【26番外】 ハト・フィーバー
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
ChatGPTと一緒に制作した、「時環遊技場」短編集です。 舞台は、未来都市・郊外第9区。昭和の手打ちパチンコから平成中期のCR機までが残る古い遊技場に、人間、ロボット、アンドロイドが集まる。そしてそこでは時々、不思議なことが起こる。ちょっと懐かしくて、少し不思議なパチンコ店の物語。
本文
その店は、街の外れにひっそりと残っていた。
かつては大きな看板が掲げられていたのだろう。けれど今は文字のいくつかが剥がれ落ち、色褪せた外壁には、長い年月を感じさせる汚れが筋になって残っている。
入口のガラス戸には、もう営業案内も新台のポスターもない。ただ、古びた店名だけが、かろうじて読めた。
「ここが、例の店です」
隣で管理人が言った。
店主は建物を見上げた。
「ずいぶん古いですね」
「老朽化の影響で建物を取り壊すことになりまして、その前に中を片付けているんです」
管理人が鍵を取り出す。錆びた鍵が錠前の中で回る。ガチャリ、と重い音がした。
扉を開けると、少し湿った古い空気が流れてきた。
店主は一歩、中へ入る。
照明は落とされている。薄暗い店内には、撤去されたパチンコ台の跡が長く伸びていた。床には島を固定していた金具の跡が残り、ところどころに古い玉が転がっている。
壁には、日焼けしたポスターが何枚か残っていた。
景品カウンターのガラスケース。古い灰皿。壁掛け時計。営業していた頃の名残が、あちこちに取り残されている。
「ほとんど片付けたんですが、こういう細かい物だけは残ってまして」
「こういう店を見るのは久しぶりだ」
店主はゆっくりと店内を歩く。
パチンコ台はもうない。それでも、ここには確かに店があった。
たくさんの人が台に座り、笑ったり、悔しがったりしていたのだろう。
店主は、そういう古い場所が嫌いではなかった。むしろ、好きだった。
古い物には、それを使った人間の時間や記憶が染みついているから。
そして店主は、少し変わった能力があった。長い年月を経た物に触れると、その物が見てきた過去の記憶が、時折、頭の中に流れ込んでくる。
誰が使っていたのか。何があったのか。その物に刻まれた記憶の断片。
いつでも自由に見られるわけではない。ほんの一瞬だけ、過去の景色が浮かぶこともある。
だから店主は、古い物に触れるときには少しだけ慎重になる。
ここにも、いくつもの記憶が残っているはずだった。
店主は景品カウンターの前で足を止めた。
そこには、古びた景品棚が残されていた。ガラスは曇り、金属の縁には細かな傷がついている。店主はその縁に、そっと指を触れた。
――パチン。
何かが弾けたような感覚のあと、目の前の景色が一瞬で変わった。
薄暗かった店内に、明るい照明が戻る。
入口からは昼の光が差し込み、ガラス戸の向こうには青空が見えている。
玉の弾ける音。パチンコ台から流れる音楽。客の話し声。店員の呼び声。
景品カウンターには商品が並び、台と台の間には大勢の客が座っている。
店主は周囲を見回した。
「……ここは」
壁に掛けられたカレンダーが目に入った。大きく、平成五年と書かれている。
「平成五年……」
店主は呟いた。
どうやら、この店がまだ営業していた頃の記憶らしい。そのときだった。入口のほうから、突然、大きな羽音が響いた。
――バサバサバサッ!数羽の鳩が、入口から一気に店内へ侵入してきた。
「鳩だ!」
「うわっ、何羽いるんだ!」
客が一斉に立ち上がる。
「走らないでくださーい!」
店員が叫んだ。
しかし、その声が届くより早く、一人の客が足元のドル箱をつかんだ。
「これで捕まえろ!」
「ドル箱を網代わりに使わないでくださーい!」
店員の悲鳴が店内に響く。
「じゃあどうすんだよ!」
「今、網を持ってきますから!」
「早くしろ!」
「お客様が追いかけるから余計に逃げるんですよ!」
その横では、別の客が新聞を大きく広げていた。
「こっちだ! こっちに追い込め〜!」
「新聞で追い込まないでください!」
「じゃあ何ならいいんだ!」
「だから今、網を――!」
その間にも鳩たちは店内を縦横無尽に飛び回っていた。
一羽が島の上を飛び越える。もう一羽が台と台の間を抜ける。そして一羽が、あるパチンコ台の上にふわりと止まった。
そこを打っていたおじさんが顔をしかめる。
「おい! どけ!」
鳩はクルッポークルッポーと鳴いたままで、動かない。
「俺のリーチが見えねえ!」
隣の客が鳩を見上げた。
「いや、待て」
「何だよ」
「鳩が止まった台は出るんじゃないか…?」
「何でだよ」
「鳩だからだよ。縁起がいいだろ」
「そんなもんか?」
おじさんが半信半疑で鳩を見上げた、その直後。
