第二十六話 老猿の表紙画像

第二十六話 老猿

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📅 公開日: 2026/8/29 📚 シリーズ: 桃華伝 〜真伝・桃太郎〜 📝 4,478文字 ✅ 全年齢

あらすじ

天界と人界、黄泉の狭間にある神々の国。 《桃》の化身・桃華は、鬼神族の侵攻によって滅びかけた天界から、破邪の聖剣《桃光》を託され地上へ逃れた。 しかし追っ手に深手を負わされ、川へ落ちた桃華は記憶を失ってしまう。 彼女を救ったのは、山里で暮らす老夫婦だった。 桃の香りをまとい、名も思い出せない少女に、二人は「桃太郎」という新たな名を与える。 穏やかな日々の中で、桃太郎は初めて家族の温かさを知る。 だが、鬼神族の襲来によって失われた記憶と使命を取り戻した彼女は、大切な人々を守るため、再び剣を取る。 旅立つ桃華へ、謎の老人は告げた。 「お前には三つの力が必要となる」 犬――すなわち忠義。 猿――すなわち知恵。 鳥――すなわち天を翔ける導き。 桃華は聖剣と、老夫婦から託されたきびだんごを携え、三人の仲間を求めて旅に出る。 その先で待つのは、雷神の血を引く武人、異国より渡った猿妖、そして最古の霊鳥。 これは、鬼を完全な悪とは断じない、新たな桃太郎の物語。 正義と悪が入れ替わる世界で、桃の娘は何を守り、何を討つのか――。

