第十九話 「全滅」
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あらすじ
『魔王るこ討伐記』あらすじ 剣士、魔法使い、弓使い、薬師―― 誰もがひとつの「スキル」を持って生きる世界。 冒険者たちは仲間とパーティを組み、ダンジョンを攻略し、魔物を討ち、日々さまざまな依頼をこなしていた。 そんな世界に君臨する、絶対的な敵。 魔王――るこ。 そして魔王に仕える、四人の強者――「四天」。 世界各地では、まだ互いの存在すら知らない者たちの物語が始まっていた。 一人で依頼をこなす剣士。 冒険者を夢見る弓使いの少女。 小さな薬草店で働く少女。 記憶を失った、異常なほど剣の強い謎の男。 そして――羊一匹にすら苦戦する、新米冒険者たち。 英雄だけが、この物語の主人公ではない。 冒険者も、商人も、ギルドの受付も、街で暮らす普通の人々も。 それぞれが出会い、別れ、時に敵となり、時に仲間となり―― やがて無関係だったはずの物語は、一つへと繋がっていく。 しかし彼らはまだ知らない。 なぜ魔王るこは世界を滅ぼそうとしているのか。 「魔王」とは、本当に世界の敵なのか。 そして―― この世界そのものに、誰も知らない秘密が眠っていることを。 これは、魔王を倒す英雄一人の物語ではない。 この世界に生きる、たくさんの人々の物語。 『魔王るこ討伐記』 ――魔王を倒したその先に、本当の答えがある。
本文
二回戦も、残すところあと六試合。
朝から続いていた歓声は衰えるどころか、試合を重ねるたびに大きくなっていた。
一回戦では四つに分けられていたグラディア大闘技場も、二回戦からは中央の巨大なステージ一面だけが使われている。
だからこそ、一つ一つの戦いに集まる視線も熱も、一回戦とは比べものにならない。
すでに十人が三回戦への切符を手にした。
そして――十一人目を決める戦いが始まろうとしていた。
maro『さああああ!! 二回戦もいよいよ終盤戦!! 第十一試合に参りましょう!!』
観客席から大きな歓声が上がる。
maro『まずは西シュポーポからやって来たこの男! 一回戦ではまさかまさかの【水切り】が大活躍! 《銀の羊》のリーダー――ざるそばぁぁぁ!!』
ざるそば「まさかって言うな!!」
その叫びに笑いが起こる中、ざるそばがステージへ上がる。
そして対面の入場口から、小柄な少女がゆっくり姿を現した。
maro『対するは、一回戦でプラチナ級冒険者るいひろの魔法を受け続けながらほぼ無傷!! その正体はいまだ謎多き、まくら姉妹の末っ子――まくらZぉぉぉ!!』
まくらZ「……よろしく」
ざるそば「よろしく!」
二人が向かい合った、その瞬間だった。
まくらA「Zちゃああああああん!!」
まくらB「今日もかわいいいいい!!」
まくらC「勝ってえええええ!!」
まくらD「いや勝たなくてもいい!! 帰ってきてくれればそれでいい!!」
まくらE「でも勝ってええええ!!」
ざるそば「うるっさ!?」
一角の観客席を埋め尽くす、まくらAからYまで総勢二十五人。
一回戦と変わらぬ圧だった。
すると、別の場所から負けじと声が飛んでくる。
むっちゃん「ざるそばー!! 負けんなー!!」
ぴりからし「リーダーの意地見せろー!!」
ねこ「がんばれー!」
ざるそば「お前ら……!」
ハイドラグーンとの戦いで一撃KOされたむっちゃんも、今はすっかり元気を取り戻している。
その横ではぴりからしが両手を口元に当て、これでもかというほど声を張り上げていた。
ぴりからし「応援なら負けねえぞぉぉぉ!!」
まくらF「こっちは二十五人いるけど!?」
むっちゃん「人数でマウント取るな!!」
まくらG「Zちゃーん!!」
ぴりからし「ざるそばぁぁぁ!!」
まくらH「Zちゃああああああん!!」
