第8話 つまり、あなたがいい
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
早苗の顔からは、いつもの人懐っこさが、消え去っていた。衝撃。有紗の顔を、彼女が真上から見下ろしている。押し倒されたのだと理解するまで、少し時間がかかった。
本文
早苗の顔からは、いつもの人懐っこさが、消え去っていた。
衝撃。有紗の顔を、彼女が真上から見下ろしている。
押し倒されたのだと理解するまで、少し時間がかかった。
「あたしは何も見てないし、何も分かってません」
有紗の両手を押さえつけ、馬乗りになった早苗が静かに声を落とす。
カーディガン越しの背中に、カーペットの短い毛足を感じる。
「だからつまり、あなたがいいんです」
短く息が漏れた。
シトラスの香り、額にさらりとかかる早苗の前髪、唇に感じる体温。
咄嗟にギュッと閉じた目の奥で、火花が散った心持ちがした。
リップで湿り気を帯びた、ふっくらとした唇。
有紗の唇を味わうように食んだ早苗は、閉じた前歯を押し開くようにして有紗の中をさぐる。
そして、カラカラに渇いて縮こまっていた舌を絡め取った。
ざらりとした感触に、甘苦いコーヒーの味が混ざって――
「ん……」
逃れようとする有紗を追って、彼女は更に深く入り込む。
くちゅ……
静かな部屋に、水音と2人の息遣いがやけに響いて聞こえた。
呼吸も、唾液も、存在すらも境目を失ってしまいそうな、それは有紗にとって初めての『キス』の感覚だった。
「……や、めて!」
あまりに生々しく、あまりに肉々しい情報の洪水。
耐え難くなった有紗が首を振ると、早苗の唇は微かなリップ音を立てて離れていった。
『ねぇ、離さないで。私を抱きしめて、髪を撫でていて。そうしたら、私あなたにキスをするわ』
荒く呼吸する有紗の耳元。声をひそめた早苗が、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「そ……それ……」
心臓が撃ち抜かれたように跳ね、体の熱が一瞬消えた。
『何度でも、愛してるって言って。それ以上に返すから』
吐息と声が、ぞくりと体の中心を痺れさせる。
その言葉は、有紗が、花萌あざみが書いた小説の一片だった。
「やめて……」
かすれた声を投げる。
何度も書き直して、推敲に推敲を重ねた、自信の一片。
「やめませんよ」
くすぐるような、声音。
「聞きたくないです……こんな、風に……こんな形で……」
耳たぶに落ちるキスに、語尾が震える。
「やめて……掘り起こさないで……あっ!」
不意に突き立てられた、歯。
びくりと身を震わせた有紗を、早苗はじっとりとした目で覗き込む。
「有紗さん、私のキス、『甘かった』ですか?」
あざみの作品の中では、キスはいつだって甘い。運命の人を待ち侘びた恋人同士は、幸せに結ばれなくてはならないから。
有紗の唇から首筋をなぞるように指が滑り、ブラウスのボタンを、ぷちり、ぷちりと外していく。
「こんな風にされるの、好きですか?」
露わになった鎖骨に、胸元に、キスが落ちる。
手順だって、いきなり核心を迫ったりはしない。じっくりと時間をかけて、丁寧に、お互いの愛を伝え合うように――
「やめっ……」
背中のホックが外される。
不安定に解放された膨らみを、自分のではない手が揉みほぐしていく。
肌色の周りから、少しずつ、羽のように指が、唇が、滑る。
その動きに合わせて、押さえた口から「ん」「あっ」と短い声がこぼれる。
くすぐったいような感覚はやがてジンジンと熱を持ち、下腹部に切ない疼きを覚えた有紗は両腿を擦り合わせた。
早苗に押さえつけられていた手はとっくに自由になっている。
しかし、有紗には彼女を押しのけることが出来なかった。
それどころか、彼女の指がもたらすもどかしい感覚に耐えかね、しがみつくように腕を掴んでしまっている。
自分のことを分かったような気でいる早苗に心底苛立っているのに。
正体をバラさない代わりに付き合えなどと、無茶な要求をしてきた早苗に腹が立って仕方ないのに。
彼女から強く求められているという強大な事実が、有紗の防壁を溶かしていた。
