異世界ガチャは一日一回(三)
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
長編&連作 作品集
本文
異世界ガチャは一日一回(三)
金の鍵で帰宅した後、いつの間にか元・勇者との奇妙な同居生活が始まっていた。
とはいえ、そう広い部屋でもない。ベッドは一つしかなく、結局それは勇者に譲る形になった。純は来客用に買っておいた布団を引っ張り出して寝ている。
「悪いな、お前のベッド奪って」
「いや別に。むしろこの布団、思ったより快適だから助かってる」
実際、通販で買ったニトリのマットレスより寝心地がいいことに気づいてしまい、純は複雑な気持ちを抱えていた。安物を選んだ自分への評価が、日に日に下がっていく。
ある日、出前の代金を払おうと財布を漁っていた純の手から、小さな何かがころりと畳の上に転がり落ちた。ガチャから出てきたあの爪楊枝ほどの剣。
「ん?」
拾い上げた勇者が、それをまじまじと見つめる。
「……待て、これ」
「あ、それ俺の剣。爪楊枝サイズのやつ。宝物庫の鍵、それで開けたんだよ」
「いや、そうじゃなくて」
勇者は妙に真剣な顔で剣先をなぞった。
「ものすごく小さいが……形は、俺の剣だ」
「は?」
「昔、そこそこ図体のでかいスライムと鉢合わせてな。面倒だったから剣を突き刺して片付けようとしたら、そのままずぶずぶと沈み込んで抜けなくなった」
「え」
「引っ張っても引っ張っても出てこなくてな。そのうち面倒になって、剣ごと置いていった」
純は思わずスライムに舐められたときのことを思い出し、妙に納得した。
「へー。じゃあお前が置いていったのが、巡り巡ってこれになったってことか」
どういう理屈でそれがガチャの中から出てきたのかは、純にもさっぱりわからない。だが、この世界に来てからというもの、理屈の通ることの方が珍しい。今更気にしても仕方がなかった。
「まあ、そういうこともあるか」
「何がだ」
「いや、こっちの話」
純はそっと剣を財布にしまい直した。
「まあ、あんな雑魚、後回しでよかったんだ。俺はそのあと、もっとでかい方――魔王を仕留めて、それで大体片が付いたようなもんだったからな」
「その割に、剣は置き去りかよ」
「悪い、忘れてた」
「まあいいけどさ。おかげでこっちは、宝物庫の扉もその小箱も、こいつ一本であっさり開けられて助かったし」
「そうか。役に立ったならよかった」
しれっとした顔で言い切ると、勇者はさっさと出前の中華丼を食べ始めた。
その夜も、純はいつも通り布団に潜り込んでいた。
日付が変わる直前、部屋の隅に置いていた電子レンジが、誰も操作していないのに「ピー」と間の抜けた音を立てた。庫内から漏れる光が異様に眩しく、その光がすぅっと伸びてきて、純の体だけをふわりと掬い上げる。
「……またこのパターンか」
抗う間もなく、体が光に引き寄せられ、そのまま吸い込まれていった。
気づけば純は、鬱蒼とした草むらの真ん中に立っていた。あたり一面、ブンブンという羽音が充満している。
「うわ、何この音、蜂の巣にでも突っ込んだ?」
見渡すと、小さな羽の生えた悪魔――正確には悪魔と呼ぶには小さすぎる、拳サイズの魔物の群れが、無数に飛び回っていた。一匹一匹は弱そうだが、数が数だけに鬱陶しい。純の顔面や耳元にひっきりなしにまとわりついてくる。
「痛っ、噛むなよ! 蚊か!」
握りしめていたカプセルを慌てて開けると、転がり出たのは一巻きの蚊取り線香だった。
「……ガチだ蚊取り線香。虫だからって安直すぎるだろ」
半信半疑で火をつけてみると、独特の煙がゆらりと立ち上る。途端、小悪魔の群れがぎゃあぎゃあと騒ぎながら一斉に離れていった。
「効いてる! 効いてる!」
