第二十八話 暁の一輝
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あらすじ
天界と人界、黄泉の狭間にある神々の国。 《桃》の化身・桃華は、鬼神族の侵攻によって滅びかけた天界から、破邪の聖剣《桃光》を託され地上へ逃れた。 しかし追っ手に深手を負わされ、川へ落ちた桃華は記憶を失ってしまう。 彼女を救ったのは、山里で暮らす老夫婦だった。 桃の香りをまとい、名も思い出せない少女に、二人は「桃太郎」という新たな名を与える。 穏やかな日々の中で、桃太郎は初めて家族の温かさを知る。 だが、鬼神族の襲来によって失われた記憶と使命を取り戻した彼女は、大切な人々を守るため、再び剣を取る。 旅立つ桃華へ、謎の老人は告げた。 「お前には三つの力が必要となる」 犬――すなわち忠義。 猿――すなわち知恵。 鳥――すなわち天を翔ける導き。 桃華は聖剣と、老夫婦から託されたきびだんごを携え、三人の仲間を求めて旅に出る。 その先で待つのは、雷神の血を引く武人、異国より渡った猿妖、そして最古の霊鳥。 これは、鬼を完全な悪とは断じない、新たな桃太郎の物語。 正義と悪が入れ替わる世界で、桃の娘は何を守り、何を討つのか――。
本文
朱天が地を蹴った。
速い。
桃華が聖剣を構えた時には、狂剣の刃が眼前まで迫っていた。
「――っ!」
甲高い音が響く。
聖剣と狂剣が噛み合った。
「くっ……!」
桃華の足が岩床を滑る。
朱天はそのまま力を込めた。
「どうした、桃華。」
「まだ……!」
桃華は聖剣を押し返す。
刃と刃の間から火花が散った。
「始まったばかりです!」
身体を捻り、狂剣を受け流す。
そのまま横薙ぎ。
朱天が身を反らした。
聖剣の切っ先が、漆黒の甲冑を掠める。
「ほう。」
朱天は一歩下がり、自らの胸元を見る。
浅い傷。
しかし――。
「やはりな。」
朱天は笑った。
桃華が眉をひそめる。
「何がです。」
「その程度だということだ。」
朱天は狂剣を構え直した。
「聖剣は邪を鎮め、屠るためのもの。
「私は暁の化身、邪ではない。」
朱天が消えた。
「桃華!」
蜜秋が叫ぶ。
右。
桃華が振り返る。
狂剣。
ガンッ!
如意棒が割って入った。
「危ないなぁ!」
蜜秋が如意棒を押し込む。
朱天は狂剣で受け止める。
「斉天大聖。」
「今は蜜秋!」
「どちらでもよい。」
「僕には大事なの!」
蜜秋は如意棒を軸に身体を浮かせ、そのまま朱天の顔面へ蹴りを放った。
朱天が腕で受ける。
その隙に桃華が踏み込んだ。
一閃。
朱天の肩口を聖剣が斬り裂く。
だが――。
血は流れない。
傷口から朱色の光が漏れ、瞬く間に塞がっていく。
桃華が目を見開く。
「傷が……。」
「言ったであろう。」
朱天が狂剣を振るう。
桃華と蜜秋が左右へ飛んだ。
「その剣で私は倒せぬ。」
◇
洞窟の別の場所。
雷光が闇を切り裂いた。
「ぬおおおおっ!」
金時の大斧が振り下ろされる。
左臣は二本の黒刃を交差させ、それを受け止めた。
轟ッ!
足元の岩が砕ける。
「ぐっ……!」
「どうした!」
金時がさらに力を込める。
「おぬしの主のところへ行かねばならんのでな!」
「行かせぬ!」
左臣の身体から闇が噴き出す。
金時の視界が再び黒く染まった。
「またこれか!」
「闇の中で、我を捉えられるか!」
声が四方から響く。
金時は大斧を構えたまま、目を閉じた。
「ならば――」
金色の髪が逆立つ。
パチッ。
パチパチッ。
「闇ごと吹き飛ばせばよかろう!」
大斧を地面へ叩きつけた。
轟ッ!!