むっちゃん「ざるそばぁぁぁぁぁ!!」
ねこ「試合始まるよ!?」
観客席で別の戦いが始まりかけている。
その様子を見上げていたざるそばは、ゆっくりと息を吐いた。
ざるそば「……絶対負けられなくなったな」
まくらZ「私も」
ざるそば「そっちの理由は?」
まくらZ「負けたら、たぶんみんな泣く」
ざるそば「……お互い大変だな」
まくらZ「うん」
妙なところで意気投合した二人だったが、開始の合図と同時に空気が変わった。
maro『試合開始ィィィ!!』
先に動いたのは、まくらZだった。
小柄な身体が一気に距離を詰める。
ざるそば「速っ!?」
振り抜かれた拳を、ざるそばは身体を反らして辛うじてかわした。
直後、今度は下から蹴りが跳ね上がる。
ざるそばは横へ飛び、それも回避する。
だが着地した時には、すでにまくらZが目の前まで迫っていた。
ざるそば「休ませてくれない!?」
まくらZ「試合だから」
ざるそば「正論!!」
拳、蹴り、踏み込みからの追撃。
どれも単純な攻撃に見えるのに、一つ一つが異様に速く、重い。
一回戦ではるいひろの魔法を受け続ける姿ばかりが目立っていたが、攻めに回ったまくらZはまるで別人だった。
ざるそばは反撃の機会を探していたものの、その暇さえ与えてもらえない。
むっちゃん「まずいな……」
ぴりからし「ざるそば、押されてるぞ!」
ねこ「でも、全部避けてる」
むっちゃん「そうなんだよ。あいつ、結構しぶといからな」
右から拳が飛ぶ。
ざるそばは左へ。
続く蹴りを後ろへ下がってかわし、さらに迫った拳を首を傾けて避ける。
派手さはない。
けれど、ざるそばも《銀の羊》を率いてここまで来た冒険者だった。
何度も危険な依頼をこなし、仲間と一緒に修羅場を抜けてきた経験がある。
まくらZ「……当たらない」
ざるそば「避けるので精一杯だけどな!」
まくらZがさらに踏み込む。
ざるそばもまた一歩下がった。
まくらA「Zちゃんそのままー!!」
むっちゃん「ざるそば踏ん張れ!!」
まくらM「いけええええ!!」
ぴりからし「負けんなあああ!!」
声援がぶつかり合う。
その中で、ざるそばはもう一度後ろへ跳んだ。
ねこ「……あ」
むっちゃん「ん?」
ねこ「後ろ」
ざるそば「え?」
振り返る。
そこにはもう、ステージがなかった。
ざるそば「…………え?」
まくらZも止まった。
ざるそばは両腕を広げ、どうにか体勢を戻そうとする。
ざるそば「待て待て待て待て、これはまだ――」
ずるっ。
ざるそば「…………あ」
足が滑った。
そのまま身体が綺麗にステージの外へ消えていく。
ざるそば「うわあああああああああ!!」
ドサッ。
一瞬の静寂。
審判が場外を確認し、旗を上げた。
maro『場外ぃぃぃ!! 勝者――まくらZぉぉぉぉ!!』
まくらA~Y「Zちゃあああああああああん!!!」
二十五人分の絶叫が闘技場を揺らした。
ステージ下では、ざるそばが仰向けになって空を見ている。
ざるそば「……最後、攻撃ですらなかった……」
むっちゃん「ドンマイ」
ぴりからし「めちゃくちゃ頑張ったぞ!」
ねこ「最後以外はかっこよかった!」
ざるそば「最後以外って言うな……」
ステージの上から、まくらZが顔を覗かせる。
まくらZ「大丈夫?」
ざるそば「身体はな……心はちょっと痛い」
まくらZ「?」
ざるそば「気にしないでくれ……」
こうして、少々締まらない形ではあったものの、第十一試合はまくらZの勝利で幕を閉じた。
続く第十二試合。
名前が読み上げられた瞬間、カズキは思わず身を乗り出した。
maro『レックウザ対――ひっかるん!!』
カズキ「ひっかるん!」
ジェノス「やっと来たな」
ひっかるん「やっとって何だよ」
カズキ「いや、一回戦……途中からちゃんと見れなかったから」
ひっかるん「忘れてなかったんだな?」
