54話:使い魔降臨の儀 ~メルティ編~
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あらすじ
生唾を飲み込む音が、静寂の中で妙に大きく響いた。「……過去に、自身の使い魔に喉を食いちぎられた者もいた」デルク教官のその一言で、広場の空気が一段階冷え込んだ。
本文
生唾を飲み込む音が、静寂の中で妙に大きく響いた。
「……過去に、自身の使い魔に喉を食いちぎられた者もいた」
デルク教官のその一言で、広場の空気が一段階冷え込んだ。
大学の構内にある広大な広場に、シュドーとメルティを含めたクラス全員と、鉄灰色の髪を短く刈り込み、鋼のような風格を漂わせるデルク教官。その隣には、試験監督として冷徹な視線を走らせるデボラ教官が控えている。
石柱に囲まれた円状の石畳には、古の時代から伝わる複雑怪奇な幾何学模様――召喚の魔法陣が刻まれていた。
空は高く澄み渡り、儀式にふさわしい荘厳な雰囲気が漂っている。
「――本日は、使い魔降臨の儀を行う」
教官の厳かな宣言に、一部の生徒たちが期待と緊張でざわついた。
シュドーもまた、無意識のうちに杖を握る手に力がこもるのを止められなかった。
「使い魔とは、単なる使役獣ではない。
諸君らの魂の伴侶であり、魔力の深淵を映す鏡だ。彼らにも意志と誇りがある。
それを弁えぬ者は、いずれ手酷いしっぺ返しを受けるだろう」
厳格な言葉が響く中、生徒達の顔に汗が伝う。
「『魔導士は杖と使い魔が語る』
この諺を忘れるな。
では、一人ずつ前へ」
デルクの号令と共に、一人、また一人と、あらかじめ地面に描かれた複雑な魔法陣へと向かう。
生徒たちが呪文を唱えるたびに、煙や閃光と共に、多種多様な使い魔が出現した。
ある者は翼を持った蛇、またある者は炎を纏った魔犬。
アルを始めとする生徒たちは、それぞれの使い魔を誇らしげに自慢し合う。
その中で、ついにメルティが呼ばれた。
「次、メルティさん」
クラス中の者が、一斉にメルティに注目する。彼女の突出した魔力が、どのような存在を呼び出すのか、誰もが興味津々だった。
(あのバカデカ魔力で何かやらかしゃしねぇだろうな…)
シュドーは期待と心配が入り混じった複雑な視線を大きな白い背中にむける。
しかし、メルティはそんな思惑や視線にも気づかず、少し緊張した顔をしながらも、ワクワクしていた。
(僕の使い魔って、どんな子なのかなぁ?
かわいくてふわふわして、大人しい子だったらいいなぁ)
メルティは、期待に胸を膨らませて魔法陣の前に立った。
教師が「始めなさい」と促すと、メルティは静かに魔力を高め、底知れないその魔力を魔法陣へと一気に流し込んでいく。
グワァン!
「『星の海の下に集いし気高き御霊よ。我が魂の呼び声に応え給え。
古の盟約のもとに、我が魂の片割れとならんことをここに求むる』……!」
呪文の進行と共に、広場に渦巻く魔圧が急上昇していく。
大気がパチパチと放電し、光の奔流がメルティの身体を包み込んだ。
複雑な魔法陣が空中にまで浮かび上がる中で、メルティは淀みなく、確かな声で呪文を唱えた。
「『我は求め訴えたり、いざ来たれ我が守護者』!!」
呪文を唱え終わると、眩い閃光と共に、爆音と共に純白の閃光が弾けた。
「うわあああっ!?」 学生たちが腕で顔を覆い、目を逸らす。やがて視界を遮っていた白煙が風に流されると、そこには――。
何もいなかった。
「あ、あれ……?」
メルティがキョロキョロと首を傾げる。
「おい、まさか失敗か? あれだけの出力で空振りかよ」
「なんだよ期待させやがって」
学生たちがざわつき始めたその時。一人の学生が、喉を震わせながら空を指差した。
「う……上……上を見ろ……っ!」
全員が反射的に顔を上げた。そして、そこにいた「絶望」と「神々しさ」が混ざり合った存在に、呼吸を忘れた。
空一面を塗りつぶすように、巨大な影が差していた。
白銀の鱗、七色に輝く翼、黄金の眼。
体長50メートルを超える巨躯のドラゴン。
悠然と空中に腕を組み、地上の蟻どもを見下ろす圧倒的な捕食者。
その存在感に、誰もが呼吸を忘れ動く事すら出来なかった。
「そんな、あれは……ま、まさか……文献に記された伝説の……『界龍』……!?」
デルク教官が、歯をガタガタと鳴らしながら声を絞り出した。
『如何にも』
重低音の「声」が、物理的な圧力となって広場を震わせた。
『我こそは神龍の次に座する万物の長たる至高なる龍、界龍が一角
――天空龍、ディオス』
ディオスは目を細め、広場の人間たちを冷徹に掃射した。
『さて……我が眠りを妨げた上に、この下賤な地に呼び起こし、あまつさえこの天空龍ディオスを従えようとする不遜な愚か者はどこだ?』
その殺気混じりの言葉に、デボラ教官ですら防御魔法を展開する準備を始めた。
ディオスは視線を真下へと落とした。
そこには、大きな耳をパタパタさせながらオロオロしている、所在なさげな半獣人の少女がいた。
『ほう……この小娘が我を……む?』
メルティを見るディオスの黄金の瞳が、静かに見開かれた。
シュドーを含む生徒たち、そして召喚されたばかりの使い魔たちも、一斉に固まった。教師は口をポカンと開けて、完全に唖然としている。
そんな中、メルティだけが状況を理解できず、オロオロとしていた。
「え?え?なにこれ?」
ドスン……
やがて、巨大な翼がはためき、ディオスが地上へと舞い降りた。
ズズン……!