本文

鬼ヶ島、大洞窟最深部。

薄暗い広間に、一匹の鬼が駆け込んできた。

「申し上げます!」

朱天は玉座に腰掛けたまま、静かに目を開く。

「敵の一部が我らの守りを突破! 洞窟内へ侵入いたしました!」

「……あやつら、洞窟の中へ入ったか。」

朱天の左右に控えていた二人の男が顔を上げる。

右臣⋯⋯業火の化身。

左臣⋯⋯昏闇の化身。

右臣が静かに口を開いた。

「外にはまだ多くの兵がおります。一人、二人はここまで辿り着くやもしれませぬ。」

左臣も一歩前へ出る。

「朱天様。」

二人の言わんとしていることを察したのか、朱天は小さく頷いた。

「うむ。任せる。」

二人は同時に膝をつく。

「御意。」

右臣の身体から、ゆらりと炎が立ち上る。

左臣の足元からは、灯りを呑み込むような闇が広がった。

「一人たりとも――」

二人は立ち上がる。

「ここには近づけさせませぬ。」

朱天は去っていく二人の背中を黙って見送った。

やがて、その姿が闇の向こうへ消える。

「…………」

再び静寂に包まれた広間で、朱天は一人、目を閉じた。

「さて……。」

その口元に、わずかな笑みが浮かぶ。

「どこまで来られるかな。桃の化身よ。」

     ◇

洞窟の中。

白馬の蹄が岩肌を打つ音が響いていた。

桃華を背に乗せた小白龍が先頭を駆け、その後ろを金時、蜜秋、凰が続いている。

外の喧騒はすでに遠い。

聞こえるのは、四人の足音と白馬の蹄の音だけ。

その中で――。

蜜秋が、ちらちらと桃華を見ていた。

一度。

二度。

三度。

桃華が振り返る。

「……どうしました?」

「いや……。」

蜜秋は珍しく歯切れが悪い。

しばらく黙っていたが、やがて意を決したように尋ねた。

「……怒ってる?」

「はい?」

「正体を隠してたこと。」

桃華はきょとんとする。

「斉天大聖様だったことですか?」

「うん。」

蜜秋は頭を掻いた。

「騙すつもりだったわけじゃないんだけどさ。」

「斉天大聖とか、闘戦勝仏とか名乗ると、どうしても面倒なことになるから。」

金時が後ろから口を挟む。

「十分面倒な奴じゃと思うが。」

「金時は黙ってて。」

「はいはい。」

桃華は少し考えてから答えた。

「別にいいんじゃないでしょうか。」

「……え?」

蜜秋が目を丸くする。

「蜜秋は蜜秋なのでしょう?」

「それは……そうだけど。」

「でしたら、私にはそれで十分です。」

蜜秋は何も言わなかった。

少しして、照れ臭そうに前を向く。

「……そっか。」

凰が横から鼻を鳴らした。

「しかし、謎の美少女とはよく言ったものじゃ。」

「なにさ。」

「美少女が聞いて呆れる。」

凰は扇をぱちりと閉じた。

「とんだ老猿ではないか。ババアの間違いであろう。」

「誰がババアだ!」

洞窟に蜜秋の声が響いた。

金時が腹を抱えて笑う。

「はっはっはっ! 確かにのう!」

「金時!」

「いやいや。斉天大聖ともなれば、いったい幾つなんじゃ?」

「覚えてない!」

「ほれ見ろ。」

「凰だって似たようなもんでしょ!」

「わらわは鳳凰、霊鳥じゃ。妖かしの歳などという尺度で計るでない。」

「ずるい!」

桃華が思わず笑う。

小白龍まで鼻を鳴らした。

『相変わらずだな、悟空。』

「白龍まで!」

しばらく洞窟に笑い声が響いた。

やがて蜜秋は小さく息を吐く。

「……でもさ。」

少しだけ声色が変わった。

「ボク、納得いかないことが一つあるんだよね。」

桃華が振り返る。

「何ですか?」

蜜秋は頬を膨らませた。

「だいいちさ、どの物語でも僕は男ってことになってるんだけど?」

「……はい?」

「しかも三蔵様は女ってことになってたりするしさ。」

金時が眉を寄せる。

「では、本当は逆なのか?」

「そうだよ!」

蜜秋は如意棒を振り回す。

「僕が女! 三蔵様が男!」

そして盛大にため息をついた。

「どこの誰が間違えたのか……。」

桃華は少し考える。

「長い年月を経て、語り継がれるうちに変わってしまったのでしょうか。」

「変わりすぎだって。」

蜜秋は如意棒を肩に担ぎ直した。

「まあ、そんなわけでさ。

 今の僕は斉天大聖でも、闘戦勝仏でもない。」

少し考え、笑う。

「旅人の蜜秋。それでいいんだよ。」

桃華は白馬の背から微笑んだ。

「はい。私も、その方が蜜秋らしいと思います。」

「でしょ?」

蜜秋が得意げに胸を張る。

凰が鼻を鳴らした。

「老猿のくせに。」

「まだ言うか!」

その時だった。

小白龍が突然、足を止めた。

蹄が岩を打つ。

桃華が手綱を握る。

「小白龍?」

『……何かいる。』

その声から、先ほどまでの穏やかさが消えていた。

金時も大斧を構える。

「わしにも分かる。」

凰が扇を閉じる。

「二つじゃな。」

蜜秋の表情も変わった。

四人の視線が洞窟の奥へ向く。

暗闇。

何も見えない。

だが――。

ぼっ。

小さな炎が灯った。

一つ。

二つ。

三つ。

洞窟の壁に沿って、炎が次々と灯っていく。

その炎に照らされ、二人の男が姿を現した。

一人は、赤黒い甲冑を纏った大男。

その身体からは、陽炎のように炎が立ち昇っている。

もう一人は、漆黒の衣を纏った細身の男。

その足元だけが、周囲の灯りを吸い込むように黒く沈んでいた。

桃華は聖剣へ手を掛ける。

「鬼……?」

蜜秋が目を細めた。

「違う。」

「え?」

如意棒を構える。

「あいつら、鬼じゃないよ。」

凰も頷いた。

「そのようじゃな。」

赤黒い甲冑の男が一歩前へ出た。

「我が名は右臣。」

その足元から炎が走る。

「業火の化身。」

続いて、黒衣の男が口を開く。

「左臣。」

周囲の炎が一瞬、大きく揺らめいた。

「昏闇の化身。」

桃華が目を見開く。

「化身……。」

右臣は静かに頷いた。

「いかにも。」

左臣の視線が、桃華へ向けられる。

「桃の化身、桃華。」

「朱天様のもとへ向かわせるわけにはいかぬ。」

二人が同時に武器を構えた。

右臣の手に炎が集まり、巨大な刀を形作る。

左臣の両手からは、闇そのものを凝縮したような二本の刃が伸びた。

「ここより先へ進みたくば――」

「我らを倒してから行くがよい。」

金時が大斧を肩へ担ぎ直した。

「なるほどのう。」

一歩前へ出る。

「朱天の側近というわけか。」

右臣は答えない。

金時はニヤリと笑った。

「なら話は早い。」

大斧を構える。

「そこをどいてもらおうか。」

「断る。」

右臣の炎が一気に燃え上がった。

轟ッ!

凄まじい熱風が洞窟を駆け抜ける。

桃華を乗せた小白龍が後ずさる。

『この炎……尋常ではないぞ。』

桃華も思わず腕で顔を覆う。

「熱い……!」

しかし――。

「ほう。」

凰だけは平然としていた。

扇で口元を隠し、右臣を興味深そうに眺める。

「業火の化身とな。」

右臣が凰を見る。

「鳳凰か。」

「いかにも。」

凰は嬉しそうに笑った。

「これは面白い。」

扇を広げる。

ぼっ。

凰の周囲に炎が浮かび上がった。

赤。

橙。

黄金。

幾重もの炎が凰を包み込む。

「炎をもって鳳凰の前に立つとは。」

その瞳が赤く輝く。

「ヌシ、なかなか見どころがあるではないか。」

右臣は表情一つ変えない。

「鳳凰の炎とて、業火の前では等しく焼かれる。」

「ほう?」

凰の口元が吊り上がる。

「言うたな。」

二人の炎が洞窟を赤く染める。

一方――。

左臣の姿が揺らいだ。

金時が眉をひそめる。

「ん?」

次の瞬間。

消えた。

「金時、後ろ!」

蜜秋が叫ぶ。

金時が振り返る。

ガキンッ!

