第二十五話 斉天大聖
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あらすじ
天界と人界、黄泉の狭間にある神々の国。 《桃》の化身・桃華は、鬼神族の侵攻によって滅びかけた天界から、破邪の聖剣《桃光》を託され地上へ逃れた。 しかし追っ手に深手を負わされ、川へ落ちた桃華は記憶を失ってしまう。 彼女を救ったのは、山里で暮らす老夫婦だった。 桃の香りをまとい、名も思い出せない少女に、二人は「桃太郎」という新たな名を与える。 穏やかな日々の中で、桃太郎は初めて家族の温かさを知る。 だが、鬼神族の襲来によって失われた記憶と使命を取り戻した彼女は、大切な人々を守るため、再び剣を取る。 旅立つ桃華へ、謎の老人は告げた。 「お前には三つの力が必要となる」 犬――すなわち忠義。 猿――すなわち知恵。 鳥――すなわち天を翔ける導き。 桃華は聖剣と、老夫婦から託されたきびだんごを携え、三人の仲間を求めて旅に出る。 その先で待つのは、雷神の血を引く武人、異国より渡った猿妖、そして最古の霊鳥。 これは、鬼を完全な悪とは断じない、新たな桃太郎の物語。 正義と悪が入れ替わる世界で、桃の娘は何を守り、何を討つのか――。
本文
鬼ヶ島。
雷によって開かれた突破口は、すでに鬼たちによって埋め尽くされようとしていた。
「次から次へと……!」
白馬の背で身体をひねり、桃華は聖剣を振るう。
一閃。
一匹の鬼が黒い霧となって消える。
だが、その向こうから二匹。
さらにその後ろから三匹。
倒しても、倒しても。
鬼たちは洞窟を守るように押し寄せてくる。
「桃華様、右です!」
雉牙の声。
桃華が振り返る。
白馬の右側から巨大な金棒が迫る。
小白龍が身を翻そうとしたが、別の鬼が前を塞いでいた。
「――っ!」
その瞬間。
ガンッ!
横から伸びた棍が金棒を受け止めた。
「蜜秋!」
「よそ見しちゃ駄目だよ!」
蜜秋は棍をひねる。
鬼の金棒を弾き飛ばし、そのまま懐へ潜り込んだ。
「そりゃ!」
腹部へ一撃。
鬼の巨体が吹き飛ぶ。
蜜秋は桃華の前へ立つと、周囲を見渡した。
鬼。
鬼。
鬼。
海岸から洞窟までを埋め尽くすほどの軍勢。
身外身の術で生み出した猿たちも戦っているが、その数は少しずつ減っていた。
蜜秋がため息をつく。
「……さすがに、そろそろ限界かな。」
金時が大斧で鬼を薙ぎ払いながら叫ぶ。
「何がじゃ!」
「一匹ずつ相手するのが!」
蜜秋は棍を肩へ担いだ。
そして洞窟を見据える。
「いっぺんに道を作るよ。」
桃華が振り返る。
「道を?」
「うん。」
蜜秋は棍を地面へ突き立てた。
そして――。
額に巻かれていたバンダナへ手を掛ける。
「これ、ずっと邪魔だったんだよね。」
するり。
布が解かれ、風に舞った。
その下から現れた額を見て、雉牙が息を呑んだ。
「……それは。」
額を一周するように、くっきりと残された古い痕。
まるで何かが、長い年月にわたって強く食い込んでいたかのような痕だった。
雉牙の顔色が変わる。
「まさか……。」
凰は扇で口元を隠しながら、面白そうに目を細めた。
「ほう。」
蜜秋はそんな二人を気にすることなく、手にした棍を見つめる。
「久しぶりに、本気で働いてもらおうかな。」
棍を両手で構える。
鬼たちが一斉に襲い掛かった。
「潰せ!」
「小娘どもを殺せ!」
蜜秋は不敵に笑った。
そして叫ぶ。
「伸びろ――」
棍の先端を洞窟へ向ける。
「如意棒!」
轟ッ!!
