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第17話 失敗記録を集める

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あらすじ

昼は魔術師ギルドの魔導基盤保守班で働き,夜は王立魔導大学院の夜間課程に通う若手保守技師レクト・ノーウェル. 彼はギルドの廃棄倉庫で,旧式の喋る魔導書アルカを拾う. アルカは古文書や事故記録の照合に異常な強さを持つが,現場感がない. レクトには現場で拾う違和感があるが,過去記録への到達手段が足りない. 二人は互いの欠けを補い,生活記録,現場記録,雑談,失敗記録を積み上げながら,魔法世界の未解明問題に名前をつけていく.

本文

保守班で失敗記録を集めるのは,思った以上に嫌がられた.

「成功した記録ならあるぞ」

同僚のベイルは,灯火柱の点検台帳を積みながら言った.

「失敗したやつが欲しい」

「何でわざわざ」

「失敗の前に何があったか見たい」

「縁起でもない」

これが普通の反応だ.現場では,失敗は早く処理して次へ行くものだ.わざわざ掘り返すと,責任追及の匂いがする.俺も逆の立場なら警戒する.

「責任を問うためじゃない」

「そう言うやつほど,あとで上に出す」

「出すなら匿名にする」

「匿名でも班長には分かるだろ」

正しい.

《失敗記録収集には,心理的抵抗が高いと推定されます》

アルカが鞄から言った.

ベイルが顔をしかめる.

「その本,俺の心理まで記録するのか」

「今のは一般論」

《ただし,ベイルの発言も未整理記録として有用です》

「やめろ」

俺は慌てて鞄を閉じた.

午前中,俺は保守班の机を回った.灯火柱の明滅,保冷箱の温度低下,警鐘符の遅延,水路封印の小漏れ.小さな失敗はいくらでもある.だが,記録として残っているのは処置結果ばかりだった.

原因,老朽化.

処置,符交換.

結果,復旧.

それだけでは,次に何を見ればいいか分からない.

一枚だけ,古い台帳の端に鉛筆で書かれたような小さな文字があった.

「交換前日,灯火柱の音が低い」

それだけだ.誰が書いたのかも分からない.公式欄には入っていない.たぶん,忙しい誰かが,消すには惜しくて端に残したのだろう.

俺はその一行を見て,しばらく動けなかった.

こういうものが,きっと何年も現場の端に落ちていた.誰かは気づいていた.だが,拾う箱がなかった.

《未整理現場記録として写しますか》

「写す.ただし,出所不明と書く」

昼前,ガロン班長に呼ばれた.

「やり方が悪い」

開口一番だった.

「すみません」

「失敗記録を出せと言われて,喜ぶ現場はいない.自分の不手際を差し出せと言われているように聞こえる」

「どう聞けばいいですか」

ガロンは椅子に座り直した.

「不具合前の変なことを聞け.処置後に気になったことでもいい.失敗という言葉を最初に出すな」

俺は記録板に書いた.

失敗記録,ではなく,不具合前後の違和感.

「あと,最初は自分の失敗を出せ」

「俺の?」

「他人に出させる前に,自分のを置け」

胸が少し重くなった.過去の小さな事故が頭をよぎる.手順書通りで,過失なしで,でも納得できないあれだ.

ガロンは俺の表情を見て,少しだけ声を落とした.

「全部出せとは言わん.だが,お前が痛い記録を出さずに,他人の痛い記録だけ集めるのは通らん」

「はい」

その夜,大学院の閲覧室で,俺は自分の古い記録を出した.数年前,西区の小さな保冷庫が止まり,薬草が傷んだ事故.手順書通りに点検し,異常なしとした翌日に起きた.担当者に過失なし.原因不明.地脈の気まぐれ.

俺はその言葉が嫌いになった.

ミナは静かに読んだ.

「これが,レクトが大学院に来た理由?」

「たぶん」

ユリウスは赤を入れなかった.珍しく,すぐには批判しなかった.

《この記録には,前日の違和感が記載されていません》

アルカが言った.

「書けなかった」

《覚えていますか》

俺は目を閉じた.

「保冷庫の扉が,少しだけ重かった.薬草師の手が冷えていた.隣の店の保冷箱も,氷の減りが早かった.でも,測定値は正常だった」

ミナが記録板を差し出した.

「今,書こう」

俺はうなずいた.

数年前の違和感を,今さら書く.正確ではない.記憶は歪む.それでも,何も残さないよりはいい.

ユリウスが低く言った.

「回想記録として印をつけろ.発生当時の記録とは分ける」

「分かった」

痛い記録は,書くのに時間がかかった.

翌日,保守班で俺は自分の記録を最初に出した.ベイルは黙って読み,しばらくしてため息をついた.

「俺も一つある.水路封印のやつだ.失敗ってほどじゃないが,変だった」

それで十分だった.

その日の夕方,未整理記録箱に三件の「変だった」が入った.どれも小さい.どれも雑だ.

だが,失敗記録集めは,ようやく始まった.

三件の紙を読み返すと,どれも書き方がばらばらだった.

「水路の音が低い気がした」

「保冷箱,直した後も右側だけ冷えすぎ」

「灯火柱の苦情主が,今日は怒っていなかった.逆に変」

最後の一枚で,俺は少し笑った.怒っていないことまで違和感になるのか.だが,現場ではそういうことがある.いつも怒る人が黙っている.いつも文句を言う人が何も言わない.それは,機嫌がいいだけかもしれないし,別の不安を抱えているのかもしれない.

《第三記録は,利用者反応の変化です》

「苦情も記録になるのか」

《苦情が消えたことも記録になりえます》

俺は箱の横に,新しい札を足した.

いつもあるものが,ない時も書く.

その札は,思ったより効いた.

翌日,箱には「いつも鳴る水路下の滴音がなかった」という紙が入った.調べてみると,単に前日に水路清掃が入っていただけだった.不具合ではない.だが,清掃予定が保守班の共有板に書かれていなかったことが分かった.

《不具合ではなく,情報共有漏れです》

「それも現場では困る」

滴音がないことに気づいた技師は,不安になって確認に時間を使った.清掃予定が共有されていれば,その時間は不要だった.失敗記録は,壊れた魔道具だけを扱うわけではないらしい.

俺はその紙を失敗記録ではなく,「手順前後の違和感」に分類した.ガロンはそれを見て,短くうなずいた.

「責任追及にならない書き方だ.それなら続けろ」

その許可は小さかったが,箱の前では大きかった.

ベイルが横から「班長公認か」と茶化す.ガロンはすぐに「公認ではない,黙認だ」と訂正した.だが,黙認でも十分だ.現場では,完全な許可より,止められないことのほうが動きやすい時がある.

俺は箱の札に,もう一行だけ足した.

責めるためではなく,次に見るため.

その文を見たベイルは,何も言わずに自分の作業台へ戻った.夕方,箱にはもう一枚増えていた.

増えた紙には,字ではなく小さな図が描かれていた.導管の曲がりと,横に短い矢印.ベイルのものだとすぐに分かったが,名前は書いていない.俺は聞きに行きかけて,足を止めた.名前を書かないことで出せる記録もある.

《筆跡照合は可能です》

「今はいらない」

誰が書いたかより,書けたことのほうが大事な時がある.俺は図を向きだけそろえて箱に戻した.

箱の中で,紙が一枚ずつ違う向きを持っていることも,今は悪くなかった.

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作者について

ラカン

ラカン

AIを使って面白い小説を書くことに興味があります

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