ジェノス「忘れてはいない」
ひっかるん「じゃあなんで目を逸らすんだよ!」
一回戦では、ちょうどまくらZの異様な戦いにカズキたちの視線が奪われてしまった。
その件をまだ根に持っているらしい。
サイタマタマ「今回はちゃんと見るぞ!」
ひっかるん「絶対だからな!」
ジェノス「早く行け。呼ばれてるぞ」
ひっかるん「勝ってくる!」
ひっかるんがステージへ駆け出す。
反対側から現れたのはレックウザ。
ソルティモの戦いを経験し、一回戦では七つ影のスペースを破った男だ。
派手に構えることもなく、落ち着いた様子でひっかるんを見る。
レックウザ「よろしく」
ひっかるん「よろしく!」
maro『それでは――開始!!』
ひっかるんの姿が消えた。
カズキ「えっ!?」
次の瞬間、レックウザの身体が大きく揺れた。
ひっかるんが横を駆け抜け、その脇腹へ一撃を叩き込んでいたのだ。
カズキ「速……!」
ジェノス「ずっとあの速度で動いてるわけじゃない」
カズキ「分かるの?」
ジェノス「よく見ろ。動き出す瞬間だけだ」
ひっかるんが再び構える。
レックウザが距離を詰めようとした瞬間――また消えた。
今度は背後。
打撃が入る。
レックウザが振り返った時には、ひっかるんはもう距離を取っていた。
カズキ「一瞬だけ……」
ジェノス「ああ。それがあいつの戦い方だ」
【瞬間】。
ほんの僅かな時間だけ、自身の速度を爆発的に引き上げる。
常に速いわけではないからこそ、使う瞬間と方向が重要になる能力だった。
ひっかるん「どうだ!」
レックウザ「……速いな」
ひっかるん「だろ!」
レックウザ「でも」
ひっかるん「?」
レックウザ「軽い」
ひっかるん「なっ――」
レックウザが踏み込んだ。
ひっかるんは反射的に【瞬間】を使って離れるが、レックウザは構わず追う。
一撃、二撃と確実に当てているはずなのに、倒れる気配がない。
ひっかるん「硬すぎるだろ!!」
レックウザ「よく言われる」
再び【瞬間】。
今度は腹。
さらに間を置いて肩。
レックウザの身体は何度も揺れるものの、それでも前進を止めない。
マリン「相変わらず頑丈ね……」
五月雨「ソルティモの時もあんな感じだったっけ?」
マリン「もっと無茶してた気がする」
五月雨「それ褒めてる?」
マリン「たぶん」
観客席で二人が苦笑する。
ソルティモで共に戦った者たちは、レックウザが簡単に倒れるような男ではないことを知っていた。
そして試合が進むにつれ、ひっかるんの呼吸が少しずつ荒くなっていく。
カズキ「ひっかるん……疲れてきてる?」
ジェノス「一瞬でも、あれだけ身体を加速させるんだ。何度も使えば負担は大きいはずだ」
サイタマタマ「でも、まだ諦めてないぞ」
ステージでは、ひっかるんが膝に手を置きながら息を整えていた。
対するレックウザも無傷ではない。
何度も打撃を受け、頬や腕には傷が増えている。
レックウザ「まだやるか?」
ひっかるん「当たり前だろ……」
レックウザ「そうか」
ひっかるん「次で決める」
レックウザが腰を落とした。
ひっかるんも構える。
互いに狙っている。
次の一撃。
maro『両者動かない!! ここまで凄まじい攻防を続けてきた二人、次の一手は――!?』
レックウザが先に踏み込んだ。
その拳がひっかるんへ迫る。
ひっかるん「――【瞬間】!」
姿が掻き消える。
レックウザが即座に身体を捻った。
これまでの攻撃から、出現する位置を読んでいる。
レックウザ「そこだ!」
振り抜かれる腕。
しかし。
ひっかるん「まだ!」
一度目の加速を終えた直後、ひっかるんは地面を強く蹴った。
そして、もう一度だけ。
ほんの一瞬。
身体を加速させる。
レックウザ「……!」
予測した位置より、半歩先。
その僅かな差を抜け、ひっかるんの一撃がレックウザの顎を捉えた。
ドンッ!!
