第二十四話 鬼ヶ島
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あらすじ
天界と人界、黄泉の狭間にある神々の国。 《桃》の化身・桃華は、鬼神族の侵攻によって滅びかけた天界から、破邪の聖剣《桃光》を託され地上へ逃れた。 しかし追っ手に深手を負わされ、川へ落ちた桃華は記憶を失ってしまう。 彼女を救ったのは、山里で暮らす老夫婦だった。 桃の香りをまとい、名も思い出せない少女に、二人は「桃太郎」という新たな名を与える。 穏やかな日々の中で、桃太郎は初めて家族の温かさを知る。 だが、鬼神族の襲来によって失われた記憶と使命を取り戻した彼女は、大切な人々を守るため、再び剣を取る。 旅立つ桃華へ、謎の老人は告げた。 「お前には三つの力が必要となる」 犬――すなわち忠義。 猿――すなわち知恵。 鳥――すなわち天を翔ける導き。 桃華は聖剣と、老夫婦から託されたきびだんごを携え、三人の仲間を求めて旅に出る。 その先で待つのは、雷神の血を引く武人、異国より渡った猿妖、そして最古の霊鳥。 これは、鬼を完全な悪とは断じない、新たな桃太郎の物語。 正義と悪が入れ替わる世界で、桃の娘は何を守り、何を討つのか――。
本文
鬼ヶ島――。
島の中央に穿たれた巨大な洞窟。
その最深部。
鬼神族の旗が幾重にも掲げられた広間で、一人の男が静かに目を閉じていた。
漆黒の甲冑。
腰には妖しく輝く狂剣。
鬼神族を率いる、暁の化身――朱天。
その前に二人の鬼が跪いていた。
右臣。
そして左臣。
「朱天様。」
右臣が深く頭を下げる。
朱天は目を閉じたまま答えた。
「分かっている。」
ゆっくりと目を開く。
「聖剣の気配が近付いておるな。」
「はっ。」
左臣が顔を上げる。
「忌々しい天界の小娘め。」
朱天は小さく鼻を鳴らした。
右臣が尋ねる。
「いかがいたしましょう。」
「放っておけ。」
朱天は再び目を閉じる。
「ここまでは来られぬよ。
だが、万が一の時は――」
右臣と左臣が同時に頭を垂れた。
「はっ。我ら二将が朱天様をお守りいたします。」
朱天は二人を一瞥する。
「頼もしいことだ。」
そして腰の狂剣へ手を添えた。
「しかし、奴らは勘違いしているな。」
「勘違い……でございますか?」
「聖剣は、邪の力を鎮め、屠るために鍛えられたもの。」
朱天は静かに立ち上がる。
「何故あの娘に託したのかは知らぬが――」
その口元に薄い笑みが浮かぶ。
「私は暁の化身。邪ではない。」
右臣と左臣が黙って朱天を見つめる。
「聖剣の力で、この私を止めることなど出来ぬというのに。」
朱天は腰の狂剣から手を離した。
そして、ふと思い出したように二人へ問いかける。
「……お前たち。
我ら化身が、どうやって生まれるか知っているかね。」
突然の問いに、右臣と左臣は顔を見合わせた。
やがて右臣が頭を下げる。
「いえ。存じ上げませぬ。」
「そうか。」
朱天は静かに目を閉じた。
「そこに信仰を見出され、人々の祈りによって生まれるのが神。
そして我ら化身は、長い年月の間、そのものに蓄えられた精気の中から生まれる。」
暁。桃。鋼。
森羅万象に宿り、積み重ねられた力が、いつしか意思を持つ。
それが化身。
朱天はゆっくりと目を開いた。
「ならば――」
その声には、怒りとも悲しみともつかぬ響きがあった。
「なぜ、我ら化身は神にはなれぬのだろうな?」
右臣と左臣は答えない。
いや。
答えられない。
朱天は自嘲するように笑った。
「ある意味では、我らの方が神よりも、そのものに近い存在であるはずなのに。」
暁の化身は暁そのものから生まれた。
桃の化身は桃そのものから生まれた。
それでも人々が祈りを捧げるのは、神。
化身ではない。
「…………」
長い沈黙が広間を支配した。
その時だった。
ゴロゴロゴロ……。
遠くから雷鳴が響いた。
朱天がわずかに眉を動かす。
次の瞬間――。
轟ッ!!
島全体が揺れた。
洞窟の天井から砂埃が落ちる。
続けざまに二発、三発。
轟音が鬼ヶ島を震わせる。
右臣が立ち上がった。
「何事だ!」
一匹の鬼が広間へ駆け込んでくる。
「申し上げます!
