第二十二話 天翔ける宝船
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あらすじ
天界と人界、黄泉の狭間にある神々の国。 《桃》の化身・桃華は、鬼神族の侵攻によって滅びかけた天界から、破邪の聖剣《桃光》を託され地上へ逃れた。 しかし追っ手に深手を負わされ、川へ落ちた桃華は記憶を失ってしまう。 彼女を救ったのは、山里で暮らす老夫婦だった。 桃の香りをまとい、名も思い出せない少女に、二人は「桃太郎」という新たな名を与える。 穏やかな日々の中で、桃太郎は初めて家族の温かさを知る。 だが、鬼神族の襲来によって失われた記憶と使命を取り戻した彼女は、大切な人々を守るため、再び剣を取る。 旅立つ桃華へ、謎の老人は告げた。 「お前には三つの力が必要となる」 犬――すなわち忠義。 猿――すなわち知恵。 鳥――すなわち天を翔ける導き。 桃華は聖剣と、老夫婦から託されたきびだんごを携え、三人の仲間を求めて旅に出る。 その先で待つのは、雷神の血を引く武人、異国より渡った猿妖、そして最古の霊鳥。 これは、鬼を完全な悪とは断じない、新たな桃太郎の物語。 正義と悪が入れ替わる世界で、桃の娘は何を守り、何を討つのか――。
本文
鬼無の里の広場に、鳥たちのざわめきが広がった。
「来たぞ!」
誰かの声に、一同が空を見上げる。
雲海を突き破るように、一隻の巨大な帆船が姿を現した。
純白の帆を風に受け、黄金の装飾を纏ったその船は、まるで天そのものを航海しているかのようだった。
船首には、大きく「寶」の文字。
「……あれは。」
桃華は思わず息を呑む。
「宝船……。」
ゆっくりと地上へ降り立つ宝船。
渡り板が下ろされると、一人、また一人と神々が姿を現した。
打ち出の小槌を肩に担ぐ大黒天。
釣竿を携えた恵比寿。
琵琶を抱く弁財天。
長い杖と巻物を携えた福禄寿。
鹿を従えた寿老人。
武具に身を包んだ毘沙門天。
そして、大きな袋を肩に担ぎ、福々しい笑みを浮かべる布袋。
七柱は桃華たちの前まで歩み寄る。
福禄寿が穏やかに一礼した。
「我ら七福神。義により参上した。」
桃華も深く頭を下げる。
「お力添え、ありがとうございます。」
福禄寿は小さく笑った。
「いやいや。 昔から『鬼は外、福は内』と言ってな。 鬼退治と福の神は、昔から縁が深いものよ。」
少し笑みを浮かべる。
「しかし、勘違いしてもらっては困る。 我らは福の神。 この宝船も福を運ぶ船であって、戦艦ではない。」
金時が首を傾げる。
「つまり?」
「鬼退治は期待せんでくれ、ということじゃ。」
福禄寿は苦笑しながら隣を見る。
「うちで戦力になるのは毘沙門天くらいじゃ。」
毘沙門天は腕を組み、鼻を鳴らした。
「……一人で十分だ。」
その言葉に、大黒天が腹を抱えて笑う。
「はっはっはっ!
また始まったわい!」
恵比寿も肩をすくめた。
「戦となると、この御方はいつもこうです。」
広場が笑いに包まれる。
福禄寿は改めて桃華へ向き直った。
「しかし約束しよう。
お主らを鬼ヶ島まで、無事に送り届ける。
それが我らの務めじゃ。」
桃華は力強く頷いた。
「よろしくお願いいたします。」
「まあ、わしらは戦いで手を貸せんが、共に戦いたいと言う者を幾人か連れてきたぞ」
その時だった。
宝船の奥から、八人の戦士が静かに姿を現す。
「我は天部。」
「我は小白龍。」
「夜叉。」
「乾闥婆。」
「阿修羅。」
「迦楼羅。」
「緊那羅。」
「摩睺羅伽。」
八人は揃って一礼した。
「天龍八部衆。闘戦勝仏への義によりて参上した。」
小白龍はゆっくりと蜜秋へ視線を向ける。
目を細め、懐かしそうに微笑んだ。
「久しいな、そ――」
「しーっ!」
蜜秋は慌てて人差し指を口元へ当てる。
そのまま耳元へ近づき、小声で囁いた。
「ごめんね。
今はいろいろ訳があって、謎の美少女・蜜秋ってことになってるんだ。」
小白龍は一瞬ぽかんとしたあと、小さく笑った。
「……相変わらずだな。
そ――いや、蜜秋か。」
二人は笑い合う。
小白龍は桃華へ向き直った。
「鬼ヶ島では、我が背に。」
「ありがとうございます。その時は、よろしくお願いいたします。」
その言葉とともに、小白龍の身体が白い光に包まれる。
龍の姿は次第に縮み、
やがて神々しい一頭の白馬へと姿を変えた。
白馬は桃華の前へ歩み寄り、静かに頭を垂れる。
桃華はその首を優しく撫でた。
その様子を、蜜秋はじっと見つめていた。
「ねえ、金時。」
「なんじゃ。」
「ちょっとこっち立って。」
「……は?」
「凰はその隣。」
凰も首を傾げながら並ぶ。
「こうか?」
「うんうん。」
蜜秋は白馬へ向き直る。
「白龍、その手綱ちょっと咥えて。」
白馬は訳も分からぬまま、素直に手綱をくわえた。
蜜秋は数歩後ろへ下がり、腕を組んでその光景を眺める。
しばらく無言。
やがて――
「アハハハハハハ!」
突然、腹を抱えて笑い出した。
金時が眉をひそめる。
「今度はなんじゃ。気味が悪い。」
蜜秋は笑いを堪えながら首を振る。
「ごめん、ごめん。
なんか……すごく懐かしくて。」
誰にも、その笑みの意味は分からなかった。 ただ蜜秋だけが、遠い昔を懐かしむように目を細めていた。
「そろそろ参ります。」
その声とともに、鬼無の里の各所から飛空船が次々と浮かび上がる。
翼を広げた鳥のような船。
「……あれは?」
桃華が尋ねる。
雉牙は誇らしげに答えた。
「天鳥船と言います。
鬼無の里が誇る飛空船ですよ。」
数十隻の天鳥船が空へ舞い上がる。 そのうち四隻だけが宝船のもとへ降り立った。
四隻は宝船を囲むように隊列を組んだ。
「見事なものじゃ。」
凰が感心したように呟く。
鳥たちが一斉に羽ばたく。
宝船が静かに浮かび上がる。
四隻の天鳥船も続く。
その時――。
遠く前方の天鳥船の甲板に、一人の男が立っていた。
素戔嗚である。
素戔嗚は桃華たちに気付くと、不敵に笑う。
そして何も言わず、親指を立てた。
桃華は静かに一礼する。
金時は大きく手を振った。
宝船は鬼ヶ島へ。
天鳥船は天界へ。
同じ空を翔けながら、
それぞれ異なる戦場へ。
五隻の飛空船は朝日に照らされ、
雲海の彼方へと消えていった。
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