地響きと共に着地した巨龍が、メルティの目の前にその巨大な顎(あぎと)を寄せる。
「! メルティさん、離れて!」
デボラが杖を構えようとした瞬間、信じられない光景が広がった。
誇り高き伝説の龍が、まるで女王に忠誠を誓う騎士のように、深々とその首を垂れたのである。
『我を呼びし深淵なる魔力を持ち、超越者となり得る者よ。
これより我が鱗と翼は汝の矛となり盾となろう』
広場にいた全員の思考が停止した。
「ど、どうしようシュドー……! この子、なんだかすごく強そうだよ? どうすればいいの!?」 パニックで後ろを振り返るメルティに、シュドーが顔を引き攣らせながら怒鳴る。
「と、とりあえず契約するって言え! 早くしろ!」
「えっと、け、契約します……っ!」
メルティが叫ぶと、空中に巨大な契約の紋章が結ばれ、ディオスの額へと吸い込まれていった。
『契約の儀は完了した。我が名はディオス。我が魂と忠誠を汝に捧げよう』
「「「………………」」」
数秒の沈黙。その後、堰を切ったように学生たちが叫び始めた。
「嘘だろ!? ドラゴンを使い魔にしたのか!?」
「あんなの、国一つ滅ぼせるレベルじゃないか!」
当のメルティは、事の重大さを理解しきれず、「えへへ、よろしくねディオス」と困ったように笑うばかりだった。
事態の収拾に動いたのはデルク教官だった。
「デボラ先生……これは前例がなさすぎます。伝説の巨龍を生徒が従えるなど、学則の想定外だ」
「ええ……。それに、問題は物理的な面です」
デルクが恐る恐るディオスに声をかけた。
「……ディオス様。貴方のその尊大なるお姿では、校舎や学生寮に入ることが叶いません。どうか、その御身を小さくしていただくことは可能でしょうか?」
その瞬間、空気が絶対零度まで冷え切った。
『……どの立場でものを言っている』
「え?」
『この天空龍ディオスに、獣と同じように矮小な姿になれというのか。……不敬だな』
快晴だった空に突如として黒雲が立ち込め、紫色の雷鳴が轟き始めた。
「い、いえ! 決してそのような無礼を働くつもりでは……!」
デルクが青ざめて弁解するが、ディオスの怒りは収まらない。
『我が下界を去って数百年、貴族という者の傲慢さは変わらぬ様だな。
たかが少しの魔力を得た人間風情が、我と対等になったつもりか!!
――今一度、その身の程をこの国土に刻み付ける必要があるようだな!』
ディオスの頭上に、大地を更地にするほどの高エネルギー――滅びの紫電が集束し始める。
「だ、だめーーーー!!!」
その時、メルティがディオスの前に立ちはだかり、両手を広げて叫んだ。
「だめだよディオス! 乱暴しちゃだめ! 僕の使い魔になったんでしょ!? だったら僕の言うこと聞いて! お願い!!」
プルプルと膝を震わせながらも、必死に訴えかける主の姿。
ディオスは黄金の目を細め、やがて集束させていた雷雲を霧散させた。
『……主の命とあらば、致し方あるまい。我が主の情けに感謝するがいい、貴族共よ』
フン、と鼻息を漏らすディオス。
デボラ教官はすかさず膝をつき、杖を差し出し様に地に置く最敬礼の姿勢で応じた。
「寛大なるご厚意、心より感謝いたします。ディオス様。
私はデボラ・ヴァレンシュタインと申します。まず、貴方様の威光を拝する栄誉を賜りながら、名乗りが遅れた非礼、深くお詫び申し上げます」
『……ほう、恭順と敬意の儀礼か。随分と古い作法を知っているようだな。
ふん……よかろう。デボラとやら、貴様は貴族の割には多少は礼節を弁えているようだな。主の情けと貴様の態度に免じて、今回は下界に合わせてやろう』
ディオスの巨躯が眩い光に包まれ、収縮していく。 光が収まったあと、そこに浮かんでいたのは、体長五十センチほどの愛らしいミニチュアサイズのドラゴンだった。
『下界とは不便なものよな。この姿では、元の千分の一の力も出せぬわ』
驚愕に包まれる広場。
デルク教官は、何とか千切れかけた意識を繋ぎとめ、震える声で告げた。
「し、静かに! 儀式はまだ終わっていない! ……次、シュドー君! 前へ!」
名指しされたシュドーは、伝説の余波でまだピリピリと震える空気の中、意を決して魔法陣の前に立った。 隣でミニ・ディオスを抱きしめて「わぁ、ちっちゃくなったぁ!」とはしゃいでいるメルティの存在を感じながら、彼は自分の杖を力強く握りしめた。