棍が一瞬にして伸びた。
「なっ――!」
一直線。
押し寄せていた鬼たちを次々と弾き飛ばし、あるいは貫きながら、如意棒は凄まじい勢いで洞窟の入口へ向かって伸びていく。
一匹。
十匹。
数十匹。
鬼の軍勢が左右へ吹き飛ばされた。
大地が抉れる。
土煙が舞う。
そして――。
轟音とともに、如意棒の先端が洞窟の入口へ突き立った。
一瞬の静寂。
桃華の目の前から洞窟まで。
鬼の群れを真っ二つに割るように、一本の道が出来ていた。
「……。」
桃華は言葉を失う。
金時も大斧を肩へ戻した。
「なんじゃ……あれは。」
雉牙だけは違った。
額に残る輪の痕。
自在に伸びる棍。
そして――如意棒。
その全てを知っていた。
「やはり……。」
雉牙は蜜秋を見つめる。
「斉天大聖様だったのですね。」
桃華が振り返る。
「斉天……大聖?」
蜜秋は頭を掻いた。
「あー……。」
困ったように笑う。
「やっぱり、分かっちゃった?」
雉牙は深々と頭を下げた。
「如意金箍棒を目の前で見せられて、分からぬ者はおりますまい。」
「そっかぁ。」
蜜秋はため息をつく。
「けっこう気に入ってたんだけどなぁ。謎の美少女・蜜秋。」
金時が眉をひそめる。
「待て。」
大斧を担いだまま蜜秋を見る。
「斉天大聖というと、あの斉天大聖か?」
「どの斉天大聖?」
「一人しかおらんじゃろ!」
凰が声を上げて笑った。
「はっはっはっ! なるほどのう!」
扇を広げる。
「小白龍がヌシを見て妙な反応をしておった理由も、これで分かったわ。」
蜜秋は頬を膨らませた。
「もう、みんなして。」
その時。
左右へ吹き飛ばされた鬼たちが、再び起き上がり始めた。
蜜秋の表情が変わる。
「……ま、詳しい話はあと。」
如意棒を振る。
瞬く間に縮んだ棒が、再び蜜秋の手へ収まった。
そして洞窟まで開いた道を指差す。
「道は作ったよ。」
桃華は洞窟を見る。
その奥から感じる、朱天の気配。
聖剣を強く握った。
「行きましょう。」
「おう!」
金時が大斧を担ぐ。
凰が扇を広げる。
蜜秋も如意棒を肩へ乗せた。
四人が走り出そうとした、その時――。
「ここは我らにお任せください!」
雉牙だった。
雉衆が次々と舞い降り、四人の後方へ陣を組む。
「追手は我らが食い止めます!」
桃華は一瞬迷った。
「ですが――」
「我らは何のために鬼ヶ島まで参ったとお思いですか。
追手は我らが食い止めます!」
雉牙だった。
雉衆が次々と舞い降り、四人の後方へ陣を組む。
「桃華様の道を開くためです。」
桃華は一瞬迷った。
「ですが――」
雉牙は槍を構えた。
「ここは我らにお任せください!」
その時だった。
「――俺達も混ぜてもらおうか!」
聞き慣れない声が響いた。
上空から二つの影が降ってくる。
ズンッ!
地面を揺らして着地したのは、大柄な二人の男。
一人は九歯の馬鍬を肩に担ぎ、もう一人は宝杖を手にしていた。
蜜秋が目を見開く。
「……え?」
二人は鬼の群れへ向き直る。
「俺達が後ろを守ります。」
「安心して行って下さい。」
蜜秋は二人を見つめたまま動かない。
その顔から、いつもの軽薄な笑みが消えていた。
「浄壇使者……」
一人を見る。
そして、もう一人へ。
「金身羅漢……」
大柄な男は困ったように頭を掻いた。
「なんですか、それ。」
蜜秋が目を瞬く。
男はニッと笑う。
「そんなよそよそしい呼び方じゃなくて。」
九歯の馬鍬を肩へ担ぐ。
「昔みたいに活入れてくださいよ、アニキ。」
「…………」
蜜秋は二人を見つめた。
遠い昔。
天竺へ続く果てしない道。
口喧嘩をし。
腹を空かせ。
妖怪と戦い。
何度も三蔵に叱られながら、それでも共に歩き続けた二人。
あの頃の仲間が、目の前にいる。
蜜秋は俯いた。
そして――。
顔を上げた時。
そこにいたのは「謎の美少女・蜜秋」ではなかった。
不敵な笑みを浮かべる。
かつて天界を騒がせた、斉天大聖。
「……ブタ!」
浄壇使者が笑う。
「おう!」
「カッパ!」
金身羅漢も宝杖を構えた。
「おう!」
蜜秋は如意棒を肩へ担ぐ。
「遅れを取るんじゃねぇぞ!」
二人は声を揃えた。
「おう!!」
金時が目を丸くする。
「……お主、そんな喋り方もするんじゃな。」
蜜秋は我に返った。
「……あ。」
凰が扇で口元を隠す。
「ほほう。そちらが素か。」
「違うから!」
「何が違うんじゃ?」
「今のなし! 忘れて!」
金時が豪快に笑った。
「無理じゃ!」
桃華も思わず笑みをこぼす。
だが、浄壇使者は振り返らなかった。
九歯の馬鍬を構え、押し寄せる鬼を睨みつける。
「さあ、行って下さい。」
金身羅漢も宝杖を地面へ突き立てた。
「ここは我らが引き受けます。」
その左右へ雉牙たちが並ぶ。
鳥の戦士たち。
そして、かつて天竺まで斉天大聖と旅した二人。
蜜秋はしばらく二人の背中を見つめていた。
やがて――。
「頼んだよ。」
今度は、蜜秋として言った。
浄壇使者は振り返らずに片手を上げる。
「任せろ、アニキ。」
金身羅漢も笑った。
「お気をつけて。」
蜜秋は如意棒を握り直した。
「行こう、桃華。」
「はい!」
桃華は白馬の手綱を握り直した。
「小白龍、参りましょう。」
『承知。振り落とされるなよ。』
白馬が力強く地面を蹴る。
金時が大斧を担ぎ、その横を走る。
蜜秋は如意棒を肩へ乗せる。
凰は扇を広げ、ふわりと宙へ舞った。
四人と一頭は、蜜秋が切り開いた一本道を洞窟へ向けて駆け出した。
背後から轟音が響く。
「さて!」
浄壇使者が九歯の馬鍬を振り上げる。
「久しぶりに暴れるか、沙悟浄!」
「その名で呼ばれるのも、久しぶりですね。」
金身羅漢が宝杖を構える。
二人の前には、再び押し寄せてくる鬼の大群。
そして頭上には雉衆。
雉牙が槍を前へ向けた。
「一匹たりとも通すな!」
雄叫びが響く。
その声を背に受けながら、桃華たちは洞窟の闇へ飛び込んでいった。
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