第5話 後悔

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/8/3 📚 シリーズ: 見て、見ないで 📝 866文字 ✅ 全年齢

あらすじ

「有紗さん。待ってました」勤務を終えた有紗が職員通用口を出た時、人懐っこい声がした。「田鎖でいいです。別に待たなくてもいいですよ。忙しいでしょう?相談員は」

本文

「有紗さん。待ってました」

勤務を終えた有紗が職員通用口を出た時、人懐っこい声がした。

「田鎖でいいです。別に待たなくてもいいですよ。忙しいでしょう? 相談員は」

振り向きもせずに、言葉を投げる。

早苗は子犬のように有紗の後を歩きながら、楽しそうに続けた。

「も~。恋人が待ってたら普通は喜びません?」

「そういうソレでは……ないでしょう」

『恋人』という一言に、有紗は打ちのめされる思いだった。

「ちょっと話したくて。今からうち、来ませんか?」

「嫌です」

「じゃあ有紗さんのうちに……」

「無理です」

あんまりだ。いくら脅しをかけてきた相手とは言え、年若い子に取る態度ではない。

頭では理解しているのに、感情が追い付かなかった。マスクの下で、有紗は乾いた唇を噛み締める。

「ごめんなさい……。人と話す気になれなくて」

「あの後、何もありませんでしたよ?」

「え?」

「あ、そういうことじゃなかったですか? 」

早苗は、何でもないような顔をして言った。

「気にしてるかなって……思ってたんですけど……」

見透かされている。自分が頭の中で何を考えていたのか。

それを認識した有紗は、猛烈な羞恥に苛まれた。

「別に……私は……」

いやな汗が、滲む。

「有紗さんが言ってたこと、気になって。ちゃんと話聞かせて欲しいんです」

「何の話です?」

「酔っぱらって言ってたことですよ。心配で……」

「脅迫してきた人がよく言いますね」

また、やってしまった。有紗は後悔した。

紛いなりにも自分を心配していると言う人への物言いを。そして、あの夜、居心地の悪さをごまかすために深酒した自分の浅慮を。

だが、有紗の言葉など早苗にはまるで響いていないようだった。

施設の敷地を抜け、商店街に通じる人気のない路地裏に差し掛かった時。彼女は有紗の手をがっしりと掴んできた。

「脅迫ついでにまた脅します。有紗さんがこのまま帰るっていうなら、今からだって施設に戻って自慢しちゃいますよ?」

驚きに耳を疑う。この子は、人を脅すことに抵抗がない。

有紗は、自分の心臓に既に彼女の爪が食い込んでいることを自覚した。

「……分かりましたよ」

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作者について

彩華 じゅん

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