レックウザの身体が大きく傾く。
踏ん張ろうとした足が、ステージの縁を越えた。
レックウザ「……やるな」
そのまま場外へ着地する。
maro『決まったあああああ!! 激戦を制したのは――ひっかるん!!』
カズキ「よっしゃあああ!!」
ジェノス「やったな!」
サイタマタマ「速かったなー!」
ひっかるんはしばらく肩で息をしていたが、やがて観客席を見上げる。
ひっかるん「……今回はちゃんと見てた!?」
カズキ「見てた!!」
ジェノス「全部見た!」
サイタマタマ「俺も!」
ひっかるん「よし!!」
勝利そのものより嬉しそうな顔だった。
一方、ステージ下へ降りたレックウザのもとへ、マリンと五月雨が声をかける。
マリン「惜しかったね」
レックウザ「まあな」
五月雨「でも、まだ何か隠してそうな戦い方だったけど」
レックウザ「どうだろうな」
マリン「怪しい」
レックウザ「負けは負けだよ。今日はあいつが強かった」
そう言って、レックウザはステージ上のひっかるんを見る。
その表情に悔しさはあっても、言い訳はなかった。
そして第十三試合。
maro『続いて登場するのは――ゆうや!! 対するは七つ影から勝ち上がってきた、にょろん!!』
観客席の一角が急に騒がしくなる。
あぶらメンタル「にょろおおおおん!! 七つ影の意地見せろおおお!!」
スペース「声でかい」
すけジュニ「リーダーいないんだから俺らが応援しないとな!」
かずくん「それはそうだけど、あぶらメンタルはもう少し音量落として」
シードル「周りの人がこっち見てるよ」
あぶらメンタル「人気者はつらいな!」
スペース「違うと思う」
ステージへ上がったにょろんは、その声を聞いて片手を上げた。
にょろん「聞こえてるぞー!」
あぶらメンタル「勝てよー!」
にょろん「任せろ!」
その反対側では、ゆうやが剣を抜き、盾を構えている。
派手な装飾はない。
奇抜な武器でもない。
剣と盾。
それだけだった。
カズキ「ゆうやって、すごく普通の装備だね」
耀平「だからこそ厄介なタイプかもな」
カズキ「どういうこと?」
耀平「変わった武器や能力なら、どこかに癖が出ることもある。でも、基礎を徹底的に鍛えた相手は崩す場所そのものが少ない」
一回戦を終えた耀平が、腕を組みながらステージを見る。
ゆうやは静かに剣を構えた。
maro『試合開始!!』
先に仕掛けたのはにょろん。
真正面から走った――ように見えた。
次の瞬間、その軌道が不自然に横へずれる。
カズキ「曲がった!?」
にょろん「おらっ!」
斜めから振るわれた一撃を、ゆうやは盾で受ける。
にょろんはすぐに離れ、今度は左へ走ったかと思えば急に右へ切り返した。
【蛇行】。
単純な直線ではなく、不規則な軌道を描きながら相手へ接近する。
ゆうや「なるほど……これは追いづらいな」
にょろん「だろ?」
にょろんが笑う。
右。
左。
正面。
再び右。
視線で追えば追うほど、次の位置が分からなくなる。
だが、ゆうやは無理に剣を振らなかった。
にょろん「攻めてこないのか?」
ゆうや「追いかけたら、そっちの思うつぼだろ?」
にょろん「……ちぇっ」
にょろんが一気に距離を詰める。
ゆうやは盾を構えたまま待つ。
攻撃が来た瞬間だけ受け止め、短く剣を返す。
にょろんは【蛇行】でその剣をかわし、再び離れた。
耀平「上手いな」
カズキ「ゆうや?」
耀平「ああ。自分から相手の動きに付き合ってない」
カズキ「……そっか。どこに来るか分からないなら」
耀平「来たところを叩けばいい」
その戦い方は地味だった。
だが、崩れない。
にょろんが何度方向を変えても、ゆうやは盾を中心に身体を動かし、決して大きな隙を作らなかった。
やがて、にょろんの額に汗が浮かび始める。
にょろん「……なんでそっちがそんな元気なんだよ」
ゆうや「そういうスキルなんだ」
にょろん「なに?」
ゆうや「【聖騎士】。こういう我慢比べなら、結構得意だぞ」
盾を構えるゆうやの姿勢は、試合開始時とほとんど変わっていない。
防御力を高め、さらに通常より体力を消耗しにくくする【聖騎士】。
攻撃を派手に強化する能力ではない。
それでも、剣と盾を使うゆうやには十分すぎるほど噛み合っていた。
にょろん「長期戦は不利ってことか……だったら!」
にょろんが速度を上げる。
左右へ大きく蛇行しながら、一気にゆうやへ迫った。
今までで最も大きな軌道。