敵襲! 敵が空より――!」
朱天は僅かに口元を緩めた。
「ほう、来たか。」
◇
雷撃によって大きく開いた鬼の群れ。
そこへ四つの影が降り立った。
白馬に跨る桃華。
金時。
蜜秋。
そして凰。
辺りには雷を受けた鬼たちが倒れている。
ある者は地面へ伏し、ある者はその身体を黒い霧へと変え、風の中へ消えていく。
しかし――。
「……多いですね。」
桃華が聖剣を抜く。
見渡す限り、鬼。
雷撃によって一時は崩れた隊列も、すぐに立て直されていた。
前から。
後ろから。
左右から。
次々と鬼たちが集まってくる。
金時は大斧を肩に担ぎ、辺りを見回した。
「すっかり囲まれておるのう。」
蜜秋が呆れたように答える。
「当たり前じゃん。」
棍をくるりと回す。
「鬼の群れのど真ん中に穴開けて、そこへ飛び込んだんだから。」
「それもそうじゃな。」
金時は豪快に笑った。
凰は扇で口元を隠す。
「まあ、有象無象がいくら集まったところで問題あるまい。」
「同感じゃ!」
金時が地面を蹴った。
巨体が宙を舞う。
「ぬおおおおおっ!」
振り上げられた大斧が、真正面の鬼へ叩き込まれる。
轟音。
鬼の巨体が地面へ叩き伏せられ、そのまま黒い霧となって消えていった。
「次じゃ!」
別の鬼が金棒を振り下ろす。
金時は大斧の柄で受け止めると、そのまま力任せに押し返す。
「その程度か!」
横薙ぎの一撃。
数匹の鬼がまとめて吹き飛んだ。
「相変わらず力任せだねぇ。」
蜜秋が笑う。
「じゃ、僕も。」
自らの髪を数本引き抜く。
ふっ――。
息を吹きかけた。
「身外身の術!」
白煙が弾ける。
次の瞬間。
数十匹の猿が桃華たちの周囲へ現れた。
棍を持つ猿。
石を持つ猿。
素手で飛び掛かる猿。
「行っといで!」
蜜秋が棍を前へ突き出す。
猿たちは一斉に鬼の群れへ飛び込んだ。
「キキィッ!」
一匹が鬼の頭へ飛び乗る。
別の猿が足を払う。
倒れたところへさらに数匹。
「こら! 髪を引っ張るな!
鼻に指入れるのもなし!」
金時が戦いながら振り返る。
「お主が出した猿じゃろうが!」
「細かい命令までは聞かないんだよ!」
「難儀な術じゃのう!」
その頭上を幾つもの影が横切った。
雉衆だった。
天鳥船から次々と舞い降りてくる。
「桃華様をお守りしろ!」
雉牙の号令が響く。
翼を持つ者は槍を構え、そのまま急降下。
鬼の肩口を貫く。
後方からは弓兵が矢を放つ。
次々と鬼の身体へ矢が突き立った。
そして、人の姿を取れぬ鳥たちもいた。
一羽の大雉が鬼の顔面へ飛び掛かる。
「ぐわっ!」
鋭い嘴が鬼の目を突いた。
「目が! 目がぁ!」
羽ばたきながら離脱する大雉。
別の鳥が入れ替わるように襲い掛かる。
空と地上。
双方からの攻撃に、鬼の包囲が少しずつ崩れていった。
その中心で、桃華は聖剣を振るう。
襲い掛かる鬼の一撃をかわし、身体を沈める。
一閃。
聖剣が鬼の身体を斬り裂いた。
傷口から黒い霧が噴き出す。
「ぐおおおおっ!」
鬼は膝をつき、その姿を霧へ変えて消えていった。
桃華は聖剣を構え直す。
「まだ来ます!」
「次から次へと……!」
蜜秋が棍で鬼を殴り飛ばす。
「きりがないね!」
金時は楽しそうに笑った。
「鬼ヶ島なんじゃから、鬼ならいくらでもおるじゃろう!」
その一方。
凰は――。
「……暇じゃのう。」
戦場の真ん中で退屈そうに扇を仰いでいた。
桃華が思わず振り返る。
「凰様?」
「金時は暴れておる。
蜜秋も遊んでおる。
雉の者どもも張り切っておる。」
凰は頬を膨らませた。
「わらわの相手がおらぬではないか。」
その背後、一匹の巨大な鬼が忍び寄っていた。
両手に握られた金棒が、凰の頭上高く振り上げられる。
「凰様!」
桃華が叫ぶ。
鬼が金棒を振り下ろした。
だが、凰は振り返ろうともしない。
「やかましいのう。」
扇を――。
一振り。
ぼっ。
小さな炎が生まれた。
次の瞬間。
轟ッ!!
炎は巨大な火柱へ変わり、襲い掛かった鬼を一瞬で呑み込んだ。
「ぐあああああっ!」
悲鳴は一瞬だった。
炎が消えた時。
そこには、黒く焼け焦げた地面しか残っていなかった。
凰は何事もなかったかのように扇を閉じる。
「有象無象がいくら集まろうと無駄じゃ。」
その瞳が赤く輝く。
「わらわの炎で、まとめて消し炭にしてくれようぞ。」
周囲の鬼たちが一斉に後ずさった。
蜜秋がぽつりと呟く。
「……凰。」
「なんじゃ?」
「暇なら最初からそれやってよ。」
「嫌じゃ。」
凰は即答した。
「ヌシらの見せ場がなくなるではないか。」
「そういう問題?」
金時の豪快な笑い声が戦場に響いた。
だが――。
桃華だけは笑っていなかった。
聖剣を握ったまま、島の中央を見つめている。
その先。
黒い山肌にぽっかりと口を開けた巨大な洞窟。
そして、その奥から感じる、忘れるはずもない気配。
「……朱天。」
桃華は小さくその名を呼んだ。
聖剣が、微かに震えた。
鬼ヶ島の戦いは、まだ始まったばかりだった。
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