雷光が洞窟を埋め尽くした。
闇が一瞬にして消し飛ぶ。
「なっ――!」
姿を現した左臣。
「そこじゃ!」
金時が踏み込む。
左臣も逃げなかった。
二本の黒刃を構える。
「来い!」
大斧と黒刃が激突した。
一瞬。
左臣の口元に、微かな笑みが浮かぶ。
「見事。」
次の瞬間――。
金時の大斧が黒刃を砕いた。
その勢いのまま、左臣の身体を薙ぎ払う。
「……朱天様。」
左臣の身体が、ゆっくりと黒い霧へ変わっていく。
金時は大斧を下ろした。
「最後まで主を想うか。」
左臣は答えない。
ただ、消えゆくその顔はどこか穏やかだった。
「……見事な忠義じゃ。」
金時は一度だけ頭を下げた。
そして走り出した。
◇
その頃――。
右臣の炎と凰の炎が洞窟を赤く染めていた。
「はあああっ!」
右臣が炎の刀を振るう。
凰は扇で受け流す。
一撃。
二撃。
三撃。
火花が舞う。
「なるほど。」
凰が笑う。
「業火が効かぬと分かれば、剣技で挑むか。」
「我は朱天様の右臣!」
炎の刀が凰の頬を掠める。
「化身の力だけに頼ってきたわけではない!」
「気に入った!」
凰は大きく後ろへ跳んだ。
扇を広げる。
「ならば妾も、敬意をもって応えようぞ!」
背後に巨大な炎の翼が現れる。
右臣はそれを見上げた。
「……鳳凰。」
「凰じゃ。」
炎の翼が羽ばたいた。
無数の火の粉が、鳥の形へ変わる。
右臣も炎の刀を構える。
「参る!」
「来い!」
右臣が突進した。
凰も扇を振り下ろす。
炎と炎。
二つの力が激突した。
轟――ッ!!
洞窟が揺れた。
炎が消えた時。
右臣は凰の前に立っていた。
その手から、炎の刀が消える。
「……美しい炎だ。」
凰は黙って右臣を見る。
右臣の身体が炎へと変わり始めた。
「朱天様……。」
「…………。」
「どうか……。」
最後まで言葉にはならなかった。
炎が舞い上がり、消えていく。
凰は扇を閉じた。
「うぬも見事であったぞ。」
そして、最深部を見た。
「さて、急ぐかの。」
◇
轟音。
桃華の身体が地面を転がった。
「桃華!」
「大丈夫です!」
聖剣を地面へ突き立て、立ち上がる。
朱天はまだ息一つ乱していない。
蜜秋が如意棒を伸ばす。
「伸びろ!」
如意棒が朱天へ迫る。
朱天は狂剣を横に構えた。
激突。
その身体が後方へ押される。
「今!」
桃華が駆ける。
聖剣を両手で握り――。
振り下ろす。
朱天は狂剣で受け止めた。
「無駄だ!」
「無駄ではありません!」
桃華は叫ぶ。
「あなたを倒すことだけが、戦いではありません!」
朱天の表情が変わる。
「まだ、そのような甘いことを!」
「甘くて結構です!」
桃華は力を込める。
「私はあなたの話を聞きました!
あなたが何に苦しみ、何を求めていたのかも!」
「ならば分かるであろう!」
朱天が聖剣を弾いた。
「私が正しいと!」
「いいえ!」
桃華は後退しながら叫ぶ。
「あなたが抱いた疑問が間違っているとは思いません!」
朱天の動きが止まった。
「……何?」
「神と化身は何が違うのか。
なぜ化身は神々に仕えるものとされるのか。」
桃華は聖剣を構え直す。
「私には、その答えは分かりません。」
「桃華……。」
「だから、天界へ帰って問いましょう!」
桃華は一歩踏み出す。
「太陽神様にも!
月神様にも!
素戔嗚様にも!
