第6話 ルマンド
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
一日ぶりに訪れる早苗の部屋で、有紗は居心地悪く座っていた。化粧品が満載だったローテーブルの上はきちんと片付けられ、カフェオレの入った派手なマグが二人分、置かれている。「ル〇ンドとホワイ〇ロリータ、どっちが好きです?あたしどっちも好きなんでどっちも出しますね」
本文
一日ぶりに訪れる早苗の部屋で、有紗は居心地悪く座っていた。
化粧品が満載だったローテーブルの上はきちんと片付けられ、カフェオレの入った派手なマグが二人分、置かれている。
「ル〇ンドとホワイ〇ロリータ、どっちが好きです? あたしどっちも好きなんでどっちも出しますね」
一〇〇円均一で見たことのある白い皿の上。山盛りのお菓子を出してきた早苗は、有紗の隣にゆったりと座る。
湯気の立つマグを横目で見た有紗は、ル〇ンドの包装を破る早苗に問いを投げた。
「それで……私が何を言ったんですか?」
ミルフィーユ生地をこぼさないよう手皿をした早苗は、いつも通りの声音で話し出した。
「あの後、有紗さんが潰れちゃって、ワンチャンいこうとしたんですよね」
「は?」
「でも、有紗さん泣いちゃったから、何も出来ませんでした」
何でもないことのように告げられる言葉に、頭が混乱した。
「待ってください。虫壁さんが言うようにお付き合いしてるとしても、いきなりそういう行為は……どうなんですか?」
「別に普通ですよ。あたし、付き合ったらまずしたいタイプなんで」
めちゃくちゃなことを言っているのに、早苗はまるで当然のような顔をしている。
「それは……それはおかしいです。ちゃんと自分を大事にしないと……」
「大事にしてるから、じゃないですか」
有紗の言葉が、遮られる。
「あたし、ショートケーキのいちご、真っ先に食べちゃいます。好きだから」
ル〇ンドの最後のひとかけらが、早苗の口の中に消える。
「好きな人のこともすぐに食べたい。だって好きなんだもん」
「分からない……」
有紗は頭を抱える。
「どうして私なんですか? あなたはまだ若いし、相手なんかいくらでも見つけられるでしょ?」
胸がずきりと痛んだ。
「何も、こんな汚いおばさんじゃなくたって……」
「そこですよ。その自己肯定感低いとこ」
手と手が、触れる。
「あたし、花萌あざみの小説がすごく好きです。世界の素敵なとこを言葉で切り取ってるみたいで。読んだ後、や~な現実もなんかエモく見えて」
早苗の指先が、逃げようとする有紗の指を絡め取る。
「小説だけじゃないですよ。SNSの投稿も毎日チェックしてます。読んでて分かりました。この人は自分が嫌いなんだろうなって。でも、だからこそこの人の世界はきれいなんだなって」
ぞくりとした。手の甲を、爪が滑る。
「何で分かるかって、あたしも自分が嫌いだから。でも、あたしはあざみさんみたいに出来ないから、憧れて、そうなりたくて、近付きたくて……」
「……何、言ってるんですか」
吐き出すように、言った。
「あなたが、あなたが、私の何を知ってるって言うんですか」
指先の体温に、有紗は苛立ちの棘を刺す。
「好きだとか何とか言いながら、こんな脅すみたいなことして……ふざけるのもいい加減にしてください。そんなに人のことからかって楽しいですか? ほんと最低」
言葉とは裏腹に、絡まった指をほどくことは出来なかった。
「何にも見てない、何も分かってない、あなたみたいな人の言うことなんて……」
言葉尻を噛んだ有紗に、早苗が自嘲のようにひとりごちる。
「本気、なんだけどな……」
その態度がどうにもいけなかった。つかみどころなく人を弄ぶような言動をしておいて、自分の本気だけは信じて欲しいなどと――虫の良すぎる話だと有紗は思った。
「本気っていうなら」
震える手で、マスクをはぎ取る。
「この顔見てもう一度言ってみなさい」
もはや、早苗に対する気遣いなどは消え失せていた。
どうにかしてこのふざけた女を傷つけてやりたい。間違っていたと思い知らせてやりたい。有紗の内面にあったのは、それだけだ。
「この顔見ながらさぁ。ほら、好きなんでしょ? 本気なんでしょ?」
凍り付くような沈黙。
どこまでも冷たい刹那、有紗の脳裏によぎるのは、一片の光景だった。
『俺、有紗のことが好きなんだ。付き合ってほしい』
満開の桜、詰襟の学生服、まだ、マスクを着けていない自分。
『お前のことなんか誰も好きになんねえよ! このブス!』
地面に投げられ、踏みつけられたレースのハンカチ――
手の震えは、制御不能なほど強い。
「バカにしないでもらえます?」