ゆうやの視界から一瞬だけ外れる。
あぶらメンタル「いけえええ!!」
にょろん「もらった!」
背後へ回った。
そのはずだった。
ゆうや「――そこ!」
盾が振り向きざまに突き出された。
にょろん「げっ!?」
真正面から盾を受け、にょろんの身体が大きく崩れる。
その隙を、ゆうやは逃さなかった。
剣を振り抜く。
刃は寸前で止められたものの、にょろんは完全に体勢を失い、そのまま尻もちをついた。
審判が二人の間へ入る。
maro『決着!! 勝者――ゆうやぁぁぁ!!』
大きな歓声。
ゆうやは剣を収めると、にょろんへ手を差し出した。
ゆうや「危なかった」
にょろん「嘘つけ。最後まで全然バテてなかっただろ」
ゆうや「疲れてはいるよ」
にょろん「説得力ねぇ……」
手を掴んで立ち上がる。
観客席では、七つ影の面々が騒いでいた。
あぶらメンタル「にょろーん!! お前の仇は俺が取るぞー!!」
にょろん「もうお前の試合終わってるだろ!!」
スペース「しかも勝ってるし」
すけジュニ「どうやって仇取るんだよ」
あぶらメンタル「……三回戦で?」
にょろん「相手ゆうやとは限らねえだろ!」
シードル「何も考えてなかったんだね」
あぶらメンタル「勢いは大事だぞ!」
にょろん「うるせえ!」
敗退したというのに、七つ影の空気は相変わらずだった。
そして――第十四試合。
名前を呼ばれたねこが、ゆっくり立ち上がる。
ざるそば「ねこ」
むっちゃん「頑張れよ」
ぴりからし「《銀の羊》最後の一人だぞ!」
ねこ「最後って言わないでよ、緊張するから!」
ざるそば「俺もむっちゃんも負けたからな」
むっちゃん「頼んだ!」
ねこ「だから重いって!」
そう言いながらも、ねこは小さく笑ってステージへ向かう。
対するはディーナ。
七つ影と遭遇した旅の冒険者であり、プラチナ級の実力者。
しかし、派手な鎧を纏っているわけでも、巨大な武器を持っているわけでもない。
手にしているのは一本の剣だけだった。
maro『ねこ対ディーナ!! 両者、準備はよろしいでしょうか!』
ねこ「よろしくお願いします!」
ディーナ「よろしく。いい試合にしよう」
開始の合図。
ねこはすぐには動かなかった。
ディーナも同じだった。
互いに相手を見る。
先ほどまでの試合とは違う、静かな始まりだった。
カズキ「動かない……」
さくらもち「ねこさん、何か狙ってるのかな」
数秒後。
先に姿勢を低くしたのはねこだった。
そして音もなく走り出す。
ディーナ「……」
足音がほとんどしない。
気づけばねこはディーナの横へ回り込んでいた。
ねこ「えいっ!」
攻撃。
しかしディーナは振り返りもせず、剣を後ろへ回して受け止めた。
ねこ「え!?」
ディーナ「いい動きだね」
ねこ「なんで分かったの!?」
すぐに離れる。
今度はさらに慎重に。
【忍び足】。
音を消し、相手の意識から外れる。
斥候として《銀の羊》を何度も助けてきた、ねこの得意技だ。
ざるそば「相性悪いかもしれないな……」
むっちゃん「ディーナ、見てなかったよな?」
ざるそば「見てない。でも反応した」
ねこが再び仕掛ける。
右へ走ると見せ、途中で速度を落として気配を薄くする。
ディーナの視線が別方向へ向いた瞬間、背後から飛び込んだ。
キィン!
また受け止められた。
ねこ「むぅ……!」
ディーナ「足音を消すの、上手いね」
ねこ「全然効いてないじゃん!」
ディーナ「そんなことないよ。目だけで追ってたら、とっくにやられてる」
ディーナは剣を構え直す。
旅を続ける冒険者にとって、危険は正面からだけやって来るものではない。
森の中。
暗い洞窟。
夜の街道。
背後から襲う魔物。
視界の外にいる敵。
そうした場所を何度も歩いてきた彼女は、目だけに頼って戦わない。
ねこ「だったら……!」
今度はステージを大きく回る。
足音を消しながら何度も位置を変え、ディーナの死角を探す。
ディーナはその場からほとんど動かない。
ねこが一気に飛び込む。
ねこ「ここ!」
剣が伸びる。
ディーナは半歩だけ身体をずらした。
ねこの剣が空を切る。
ねこ「しまっ――」
その瞬間、ディーナの足がねこの足元へ入った。
攻撃ではない。
走り込んできた勢いを、ほんの少し横へ逃がしただけ。
ねこ「わっ!?」
ねこの身体が前へ流れる。
ディーナはその背中を押すように手を添え、勢いを殺さず方向だけを変えた。
ねこ「ちょ、ちょっと待っ――!」
