第二十一話「束の間の休日」
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あらすじ
『魔王るこ討伐記』あらすじ 剣士、魔法使い、弓使い、薬師―― 誰もがひとつの「スキル」を持って生きる世界。 冒険者たちは仲間とパーティを組み、ダンジョンを攻略し、魔物を討ち、日々さまざまな依頼をこなしていた。 そんな世界に君臨する、絶対的な敵。 魔王――るこ。 そして魔王に仕える、四人の強者――「四天」。 世界各地では、まだ互いの存在すら知らない者たちの物語が始まっていた。 一人で依頼をこなす剣士。 冒険者を夢見る弓使いの少女。 小さな薬草店で働く少女。 記憶を失った、異常なほど剣の強い謎の男。 そして――羊一匹にすら苦戦する、新米冒険者たち。 英雄だけが、この物語の主人公ではない。 冒険者も、商人も、ギルドの受付も、街で暮らす普通の人々も。 それぞれが出会い、別れ、時に敵となり、時に仲間となり―― やがて無関係だったはずの物語は、一つへと繋がっていく。 しかし彼らはまだ知らない。 なぜ魔王るこは世界を滅ぼそうとしているのか。 「魔王」とは、本当に世界の敵なのか。 そして―― この世界そのものに、誰も知らない秘密が眠っていることを。 これは、魔王を倒す英雄一人の物語ではない。 この世界に生きる、たくさんの人々の物語。 『魔王るこ討伐記』 ――魔王を倒したその先に、本当の答えがある。
本文
二回戦が終了した翌朝。
大会の熱気が冷める間もないグラディアに、一つの知らせが広がった。
三回戦の開始は――三日後。
連日の戦いで傷を負った選手たちの治療に加え、闘技場の点検や魔導障壁の整備にも時間が必要らしく、大会運営からは選手たちに十分な休養を取るよう通達が出されていた。
つまり、今日からしばらくは試合がない。
カズキ「三日かぁ……」
宿を出たカズキは朝日に目を細めながら、大きく身体を伸ばした。
昨日までなら起きた瞬間から試合のことで頭がいっぱいだった。それが今日は剣こそ腰に差しているものの、防具を身につける必要もなく、次の対戦相手すらまだ決まっていない。
隣を歩いていたジェノスが呆れたように見る。
ジェノス「三日『も』ある、みたいな顔してるな」
カズキ「だって三日もあるじゃん」
ジェノス「三日『しか』ないんだよ。お前、三回戦残ってるんだぞ」
カズキ「分かってるよ!」
ひっかるん「じゃあ今日は何するの?」
カズキ「…………」
ジェノス「決めてないんだな」
カズキ「まだ何も言ってない!」
ひっかるん「僕も分かった」
カズキ「なんで!?」
「朝から元気だねぇ」
突然、後ろから声をかけられた。
三人が振り返る。
るいひろ「おはよ」
カズキ「あ、るいひろ!」
るいひろ「街見に行くんでしょ? 俺も行っていい?」
カズキ「もちろん!」
ひっかるん「るいひろはもう試合ないもんね」
るいひろ「そうなんだよ。もう何も気にしなくていい!」
ジェノス「嬉しそうに言うことか?」
るいひろ「だって俺、一回戦の相手まくらZだよ?」
カズキ「…………」
ひっかるん「…………」
ジェノス「……まあ」
るいひろ「ね?」
カズキ「今日は楽しもう!」
るいひろ「切り替え早いな!」
四人は笑いながら大通りへ向かった。
同じ頃。
グラディアの別の通りでは、朝からちょっとした騒ぎが起きていた。
「ハイドラグーン様ー!」
「こっち向いてー!」
「握手してください!」
ハイドラグーン「押さないで。一人ずつね」
大勢の女性客に囲まれているのは、一回戦、二回戦と圧倒的な強さで勝ち上がったハイドラグーンだった。
試合がない日だというのに、その人気に休みはないらしい。
ハイドラグーン「ありがとう。三回戦も頑張るよ」
「きゃあああああ!!」
その歓声に驚いたのか、近くを歩いていた小さな男の子が母親の後ろへ隠れる。
けれど、しばらくすると恐る恐る顔を出した。
少年「……あの」
ハイドラグーン「ん?」
少年「槍……触ってもいい?」
周囲の女性たちが一瞬静かになる。
ハイドラグーンは笑うと、持っていた槍を地面へ寝かせた。
ハイドラグーン「持ってみる?」
少年「いいの!?」
少年が両手で槍を握る。
そして。
少年「……っ!」
動かない。
ハイドラグーン「無理しない方がいいね」
少年「お、重い……!」
ハイドラグーン「大きくなったら持てるようになるよ」
少年「ほんと!?」
ハイドラグーン「もちろん」
少年「じゃあ俺、冒険者になる!」
ハイドラグーン「楽しみにしてるよ」
再び女性客から歓声が上がった。
どうやら人気者には、人気者になるだけの理由があるらしい。
その少し先。
服屋の前では、マリンとはにが店先の商品を見比べていた。
マリン「これ絶対似合うって!」
はに「本当にー?」
五月雨「私はいいと思うよ」
さくらもち「こっちも可愛い!」
はに「え、待って。そっちも見たい!」