大斧と黒い刃が激突した。

「ぬおっ!」

左臣が、金時の背後に立っていた。

金時は力任せに刃を押し返す。

「いつの間に!」

左臣は答えない。

その身体が再び闇へ溶ける。

右。

左。

背後。

声だけが響いた。

「昏闇とは、光の届かぬ闇。」

金時が周囲を見回す。

「面倒な奴じゃのう。」

「人は光に頼りすぎる。」

左臣の声が四方から響く。

「光なくして何も見ることのできぬ者が、我を捉えることなど出来ぬ。」

「そうかい。」

金時は大斧を地面へ突き立てた。

「なら――」

金色の髪が、ふわりと逆立つ。

パチッ。

小さな火花が走った。

左臣の声が止まる。

金時は不敵に笑った。

「闇ごと照らせばよかろう。」

バチバチバチッ!

全身から雷光が迸る。

洞窟が一瞬、真昼のように明るくなった。

闇の中。

左臣の姿が浮かび上がる。

「そこじゃ!」

金時が大斧を振り抜いた。

左臣が後方へ跳ぶ。

轟ッ!

大斧が岩壁を砕いた。

左臣は着地すると、初めてわずかに表情を動かした。

「……雷か。」

金時は大斧を肩へ担ぐ。

「悪いのう。」

黄金の髪が雷光を帯びる。

「わしは暗いところが苦手でな。」

蜜秋が呆れたように言う。

「絶対いま考えたでしょ、それ。」

「細かいことを気にするでない!」

その時。

凰が桃華へ叫んだ。

「桃華!」

桃華が振り返る。

凰は右臣から視線を逸らさない。

「ここはわらわたちに任せよ。」

「ですが!」

「ヌシの相手はこやつらではなかろう。」

凰の炎と右臣の業火が激突する。

轟音。

洞窟全体が震えた。

「朱天のもとへ行け!」

金時も大斧で左臣の黒刃を受け止めながら叫ぶ。

「そういうことじゃ!」

「金時!」

「主が前だけを見て戦えるよう、その背は俺が守る。」

金時は笑った。

「親父殿ならきっと、そう言うじゃろ」

桃華は息を呑んだ。

鬼無の里で、素戔嗚へ語った言葉。

金時は大斧を振り抜き、左臣を押し返す。

「ここから先は、桃華殿の為の戦じゃ。」

桃華は聖剣を握り締めた。

「……分かりました。」

小白龍の首を撫でる。

「行きましょう。」

『ああ。』

白馬が前を向く。

蜜秋も如意棒を肩へ担いだ。

「僕も行くよ。」

右臣が動いた。

「行かせぬ!」

炎の刀を振り上げる。

その前へ凰が飛び込んだ。

扇が炎を受け止める。

「ヌシの相手は――」

凰の背から巨大な炎の翼が広がった。

「わらわじゃ!」

反対側。

左臣が闇へ沈む。

「逃がさぬ。」

金時が大斧を地面へ叩きつけた。

轟ッ!

雷光が地面を走り、闇を切り裂く。

「おっと。」

金時が立ちはだかる。

「どこへ行くつもりじゃ?」

二人の化身が足止めされた。

「今じゃ!」

桃華が手綱を握る。

「小白龍!」

『任せろ!』

白馬が地面を蹴った。

桃華を乗せた小白龍が、右臣と左臣の間を一気に駆け抜ける。

「待ってよ!」

蜜秋もその後を追う。

如意棒を片手に、軽々と岩場を蹴って走る。

桃華は一度だけ振り返った。

炎の中に立つ凰。

雷光を纏う金時。

二人ともこちらを見てはいない。

それぞれの敵だけを見据えている。

桃華は前を向いた。

もう振り返らない。

    ◇

二人と一頭が去った洞窟。

右臣は炎の刀を構え直した。

凰が扇を広げる。

「さて。」

楽しそうに笑う。

「業火とやらがどれほどのものか、見せてもらおうかの。」

右臣の炎が燃え上がる。

「望むところ。」

その隣。

昏闇が洞窟を覆っていく。

金時は大斧を肩へ担ぎ、首を鳴らした。

「わしも負けてはおれんな。」

左臣が闇の中から囁く。

「貴様の雷が消えた時――」

無数の黒い刃が闇の中に浮かび上がった。

「その命も終わる。」

金時は笑った。

「やってみい。」

雷光が弾ける。

「消せるもんならな!」

炎と雷。

業火と昏闇。

二つの戦いが、同時に始まった。

     ◇

そして――。

洞窟のさらに奥。

白馬の蹄の音が響く。

桃華は前だけを見ていた。

その隣を蜜秋が走る。

やがて。

巨大な扉が、二人の前に姿を現した。

桃華の腰にある聖剣が震える。

蜜秋も笑みを消した。

扉の向こうから感じる気配。

間違えるはずがない。

「……朱天。」

桃華が、その名を呟いた。

扉の向こう。

暁の化身、朱天が待っている。

桃の化身、桃華。

二人の化身が――

まもなく相まみえようとしていた。

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作者について

鳳 翔平

「小説家になろう」で連載中の物を、一部修正してこちらにも投稿させてもらってます。 文章作成で、AI利用してますが、プロット、シナリオは完全作者の物。そこにAIには一切介入させません。

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