第四十五話:父親の声の表紙画像

第四十五話:父親の声

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/7/29 📚 シリーズ: 継承される百の違和感 ~お前に渡す百物語~ 📝 2,607文字 ✅ 全年齢

あらすじ

日常に潜む小さな違和感を記録し続けると、100個集めたとき、何かが起きるらしい。 逆行する時計、誰もいない部屋の足音、鏡の中の自分…… でも、最後に待っているのは「終わり」ではなく、君へのバトンだ。 7人の語り部が紡ぐ、永遠に終わらない百物語。 次はお前が観測者になるのか?

本文

これは私が記録した、四十五本目の違和感いわかんである。

四十五本目は、水瀬凛が、また、持ち込んだ。

────────────────

カフェだった。

いつもの、窓際の席。

凛は、めずらしく、先に座って、待っていた。

注文した、ホットミルクから、もう、湯気が、立っていなかった。

棚の蝋燭の数を、私が、口に出す前に、凛が、先に、言った。

「四十四本、ですよね」

数えるのは、いつも、美咲のほうだった。

凛が、数えたのは、初めてだった。

私が席に着くと、凛は、すぐに、口を、開いた。

「先生、笑わないで、聞いてもらいたいことが、あるんです」

いつもより、声が、軽かった。

照れているような、笑顔だった。

第十五話のとき、初めて会ったときから、こんな顔を、見たのは、初めてだった。

私は、ノートを、開いた。

────────────────

(凛の語り)

先生、本当に、笑わないでくださいね。

二週間くらい前から、なんです。

夜、布団に入って、電気を消した、あとに、お父さんの、声が、聞こえるようになったんです。

「凛、怖い話を、聞かせてくれ」

最初は、夢だと、思いました。

でも、違うんです。

ちゃんと、目を、開けてるときにも、聞こえるんです。

声は、低くて、ちょっと、くすぐったいくらい、懐かしい感じで。

写真で見る、お父さんの、笑い方に、似てる気がして。

私、布団の中で、スマホの画面の光だけをつけて、それで、話すんです。

エアコンの音が、いつもより、大きく、聞こえる時間です。

学校で、最近、聞いた怪談を、ひとつ。

声は、静かに、聞いてくれて、終わると、必ず、こう、言うんです。

「もっと、聞かせてくれ」

────────────────

正直、嬉しかったんです。

小学生のとき、お父さんが死んだあとに、夢で、一回だけ、「凛、怖い話が好きだったよな。また聞かせてくれるか?」って、言われたことがあって。

それから、ずっと、怪談を、集めてきたんです。

ずっと、お父さんに、聞かせたくて、怪談、集めてきたので。

ようやく、ちゃんと、届いた、って、感じがして。

毎晩、寝る前に、ノートに、何を話すか、メモするように、なりました。

最初の、一週間は、毎晩、忘れずに、メモを、用意していました。

布団に入る時間が、だんだん、早くなっていきました。

でも、だんだん、ストックが、減ってきて。

学校の友達に、聞いた話、ネットで読んだ話、

ほとんど、使い切ってしまって。

夜中に、慌てて、検索して、新しいの、探すように、なりました。

休み時間も、お昼休みも、ずっと、スマホで、怪談サイトを、見ていました。

最近、朝、起きるのが、つらくて。

担任に、「最近、顔色、悪いね」って、言われました。

それでも、毎晩、布団に入る時間だけは、きちんと、守っていました。

なのに、声は、毎晩、同じ時間に、来るんです。

「もっと、聞かせてくれ」

────────────────

変だな、と、最初に、思ったのは、四日前です。

学校の、空席の話を、また、してたんです。

席の主の、名前のところまで、話して、

ちょっと、息を、吸って、続きを、言おうとした、瞬間。

声が、先に、言ったんです。

私が、まだ、口に出してない、続きの、台詞を。

一字一句、同じでした。

最初は、たまたま、かなって、思いました。

でも、翌日も、同じことが、起きました。

私が、話の途中で、わざと、言葉を、変えてみたことも、あります。

口では、変えた言葉を、言ったのに、

声が、先に、言ってたのは、変える前の、最初の、言葉のほうでした。

私が、頭の中で、最初に、思いついた、ほうの言葉です。

声には、それしか、聞こえていない、みたいでした。

次の夜も、確かめました。

今度は、四人目の同室者の話でした。

部屋の番号を、言う前に、止まって、頭の中だけで、別の番号を、考えました。

声は、私が、口に出す前の、番号のほうを、先に、言いました。

口に出した、番号とは、違う番号でした。

────────────────

今夜、布団に入って、いつもの時間が来て。

私、勇気を出して、聞いてみたんです。

「お父さん、私のこと、分かる?」

一拍、間が、ありました。

長い、間でした。

エアコンの音だけが、続いていました。

布団の中で、スマホの画面が、暗くなって、また、つけ直しました。

「分からなくなってきた」

声は、変わりませんでした。

低くて、懐かしい、あの、お父さんの声のままでした。

でも、答えの、中身だけが、違ってました。

────────────────

それと、これは、最初の夜から、毎回、聞いてることなんですけど。

「お父さん、今、どこにいるの?」

答えは、いつも、同じです。

「ここにいる」

それだけです。

場所は、一度も、言いません。

毎晩、聞くたびに、布団から、頭だけ、出して、部屋を、見回します。

カーテンの隙間、ドアの下の隙間、クローゼットの扉。

部屋の、どこを見ても、誰も、いません。

「ここ」が、どこなのか、私には、分からないままです。

────────────────

それでも、行くのを、やめようとは、思わないんです。

声は、本当にお父さんなのか。

それとも、お父さんの声を、使ってる何かなのか。

分からないまま、今夜も、布団に入ったら、また、声が、来ました。

「凛、怖い話を、聞かせてくれ」

私、今夜も、話しました。

(凛の語り、終わり)

────────────────

凛は、語り終えると、カップを、持ち上げた。

ホットミルクは、すっかり、冷めていた。

一口、飲んで、また、置いた。

最初に、座ったときから、口を、つけていなかったのだと、そのとき、分かった。

カップの底に、薄い、膜のようなものが、張っていた。

凛は、それを、しばらく、見ていた。

「先生。今日の話、ノートに、ちゃんと、書いてくれましたか」

私は、頷いた。

凛は、頷き返さなかった。

ただ、鞄を、肩に、かけて、店を、出ていった。

私は、彼女の話を、ノートに、書き写した。

書きながら、四十四話で、聞いた、七つの声を、思い出していた。

「やめろ」「続けろ」、そして、笑っていた、五つの声。

凛の話の中の、あの声も、どこか、似ている気が、した。

────────────────

凛が、帰ったあと。

私は、四十五本目の蝋燭に、火を、つけた。

棚の、左端の、一本目の炎が、また、右に、揺れた。

炎の高さは、変わらなかった。揺れたのは、方向だけだった。

三十八話から、八話、連続だった。

────────────────

残り、五十五本。

ジャンル・タグ

, , , ,

作品統計

👁️ 閲覧数: 3 👍 いいね: 0 📚 本棚登録: 0

作者について

闇工房

闇工房

"正常"と"異常"の境界を、一話ずつ削り取る。 心理ホラー小説・TRPGシナリオを制作するソロクリエイター。 代表作は連作怪談「継承される百の違和感」—— 読み進めるうちに、あなたの"普通"...

👥 フォロワー: 1人

作者ページを見る