少し離れたところでは、ゆかマキとまきおが服ではなく、隣の木工店の商品を真剣な顔で眺めている。
まきお「……あれ、バットにできそう」
ゆかマキ「私も思った」
二人の視線の先にあるのは、綺麗に削られた一本の木材だった。
ゆかマキ「握りやすそう」
まきお「重さも良さそうだよな」
店主「お客さん」
ゆかマキ「はい?」
店主「それ、椅子の脚です」
ゆかマキ「…………」
まきお「…………」
ゆかマキ「でも振りやすそう」
まきお「分かる」
店主「椅子の脚です」
マリン「服見ようよ!!」
ゆかマキ「見てるよ!」
はに「絶対見てなかった!」
さくらもち「ゆかマキさん、こっち!」
ゆかマキ「はいはい」
ようやく連れていかれたゆかマキを見送り、まきおはもう一度だけ椅子の脚を見る。
まきお「……いいと思うんだけどな」
店主「椅子として使ってください」
まきお「はい」
そんな一団の横を、いれとかつとしが通り過ぎる。
いれ「楽しそうだね」
かつとし「混ざれば?」
いれ「いや、あそこ入る勇気ないよ」
かつとし「じゃあなんでずっと見てるんだ」
いれ「見るくらいいいじゃん!」
かつとし「怪しいぞ」
いれ「違うって!」
その頃、広場の一角には人だかりができ始めていた。
その中心にいるのは――せきりゅう。
せきりゅう「…………」
目の前にあるのは、露店で売られていた小さな太鼓だった。
せきりゅう「ドン……カッ……」
店主「お客さん、うまいね!」
せきりゅう「……少し高いな」
店主「値段?」
せきりゅう「音が」
店主「そっち?」
せきりゅうは太鼓の位置を少し変える。
せきりゅう「ドン……カッ……ドドン……」
通りかかった子供が足を止めた。
さらに一人。
また一人。
せきりゅう「ドン! カッ! ドン! ドドン! カッ!」
「おおっ!」
いつの間にか拍手が起きている。
せきりゅう「…………?」
本人だけが状況を理解していなかった。
子供「もっとやって!」
せきりゅう「いや、これは音を確認しているだけで――」
店主「いいぞ兄ちゃん!」
せきりゅう「……店主まで」
子供「盾も叩いて!」
せきりゅう「なぜ知っている」
「大会見たー!」
「盾の人だ!」
せきりゅう「盾の人……」
少し悩んだ末、せきりゅうは背負っていた《共鳴盾》を下ろした。
盾と太鼓を並べる。
そして。
せきりゅう「……ドン」
太鼓。
せきりゅう「カッ!」
盾。
せきりゅう「ドン! カッ! ドドン! カッ!」
「おおおおおお!!」
さらに人が集まってくる。
店主「兄ちゃん、大道芸人だったのか!」
せきりゅう「違う」
店主「でも人集まってるぞ!」
せきりゅう「違う」
子供「もう一回!」
せきりゅう「…………」
もう一度構える。
せきりゅう「ドン! カッ!」
「おおおお!!」
否定しながら続けていた。
その人だかりから少し離れた場所。
一人の少女が冷たい飲み物を片手に、その様子を眺めていた。
yuki「…………」
店主「すごいねぇ、あの兄ちゃん」
yuki「……うん」
店主「大会に出てる人だろ?」
yuki「そう」
店主「お嬢ちゃんも大会見に来たの?」
yuki「出てる」
店主「え?」
yuki「大会」
店主「…………」
店主は少女を見る。
その顔をよく見る。
そして何かに気づいた。
店主「もしかして……氷の?」
yuki「多分」
店主「多分!?」
yukiは静かに飲み物へ口をつける。
店主「そうだ!」
yuki「?」
店主「これ、もうちょっと冷やせたりする?」
差し出されたのは、別の客へ出す飲み物。
yuki「……できるけど」
店主「ちょっとだけ頼む!」
yukiは器へ指を添えた。
ほんの一瞬。
器の表面に薄い霜が走る。
店主「おお!」
中の飲み物は凍ることなく、ちょうどよく冷えていた。
店主「すげぇ……!」
yuki「これでいい?」
店主「ああ! 完璧だ!」
yuki「じゃあ」
店主「待った!」
yuki「?」
店主「うちで働かない?」
yuki「嫌」
即答だった。
店主「早い!」
yuki「大会あるから」
店主「大会終わったら?」
yuki「嫌」
店主「大会関係なかった!」
yukiは何事もなかったように飲み物を持って歩き出した。
その背後ではまだ、せきりゅうの盾から軽快な音が響いている。
せきりゅう「ドン! カッ!」
「おおおおお!!」
yuki「…………」
ほんの少しだけ振り返る。
yuki「……楽しそう」
誰にも聞こえないくらいの声でそう呟き、また歩き出した。
別の通り。
武器屋の中では、けいが壁に並んだ剣を眺めていた。
店主「お嬢ちゃん、剣士かい?」
けい「違う」
店主「そうか。魔法使い向けの商品なら奥に――」
けい「魔法使い」
店主「ん?」
けい「でも剣も使う」
店主「…………どっち?」
けい「両方」
店主「両方?」
けい「うん」
店主「剣士で魔法使い?」
けい「そう」
店主「なるほど……?」
全然分かっていない顔だった。
けいは気にせず細身の剣を一本手に取る。
