第24話 セーフエリア
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
異世界と東京が繋がって35年。区役所「異世界住民課」で働く天野勇は、定時退庁を愛する平凡な公務員。だがある日、テロ事件に巻き込まれ、うっかり「勇者」に選ばれてしまう! 発現した能力は、空間をつなぎ合わせるだけの地味なもの。世間からは「ハズレ勇者」と哂われるが……実は空間操作を駆使した常識破りの最強スキルだった!? コンビニスイーツ中毒のエルフ聖騎士アイリスと共に、勇は世界の危機と“残業”に立ち向かう! 「僕はただ、定時で帰ってアニメを見たいだけなのに!」 オタク公務員が二つの世界を繋ぐ、現代×異世界ファンタジー! ※本作品は「カクヨム」「あいぺん」にて同時掲載しています。
本文
誰もいない新宿駅のコンコースを、僕とアイリスはひたすら駆け抜けていた。
普段なら通勤客や買い物客でごった返しているはずの改札口は、今は完全にシャットダウンされ、不気味な赤色灯だけが回転している。
地上からは時折、先ほど僕たちがいた場所――自衛隊と聖騎士団が睨み合っている緊迫したエリアから、駆動音や馬のいななきが響いてくる。
「本当に、この地下から中枢制御室へ直接近づけるのだな、アマノ殿!」
精霊剣をがちゃつかせながら並走するアイリスが、長い銀髪をなびかせて聞いてくる。
「ああ。地上のルートは、大人の事情でガチガチに封鎖されてるからね。大融合以後に魔力パイプラインと並行して作られた新設の管理用地下通路は、僕たち区役所の住民課や都市整備課のデータにしか残っていない隠れルートだ」
走りながら、僕は右手の勇者の聖痕を軽くさすった。ディバイド・ルーラで地上の包囲網の裏側に回り込んだが、サイボーグ魔王が放つ瘴気の密度があまりにも高すぎて、一気に中枢制御室まで直接空間を繋ぐことはできなかった。
そのため、まずは地下のセーフエリアへと潜り込み、そこから徒歩で徐々に距離を詰める戦術をとっている。
すると、僕のポケットの中で、さっき電源を切ったはずのインカムが妙な電子音を立てて勝手に再起動した。
「もしもーし。天野、アイリスさん。聞こえてる?」
耳に飛び込んできたのは、防衛室の神原室長
ではなく、気の抜けたような、しかしどこか悪戯っぽい若い女性の声――僕の裏の協力者であり、魔導ハッカーの千代田だった。
「千代田? なんで通信が……僕、さっき電源を切ったはずなんだけど」
「あはは、私の特製魔導パッチを舐めないでよね。遠隔で強制起動なんて朝飯前。それより二人とも、完全にやらかしモードに入ってるね。 境界防衛室は今大騒ぎだよ。ハズレ勇者コンビが現場から忽然と消えたって」
「境界防衛室もハッキングしているんだろ。神原室長は?」
「今は、官邸にいる榊部長からの連絡を待っている状態。だけど、お決まりの『事実関係の確認中』と『書類の決裁待ち』の無限ループ。あっちの書類が通ったらこっちの承認が取り消され、みたいな役所仕事の最悪なコンボが発生してるよ」
千代田の言葉に、僕は思わず走りながら苦笑を漏らした。手続き、決裁、国交プロトコル。どれも平和な日常を守るためには必要なものだけど、目の前で世界が滅びかけている時には、ただの重い足枷でしかない。
「書類の決裁を待っていたら、世界が滅ぶ。……公務員が書類を無視するのは最大の反逆だけど、背に腹は変えられないからね」
「ひゅー、言うねえ! 定時退庁命の天野がそこまで言うなら、私も一肌脱いじゃう。二人が今走ってる通路の先にある防音セーフティドア、遠隔でロック解除しといたからそのまま突っ切って!」
「感謝する、チヨダ殿!」
アイリスが通信に向かって快活に叫ぶ。僕たちは突き当たりにあった分厚い鋼鉄製のドアを押し開け、さらに下層へと続く階段へと飛び込んだ。
階段を下りるにつれ、周囲の空気が急速に重くなっていく。湿気とともに、機械が焦げるような臭いと、異世界の不気味な魔力の残滓が混ざり合った特有の異臭。
新宿ゲートが暴走し、物理法則が崩壊を始めている証拠だ。
「しかし、アマノ殿」
アイリスが、少しだけ真面目なトーンに声を落として僕の横顔を見た。
「レイノス社のグラハム社長と、我が国のベルモント伯爵の陰謀……本当に彼らが、この災厄を仕組んだのだろうか。私には、どうしても信じがたい。私利私欲のために、これほど多くの民を巻き込むなど……」
まっすぐで純粋な彼女のシルバーエルフらしい横顔には、困惑と悲しみが滲んでいた。
「アイリス。平和が当たり前になった途端その価値を忘れて、自分だけが得をしようとする不届き者が出てくるんだ」
僕は淡々と、しかし噛みしめるように言った。
「アニメや漫画の悪役なら、もっと世界征服だの何だのといった大それた野望を持つものだけど、現実の黒幕はもっとズルくて、もっと冷酷だ。彼らはただ、自分の会社の株価を上げたいだけだったり、領地での発言権を強めたいだけだったりする。そんなくだらないためだけにだ」
「……許せない」
アイリスの手が、精霊剣の柄をみしりと鳴らす。 ブルーの瞳に、明確な怒りの炎が宿っていた。
「私たちの先達が、そして貴殿の父親たちが血を流して作ったこの平和な街を、そんなくだらない欲のために壊されてたまるか!」
「うん、その意気だ。だからこそ、ここで僕たちが突き進んでいく価値がある。……さあ、見えてきたよ」
階段を駆け下りた先、地下の広大な変電魔力転換プラントの全貌が広がった。
そこは、無数の太い光ファイバーと、赤く脈動する魔力管が複雑に絡み合う、まさに科学と異世界魔法の融合体のような大空間だった。そしてその中央、本来なら巨大なコントロールユニットがあるはずの場所に、それはいた。
「――ズ、ズズ……」
金属が擦れ合う嫌な音が響く。新宿ゲートの最奥に封印されていたはずの魔王の遺骸。
その腐敗しない巨体には、無数のサイバネティクスパーツ、最新鋭のサーボモーター、精度を高めたレイノス社製と思われる高出力の制御基板が、おぞましい形で打ち込まれていた。
魔王の有機的な肉体と、無機質なテクノロジーが醜悪に融合したその姿こそ、今回の陰謀の象徴そのものだった。
サイボーグ魔王の胸部に埋め込まれた巨大な魔石が、僕たちの侵入を検知して不気味な紫色に明滅する。
「ギ……ガ、ガガ……オオオオオオオオッ!!」
鼓膜を直接揺さぶるような咆哮。それと同時に、プラント全体の空間が、ガラスのひび割れるような音を立てて歪み始めた。
「アマノ殿、来るぞ!」
「わかってる! ここからが僕たちの正念場だ!」
僕は前に出ながら、右手の聖痕に意識を集中させた。
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