62話:期末試験 シュドーのオリジン
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
貴族のみが魔法を使える世界。平民でありながら大魔導士を目指す少年シュドーは幼馴染の羊の半獣人メルティと共に、老魔導士ナザルに魔法の素養を見込まれ魔導士としての修行を続ける。しかしある時起きた災害『大異変』によって、メルティは女の子になってしまった。そして大異変をきっかけに、世界は大きく変わり始めた…
本文
「シュドー! どうしよー!!」
メルティがシュドーの制服の袖を掴み、この世の終わりのような顔をして泣き叫ぶ。 その巨大な瞳からは今にも大粒の涙がこぼれ落ちそうで、羊の角が不安げに震えていた。
「今度の期末テストで一個でも赤点を取ったら、夏休み返上で全部補習だってデボラ先生に怒られちゃったよー!! 夏休みが無くなっちゃうなんてやだー!!」
使い魔お披露目会の熱狂も落ち着き、テスト前の廊下は、血走った目で呪詛の様に歴史の年号を唱える者や教科書を睨む一回生で溢れていた。
「うるせーよ!! わかったわかった、勉強教えてやるから泣くなよ……。ったく、高度な魔法を初見で使いこなせる化け物のくせに、なんで理論の公式は覚えられねぇんだよ。極端すぎるだろうが」
シュドーは不機嫌そうな目つきを隠そうともせずに毒づくが、その手はメルティの涙を拭うためにハンカチを探している。 魔力調整や座学を苦手とするメルティに対し、シュドーは才能こそ凡人だが座学に関しては学年でも優秀な成績を収めていた。
「んじゃ、放課後にまた図書室で勉強するぞ。途中で寝るなよ」
「わ、わかった……頑張るよぉ」
メルティは鼻を啜りながら、縋るような思いで頷いた。
その会話を背後から聞いていた影を知らずに。
◇◇◇
そして放課後。
西日が差し込む静謐な図書室の一角に、シュドーは愕然として立ち尽くしていた。
古い紙とインクの匂いが、静かに満ちていた。
「……いや、なんでお前らまでいるんだよ!?」
シュドーの目の前には、メルティだけでなく、アル、ジョシュア、ニック、ダヤンの男子勢。
さらにはファリナ、マリン、アリシアまでが揃って陣取っていた。
「いやぁ、お前らが勉強会をやるって聞いたから、便乗させてもらおうと思ってよ。頼むぜシュドー先生、お前、座学は無駄に成績がいいだろ?」
アルがホビット特有の愛嬌のある顔で、片目を瞑って拝むように言ってくる。
「俺も、魔導構築論がイマイチわかんねぇから教えて欲しいな」
ジョシュアが気怠そうに手を上げ、その後ろではニックとダヤンが縋るような視線を送っている。
「ご、ごめん。僕もちょっと、色々わからないところが多くて……」
「お、俺も……」
さらに、丸眼鏡を直しながら、ファリナが消え入りそうな声で付け加えた。
「わ、私も、薬草学の魔力調和比率のところが、どうしても覚えられなくて。もしよかったら、教えてほしいなって……」
シュドーはこめかみを押さえ、最後に残った二人を睨んだ。
「……アリシアとマリンは何しに来たんだよ? お前ら、頭はそんなに悪くない方だろ?」
マリンは金髪のツインテールを跳ねさせ、ツンとした様子で胸を張る。
「フン、あんたらみたいな野獣の群れに、メルティとファリナを入れたら何しでかすかわからないから監視をするだけよ」
「マリン、もうちょっと言い方考えなって……。ごめんシュドー。この子、メルティとファリナを心配してるだけだから。邪魔はしないし、私達も復習したいからさ。いいでしょ?」
アリシアがウィンクしながらフォローを入れると、シュドーは深い溜息をついた。
「……わかったよ。言っとくけど、やるからにはちゃんと真面目にやるからな?」
「おー! 流石は未来の大魔導士様、話がわかるぅ〜!」
アルが調子のいい声を上げる。
「真面目にやるっつっただろ! 次、変なこと言ったら蹴り飛ばすぞ!」
「へーいへい」
バシッ!
シュドーが机に教科書を叩きつけ、即席の勉強会が始まった。
◇◇◇
スラスラ。
カリカリ。
静かな図書室に、羊皮紙を滑るペン先の音と、シュドーが数式を解説する低い声が響く。
メルティは何度も意識が飛びそうになりながらも、シュドーの鋭い視線に震え上がって机にしがみついていた。
一刻、二刻と時間は過ぎ、司書が閉館の準備を始める。
窓の外の光が、いつの間にか橙色から藍色に変わりかけていた。
「もうあと十分で終わりか。しゃーねぇ、今日はここまでにしとくぞ」
シュドーの言葉を聞いた瞬間、一同は一斉に椅子にもたれかかり、解放感に満ちた溜息を漏らした。
「はぁー、疲れた……。お前、毎日こんなことやってたのかよ?」
アルが、使い古された教科書を手際よく片付けるシュドーを見て、感心したように呟いた。
「俺は魔力に関しては凡人程度の才能しかねぇからな。それ以外でやれることは全部やっときてーんだよ。大魔導士になるためには、本当はもっともっとやっときてーんだがな。利用時間を過ぎて教官に睨まれたら本末転倒だ」
「かー! 未来の大魔導士様は意識が違うね。俺には絶対に無理だ」
ジョシュアが天井を仰ぐようにして笑う。
バタン。
シュドーが最後に魔法の杖を鞄に収めようとしたその時、それまで静かに復習をしていたマリンが、真剣な眼差しでシュドーを射抜いた。
「……ねぇ、シュドー」
不意に投げかけられた声に、シュドーの手が止まる。
「あんた、まさか本気で大魔導士を目指してるの?」
ページをめくる音さえ止まり、図書室が完全な静寂に包まれた。
その問いは、ただの皮肉ではない。
このエリート揃いの大学において、凡人の資質しか持たない少年が抱くには、あまりに重すぎる夢の真偽を問うものだった。
周囲のクラスメイトたちも、思わず息を呑んでシュドーの答えを待った。