軽く振る。
けい「……悪くない」
店主「やっぱり剣士じゃない?」
けい「魔法使い」
店主「分からなくなってきた」
そこへ耀平が入ってくる。
耀平「ここにいたのか」
けい「うん」
耀平「何見てるんだ?」
けい「剣」
店主「お兄さん、この子は剣士なのか魔法使いなのか、どっちなんだ?」
耀平「両方ですよ」
店主「本当に両方なんだ……」
けい「だから言った」
店主「疑ってごめん」
一方、射的屋では。
店主「次のお客さーん!」
さくらもち「やっていい?」
マリン「いいけど……」
はに「ほどほどにね?」
さくらもち「大丈夫!」
弓を構える。
一射。
景品が落ちる。
二射。
また落ちる。
三射。
四射。
五射。
店主「…………」
さくらもち「次!」
店主「ちょ、ちょっと待って!」
さくらもち「?」
店主「お嬢ちゃん、大会出てる?」
さくらもち「出てるよ」
店主「弓使う?」
さくらもち「うん!」
店主「やっぱり!!」
マリン「だから言ったのに」
店主「聞いてないよ!」
はに「私たちも今知った」
五月雨「止めた方がよかったかな」
店主「もう景品なくなっちゃうよ!」
さくらもち「えっ」
自分の足元を見る。
いつの間にか大量の景品が積まれている。
さくらもち「……返す?」
店主「いや、勝ったものは持ってってくれ!」
さくらもち「やった!」
店主「嬉しそうだなぁ!」
マリン「この量どうするの?」
さくらもち「みんなで分けよう!」
はに「じゃあ私これ!」
マリン「切り替え早っ!」
さらに別の場所では、メイビスが小さな姿のたぬビスを抱えていた。
「かわいい!」
「触っていい?」
メイビス「優しくね」
たぬビス「キュッ!」
子供たちに囲まれ、たぬビスはどこか得意そうに胸を張る。
少女「この子も大会に出たの?」
メイビス「うん」
少年「戦う時もこんな感じ?」
メイビス「…………」
たぬビス「キュ?」
メイビス「まあ……だいたい」
少女「かわいい!」
メイビス「そうだね」
昨日、三・五メートル近い筋肉の塊になって巨大な牛と殴り合っていたとは、とても言えなかった。
その向かいでは。
ぎゅうたん「モォォォ!」
ルーシー「ぎゅうたん!?」
動かなくなった荷車を、ぎゅうたんが丸ごと持ち上げていた。
商人「お、おおお!?」
ルーシー「勝手に持たないの!」
商人「いや、助かった! ありがとう!」
ぎゅうたん「モォ!」
ルーシー「褒められてるし……」
商人「お礼にこれ持っていきな!」
果物を渡される。
ぎゅうたん「モォォ!」
ルーシー「……まあ、いっか」
メイビス「人気者だね」
ルーシー「そっちもね」
たぬビス「キュッ!」
ぎゅうたん「モォ!」
昨日殴り合っていた二体は、今日は妙に仲が良かった。
昼前。
カズキ、ジェノス、ひっかるん、るいひろの四人は、食べ物を探しながら広場を歩いていた。
そこで、見覚えのある四人組を見つける。
ぴりからし「うめぇぇぇぇ!!」
ざるそば「朝からずっとうるさい」
むっちゃん「昨日負けた人とは思えない元気さだよね」
ねこ「ぴりからしだから」
ぴりからし「どういう意味だ!?」
《銀の羊》の四人だった。
全員が大会から敗退したため、今日は誰よりも気楽な顔で食べ歩きを楽しんでいる。
ざるそば「お、カズキ」
むっちゃん「三回戦進出おめでとう」
カズキ「ありがとう!」
ぴりからし「俺たちはもう自由だからな!」
ねこ「言い方」
ぴりからし「怪我する心配もねぇ! 次の相手を気にする必要もねぇ! あとは食って遊んで大会見るだけだ!」
ざるそば「完全に敗退を満喫してるな」
ぴりからし「最高だぞ!」
るいひろ「分かる」
ざるそば「増えた」
るいひろ「負けた直後は悔しかったけどさ。こうなったら楽しまないと損じゃん」
ぴりからし「お前、分かってるな!」
るいひろ「だろ?」
二人が固い握手を交わす。
ジェノス「なんの友情だよ」
カズキは笑いながら、四人を見る。
半年前。
《銀の羊》を結成した頃は、全員がブロンズだった。
それが地方予選を突破し、六十四人しか立つことのできない本戦の舞台までやって来た。
カズキ「でもさ」
ざるそば「ん?」
カズキ「みんな本戦まで来たんだろ?」
その言葉に四人が顔を見合わせる。
むっちゃん「……そう考えると結構すごいよね」
ねこ「うん」
ざるそば「まあな」
ぴりからし「つまり実質優勝!」
ざるそば「違う」
むっちゃん「違うね」
ねこ「全然違う」
ぴりからし「三人同時に否定すんなよ!!」
結局、いつもの《銀の羊》だった。
昼を過ぎる頃には、街の至るところで大会参加者たちが休日を満喫していた。
カゲツ「だから、そっちじゃないって」
ユウナギ「分かってる」
カゲツ「さっきもそう言って反対行っただろ」
ユウナギ「……あれは道が悪い」
カゲツ「道のせいにするなよ」
そこへ子供たちが駆け寄ってくる。
少年「ねえ!」
カゲツ「ん?」
少年「昨日の分身やって!」