みんなで答えを探せばよいではありませんか!」
朱天の顔が歪んだ。
「今さら――!」
狂剣が振り下ろされる。
桃華が受け止める。
「今さら何を話せというのだ!」
「何度でも!」
「黙れ!」
「何度でも話せばいい!」
「黙れ!」
朱天の身体から朱色の光が爆発した。
桃華が吹き飛ばされる。
「きゃっ!」
「桃華!」
蜜秋が受け止めた。
二人は地面を滑る。
朱天の呼吸が初めて乱れていた。
「……今さら。」
狂剣を握る手が震えている。
「もう、戻れぬ。」
背後の要石から黒い瘴気が噴き出す。
「私は天界を黄泉へ繋いだ。」
亀裂が広がる。
「地上も間もなく黄泉へ沈む。」
朱天は桃華を見る。
「どれほど言葉を重ねようと、もう遅い!」
蜜秋が桃華を立たせる。
「そうかな。」
朱天が睨む。
「何?」
蜜秋は如意棒を肩へ担いだ。
「五百年、山の下にいた僕からすればさ。」
ニッと笑う。
「やり直すのに遅すぎるなんてこと、ないと思うけど。」
「貴様に何が分かる!」
「分かるよ!」
蜜秋の声が洞窟に響いた。
朱天が息を呑む。
「天界が憎かった!」
如意棒を握る手に力が入る。
「偉そうに命令する神様も!
僕を猿だって馬鹿にする連中も!
全部ぶっ飛ばして、自分が一番偉いって認めさせたかった!」
「…………。」
「だから分かるんだよ!」
蜜秋は朱天を真っ直ぐ見つめる。
「お前が今、どこにいるのか!」
朱天は答えない。
「その先に何があるのかも!」
「ならばなぜ!」
朱天が叫ぶ。
「なぜお前は、私の側に立たぬ!」
蜜秋は少し寂しそうに笑った。
「その先まで行っちゃったからだよ。」
「…………。」
「僕には三蔵様がいた。」
蜜秋は遠い昔を見るように目を細める。
「ブタも、カッパも、白龍もいた。
五百年動かなかった景色が、毎日変わった。
腹減ったり、喧嘩したり、妖怪に襲われたり。」
小さく笑う。
「大変だったけどさ。
旅って楽しかったんだ。」
朱天は黙っている。
「世界は、自分が思ってたよりずっと広かった。」
蜜秋は如意棒を構え直す。
「だから僕は今、また旅をしてる。」
桃華を見る。
「この子たちと。」
「…………。」
「お前も来ればいいじゃん。」
朱天の目が見開かれた。
「何……?」
「神様になれるかどうかなんて、一回置いといてさ。」
蜜秋は笑った。
「世界、見てみなよ。」
朱天の狂剣が僅かに下がる。
その時だった。
バキッ。
大きな音。
三人が要石を見る。
亀裂。
要石の中央に、巨大な亀裂が走っていた。
黒い瘴気が噴き上がる。
朱天の表情が変わる。
「……遅い。」
蜜秋の笑みが消える。
「何?」
「言ったであろう。」
朱天は再び狂剣を構えた。
「もう手遅れだと。」
ゴゴゴゴゴゴ――!
洞窟全体が激しく揺れ始める。
黄泉の闇が床を這う。
桃華が聖剣を見る。
その刀身が激しく震えていた。
「聖剣が……。」
「桃華!」
朱天が地を蹴った。
「――っ!」
桃華は聖剣を構える。
朱天の狂剣。
一撃。
二撃。
三撃。
桃華は必死に受ける。
「くっ……!」
朱天の攻撃が速くなる。
蜜秋が横から如意棒を振るう。
「させない!」
朱天は身を沈めてかわす。
狂剣を返す。
蜜秋が如意棒で受けた。
ガンッ!