意気揚々と煙を振りまいていると、遠くの茂みから、これまでとは比べ物にならない巨体が姿を現した。牙の生えた猪のような、それでいて全身が毛むくじゃらの獣。純を見つけるなり、鼻をひくつかせて近づいてくる。
「うわ、本命きたよ……」
身構えたその時、獣の巨大な鼻が、蚊取り線香の煙をまともに吸い込んだ。
「―――ハックション!!!」
爆音のようなくしゃみが炸裂し、その衝撃波だけで純は数メートル吹き飛ばされた。
「痛たた……なんだよそのくしゃみの威力……」
獣は目を潤ませながら、ズビズビと鼻をすすっている。どうやら煙アレルギーらしい。戦意はすっかり失われ、涙目でその場にへたり込んでしまった。
「……お前も存外、可愛いとこあるじゃん」
純が呆れつつ立ち上がったところで、背後から聞き覚えのある声がした。
「よう」
「うわ、なんでいんの!?」
振り返ると、そこには涼しい顔をした勇者が立っていた。手には、なぜか場違いなひよこ型の栓抜きが握られている。
「気配で気づいてな。お前、寝てる途中でいなくなるだろ」
「気配って、お前寝てたんじゃないの!?」
「寝てても分かる。長年の勘だ」
勇者はそう言いながら、へたり込んでいる獣を一瞥した。
「随分と情けない顔した化物だな」
「くしゃみで戦意喪失した」
「くしゃみで?」
勇者はしばらく黙って獣を見つめたあと、盛大に噴き出した。
「お前の戦い方、毎回どうかしてるだろ」
「うるさいな、俺だって好きでこうなってるわけじゃ……ってお前、その栓抜きどうやってこっち来たんだよ」
「ああ、これか。宝物庫にあったんだが、握ってると勝手についてこられるみたいだった」
「そんな大事なもん、なんで黙って持ってたんだよ」
「使う機会がなかっただけだ」
くしゃみの余韻でまだ震えている獣を尻目に、二人はそのまま日付が変わる時間まで適当に世間話をして、現実へと戻った。
翌朝、勇者が何気なくテレビをつけた。
「――続いてのニュースです。中堅商社の株式会社サン◎イズ物産が、経営不振により本日、破産手続きに入ったことが分かりました」
「……あれ」
純の箸が止まる。
「どうした」
「今の会社、俺の勤め先なんだけど」
「は?」
二人でしばらく画面を見つめたまま、時間が止まった。
「マジか……マジのやつだ」
「大丈夫なのか、それ」
「いや全然。失業保険もどうせすぐ切れるし、正直これから詰む未来しか見えない」
純は乾いた笑いを漏らしながら、テーブルに突っ伏した。上層部が何やら怪しい投資に手を出していたらしい、という噂だけはうっすら聞いていたが、まさか本当に潰れるとは思っていなかった。
「そうか」
勇者はしばらく考え込むと、何もない空間にアイテムボックスを開いた。
「じゃあ、これやるよ」
取り出したのは、使い込まれた大きめの長財布だった。
「……財布? つーか空じゃんこれ」
「まあ見てろ」
勇者は妙に自信ありげな顔をしていた。
「俺、一応勇者だからな。こういう道具は見慣れてる。それ、多分お前の世界のものだ」
「俺の世界の……?」
「宝物庫にあったにしちゃ、やけに質素だと思ってたんだよ。何かの役に立つんじゃないか」
半信半疑のまま、もう一度開けてみると、中には一万円札が一枚、ちょこんと収まっていた。
「は? 何だこれ、俺のガチャと張り合ってきてんの?」
「……まあ、金が出てくるなら困らんだろ」
純はしばらくその一枚をまじまじと見つめたあと、深いため息をついた。
「……とりあえず、明日ハロワ行くわ」
「はろわ?」
「お前が気にすることじゃない」
窓の外、いつも通りの夜が更けていく。会社は潰れ、財布からは謎の一万円が湧き、居候の元勇者は相変わらず涼しい顔をしている。
一日一回のガチャは、今日もまた――純の人生を、盛大にかき乱していく。
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