カゲツ「……分身?」
少年「黒いやつ!」
少女「もう一人出てくるやつ!」
カゲツ「いや、あれ戦うための技なんだけど」
少年「一回だけ!」
カゲツ「…………」
ユウナギ「人気者じゃん」
カゲツ「他人事だと思って」
ユウナギ「他人事だからな」
カゲツ「くそ……」
仕方なく影を伸ばす。
地面からもう一人のカゲツが現れた。
「うわあああ!!」
子供たちが大喜びする。
カゲツ「……これでいい?」
少年「もう一人!」
カゲツ「一人しか出せない!」
ユウナギ「大道芸人も大変だな」
カゲツ「違うから!」
少し離れた場所からその様子を見ていたせきりゅうが、小さく頷いた。
せきりゅう「……分かる」
カゲツ「なんであんたが一番共感してるんだよ!」
噴水広場では、ディーナが地図を片手に元気よく歩いていた。
ディーナ「よし! 今度こそこっち!」
ゆうや「そっちは闘技場と逆ですよ」
ディーナ「えっ?」
ゆうや「逆です」
ディーナは地図を見る。
道を見る。
もう一度地図を見る。
ディーナ「あはは! また間違えた!」
ゆうや「笑うところですか?」
ディーナ「大丈夫! 時間はあるから!」
ゆうや「そういう問題なのかな……」
ディーナ「迷った分だけ知らない場所見られるし、得じゃない?」
ゆうや「すごい考え方ですね」
ディーナ「でしょ?」
楽しそうに笑うディーナの横をレックウザが通り過ぎる。
レックウザ「また迷ってるのか?」
ディーナ「観光中!」
レックウザ「迷ってるんだな」
ディーナ「違うって!」
ゆうや「さっき闘技場の場所聞かれました」
ディーナ「ゆうや!」
レックウザ「やっぱり迷ってるじゃないか!」
ディーナ「もう! 二人とも笑わないでよ!」
そう言いながら、本人も笑っている。
近くの屋台から漂ってきた香りに、ディーナが振り返った。
ディーナ「あ、あれ何!?」
店主「北部の山羊肉を香草で焼いた料理だよ!」
ディーナ「へぇ! 食べたことない!」
ゆうや「さっき食べたばっかりじゃ……」
ディーナ「知らないものは食べてみないと!」
レックウザ「元気だな」
ディーナ「せっかく知らない街に来たんだよ? 見たことないものいっぱい見ないと勿体ないじゃん!」
その言葉通り、ディーナはすぐに店主から料理の話を聞き始める。
迷っているのか。
旅を楽しんでいるのか。
おそらく本人にとっては、どちらでも同じなのだろう。
少し離れた公園。
ベンチの上では、あぶらメンタルが完全に横になっていた。
にょろん「…………」
スペース「…………」
すけジュニ「…………」
かずくん「…………」
シードル「…………」
あぶらメンタル「…………すぅ」
にょろん「お前、休み満喫しすぎだろ」
あぶらメンタル「んー……?」
にょろん「寝るな」
あぶらメンタル「休みの日に休まないで、いつ休むんだよ」
スペース「……正論」
にょろん「正論っぽく言うな!」
そこへ、大きな身体のゴツタが大量のパンを抱えてやって来る。
ゴツタ「食うか!」
あぶらメンタル「食う!!」
一瞬で起きた。
にょろん「元気じゃねぇか!」
ゴツタ「いっぱいあるぞ!」
あぶらメンタル「いいの!?」
ゴツタ「もちろんだ!」
あぶらメンタル「俺、昨日お前倒したんだけど」
ゴツタ「いい試合だったからな!」
あぶらメンタル「お前めちゃくちゃいい奴だな!」
にょろん「じゃあ俺も」
スペース「……俺も」
すけジュニ「俺も!」
かずくん「それ、全員で食べたらなくなるぞ」
シードル「もう二個持ってる人いるけど」
あぶらメンタル「うまい!」
にょろん「もう食ってる!?」
いつの間にか、七つ影の面々がゴツタを囲んでいる。
ふと、あぶらメンタルが周囲を見回した。
あぶらメンタル「……あれ?」
にょろん「どうした?」
あぶらメンタル「リーダーいねぇな」
スペース「……いないね」
すけジュニ「まあ、いつものことじゃない?」
シードル「そのうち戻ってくるでしょ」
あぶらメンタル「そっか!」
ゴツタ「パンまだあるぞ!」
あぶらメンタル「食う!」
にょろん「もう忘れた!?」
別の通り。
包帯だらけのサイタマタマが、ものすごい勢いで歩いていた。
ジェノス「兄ちゃん!」
サイタマタマ「ん?」
ジェノス「走るなよ!」
サイタマタマ「走ってないぞ!」
ジェノス「今走ろうとしてただろ!」
サイタマタマ「なんで分かった!?」
ジェノス「分かるよ!」
カズキ「元気だなぁ……」
るいひろ「昨日あれだけ燃えてた人だよね?」
ひっかるん「うん」
サイタマタマ「腹減った!」
ジェノス「治療院戻れ!」
サイタマタマ「腹減った!」
ジェノス「会話しろ!」
そんなやり取りをしながら歩いていると、妙な屋台が目に入った。
大きな看板には、力強い文字でこう書かれている。
『SK屋台』
カズキ「……SK屋台?」
屋台の奥から、一人の男が勢いよく顔を出した。
SK松橋「いらっしゃい!」
カズキ「うわっ!」
SK松橋「グラディアへ来たなら一度は食べてけ! SK屋台特製串焼きだ!」
