時折、村の悪ガキたちから「女みたいだ」とからかわれ、メルティが半泣きでシュドーの背中に隠れていたあの日々。
しかし、今目の前にあるのは、紛れもなく成長した「女性」の顔だった。
(……何意識してんだ俺は。さっさと『ちゅっ』てやって、実験終了だ!)
シュドーは覚悟を決め、静かに唇を重ねた。
触れた瞬間、予想を超えた柔らかさと、熱い吐息が触れ合う。
数秒間の静寂。図書室の空気さえも凍りついたかのような、純粋な沈黙。
シュドーは名残惜しさを無理やり振り払い、ゆっくりと唇を引き離した。
「……おい。終わったぞ」
顔を真っ赤にしながら告げるが、メルティは微動だにしない。
「……おい、メルティ?」
呼びかけると、彼女はゆっくりと、夢から覚めたように瞼を上げた。
その瞳はひどく潤み、頬の赤みは首筋にまで広がっている。
「シュドー……もう一回」
「は?」
「もう一回だけ、お願い……っ」
「おまっ、一回だけって約束……んんっ!?」
シュドーの反論は、再び重ねられたメルティの唇によって封じられた。
「んぅ、ぷはっ……! お前、何やって……っ」
力付くで彼女の肩を突き放すが、メルティの目はいつぞやのイチャイチャ禁止令を出された時の様な猛獣の様に燃えていて、逆にメルティの手がシュドーの肩を捉えた。
「やだ、足りない……! シュドー、もっと……!」
「い、いい加減にしろぉー!!呪縛(バインド)!!」
シュドーが必死に杖を掴んで杖の先から光の縄を出現させる。
「わああ!?」
光の縄がメルティを縛り付け、ようやくシュドーはメルティの手から脱出できた。
「はぁっ、はぁっ、あ、アホー!!一回だけって言っただろうが!!」
息を吐きながら唇を袖で拭い顔を真っ赤にして怒鳴るシュドーに、メルティは芋虫みたいに床に転がったまま、上気した顔で笑いかける。
「ん、えへへぇ、ごめん…だって、思ったより気持ちよくて…
ねぇ、シュドー…このままでいいから、もう一回、もう一回だけぇ…」
「女を縛った状態で床に転がしてキスするとか
どう見ても俺が一発アウトな絵面だっつーの!!もうやらねー!!
絶対やらねー!!」
シュドーは顔を背けるが耳まで真っ赤で、心臓もうるさい位に鳴りっぱなしだった。
(あぁ、くそっ……)
さっきまでの感触を頭から必死に振り払おうとするが、唇の柔らかさも温もりも匂いも、こびり付いた様に離れなかった。
(ふしぎ…僕、男だった時はシュドーとこんな事したいって思った事なかったのに…)
この日、メルティ・アルフィリオという少女に、「シュドー成分」への深刻な依存症と、解除不能な「キス中毒」が新たに書き加えられたのである。
シュドーがより呪縛(バインド)の鍛錬に力を入れる様になったのは言うまでもない。