第5話 後悔
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
「有紗さん。待ってました」勤務を終えた有紗が職員通用口を出た時、人懐っこい声がした。「田鎖でいいです。別に待たなくてもいいですよ。忙しいでしょう?相談員は」
本文
「有紗さん。待ってました」
勤務を終えた有紗が職員通用口を出た時、人懐っこい声がした。
「田鎖でいいです。別に待たなくてもいいですよ。忙しいでしょう? 相談員は」
振り向きもせずに、言葉を投げる。
早苗は子犬のように有紗の後を歩きながら、楽しそうに続けた。
「も~。恋人が待ってたら普通は喜びません?」
「そういうソレでは……ないでしょう」
『恋人』という一言に、有紗は打ちのめされる思いだった。
「ちょっと話したくて。今からうち、来ませんか?」
「嫌です」
「じゃあ有紗さんのうちに……」
「無理です」
あんまりだ。いくら脅しをかけてきた相手とは言え、年若い子に取る態度ではない。
頭では理解しているのに、感情が追い付かなかった。マスクの下で、有紗は乾いた唇を噛み締める。
「ごめんなさい……。人と話す気になれなくて」
「あの後、何もありませんでしたよ?」
「え?」
「あ、そういうことじゃなかったですか? 」
早苗は、何でもないような顔をして言った。
「気にしてるかなって……思ってたんですけど……」
見透かされている。自分が頭の中で何を考えていたのか。
それを認識した有紗は、猛烈な羞恥に苛まれた。
「別に……私は……」
いやな汗が、滲む。
「有紗さんが言ってたこと、気になって。ちゃんと話聞かせて欲しいんです」
「何の話です?」
「酔っぱらって言ってたことですよ。心配で……」
「脅迫してきた人がよく言いますね」
また、やってしまった。有紗は後悔した。
紛いなりにも自分を心配していると言う人への物言いを。そして、あの夜、居心地の悪さをごまかすために深酒した自分の浅慮を。
だが、有紗の言葉など早苗にはまるで響いていないようだった。
施設の敷地を抜け、商店街に通じる人気のない路地裏に差し掛かった時。彼女は有紗の手をがっしりと掴んできた。
「脅迫ついでにまた脅します。有紗さんがこのまま帰るっていうなら、今からだって施設に戻って自慢しちゃいますよ?」
驚きに耳を疑う。この子は、人を脅すことに抵抗がない。
有紗は、自分の心臓に既に彼女の爪が食い込んでいることを自覚した。
「……分かりましたよ」