第二十三話 鬼ヶ島の空
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あらすじ
天界と人界、黄泉の狭間にある神々の国。 《桃》の化身・桃華は、鬼神族の侵攻によって滅びかけた天界から、破邪の聖剣《桃光》を託され地上へ逃れた。 しかし追っ手に深手を負わされ、川へ落ちた桃華は記憶を失ってしまう。 彼女を救ったのは、山里で暮らす老夫婦だった。 桃の香りをまとい、名も思い出せない少女に、二人は「桃太郎」という新たな名を与える。 穏やかな日々の中で、桃太郎は初めて家族の温かさを知る。 だが、鬼神族の襲来によって失われた記憶と使命を取り戻した彼女は、大切な人々を守るため、再び剣を取る。 旅立つ桃華へ、謎の老人は告げた。 「お前には三つの力が必要となる」 犬――すなわち忠義。 猿――すなわち知恵。 鳥――すなわち天を翔ける導き。 桃華は聖剣と、老夫婦から託されたきびだんごを携え、三人の仲間を求めて旅に出る。 その先で待つのは、雷神の血を引く武人、異国より渡った猿妖、そして最古の霊鳥。 これは、鬼を完全な悪とは断じない、新たな桃太郎の物語。 正義と悪が入れ替わる世界で、桃の娘は何を守り、何を討つのか――。
本文
宝船は穏やかな風を受け、瀬戸の内海の上を進んでいた。
船首に立った桃華は、潮風を受けながら遠くを見つめていた。
「これほど大きな海を見るのは初めてです。」
金時は静かに笑う。
「瀬戸の内海は昔より海の要衝じゃ。」
桃華は眼下に広がる景色を見つめる。
「……旅というものは、これほど景色が変わるものなのですね。」
金時は笑った。
「桃華殿は旅は初めてか。」
「はい。天界を出たのも、今回が初めてです。」
金時は船縁へ歩み寄り、遥か彼方を指差した。
「右に見えるのが淡路国。
その向こう、水平線に見える山々が伊予の二名の島じゃ。」
桃華は目を細める。
「かなり大きな島ですね。」
「うむ、一つの島に四つの国がある。
わしの母上も、あの伊予の二名島の生まれだそうじゃ。」
桃華は少し驚いたように振り返る。
「そうだったのですか。」
「親父殿が山へ来るまでは、あちらで暮らしておったらしい。」
金時は懐かしそうに笑う。
「もっとも、わしは見たこともないがの。」
しばらく海を眺めたあと、小さく笑った。
「旅はいいぞ。見聞を広めるにも、自分を知るにもな。」
大斧を肩へ担ぐ。
「山で熊と相撲ばかり取っておった頃のわしは、自分が一番強いと思っておった。
今思えば、井の中の蛙じゃった。」
蜜秋が笑う。
「でも、その熊には負けたことあるんでしょ?」
「ある。」
金時はあっさり頷いた。
「たまにな。」
桃華が思わず吹き出す。
三人の笑い声が、青空へ溶けていった。
右手を水平線へ向けた。
「我らが向かう女木島は讃岐国の沖。
もうすぐ見えてくる群島の一つじゃ。」
その時だった。
遠くの空が黒く染まり始める。
やがて島影が見えてきた。
しかし、島の上空だけが、まるで夜のような暗雲に覆われている。
凰が眉をひそめる。
「自然の雲ではないな、鬼気じゃ。
鬼気が渦巻いておる」
蜜秋も目を細めた。
「歓迎されてる感じじゃないね。」
船がさらに近付く。
断崖の上には無数の黒い影。
数百を超える鬼たちが岸壁を埋め尽くしていた。
金時が鼻を鳴らす。
「ずいぶんと待ち構えとるの。」
鬼たちは一斉に何かを持ち上げた。
蜜秋が首を傾げる。
「石?」
その瞬間、黒い影が空を覆う。
「そんな石礫、当たらんよ。」
雉牙が叫んだ。
「違います!あれは石ではございません!
岩です!」
見る見るうちに巨大さを増していく。
遠目には小石ほどにしか見えなかった。
だが鬼の怪力で投げ放たれたそれは、人の身の丈の半分ほどもある巨大な巌だった。
「宝船を守れ!」
雉牙の号令が響く。
四隻の天鳥船が一斉に前へ躍り出た。
宝船を囲むように陣形を組む。
轟音。
最初の巌が天鳥船へ激突する。
続いて二つ。
三つ。
岩の雨が空を埋め尽くした。
福禄寿は静かに息を吐く。
「これでは近付けぬの。」
毘沙門天が槍を握る。
「露払いが必要だな。」
その時。
ゴロゴロ……。
天が鳴った。
金時は空を見上げ、口元を緩める。
「おお。親父殿も、たいそうお怒りのようじゃ。」
桃華が尋ねる。
「武御雷神様ですか?」
「うむ。」
金時は笑う。
「この雷鳴は親父殿の機嫌がよう分かる。」
再び空が光る。
雉牙が振り返る。
「どうしますか!
このままでは島へ近付けません!」
毘沙門天が当然のように言った。
「ならば飛び降りればよい。
皆、空を飛べるのであろう?」
その場が静まり返る。
金時が困ったように頭を掻く。
「……わしは空を飛べるようには出来ておらんのじゃが。」
小白龍が笑う。
「案ずるな。」
迦楼羅も翼を広げた。
「我らがお連れしよう。」
金時は満足そうに頷いた。
「ならば。」
大斧を肩へ担ぐ。
「わしは鬼どもに風穴を開けるとするか。」
黄金の髪が風になびく。
「これだけ親父殿がお怒りなら、普段の数倍は雷が落ちそうじゃ。」
金時はゆっくりと大斧を天に掲げた。
その瞬間。
黄金の髪が眩く輝く。
轟音。
天が裂けた。
幾筋もの雷が鬼ヶ島へ降り注ぐ。
轟ッ!!
轟ッ!!
轟ッ!!
雷光は岸壁を薙ぎ払い、鬼の群れを呑み込んだ。
悲鳴が響く。
隊列が崩れる。
金時は豪快に笑った。
「今じゃ! わしの雷が道を開いた! 落ちた所目掛けて飛び込め!」
「さあ我にお乗りください」
近づく白馬に跨った桃華は聖剣の柄を握る。
蜜秋は棍を肩へ担ぐ。
凰は扇を広げ、不敵に笑う。
雉牙は翼を広げた。
「参ります!」
次の瞬間。
宝船から英雄たちが一斉に大空へ飛び出した――。
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