そのままステージの端へ。
ねこは慌てて踏ん張り、ぎりぎりで止まる。
ねこ「セーフ!!」
振り返った。
そこにディーナがいた。
ねこ「え」
剣先が、ねこの目の前で止まっている。
ディーナ「止める?」
ねこ「…………参りました」
審判の旗が上がる。
maro『勝負あり!! 勝者――ディーナ!!』
歓声が広がった。
ディーナはすぐに剣を収める。
ねこ「全然気配消せなかった……」
ディーナ「いや、何度か本当に見失ったよ」
ねこ「ほんと?」
ディーナ「うん。だから途中から見るのをやめた」
ねこ「……見るのを?」
ディーナ「旅してると、見えないところから襲われることも多いからね。音がなくても、空気の動きとか、足元の振動とか……いろいろ使えるものはあるよ」
ねこ「そんなの反則じゃない?」
ディーナ「反則かな?」
ねこ「……反則じゃないけど」
少し不満そうに頬を膨らませたねこだったが、やがて笑った。
ねこ「でも、次はもっと上手く隠れるから!」
ディーナ「楽しみにしてる」
二人が握手を交わす。
戻ってきたねこを、《銀の羊》の三人が迎えた。
むっちゃん「お疲れ!」
ぴりからし「惜しかったな!」
ざるそば「これで全滅か……」
ねこ「言い方!」
ざるそば「いや、でも全員本戦まで来たんだぞ。結成した頃なんて全員ブロンズだったんだから、十分すごいだろ」
むっちゃん「それはそうだな」
ぴりからし「俺は予選だけどな!」
ねこ「そこ元気に言うところ?」
ぴりからし「次がある!」
ざるそば「そうだな」
四人が笑う。
敗退しても、冒険が終わるわけではない。
大会は彼らにとって長い旅の途中にある、たった一つの出来事に過ぎなかった。
中央ステージでは、次の試合へ向けた確認が進んでいる。
二回戦は十四試合を終えた。
残るは――二つ。
カズキ「……次だ」
自分でも分かるほど、声が硬くなった。
隣にいたジェノスがカズキを見る。
ジェノス「緊張してんのか?」
カズキ「するよ!」
ジェノス「一回戦より?」
カズキ「……たぶん」
一回戦。
槍使いとの戦いでは、相手の癖を見つけた。
予選では誰かから譲られた本戦への道を、自分の力で一歩進むことができた。
けれど――次の相手は、あの戦い方が通用するほど単純ではない。
少し離れた場所。
はにが立ち上がる。
ソルティモで共に戦った者たちから声をかけられながら、軽く身体を伸ばしていた。
マリン「はに、頑張って!」
五月雨「いってらっしゃい!」
はに「任せて!」
カズキはその姿を見る。
一回戦の戦いも見た。
それでも、よく分からなかった。
速い。
――だけではない気がする。
カズキ「……残像みたいに見えたんだよな」
ジェノス「分からないなら、戦いながら考えろ」
カズキ「簡単に言うなぁ」
ジェノス「お前、一回戦もそうやって勝っただろ」
カズキ「……まあね」
ジェノスが拳を差し出す。
カズキは一瞬それを見てから、自分の拳を軽くぶつけた。
ジェノス「勝ってこい」
カズキ「うん」
その横から、ひっかるんが顔を出す。
ひっかるん「俺も三回戦いるからな!」
カズキ「分かってるって!」
ひっかるん「今回は俺の試合ちゃんと見たんだから、お前のもちゃんと見る!」
カズキ「それ普通じゃない!?」
サイタマタマ「頑張れー!」
カズキ「まだステージにも行ってないよ!」
思わず笑う。
少しだけ、肩の力が抜けた。
そして。
maro『さあ!! 二回戦も残すところ――あと二試合!!』
闘技場の空気が再び熱を帯びる。
カズキが階段へ足をかけた。
maro『第十五試合!!』
一歩ずつ上がる。
歓声が近くなる。
maro『カズキ――対!!』
反対側から、はにもステージへ姿を現した。
maro『はにぃぃぃぃ!!』
大歓声。
はに「よろしく、カズキ!」
カズキ「よろしく!」
二人が向かい合う。
はには笑っていた。
けれど、その立ち姿を見た瞬間。
カズキの表情から笑みが消える。
カズキ(……来る)
一回戦とは違う。
相手の癖も。
能力の仕組みも。
まだ何一つ分からない。
それでも。
カズキ(分からないなら――見つける)
剣を握る。
maro『次回!! 二回戦第十五試合――カズキ対はに!!』
ざるそば「おまえが次回予告すんの?」
二回戦は、ついに最後の二試合を残すのみとなった。
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