「重っ!」
「斉天大聖!」
「だから蜜秋だって!」
如意棒と狂剣が激しく打ち合う。
桃華も加わる。
三つの武器が火花を散らす。
だが――。
朱天の身体から放たれる光が、さらに強くなっていく。
要石から溢れ出す黄泉の力。
それを吸い上げるように、朱天の暁の光が増していた。
「まずい。」
蜜秋が呟く。
「こいつ、強くなってる。」
朱天が狂剣を薙ぐ。
衝撃。
蜜秋が吹き飛ぶ。
「蜜秋!」
桃華が振り返った。
その一瞬。
「戦いの最中に――」
朱天が桃華の眼前に立っていた。
「よそ見をするな。」
狂剣が桃華の聖剣を弾き飛ばした。
聖剣が宙を舞う。
カラン――。
遠くの岩床へ落ちた。
「――!」
桃華が息を呑む。
朱天は狂剣を両手で握る。
振り上げた。
「終わりだ。」
蜜秋が顔を上げる。
「桃華!」
如意棒を伸ばす。
だが――。
間に合わない。
朱天の狂剣が振り下ろされた。
その瞬間。
――斬ッ。
「……?」
朱天の動きが止まった。
狂剣の切っ先は、桃華の目前。
あと僅か。
しかし、それ以上動かない。
朱天が自分の胸を見る。
漆黒の甲冑に、一筋の亀裂。
次の瞬間。
甲冑が斜めに裂けた。
朱天の身体から鮮血が噴き出す。
「ぐっ……!」
桃華が目を見開く。
蜜秋も言葉を失う。
「誰……?」
朱天の背後。
いつの間にか――。
一人の鬼が立っていた。
美しい黒髪。
額から突き出す二本の角。
その手には、一振りの刀。
刃には朱天の血が滴っている。
女は静かに刀を振り、血を払った。
「……大通連。」
朱天が掠れた声で呟く。
女は薄く笑った。
「久しいのう、朱天。」
「鈴鹿……御前。」
鈴鹿御前。
天女とも称される、鬼を裏切り、鬼に仇なす鬼姫。
朱天は胸を押さえながら振り返る。
「なぜ……。」
鈴鹿御前は大通連を肩へ担いだ。
「なぜ、じゃと?」
その目が鋭くなる。
「鬼がすべて、世が闇へ堕ちることを望んでおるとでも思ったか。」
朱天は何も答えない。
「我ら鬼とて、日の光を愛で、月の下で風流に酒をあおるものよ。」
鈴鹿御前は静かに言った。
「⋯⋯鬼は人の敵じゃ。
それは否定はせぬ。」
大通連を下ろす。
「人を襲い、人を喰らい、人に災いをなす。
それが鬼じゃ。」
一歩、朱天へ近付く。
「じゃがな――
妾のように人の中へ紛れ、人と共に生きることを選んだ鬼もおる。」
朱天が鈴鹿御前を見る。
「そもそも鬼とは何じゃ。」
鈴鹿御前は自嘲するように笑う。
「鬼は人の恐れより生まれ、憎しみより生まれ、邪な想いより生まれる。」
桃華は黙って聞いていた。
「ならば――」
鈴鹿御前は朱天を見据える。
「人こそ鬼とは言えまいか。」
「…………。」
「じゃが、人がすべて悪人ではあるまい。」
鈴鹿御前は大通連を鞘へ納めた。
「人とて悪人がおるのなら――」
静かな声が響く。
「鬼とて、善に生きるものもあろうて。」
朱天が俯く。
鈴鹿御前は続けた。
「生まれが鬼か、人か、神か、化身か。」
「そんなものが、その者の善悪を決めるのではない。
何を選び、どう生きたかじゃ。」
朱天は自分の手を見る。
「朱天。」
鈴鹿御前の声が低くなる。
「きさまは先ほど、自分は暁の化身であり、邪ではないと申したそうじゃな。」
朱天の目が見開かれる。
「……なぜ、それを。」
「そんなことはどうでもよい。」
鈴鹿御前は朱天を指差した。
「邪とは、牙を持ちた巨獣を恐れ、その前に跪く人々を表すともいう。
力によって人を屈服させ、恐れさせ、己を崇めさせる。きさまが今やろうとしておることは何じゃ。」
朱天は答えない。
「世界を闇へ沈め、人々から太陽を奪い、
月を奪い、
光を求める者たちに、己を崇めさせる。」
鈴鹿御前の瞳が細くなる。
「きさまの想いは、すでに邪。」
「…………。」
「気付かぬうちに――」
鈴鹿御前は静かに告げた。
「きさま自身も、鬼へ堕ちておったのよ。」
長い沈黙。
朱天は、自分の胸から流れる血を見つめた。
「……鬼。」
その言葉を確かめるように呟く。
やがて――。
小さく笑った。
「そうか。」
朱天の身体から力が抜ける。
「オレは……鬼になっていたのか。」
膝をつく。
その時だった。
一筋の光が、洞窟へ差し込んだ。
「……?」
桃華が振り返る。
洞窟の遥か向こう。
入口から射し込む光。
