63話:期末試験② 理由
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
貴族のみが魔法を使える世界。平民でありながら大魔導士を目指す少年シュドーは幼馴染の羊の半獣人メルティと共に、老魔導士ナザルに魔法の素養を見込まれ魔導士としての修行を続ける。しかしある時起きた災害『大異変』によって、メルティは女の子になってしまった。そして大異変をきっかけに、世界は大きく変わり始めた…
本文
「ああ、本気だぜ。だからこそ、必死な思いをしてまで、この大学に来たんだからな」
マリンの問いに答えたシュドーの口調は、いつもの喧嘩腰なそれとは違い、どこか遠くを見つめるような静けさを湛えていた。
「お前が言いたいことは、なんとなくわかる。魔導士としての才能がない俺が、なんでそんな大それた場所を目指しているのか。それに……一度はメルティの才能に嫉妬して、あいつを無視するようなダセェ真似をした奴が、どの面下げて大層な夢を語ってるんだってことだろ?」
メルティの規格外の才覚を目の当たりにし、己の凡庸さに心を折られかけた。
その際、やり場のない劣等感からメルティを避け、彼女の心を深く傷つけてしまった過去は、今もシュドーの中に消えない傷として残っている。
「おいおい、シュドー!その件に関してはもういいだろ? メルティちゃんには謝ったし、メルティちゃんだってもう許したんだ。な、そうだろ?」
アルが場を和ませようと、わざとらしく明るい口調で身を乗り出した。
隣に座るメルティも、不安げに羊の角を揺らしながら大きく首を振る。
「う、うん。僕もそのことはもう本当に全然気にしてないから……。
シュドーは、何も悪くないよ?」
「……それに関しては、私ももう何も言うつもりはないわ。あんたがどれだけ血の滲むような努力をしているかも、認めないわけじゃない。私が知りたいのはね、なんであんたみたいな凡人が、そこまで執着するのかっていう動機よ」
マリンは腕を組み、納得のいかない様子で言葉を継いだ。 魔導士の血を引く貴族として、幼い頃から「貴族の気高さ」を叩き込まれてきた彼女にとって、大魔導士という存在は聖域にも等しいものだった。
「かっこいいからだよ。ただ、憧れちまったんだ。それだけだ」
短く吐き出されたシュドーの答えに、マリンの眉間に深い皺が刻まれた。
彼女の期待していた、高潔な使命感や壮絶な復讐心といったドラマチックな返答とは、あまりにかけ離れていたからだ。
「……何それ、ガッカリだわ。もっと芯のある理由かと思ったら、そんなミーハーな子供みたいな理由だったのね。呆れた」
「ちょっと、マリン。いくらなんでもそれは言い過ぎよ」
アリシアが慌てて割って入るが、マリンの舌鋒は止まらない。
「魔導士っていうのは、ただの称号じゃないのよ。誇り高き英雄たちの末裔に課せられた、血の使命のようなものなの。それを子供の夢みたいな甘い考えで目指すなんて、命を懸けて戦ってきた先祖に対する冒涜じゃないの」
ガタッ、と椅子が鳴った。 これまで沈黙を守っていたジョシュアが、冷ややかな視線をマリンに向けていた。
「……お前、いい加減にしろよ。誰がどんな理由で何を目指すかなんて人それぞれだ。他人が偉そうにどうこう言うもんじゃねぇだろ。貴族様が勝手に気高き理想を持つのは自由だがな、それを他人に押し付けるんじゃねぇよ」
「お、おいジョシュア……!」
アルが慌ててジョシュアの袖を引くが、ジョシュアとマリンの視線は火花を散らして衝突した。
「私は真剣さの話をしてるのよ。魔導士は国を背負う仕事なの。あんたみたいに、将来就職に有利で金が稼げるからなんて不純な動機でここにいる奴には、この先にある本当の苦難なんて乗り越えられないわよ」
「なんだと……!」
ジョシュアが反論の言葉を紡ごうとした瞬間。
「か、金を稼ぐことの、何がいけないんだよ!!」
ドン!!
大きな音が図書室に響き渡った。 普段は卑屈で小心なはずのダヤンが、両手で机を叩き、顔を真っ赤にして立ち上がっていた。
「お、俺の村は……皆貧乏なんだ! 春から秋まで、土まみれで休みなく働かなくちゃいけなくて…家の隙間風一つ直すのだって、精一杯なんだ。 金が欲しくて働く事が、そんなに悪いことなのかよ!!」
震える声で叫ぶダヤンの剣幕に、マリンも、そして周囲の面々もたじろいだ。
農家の出身であるダヤンにとって、魔法は夢ではなく、現実を生き抜くための唯一の武器だったのだ。
「ダヤンの言う通りだ」
ジョシュアが冷徹な声を重ねる。
「俺みてぇな奴が、そこそこな生活を送るのだって、必死に生きなきゃならねぇんだよ。家も金も魔力も、最初から持って生まれたお嬢様にはわからねぇだろうけどな。その点、貴族様はいいよな。魔導士になれなくたって、家を継げば一生食いっぱぐれねぇんだ。気楽で羨ましいぜ、全く」
「――ッ!!」
ドン!!
今度はマリンが激昂し、椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がった。
「ちょ、ちょっと二人とも! 落ち着いて!」
「待て待て、喧嘩はやめろって! 教官に見つかったら怒られるぞ!」
アリシアとアルが必死に仲裁に入ろうとし、メルティやファリナ、ニックはおろおろと視線を彷徨わせる。 一触即発の、張り詰めた空気が図書室を支配した。
「やめろよ」
その中心で、シュドーが静かに、しかし抗いようのない拒絶を含んだ声を放った。
重苦しいプレッシャーに、ジョシュアもマリンも言葉を呑み込み、シュドーを見る。
「……実際に、マリンの言う通りだ。俺の動機なんて、他人の高尚な理想に比べりゃ、反吐が出るほど薄っぺらなもんさ。本当に、ただの憧れなんだ。ガキの頃、この目に焼き付いちまった、どうしようもない憧れなんだよ」
普段の乱暴な口調は消え失せ、シュドーは独白するように語り始めた。
全員が、彼が語ろうとしている未知の記憶に引き込まれるように、息を殺して耳を傾ける。
窓の外の光がすっかり橙色から紫に変わり、図書室の隅に影が伸びていた。
「……俺の故郷、港町コタンは、海以外に何もない田舎だ。魔獣も貴族も来ねぇ、平和だけが取り柄の小さな町だった。けど……一度だけ、魔獣の群れに襲われて、町が丸ごと消えかけたことがあったんだよ」
その言葉に、一同の身体が強張った。
シュドーが静かに語り始めたのは、幼馴染のメルティにも、師匠であるナザルにも話したことのない、彼の原点となる過去だった。
まだ、彼が魔法という力に触れるよりもずっと昔、運命の歯車が回り出す前の出来事――。