るいひろ「グラディア名物?」
SK松橋「いや、昨日から始めた!」
カズキ「名物じゃないじゃん!」
SK松橋「今日から名物になる予定だ!」
ひっかるん「予定なんだ」
ジェノス「そもそもSKって何なんですか?」
SK松橋「SKはSKだ!」
ジェノス「答えになってない」
SK松橋「覚えて帰ってくれればそれでいい!」
カズキ「なんか覚えちゃった……」
サイタマタマ「五本!!」
ジェノス「多い!」
サイタマタマ「じゃあ六本!」
ジェノス「増やすな!」
SK松橋「いい食いっぷりだ! 一本おまけ!」
サイタマタマ「七本!」
ジェノス「だから増やすなって!!」
るいひろ「この二人相性いいな」
ジェノス「最悪だよ!」
その頃。
大通りから一本外れた道を、いれとかつとしが歩いていた。
いれ「こっちに店あったっけ?」
かつとし「さっき地図に載ってた」
いれ「本当?」
かつとし「多分」
いれ「多分なんだ」
その時、少し先から大きな声が聞こえてきた。
「おーい、めんめんー!」
いれ「ん?」
人混みの中を、一人の男が小走りで進んでいく。
てんたい「めんめーん! どこ行ったー!」
少し先の屋台で食べ物を眺めていた男が振り返った。
めんめん「ここ」
てんたい「あ! いた!」
めんめん「遅い」
てんたい「いやいや、人多すぎるって! 途中で見失ったんだよ!」
めんめん「ずっと真っ直ぐ歩いてただろ」
てんたい「三回くらい知らない人について行きそうになった」
めんめん「子供かよ」
てんたい「似たような背中が多いんだって!」
めんめん「俺の背中そんなにありふれてる?」
てんたい「まあ、それは置いといて」
めんめん「置くなよ」
てんたいは屋台の商品を覗き込み、それから思い出したように顔を上げた。
てんたい「大会終わったらさ、ダンジョンでも行こうぜー!」
めんめん「ああ、いいな」
てんたい「最近まともに潜ってないだろ?」
めんめん「大会見に来ちゃったからな」
てんたい「俺たちも出てみればよかったかな」
めんめん「対人向いてないだろ、俺たち」
てんたい「まあな!」
めんめん「そこ即答するんだ」
てんたい「でも見るのは面白いじゃん!」
めんめん「それはそう」
てんたい「昨日の最後とかすごかったよな。兄弟のやつ!」
めんめん「あの爆発?」
てんたい「そうそう! 俺だったらあれ食らった瞬間帰る!」
めんめん「どこに?」
てんたい「家」
めんめん「試合中だぞ」
てんたい「じゃあ降参する!」
めんめん「だから対人向いてないんだよ」
てんたい「あはは!」
楽しそうに笑う二人の横を、いれとかつとしが通り過ぎる。
いれ「……ダンジョンだって」
かつとし「冒険者か?」
いれ「多分」
かつとし「大会には出てないみたいだな」
いれ「対人向いてないって言ってたしね」
かつとし「それでも見には来るんだな」
いれ「面白いもん」
かつとし「お前は出ただろ」
いれ「負けたけどね!」
かつとし「明るいな」
二人は何となく振り返った。
その時にはもう、てんたいとめんめんは少し先まで歩いている。
てんたい「あ! めんめん! あれ食おうぜ!」
めんめん「さっき食っただろ!」
てんたい「別腹!」
めんめん「お前ずっと別腹じゃねぇか!」
いれ「……元気だね」
かつとし「だな」
名前を知ることもなく、二人も再び歩き出した。
大会に出る者もいれば、見るだけの者もいる。
人と戦うことを得意とする者がいれば、魔物やダンジョンを相手にする方が性に合う者もいる。
世界中から人が集まるグラディアでは、そんな何気ないすれ違いが、今日だけでも数え切れないほど起きていた。
午後になっても、街の賑わいは衰えない。
ひっかるんは広場で子供たちに囲まれていた。
少年「お兄ちゃん、速いんでしょ!」
ひっかるん「まあ……ちょっとだけ」
少年「競走しよう!」
ひっかるん「僕と?」
少年「うん!」
少女「スキルなしね!」
ひっかるん「分かった」
少年「よーい……」
カズキ「ひっかるん何してるの?」
ひっかるん「競走」
ジェノス「何で?」
ひっかるん「僕も分からない」
少年「どん!」
一斉に走り出す。
ひっかるんは当然【瞬間】を使わない。
それでも子供たちに合わせながら軽快に走り、最後にはわざと僅かな差で負けた。
少年「勝ったあああ!」
ひっかるん「速いね」
少年「俺、大会出られる!?」
ひっかるん「もう少し大きくなったらね」
カズキ「優しいなぁ」
るいひろ「俺もやろうかな」
ジェノス「子供相手に本気出すなよ」
るいひろ「出さないよ!」
その近くでは、カゲツとユウナギがまだ子供たちから逃げられていなかった。
カゲツ「だから今日はもう終わり!」
少年「もう一回!」
カゲツ「さっき五回やっただろ!」
ユウナギ「人気者だな」
カゲツ「助けろよ!」
ユウナギ「頑張れ、大道芸人」
カゲツ「お前覚えてろよ!」
そのさらに向こうから。
ドン! カッ! ドドン!