台から、けたたましい電子音が鳴り響いた。
「……ん?」
図柄が回る。そして――揃った。
大当たり。
「うおおおおっ!」
さっきまで「俺のリーチが見えねえ!」と怒っていたおじさんが、椅子から飛び上がった。
「鳩! お前、最高だぁ!」
鳩は何事もなかったように、台の上で首を傾げている。
「ほら見ろ!」
隣の客が得意げに言った。
「鳩が止まった台は出るんだよ!」
「本当だったのかよ!」
おじさんは大喜びで鳩に向かって祈りのポーズをした。
「鳩様! ありがとう!もっとジャンジャン出してくれ〜!」
その横で、派手な格好のおばちゃんが腕を組んでうなずいていた。
紫色の柄ブラウスに、大きなイヤリング。髪はきれいにセットされ、厚い化粧に真っ赤な口紅。
おばちゃんは飛び回る鳩を見上げる。
「今日は鳩が三羽!」
「四羽いますよ!」
店員が即座に訂正する。
「細かいことはいいの!」
おばちゃんは胸を張った。
「三羽は大当たりよ!」
「何の確率ですか!」
「今日は出るってこと!」
「鳩で確率を決めないでくださーい!」
おばちゃんは聞いていない。
「ほら! あの台よ!」
指差した先には、さっき鳩が止まった台。
「鳩が選んだ台なんだから、打ちなさい!」
「おばちゃん、俺もう打ってるよ!」
「じゃあそのまま打ちなさい!」
「はい!」
なぜか客まで素直だった。
そのとき、景品カウンターのほうから羽音がした。
「今度はそっち!」
一羽が景品カウンターへ飛んでいく。
「追い込め!」
「待ってください! 景品カウンターには入らないでくださーい!」
別の一羽は休憩スペースへ。
「そっち行った!」
「いや、島の上!」
「違う! あっちだ!」
客たちは全員、てんでばらばらの方向を指差している。
「どっちなんだよ!」
「知らねえよ!」
「追いかけてくださーい!」
「だから追いかけるなって言ってるだろ!」
「追いかけないでくださーい!」
店員の声が店内を飛び交う。高く舞い上がっ鳩を客たちが見上げている。
店内は、異様な盛り上がりを見せていた。
「ほら! あの鳩、またあの台に戻ったわよ!」
おばちゃんが叫ぶ。
「本当だ!」
「やっぱり出るんじゃねえか?」
「だから鳩で確率を決めないでくださーい!」
店主は、その過去の光景を呆然と眺めていた。パチンコ店の記憶なのか。
鳩の記憶なのか。もはや分からない。
やがて鳩たちは開け放たれた入口へ向かい、一羽ずつ外へ飛んでいった。
最後の一羽が青空へ消える。ようやく店内に静けさが戻ったところで、記憶が途切れた。
気がつくと、店主は元の店内に戻っていた。景品棚に触れたまま、しばらく立っている。
「……何だったんだ、今のは」
管理人が不思議そうに見る。
「どうしました?」
「この店、昔……鳩が入ってきたことはありませんでしたか?」
管理人が目を丸くした。
「……!どうして知っているのですか!」
「え?」
「ちょっと待ってください」
管理人はポケットから薄型の情報端末を取り出した。画面を操作すると、古い店舗記録が表示される。
「ほら、これです」
店主が画面を覗き込む。
そこには、この店の営業記録と、過去に起きた出来事が簡潔にまとめられていた。
営業記録:平成五年
特記事項:店内に鳩数羽が侵入。客・従業員による捕獲騒動が発生。
「……本当にあったのか」
店主が呟く。
「ええ。この建物がまだ営業していた頃です」
管理人は画面をスクロールした。そこには、当時の店員が残した短い記録まで保存されていた。
『鳩、無事退店。ドル箱による捕獲は失敗。』
店主は思わず吹き出した。
「ドル箱……」
「これも記録に残ってますね」
管理人も笑う。
店主は画面を見ながら、さっき見た記憶を思い出していた。
あの騒ぎ。鳩を追いかける客たち。新聞を振り回す客。そして、鳩が止まった台で大当たりして大喜びしていたおじさん。
「……もう一つ、聞きたいことがあるのですが」
「何です?」
「派手な服を着て、化粧をしていた女性もいましたか?」
管理人は端末を操作する手を止めた。
「……いましたね」
「やっぱり」
「当時の常連さんです。鳩が入った日、『今日は出る』と言い張っていたとか」
店主は黙った。
「……それも記録に?」
「ええ」
管理人は端末を見せた。
『常連客の女性、鳩を吉兆と主張。根拠なし。』
店主はとうとう笑った。
「ずいぶん細かく残しているのですね」
「この店、昔から変なことが起きるたびに誰かが記録してたみたいですよ」
管理人はそう言って端末をしまった。
店主は、もう一度だけ店内を見回す。
誰もいない。鳩もいない。パチンコ台もない。
けれど、ここには確かに、そんな騒がしい一日が過去にあった。
店主は少し笑って、出口へ向かった。
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