第四十六話:ノートの主の表紙画像

第四十六話:ノートの主

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/7/31 📚 シリーズ: 継承される百の違和感 ~お前に渡す百物語~ 📝 2,591文字 ✅ 全年齢

あらすじ

日常に潜む小さな違和感を記録し続けると、100個集めたとき、何かが起きるらしい。 逆行する時計、誰もいない部屋の足音、鏡の中の自分…… でも、最後に待っているのは「終わり」ではなく、君へのバトンだ。 7人の語り部が紡ぐ、永遠に終わらない百物語。 次はお前が観測者になるのか?

本文

これは私が記録した、四十六本目の違和感いわかんである。

四十六本目は、私自身の、ノートの中に、あった。

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休みの日だった。

雨ではなかった。

取材も、約束も、入っていなかった。

私は、書棚の整理を、することにした。

一冊目から、四十五冊目まで。

年ごとに、束ねて、棚に、並べていく。

革の色褪せかたも、表紙の角の丸まりかたも、年代によって、違う。

四十五冊。

両手で、抱えると、ちょうど、腕の中に、収まる重さだった。

棚に、並べ終えて、私は、少し、満足を、覚えた。

埃を、布で、拭いた。

背表紙に、年号だけを、書いた、紙を、一冊ずつ、貼っていった。

ここまで、書き続けてきた。

その厚みだった。

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十八冊目を、棚に戻す前に、何気なく、開いた。

第十話の、ページだった。

芦川美咲の、取材記録だった。

午後の、光が、ページの、上を、ゆっくりと、移っていった。

読み進めて、半分ほどのところで、手が、止まった。

「白いノートの、奥に」

そこまでが、私の、いつもの字だった。

右に、傾く、私の、書き癖の、まま。

「みさき、という、文字が」

そこから、字が、変わっていた。

インクの、濃さが、違った。

文字の、大きさが、違った。

傾きも、違った。左に、傾いていた。

一文の、途中から。

句点を、挟んでもいない、その、ただ中から。

ペン先を、置き直した、跡も、なかった。

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私は、十八冊目を、もう一度、最初から、読んだ。

変わり目は、もう一箇所、あった。

第十話の、変わり目とは、別の、変わり目だった。

私は、四十五冊、すべてを、机に積んだ。

電気を、つけ直して、一冊ずつ、開いた。

ページの、すべてに、目を、通した。

筆跡が、変わる箇所に、鉛筆で、薄く、印を、つけていった。

一冊につき、三十分は、かかった。

三日、かかった。

印は、最終的に、二百箇所を、超えた。

数えるたびに、数字が、少しずつ、増えていった。

筆跡そのものは——並べて、見比べると、七種類に、分かれた。

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引き出しに、しまっていた、葉書や、メモを、取り出した。

語り部たちから、これまでに、受け取ったものだった。

美咲から、取材協力の、礼状。

桐生から、現場の、簡単な、見取り図。

陸から、解析結果の、メモ。

由香から、夜勤明けの、短い、手紙。

千尋から、レジの、シフト表の、端に、書かれた、一言。

凛からは、進級祝いに、もらった、メモが、あった。

一枚ずつ、ノートの、筆跡と、見比べた。

筆圧、はねの角度、句読点の、打ち方。

六種類が、それぞれ、一致した。

美咲の、筆跡。

凛の、筆跡。

桐生の、筆跡。

陸の、筆跡。

由香の、筆跡。

千尋の、筆跡。

残る、一種類だけが、誰のものとも、一致しなかった。

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印をつけた、変わり目の、ページを、もう一度、見直した。

第四十二話の、消毒液の、匂いを、書いた、箇所。

その、直前の、行で、筆跡が、変わっていた。

第四十四話の、二つの声を、書いた、箇所。

その、直前でも、変わっていた。

四〇四号室の、鏡の、視線を、書いた、箇所も、同じだった。

レコーダーの、再生時間が、止まった、箇所の、直前も、確かめた。

そこも、同じだった。

すべての、変わり目を、確認した。

書く者が、変わる、その、直前には、いつも、五感の、違和感が、記録されていた。

匂い。

声。

鏡の中の、視線。

機器の、表示の、停止。

それが、すべての、変わり目に、共通していた。

偶然とは、思えなかった。

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私は、ノートを、まとめて、陸の、もとへ、持っていった。

陸は、ページを、ひととおり、確認した。

長い時間、何も、言わなかった。

「データとしては、面白いです」

「でも——専門家に、見てもらった方が、いいと、思います」

「大学に、心当たりが、あります」

それだけ、言った。

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三日後、鑑定の、結果が、届いた。

七種類の、筆跡の、比較図。

A4の紙、十二枚。

封を、開けるのに、いつもより、時間が、かかった。

写真を、一枚ずつ、机に、並べた。

比較図には、傾きの角度が、数字で、添えられていた。

右に十二度。左に九度。ほぼ垂直。

七つの、数字が、並んでいた。

専門家の、所見は、最後の、一枚に、書かれていた。

「七種類は、いずれも、同一人物による、筆跡の変動と、判断される」

「精神状態や、年齢の変化で、筆跡が変わることは、ある」

「だが、ここまで、明確に、七つの型に、分かれる例は、珍しい」

それだけだった。

専門家は、七種類が、一人の、人間の、筆跡だと、判定した。

語り部たちの、筆跡と、一致していた、六種類も、含めて。

私は、十二枚を、何度も、並べ直した。

角度の数字を、声に、出して、読み上げてみた。

順番を、変えても、結論は、変わらなかった。

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私は、所見を、何度も、読み直した。

読んでいるあいだに、ある考えが、ゆっくりと、形になっていった。

私は、記録しているつもりで——

七人分の、記録を、している。

その考えが、腑に落ちるまで、しばらく、時間が、かかった。

落ちたあとも、机の前から、しばらく、動けなかった。

十二枚の、比較図を、一枚ずつ、重ねて、揃えた。

紙の、角を、揃えるだけの、動作に、いつもより、長く、時間を、使った。

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四十六本目の蝋燭に、火を、つけた。

棚の、左端の、一本目の炎が、また、右に、揺れた。

炎の高さは、変わらなかった。揺れたのは、方向だけだった。

三十八話から、九話、連続だった。

棚の、右端には、まだ、何も、立っていない、燭台が、五十四本分、並んでいた。

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鑑定書を、ノートの、最後に、挟んだ。

挟みながら、最も、新しい、変わり目を、確かめた。

ページの、端から、数えて、四枚前だった。

今日、書いた、はずの、ページだった。

そこに、何を、書いたか、覚えていなかった。

字を、もう一度、見た。

右に、傾いていた。今、私が、この行を、書いている、傾きと、同じだった。

同じ、傾きの字が、同じ、傾きの字を、見ている。

ページの隅に、いつも、書いている、時刻の、覚え書きが、なかった。

いつ、これを、書いたのかさえ、分からなかった。

誰が、書いたのかも、分からなかった。

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残り、五十四本。

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作者について

闇工房

闇工房

"正常"と"異常"の境界を、一話ずつ削り取る。 心理ホラー小説・TRPGシナリオを制作するソロクリエイター。 代表作は連作怪談「継承される百の違和感」—— 読み進めるうちに、あなたの"普通"...

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