せきりゅうの演奏が聞こえてくる。
カゲツ「……本物いるじゃん」
ユウナギ「張り合うなよ」
カゲツ「張り合ってない!」
やがてカズキたちは、街の喧騒から少し離れた場所で足を止めた。
建物の影。
そこに、一人の男が立っている。
深く被ったフード。
背中には、大きな剣。
二回戦まで一度もその大剣を抜くことなく勝ち上がった、正体不明の男だった。
カズキ「あ」
ジェノス「ん?」
カズキ「あの人」
ひっかるん「フードの人だ」
るいひろ「めちゃくちゃ強い人だよな」
ジェノス「ああ」
男は誰かと話すわけでもなく、ただグラディアの街を眺めていた。
カズキ「……本当に誰なんだろ」
るいひろ「俺も知らない」
ひっかるん「三回戦で当たるかもしれないよ」
カズキ「やめてよ!」
ジェノス「可能性はある」
カズキ「今言わなくていいだろ!」
そんなことを話しているうちに、フードの男は静かに歩き出し、人混みの中へ姿を消した。
そして夕方。
街の各所に設置された魔導掲示板が、一斉に光を放った。
『三回戦進出者は、日没までにグラディア大闘技場へ集合してください』
カズキ「来た……」
るいひろ「組み合わせか」
ひっかるん「行こう」
ジェノス「ああ」
サイタマタマ「俺も!」
ジェノス「兄ちゃんも進出者だから当たり前だろ!」
サイタマタマ「そうだった!」
ジェノス「忘れるな!!」
日が沈み始める頃。
グラディア大闘技場。
三日前まで六十四人が並んでいた舞台に、今は十六人だけが立っていた。
ハイドラグーン。
けい。
たたたつ。
フードの男。
さくらもち。
yuki。
ゆかマキ。
せきりゅう。
メイビス。
あぶらメンタル。
まくらZ。
ひっかるん。
ゆうや。
ディーナ。
カズキ。
サイタマタマ。
観客席には、敗退した選手たちも続々と集まっていた。
ジェノス「兄ちゃん、変なくじ引くなよ!」
サイタマタマ「変なくじって何だ!?」
るいひろ「カズキー! 強そうなの引けー!」
カズキ「なんでだよ!!」
ぴりからし「面白い組み合わせ頼むぞー!」
ざるそば「お前ら他人事だと思って……」
マリン「さくらもち頑張ってー!」
五月雨「まだ試合じゃないよ」
マリン「抽選も大事!」
はに「何が!?」
大会実況のmaroが中央へ姿を現した。
その隣には、大きな箱が置かれている。
maro『さあああああ!! お待たせしましたァァァ!!』
誰も戦っていないのに、声だけはいつも通りだった。
maro『六十四人から始まったグラディア大闘技祭!! 残る選手は――十六名!!』
歓声が上がる。
maro『ここからは一戦一戦!! 巨大な中央舞台を使った真っ向勝負となる!!』
そしてmaroが、隣の箱を勢いよく叩いた。
maro『そんな三回戦の組み合わせは――』
一拍。
maro『抽選だァァァァァァ!!』
闘技場が沸いた。
カズキ「やっぱり抽選なんだ……!」
ひっかるん「誰と当たるか分からないね」
サイタマタマ「面白そう!」
ディーナ「こういうの好き!」
ゆかマキ「試合より緊張するかも」
あぶらメンタル「俺、戦いやすい人がいい!」
にょろん「全員強いぞー!」
あぶらメンタル「聞こえない!」
maro『箱の中には一から八までの数字が書かれた札が二枚ずつ!! 同じ数字を引いた二人が対戦!! 数字がそのまま試合順となる!!』
maro『では早速――引いてもらいましょう!!』
一人ずつ、選手たちが箱の前へ進んでいく。
ハイドラグーンが札を引けば、女性客から大きな歓声が上がった。
ハイドラグーン「これかな」
続いて、けい。
たたたつ。
さくらもち。
ゆかマキ。
メイビス。
ディーナ。
ひっかるん。
まくらZ。
せきりゅう。
そして、他の選手たちも次々と箱へ手を入れていく。
札を開いた瞬間に表情を変える者。
何も変わらない者。
対戦相手を探すように周囲を見る者。
サイタマタマ「おお!」
ジェノス「何番!?」
サイタマタマ「まだ内緒!」
ジェノス「なんでだよ!」
あぶらメンタル「…………」
にょろん「どうした?」
あぶらメンタル「嫌な予感がする」
にょろん「まだ相手分からないだろ」
あぶらメンタル「だから嫌なんだよ!」
カズキも箱の中へ手を入れる。
一枚の札を掴み、取り出した。
数字を確認する。
カズキ「…………」
るいひろ「何番だー!?」
カズキ「言わない!」
るいひろ「なんで!?」
カズキ「なんとなく!」
やがて最後の一人が札を引き終えた。
十六人の手に、それぞれ一枚の札が握られている。
maroが全員の番号を確認した。
そして、大きく息を吸う。
maro『さあ――!!』
闘技場が静まり返る。