「有紗さん……きれいです」
喘ぎにも似た、甘い声。
身を強ばらせたまま薄く開いた視界に、早苗の蕩けたような目が映る。
上気した頬に、赤く熟れた唇。
いつもの、子犬のような人懐っこい後輩ではない。有紗を組み敷いているのは、まぎれもなく一人の女だった。
有紗の上で身を起こした早苗は、自らも上着を脱ぎ捨ててその引き締まった体を露わにする。
「見てください。ほら」
有紗の手が、彼女の胸に誘われる。
柔らかく、滑らかなそこに指が触れた時、彼女は微かに吐息を漏らした。
有紗に自らの胸を愛撫させながら、早苗は問いを落とす。
「ねえ有紗さん、私も『儚い蝶のように』きれいですか?」
「お願いします、やめて、やめてください……」
――私の言葉を犯すのは。
うわごとのような声は、エアコンの稼働音にかき消された。
彼女の唇が、有紗の胸の先をふに、と捕える。
「あうっ!」
自分でも聞いたことのない声が口をつき、早苗の胸に取り残されたままの手に力が入る。
「あっ……そんな風に触られたら……嬉しくなっちゃう。可愛いね。有紗さん」
じゅ、音を立てて、彼女の唇がそこに吸い付く。
唾液の絡んだ舌先が敏感な中心を規則的に弾き、そのたびに有紗の全身がピクリ、ピクリと跳ねる。
「ちょ、ちょっと待っ……あ、そっ……それダメ……」
「ん-?」
いたずらっぽい目を向けた早苗が、反対側を指でつまむ。
「んあっ! ダ、ダメだって――」
より合わせた太ももに、膝が侵入してくる。
ズボンと下着を慣れた手つきで脱がせた彼女は、有紗の片膝を上げてしげしげとそこを観察した。
「濡れてる……」
「違う! 違うから!」
自分ですらきちんと見たことのない場所を暴かれ、有紗の羞恥心は限界に達していた。
もはやどこを隠したらいいかすら分からず、ただ、両手で顔を覆う。
「わ、私……そんな……」
涙の絡まった声は、甘い嬌声へと姿を変えた。
早苗の指が、割り開かれた亀裂をなぞったのである。
あふれた蜜をすくい、敏感なところを、小刻みに――
「あっ、めっ……ムリ……そ、ダメ……ダ、ダメ……」
強烈な快感に身をよじらせ、呻きを上げた有紗に早苗は問う。
「『名前のない涙が零れてしまう』くらい、いいですか?」
「ち、がう……」
早苗に抗う言葉も、力も、出てはこなかった。
もう片方の手を自らの唾液で湿らせた早苗は、びくびくと腰を動かす有紗の中心にその指を突き立てた。
「いっ……!」
走ったのは痛みではない。
まだ何も迎え入れたことのないそこに侵入してきた異物に、反射的に声を上げてしまったのだ。
「む、むし、か……むし、かべ……さん……それは、だって、私まだ……いやぁ!」
意味をなさない言葉を聞いているのかいないのか、早苗は中に刺し入れた指でその肉壁をなぞりあげる。
瞬間、鈍い刺激が腹の中を満たす。
未知の感覚から逃れようと身をよじった有紗だが、開いた下肢は早苗の足にがっちりと固定されてしまっていた。
「待って! 待って! 何これ。待って!」
「ほんと、可愛いですね」
早苗がどんな表情でそう言ったのかは、分からなかった。
中の指をゆるゆると動かしながら、早苗はもう片方の手で有紗の外側に触れてきた。
「んぅっ!」
「その顔、もっと見せてください」
早苗が、中と外を同時に刺激する。
深く、鋭くもたらされる快。
室内に響く水音はいよいよ大きく、指を噛んだ有紗の吐息交じりの呻きが混ざる。
「有紗さん、あざみさん、好きですよ」
朦朧とした頭に、早苗の声が届く。
エコーがかかったようにぼやけるその声の奥で、波のように何かが押し寄せてくる感覚があった。
「全部、ください」
この波が何を意味しているのかぐらい、経験のない有紗にも分かった。
そんな姿、この子の前で晒したくはない。
「好きです」
だが、どんどん昂っていく快楽を、有紗にはどうすることも出来なかった。
いやだ、いやだ。
カーペットを、ローテーブルの足を、何でもいい。
掴んで逃がそうとした。
無理だった。
「あなただけ、欲しいんです」
早苗の欲を孕んだ視線が、ぶつかる。
見られてしまう。
いやだ、こんな――
全身を駆け巡る、熱。
痙攣。
のけぞった喉が、ひくりと動く。