第6話 ルマンド

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/8/3 📚 シリーズ: 見て、見ないで 📝 1,687文字 ✅ 全年齢

あらすじ

一日ぶりに訪れる早苗の部屋で、有紗は居心地悪く座っていた。化粧品が満載だったローテーブルの上はきちんと片付けられ、カフェオレの入った派手なマグが二人分、置かれている。「ル〇ンドとホワイ〇ロリータ、どっちが好きです?あたしどっちも好きなんでどっちも出しますね」

本文

一日ぶりに訪れる早苗の部屋で、有紗は居心地悪く座っていた。

化粧品が満載だったローテーブルの上はきちんと片付けられ、カフェオレの入った派手なマグが二人分、置かれている。

「ル〇ンドとホワイ〇ロリータ、どっちが好きです? あたしどっちも好きなんでどっちも出しますね」

一〇〇円均一で見たことのある白い皿の上。山盛りのお菓子を出してきた早苗は、有紗の隣にゆったりと座る。

湯気の立つマグを横目で見た有紗は、ル〇ンドの包装を破る早苗に問いを投げた。

「それで……私が何を言ったんですか?」

ミルフィーユ生地をこぼさないよう手皿をした早苗は、いつも通りの声音で話し出した。

「あの後、有紗さんが潰れちゃって、ワンチャンいこうとしたんですよね」

「は?」

「でも、有紗さん泣いちゃったから、何も出来ませんでした」

何でもないことのように告げられる言葉に、頭が混乱した。

「待ってください。虫壁さんが言うようにお付き合いしてるとしても、いきなりそういう行為は……どうなんですか?」

「別に普通ですよ。あたし、付き合ったらまずしたいタイプなんで」

めちゃくちゃなことを言っているのに、早苗はまるで当然のような顔をしている。

「それは……それはおかしいです。ちゃんと自分を大事にしないと……」

「大事にしてるから、じゃないですか」

有紗の言葉が、遮られる。

「あたし、ショートケーキのいちご、真っ先に食べちゃいます。好きだから」

ル〇ンドの最後のひとかけらが、早苗の口の中に消える。

「好きな人のこともすぐに食べたい。だって好きなんだもん」

「分からない……」

有紗は頭を抱える。

「どうして私なんですか? あなたはまだ若いし、相手なんかいくらでも見つけられるでしょ?」

胸がずきりと痛んだ。

「何も、こんな汚いおばさんじゃなくたって……」

「そこですよ。その自己肯定感低いとこ」

手と手が、触れる。

「あたし、花萌あざみの小説がすごく好きです。世界の素敵なとこを言葉で切り取ってるみたいで。読んだ後、や~な現実もなんかエモく見えて」

早苗の指先が、逃げようとする有紗の指を絡め取る。

「小説だけじゃないですよ。SNSの投稿も毎日チェックしてます。読んでて分かりました。この人は自分が嫌いなんだろうなって。でも、だからこそこの人の世界はきれいなんだなって」

ぞくりとした。手の甲を、爪が滑る。

「何で分かるかって、あたしも自分が嫌いだから。でも、あたしはあざみさんみたいに出来ないから、憧れて、そうなりたくて、近付きたくて……」

「……何、言ってるんですか」

吐き出すように、言った。

「あなたが、あなたが、私の何を知ってるって言うんですか」

指先の体温に、有紗は苛立ちの棘を刺す。

「好きだとか何とか言いながら、こんな脅すみたいなことして……ふざけるのもいい加減にしてください。そんなに人のことからかって楽しいですか? ほんと最低」

言葉とは裏腹に、絡まった指をほどくことは出来なかった。

「何にも見てない、何も分かってない、あなたみたいな人の言うことなんて……」

言葉尻を噛んだ有紗に、早苗が自嘲のようにひとりごちる。

「本気、なんだけどな……」

その態度がどうにもいけなかった。つかみどころなく人を弄ぶような言動をしておいて、自分の本気だけは信じて欲しいなどと――虫の良すぎる話だと有紗は思った。

「本気っていうなら」

震える手で、マスクをはぎ取る。

「この顔見てもう一度言ってみなさい」

もはや、早苗に対する気遣いなどは消え失せていた。

どうにかしてこのふざけた女を傷つけてやりたい。間違っていたと思い知らせてやりたい。有紗の内面にあったのは、それだけだ。

「この顔見ながらさぁ。ほら、好きなんでしょ? 本気なんでしょ?」

凍り付くような沈黙。

どこまでも冷たい刹那、有紗の脳裏によぎるのは、一片の光景だった。

『俺、有紗のことが好きなんだ。付き合ってほしい』

満開の桜、詰襟の学生服、まだ、マスクを着けていない自分。

『お前のことなんか誰も好きになんねえよ! このブス!』

地面に投げられ、踏みつけられたレースのハンカチ――

手の震えは、制御不能なほど強い。

「バカにしないでもらえます?」

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作者について

彩華 じゅん

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