maro『三回戦!! ベスト16!!』
巨大な魔導掲示板が光を放った。
次の瞬間。
八つの対戦カードが、一斉に表示される。
第一試合
ひっかるん 対 ハイドラグーン
第二試合
ゆうや 対 けい
第三試合
さくらもち 対 たたたつ
第四試合
ディーナ 対 フードの男
第五試合
ゆかマキ 対 せきりゅう
第六試合
メイビス 対 まくらZ
第七試合
サイタマタマ 対 あぶらメンタル
第八試合
カズキ 対 yuki
「おおおおおおおおおお!!」
一気に歓声が爆発した。
ひっかるん「……ハイドラグーンか」
ジェノス「いきなりすごいの引いたな」
ハイドラグーン「よろしく」
ひっかるん「……よろしくお願いします」
さくらもちは掲示板の三番目を見る。
さくらもち「うわぁ……速い人だ」
たたたつ「弓か」
はに「たたたつー! 女の子だからって手抜いたらダメだからねー!」
たたたつ「分かってるよ!」
さくらもち「手抜かれたら困る!」
マリン「さくらもち頑張れー!」
さくらもち「まだ三日後!!」
ディーナは第四試合の欄を見て、すぐにフードの男へ視線を向けた。
ディーナ「この人なんだ」
フードの男「…………」
ディーナ「強そう!」
ゆうや「それで済むんだ……」
ディーナ「だって楽しみじゃない?」
フードの男は何も答えない。
ただ背中の大剣を背負ったまま、静かにディーナを見ていた。
第五試合を見たゆかマキは、せきりゅうの盾へ目を向ける。
ゆかマキ「……いい音しそう」
せきりゅう「…………」
ゆかマキ「何?」
せきりゅう「いや」
まきお「何の会話だよ」
そして第六試合。
まくらA「Zちゃああああああん!!」
まくらB「頑張ってええええ!!」
まくらC「Zちゃあああああん!!」
まくらZ「……まだ三日後」
メイビス「賑やかだね」
たぬビス「キュッ!」
まくらZ「……うん」
さらに。
あぶらメンタル「…………」
にょろん「どうした?」
あぶらメンタル「サイタマタマ」
サイタマタマ「よろしくな!」
あぶらメンタル「……帰っていい?」
maro『ダメです!!』
あぶらメンタル「聞こえてた!?」
観客席から笑いが起こった。
その騒ぎの中。
カズキだけは、巨大な掲示板の一番下を見つめていた。
第八試合。
カズキ 対 yuki。
カズキ「…………」
二回戦。
巨大な氷で舞台そのものを支配し、マリンを圧倒した相手。
カズキ「……マジか」
少し離れた場所にいるyukiを見る。
ちょうどyukiもこちらを見た。
yuki「よろしく」
カズキ「……うん」
一瞬だけ言葉に詰まる。
それでも、すぐに頷いた。
カズキ「よろしく!」
yuki「うん」
maro『三回戦開始は――三日後!!』
maro『勝てばベスト8!!』
maro『ここから先、一戦たりとも見逃すなァァァァ!!』
歓声が闘技場を揺らした。
カズキはもう一度、巨大掲示板を見上げる。
自分の名前。
その隣に並んだ――yuki。
怖くないと言えば嘘になる。
それでも。
カズキは拳を握った。
そして、少しだけ笑った。
その夜。
大会の熱気に包まれるグラディアから、遥か遠く離れた――とある場所。
「おーい!」
静かな空間に、少女の声が響いた。
返事はない。
「おーい! あれー? いないのー?」
もう一度呼びかけてみる。
それでも返事はなく、聞こえるのは自分の声が遠くへ消えていく音だけだった。
「どこ行ったんだろ……」
声の主は、十八歳くらいに見える少女だった。
しかし辺りは薄暗く、その姿をはっきり見ることはできない。僅かな光の中に人影が浮かぶ程度で、顔立ちも服装も暗闇に溶けていた。
その手には、一冊の古びた本が握られている。
「せっかく面白そうなの見つけたのになー」
少女は本を持ったまま辺りを見回し、さらに奥へ進んでいく。
「おーい!」
返事はない。
「いないなら置いて帰っちゃうよー!」
少し待つ。
「…………」
「……本当に帰るよー?」
それでも返事はなかった。
「…………寂しいんだけど」
その時だった。
「何してるの?」
「うわっ!?」
突然背後から声をかけられ、少女が飛び上がる。
振り返った先には、もう一人の少女が立っていた。
こちらも十八歳ほどに見える。
僅かな光を受け、銀色の髪だけが暗闇の中にぼんやりと浮かんでいた。
それ以外はよく見えない。
顔も、服装も、どんな表情をしているのかさえ、はっきりとは分からなかった。
銀髪の少女「そんなに驚く?」
「驚くよ! ずっと呼んでたんだけど!」
銀髪の少女「聞こえてたよ」
「じゃあ返事してよ!」
銀髪の少女「どうしようかなって」