長い戦いの間に、夜の帷が近づこうとしていた。
青から白へ移り行く水平を切り裂くような――。
淡い朱色。
沈みゆく太陽が空を朱色に染め、その光が洞窟の奥深くまで差し込んでいる。
朱天は呆然と、その光を見つめた。
「……まるで、暁のようだ。」
自らの名の源。
自らが生まれた、夜明けの光。
桃華は地面に落ちた聖剣を拾う。
だが――鞘へ納めた。
そして朱天の傍らへ歩み寄る。
「朱天。」
朱天は答えない。
ただ、夕空を見つめている。
桃華も、その隣で空を見た。
「不思議ですね。」
「……何がだ。」
「朝と夕。時はまるで違うというのに、こうして見ればよく似ています。」
桃華は朱色に染まった空を見つめた。
「暁の化身とは、明星のようではありませんか?」
「明星……。」
「明け方には、夜から朝へ。夕暮れには、昼から夜へ。」
「同じ星が、二つの境界に輝くと聞きました。」
朱天の瞳に、夕映えが映る。
「あなたも同じなのではありませんか。」
桃華は静かに微笑んだ。
「太陽になる必要などなかった。
太陽と月。その二つの光の狭間にあって、僅かな時だけ見せる輝きだからこそ――」
桃華は朱天を見る。
「暁は美しい。
なぜ、その化身であるあなたが、その美しさを忘れてしまわれたのですか。」
朱天は何も言わなかった。
ただ、長い間忘れていたものを見るように、夕空を見つめ続けた。
やがて――。
「……そうだな。」
朱天の口元に、小さな笑みが浮かぶ。
「こんなにも……。」
目を細める。
「美しかったのだな。」
桃華は黙って、その横顔を見つめた。
だが。
バキッ。
乾いた音が響いた。
蜜秋が振り返る。
「……まずい!」
要石。
巨大な亀裂が、その中心を貫いていた。
バキバキバキ――!
「桃華!」
鈴鹿御前も振り返る。
要石が崩れ始める。
亀裂の向こうから――。
光すら呑み込むような漆黒が覗いた。
ゴオオオオオオッ――!!
黄泉の瘴気が噴き上がる。
洞窟全体が激しく揺れた。
朱天は暁を見つめたまま、静かに言った。
「……もう、止まらぬ。」
桃華が振り返る。
「何を――
地上と黄泉を隔てる楔は、すでに砕け始めている。」
朱天は目を閉じた。
「私を倒したところで……黄泉への道は閉じぬ。」
桃華は要石を見る。
黒い闇が、さらに広がっていく。
その時。
桃華の腰で――。
聖剣が震えた。
「……え?」
鞘の中から、淡い桃色の光が漏れ出している。
桃華は聖剣を抜いた。
刀身が眩く輝いていた。
黄泉の瘴気へ反応するように。
強く。
強く。
蜜秋がそれを見つめる。
「桃華……その剣。」
桃華も聖剣を見つめた。
脳裏に、一人の姿が浮かぶ。
鋼の化身。
この剣を鍛え――。
最後に自分へ託した者。
「……キクニ。」
聖剣が応えるように震えた。
朱天もまた、その光を見る。
「そうか……。」
「朱天?」
朱天は自嘲するように笑った。
「私を斬るためでは……なかったのか。」
桃華が目を見開く。
「聖剣は――」
朱天は崩れゆく要石を見る。
「邪を鎮め、屠る剣。」
黄泉の闇が噴き出す。
「ならば、その剣が斬るべきものは――」
桃華は聖剣を握り締めた。
その先。
地上へ溢れ出そうとする、黄泉の闇。
「……はい。」
桃華の表情が変わる。
「ようやく分かりました。」
聖剣を構える。
「キクニが――」
桃色の光が、闇の中で輝く。
「私に、この剣を託した理由が。」
ゴオオオオオオッ――!!
黄泉の闇が、ついに要石を突き破った。
桃華はその前へ立つ。
桃の化身。
その手には、桃の破邪を宿した聖剣。
蜜秋が如意棒を構え、その隣へ立つ。
鈴鹿御前も大通連へ手を掛けた。
遠くから――。
「桃華殿!」
金時の声。
「間に合ったか!」
「妾を置いていくでない!」
凰も続く。
桃華は振り返った。
金時。
蜜秋。
凰。
ここまで共に戦ってきた者たち。
「万が一の時には、この身を楔の礎にするつもりで来たが――」
鈴鹿御前は四人を見渡した。
「どうやら、その必要はなさそうじゃの。」
桃華は再び前を向いた。
眼前には、世界を呑み込もうとする黄泉の闇。
その手の聖剣が、眩い光を放つ。
「参ります。」
――桃太郎の最後の戦いが、始まった。
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