異世界ガチャは一日一回(四)
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
長編&連作 作品集
本文
異世界ガチャは一日一回(四)
会社が潰れた翌日、純はハローワークの窓口で、失業給付の手続きを黙々と済ませていた。
「再就職の意思はおありですか?」
「今のところ、正直ないです」
窓口の担当者が微妙な顔をしたが、純は気にしなかった。異世界で魔物と戦い、元勇者と同居している人間にとって、履歴書の書き方などもはやどうでもいい問題だった。
その夜、純は小腹が空いて目を覚ました。冷凍庫を開け、ガリガリ◯を手に取った瞬間だった。
「――冷たっ」
庫内から吹き出す冷気が、瞬く間に純の体を包み込む。氷の粒がキラキラと舞ったかと思うと、視界がホワイトアウトした。
「またこのパターンか……」
気づけば純は、雑多な喧騒に囲まれていた。
見渡す限り、色とりどりの屋台と露店が並ぶ、活気に満ちた市場だった。香辛料の匂い、串焼きの煙、聞いたことのない言語の呼び込み――異世界の日常が、そこにはあった。
「うわ、なんかまともな場所来た」
拍子抜けしていると、手元のカプセルが目に入る。開けてみると、転がり出たのはただの大きな買い物袋だった。
「……買い物袋?」
首をひねっていると、背後から聞き覚えのある声がした。
「よう」
振り返ると、勇者が涼しい顔で立っていた。その手には、なぜか純が落としたはずのガリガリ◯が握られている。しかもすでに三分の一ほど食べ進めていた。
「それ、俺の……」
「落ちてたから」
「いや落ちてたからって食うなよ」
「もったいないだろ」
まるで悪びれない様子で言い切ると、勇者はさらに一口かじった。
「ここ、俺が昔しばらく世話になった町でな。買い物なら好きなだけしろ。遠慮するな」
「お前が遠慮しろって言うと、逆に不安になるんだが」
そう言いつつも、純は買い物袋を片手に市場を歩き始めた。お言葉に甘えて、目についたものを、次々と袋に放り込んでいく。見たこともない果物、香ばしい匂いの干し肉、色鮮やかな瓶詰めの酒。値段交渉も、支払いも、すべて勇者が慣れた様子でこなしていく。
「まけろまけろ。こいつは常連の連れだ」
「常連て、お前もう三年顔出してないだろ」
「細かいことは気にするな」
支払いはすべて勇者のアイテムボックスから出た向こうの通貨で済んだ。純は財布を開くことすらなく、ひたすら買い物袋に品物を詰め込むだけでよかった。
昼過ぎには、勇者おすすめの店で遅い昼食を取った。もちろんこれも奢りだった。串焼きと謎の発酵飲料が並ぶ食卓は、地味に美味かった。
「こういうの、悪くないな」
「だろ? たまにはこういう日があってもいい」
特に事件は起きなかった。魔物に追われることも、絶体絶命になることもない、ただの平和な買い物日和。純は金色の鍵を取り出し、空間にかざした。
「そろそろ帰るか」
「そうだな」
あの半透明の扉が現れる。二人はそれをくぐり、いつものように戻った。
翌日、純はコンビニで買い物をしようとして、自分の財布がすっかり空になっていることに気づいた。
「……あ、金なくなったな」
考えてみれば当然だった。無職の身で、同居人一人分の食費まで賄っている。勇者は、こちらの生活費にはまるで無頓着で、生活費はいつも純の財布から出ていく。
仕方なく、勇者からもらったあの古びた財布を開いてみる。
一万円は、すでに日々の買い出しで使い切ったはずだった。だが財布の中には、また一枚、一万円札が入っていた。
純はしばらくその一枚をじっと見つめた。
「……まあ、いいか」
深く考えるのをやめ、その一万円を自分の財布に移した。理屈が通ることの方が珍しい世界に慣れすぎて、疑問を持つ気力すら湧かなくなっていた。
そしてその夜、いつものように純はガチャに呼ばれた。
寝る前、少し肌寒くなってきたので、押し入れから予備の毛布を取り出そうとした。奥へ手を伸ばした瞬間、押し入れの中が急に真っ暗な空間に変わり、そのまま引き込まれた。
「うわ、押し入れかよ! パターン増やしすぎだろ!」
気づけば純は、岩肌の目立つ荒れた渓谷に立っていた。目の前には、丸太のような棍棒を担いだ巨大なトロールが、じりじりと迫ってきている。
「うわ、デカい……」
握っていたカプセルを開けると、転がり出たのは一本のすりこぎ。
「……すりこぎ? 胡麻でもすれって言うのか?」
戸惑う間もなく、トロールが棍棒を振り上げる。純はとっさに、すりこぎを思い切り振り回した。
ヴォンッ!
木製の棒が空気を切り裂き、驚くほど大きな音を立てる。
トロールがぴたりと動きを止めた。
「な、なんだその音は……まさか、飛び道具か!?」
「え、これ音だけなんだけど」
トロールは完全に勘違いしたまま、じりじりと後ずさりを始めた。
「ま、待て……儂は争いを望んでおらぬ……!」
「いや別にこっちも争いたいわけじゃ」
「その武器をしまってくれ、頼む……!」
すっかり怯えきったトロールは、そのまま慌てて逃げ去った。純はすりこぎを片手に立ち尽くしたまま、拍子抜けした顔をしていた。
「……勝った? これで?」
答える者はいない。今日は勇者も姿を見せずじまい。純は一人、金の鍵で静かに帰路についた。
また別の日には、居間で座布団を叩いて埃を払っていた瞬間、突然座布団がぶわりと膨らみ、そのまま純を包み込んで空間ごと吸い込んでいった。
「座布団に呑まれるとか聞いたことないんだけど!」
気づけば純は、洞窟の入り口らしき場所に立っていた。目の前には、素早い動きで近づいてくる小柄な盗賊風の魔物がいる。純を狙っているのは明らかだった。
握っていたカプセルを開けると、なんと座布団が転がり出た。
「……お前が原因だったのか」
戸惑う間もなく、盗賊風の魔物が飛びかかってくる。純はとっさに座布団を思い切り投げつけた。
座布団は空中でくるくると高速回転し、フリスビーのような軌道を描いて、そのまま魔物の顔面に直撃した。
ボフッ!
「ぐべらっ!?」
魔物はもんどりうって地面に倒れ込み、白目を剥いて気絶。
「……座布団、飛ぶんだ」
純は自分で投げておきながら、一番驚いていた。
その夜、部屋に戻った純は、棚に増えていく道具の数々――フライパン、ラッパ、長靴、帽子、眼鏡、すりこぎ、そして床に敷かれた座布団――を眺めながら、深いため息をつく。
「なんか、どんどん雑貨屋になってくな」
ベッドで寝転がっていた勇者が、面白がるように答えた。
「まあ、悪くない収集癖だ」
「お前が言うな。人の家に居候しといて」
「気にするな」
窓の外、いつも通りの静かな夜が更けていく。会社は潰れ、財布からは相変わらず謎の一万円が湧き、居候の元勇者は今日も涼しい顔でベッドを占領している。
一日一回のガチャは、今日もまた――純の生活を、少しずつ賑やかにしていく。