「何を!?」
銀髪の少女「出ていこうかなーって」
「出てきてよ!」
銀髪の少女が小さく笑った。
声だけを聞けば、ごく普通の少女だった。
明るくて、少しだけ人をからかうのが好きで、それでいてどこか落ち着いた声。
銀髪の少女「それで、MARU。どうしたの?」
MARU「そう! これ!」
MARUと呼ばれた少女は、持っていた本を差し出した。
銀髪の少女「本?」
MARU「面白そうなの見つけた!」
銀髪の少女「へぇー」
MARU「七人の王が出てくるんだって!」
銀髪の少女「七人の王?」
MARU「そう! それぞれ違う国の王様でね。最初はバラバラなんだけど、最後はみんなで一人の魔王に挑むの!」
銀髪の少女「…………」
MARU「面白そうじゃない?」
銀髪の少女「……うん。面白そう」
銀髪の少女は本を受け取った。
古びた表紙へ視線を落とす。
――『魔王討伐記』。
銀髪の少女「…………」
ほんの一瞬だけ、本を持つ指が止まった。
MARU「どうしたの?」
銀髪の少女「んー?」
MARU「今、止まった」
銀髪の少女「そう?」
MARU「止まったよ」
銀髪の少女「気のせいじゃない?」
MARU「そうかなぁ」
銀髪の少女「そうそう」
MARU「じゃあいいや!」
銀髪の少女「いいんだ」
MARU「あはは!」
MARUが明るく笑う。
銀髪の少女も、つられるように小さく笑った。
それから表紙を開く。
一ページ。
また一ページ。
七人の王。
七つの国。
それぞれ違う道を歩んできた王たちが、やがて一つの目的のために集まっていく。
彼らは軍を率い、長い旅の果てに、一人の魔王へと挑む。
銀髪の少女「…………」
ページをめくる手が、少しだけ遅くなった。
MARU「どう?」
銀髪の少女「まだ全然読んでないよ」
MARU「雰囲気!」
銀髪の少女「雰囲気で本の感想聞く人、初めて見た」
MARU「いいじゃん!」
銀髪の少女「ふふっ」
小さな笑い声。
けれど少女はすぐに本へ視線を戻した。
初めて読むはずだった。
少なくとも、この本を手に取った記憶はない。
それなのに、何かがおかしい。
知っているような気がする。
いや。
昔、知っていたような気がする。
遠い昔。
本当に遠い昔。
誰かと一緒に笑いながら、くだらない話をしていた。
思いついたことを好き勝手に並べて。
次はどうしよう。
この人はこんな人にしよう。
そんなことを話しながら、続きを考えていた。
そんな気がする。
けれど、誰と話していたのか。
どこで話していたのか。
そもそも本当にそんなことがあったのか。
もう、ほとんど思い出せない。
MARU「……ねえ」
銀髪の少女「ん?」
MARU「本当にどうしたの?」
銀髪の少女「どうもしてないよ」
MARU「さっきから止まってばっかり」
銀髪の少女「ちょっと考えてただけ」
MARU「何を?」
銀髪の少女「…………」
少女は少しだけ考える。
けれど結局、いつものように笑った。
銀髪の少女「忘れちゃった」
MARU「今!?」
銀髪の少女「あはは」
MARU「大丈夫?」
銀髪の少女「大丈夫だって」
MARU「本当にー?」
銀髪の少女「本当、本当」
MARU「ならいいけど」
MARUも笑う。
銀髪の少女も笑い返した。
明るい声だった。
けれど、その笑顔の奥には、ほんの少しだけ、自分でも気づいていないような寂しさが混じっていた。
MARU「じゃあ、それあげる!」
銀髪の少女「いいの?」
MARU「うん! 面白かったら後で感想教えてね!」
銀髪の少女「分かった」
MARU「絶対だよ!」
銀髪の少女「はいはい」
MARU「『はい』は一回!」
銀髪の少女「はーい」
MARU「伸ばした!」
銀髪の少女「あはは」
二人の笑い声が、静かな空間に小さく響く。
やがてMARUが先に歩き出した。
MARU「じゃあ、またね!」
銀髪の少女「うん。またね」
遠ざかっていく足音。
やがて、それも聞こえなくなる。
一人残った銀髪の少女は、もう一度だけ手元の本へ視線を落とした。
七人の王。
七つの国。
彼らが進む先。
そして、その物語の最後に待つ――魔王。
また一枚、ページをめくる。
何かを知っている。
けれど、思い出せない。
懐かしいのに、少しだけ遠い。
少女はしばらくそのページを眺めた後、不思議そうに首を傾げた。
そして、ほんの少しだけ楽しそうに。
それ以上に、どこか懐かしそうに。
小さく笑った。
銀髪の少女「……こんな話だっけ?」
静かな声だけが、その場所に残った。
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