乙女の相談
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
大学2年生の橘ひなたは、ごく普通の女子大生。ある日、学校一のイケメンと噂される林武蓮と同じゼミになったことで、自然と彼を意識するようになる。 しかし蓮は恋愛に全く興味がなく、女の子から告白されても断り続けるクールな男。ひなたが話しかけても素っ気ない態度ばかり。 それでも一緒にいる時間が増えるうちに、ひなたは彼の不器用な優しさに少しずつ惹かれていく。 恋愛に無関心なイケメンが、初めて「恋の病」にかかるまでのドキドキラブコメ!
本文
実は、あの日実家に来ていたのは健一さんだけではなかった。
健一さんの連れ子、というわけではないけれど、健一さんには前の結婚で生まれた娘がいた。名前は健一さんの連れ合い、つまりひなたにとっての義母にあたる存在、桐島奈緒さんだった。
奈緒さんは四十代前半で、健一さんとは職場で知り合ったと聞いていた。背が高くてさらりとした黒髪の、落ち着いた雰囲気の女性だった。口数は多くないが、話すと温かみがあって、ひなたは最初から苦手意識を持たなかった。
その日、奈緒さんはひなたの母親と一緒にキッチンでお茶の準備をしていた。健一さんはリビングでテレビを見ていた。
ひなたは二階の自分の旧部屋に荷物を置いてから、廊下を歩いていると、奈緒さんに声をかけられた。
「ひなたちゃん、少しいい?」
「あ、はい」
奈緒さんはお茶を二つ持って、廊下の端にある小さな出窓のところに腰を下ろした。ひなたも隣に座った。リビングからは健一さんのテレビの音が聞こえていて、母親はまだキッチンにいる様子だった。
「最近どう?大学は楽しい?」
「楽しいです。友達もいるし」
「そっか。顔見て、なんかいいことあったのかなと思って」
健一さんと同じことを言われて、ひなたは少し照れくさくなった。
「そんなに変わりましたか」
「うん、なんか表情が柔らかくなった気がする。前はどこかぴりっとしてたから」
奈緒さんはお茶を一口飲んで、ひなたの顔を優しく見た。
「好きな人、できた?」
直球だった。ひなたは思わず噎せそうになった。
「な、なんでそう思うんですか」
「なんとなく。当たってた?」
ひなたは少し迷ってから、小さく頷いた。
「……まあ、一応」
奈緒さんがにこりとした。押しつけがましくない、穏やかな笑顔だった。
「話せる?」
「お母さんには聞かれたくないんですけど」
「じゃあここで。聞こえないから」
確かに、キッチンからは食器の音がしていて、こちらの声は届かなさそうだった。ひなたは少し声を落として、話し始めた。
「同じ講義の人で、男の人なんですけど」
「うん」
「最初は感じ悪いと思ってたんです。でも、なんか色々あって、気づいたら好きになってて」
「なんか色々、ね」
奈緒さんが小さく笑った。
「その人、どんな人?」
「クールで、無愛想で、言葉数が少なくて。でも、なんか、気にかけてくれることがあって。体調悪い時に家まで送ってくれたり、さりげなくフォローしてくれたり」
「優しい人なんだね」
「優しいっていうか、不器用な感じで。でもそこが……」
ひなたは言葉を止めた。
「そこが、好きなんだね」
奈緒さんが静かに続きを言った。ひなたは小さく頷いた。
「でも、その人、誰の告白も断ってて。なんか、深く関わることが苦手みたいで。だから、自分が好きって気づいても、どうすればいいかわからなくて」
「告白したいの?」
「……わからないです。したい気持ちはあるけど、怖くて」
「怖い、か」
奈緒さんはしばらく黙って、窓の外を見ていた。外は夕方になりかけていて、空がオレンジ色に染まっていた。
「私ね、健一さんと付き合う前、すごく迷ったんだよ」
「そうなんですか」
「うん。健一さんも最初は不器用でね、感情を表に出すのが苦手な人で。好きだとは思ってたけど、踏み込んでいいのか、ずっと迷ってた」
「どうしたんですか」
「ある日、健一さんが体調崩した時に、ご飯作って持って行ったの。そしたら健一さん、すごく困った顔して、でもちゃんとありがとうって言ってくれて」
奈緒さんが穏やかに笑った。
「その顔見て、あ、この人も不器用なだけで、ちゃんと受け取ってくれる人なんだって思ったんだよね。それから少しずつ、距離が縮まっていった」
ひなたはその話を聞きながら、林武のことを思い浮かべた。マスクを渡した時の「ありがとう」。熱が出た時に家まで送ってくれたこと。木の影で「ありがとう」と二度言ってくれたこと。バレンタインのチョコを両手で受け取った仕草。
「……なんか、似てるかもしれないです」
「そう?」
「その人も、不器用だけど、ちゃんと受け取ってくれる人で」
奈緒さんが頷いた。
「告白するかどうかは、ひなたちゃんが決めることだけど」
「はい」
「ただ、好きだって気持ちは、持ってるだけでも悪くないと思うよ。焦らなくていい」
その言葉が、ひなたの胸にじんわりと染み込んできた。焦らなくていい。そう言ってもらえると、少し楽になった気がした。
「奈緒さん、相談に乗ってくれてありがとうございます」
「いいよ、こういう話好きだから」
奈緒さんが笑った。その笑顔が、母親とも友人とも違う、少し大人の温かさがあって、ひなたは思っていたより話せてよかったと思った。
そのとき、キッチンから母親の声がした。
「ひなたー、お茶入ったよー」
「はーい」
ひなたと奈緒さんは顔を見合わせて、小さく笑った。
「内緒にしておくね」と奈緒さんが言った。
「お願いします」
リビングに戻りながら、ひなたは少し気持ちが軽くなっているのを感じた。焦らなくていい。今はまだ、この気持ちを大切に持っていればいい。
でも、いつかはちゃんと伝えたいとも思った。
そのいつかが、いつになるのかは、まだわからなかったけれど。
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