第二十三話「抜かれた大剣」
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あらすじ
『魔王るこ討伐記』あらすじ 剣士、魔法使い、弓使い、薬師―― 誰もがひとつの「スキル」を持って生きる世界。 冒険者たちは仲間とパーティを組み、ダンジョンを攻略し、魔物を討ち、日々さまざまな依頼をこなしていた。 そんな世界に君臨する、絶対的な敵。 魔王――るこ。 そして魔王に仕える、四人の強者――「四天」。 世界各地では、まだ互いの存在すら知らない者たちの物語が始まっていた。 一人で依頼をこなす剣士。 冒険者を夢見る弓使いの少女。 小さな薬草店で働く少女。 記憶を失った、異常なほど剣の強い謎の男。 そして――羊一匹にすら苦戦する、新米冒険者たち。 英雄だけが、この物語の主人公ではない。 冒険者も、商人も、ギルドの受付も、街で暮らす普通の人々も。 それぞれが出会い、別れ、時に敵となり、時に仲間となり―― やがて無関係だったはずの物語は、一つへと繋がっていく。 しかし彼らはまだ知らない。 なぜ魔王るこは世界を滅ぼそうとしているのか。 「魔王」とは、本当に世界の敵なのか。 そして―― この世界そのものに、誰も知らない秘密が眠っていることを。 これは、魔王を倒す英雄一人の物語ではない。 この世界に生きる、たくさんの人々の物語。 『魔王るこ討伐記』 ――魔王を倒したその先に、本当の答えがある。
本文
男の右手が、背中へ伸びる。
そして――その指が、初めて大剣の柄に触れた。
ここまで二試合、フードの男は背負った大剣を一度も抜いていない。かつとしとの試合でさえ、最後まで素手のまま勝利した。
その男が、初めて大剣へ手を伸ばした。
たったそれだけで、闘技場を包んでいた歓声が僅かに形を変える。
maro「ついに来るかァァァァ!! ここまで一度も抜かれなかった、あの大剣!! とうとうその手が柄にかかったァァァァ!!」
ひっかるん「やっと使うのか!」
ジェノス「……あれ、本当に振れるんだろうな」
サイタマタマ「振れない剣を背負ってくる奴はいないだろ! ハハハ!」
ジェノス「兄貴ならやりそうだけどな」
サイタマタマ「なんでだ!?」
カズキ「……始まるよ」
舞台の中央。
ディーナもまた、男の右手を見つめていた。
自分の剣とは比べものにならないほど巨大な大剣。まともに受ければ、まず力負けするだろう。
けれど、大きく重い武器なら、振り始めにも振り終わりにも隙は生まれる。
そこを狙う。
ディーナは呼吸を整え、剣を構えた。
審判「両者――構え!」
男の指が、大剣の柄を握り込む。
審判「始め!!」
――次の瞬間。
男の手が、大剣から離れた。
ディーナ「……え?」
抜かない。
ドンッ!!
代わりに床を蹴り、一気に距離を詰める。
ディーナ「っ!」
拳が顔の横へ飛んでくる。
ディーナは首を傾けてかわし、すれ違いざまに剣を振った。
ヒュンッ!
男が上体を反らす。
剣先がフードの端を掠めた直後、今度は逆の拳が返ってくる。ディーナは半歩引きながら剣を切り返した。
その刃へ、男の掌が触れる。
キンッ!
僅かに軌道が逸れた。
そこへ肩から身体ごとぶつかってくる。
ドッ!
ディーナは横へ跳び、紙一重でかわした。
maro「抜かないィィィ!! 抜くと見せかけて、まさかの素手!! この男、まだ大剣を使わない!!」
ひっかるん「いや抜けよ!」
ジェノス「全員騙されたな」
サイタマタマ「ハハハ! 面白い!」
観客席の一角では、《銀の羊》の四人も舞台を見つめていた。
ぴりからし「ディーナさんいけええええ!!」
むっちゃん「始まったばっかりだって」
ざるそば「お前、今日ずっと叫んでないか?」
ぴりからし「もう応援専門ですから!」
ねこ「……でも」
三人がねこを見る。
ねこ「ディーナさん、本当に強いよ」
二回戦。
実際に剣を向けられたからこそ、ねこには分かる。
足音を消しても、背後へ回っても、ディーナは空気や床の僅かな変化を拾っていた。単純な速さだけで崩せる相手ではない。
ねこ「簡単には負けないと思う」
その言葉を証明するように、ディーナが動く。
ヒュッ!
一閃。
男が首を傾ける。
続けて二撃目。
ヒュンッ!
身体を沈めてかわされた。
だが、ディーナは無理に追わない。男の顔ではなく、足元を見る。
ディーナ(歩幅はほとんど一定……呼吸も変わらない)
試合前、通路ですれ違った時にも感じた。
歩き方も、重心も、あまりに乱れがない。攻撃へ移る瞬間ですら、それはほとんど変わらなかった。
ドッ!
男が床を蹴る。
右拳。
ディーナは拳が届くより早く、斜め前へ踏み込んだ。
ディーナ「そこ!」
ザシュッ!
肩口の布が裂ける。
「おおおおおおおっ!!」
ねこ「当てた!」
ぴりからし「いける!!」
むっちゃん「まだ早いって!」
別の観客席。
七つ影の面々も、その戦いを見ていた。
あぶらメンタル「やっぱディーナ強いなぁ」
にょろん「知ってる」
スペース「前に戦った」
あぶらメンタル「あの時も結構大変だったんだからね?」
にょろん「遊んでた」
あぶらメンタル「人聞き悪いなぁ」
今ここにアルセーヌの姿はない。
それでも彼らにとって、ディーナは見知らぬ冒険者ではなかった。
以前、南方街道で実際に刃を交えた相手。普段の気さくな姿からは想像しづらいほど、剣を握ったディーナは厄介だ。
あぶらメンタル「……でも」
ふざけた調子が、少しだけ薄れる。
あぶらメンタル「あのフードの人も、変だね」
舞台では、ディーナの剣が続いていた。
ヒュンッ!
ザッ!
キンッ!
男はかわす。
逸らす。
下がる。
しかし、剣先は少しずつ近づいている。
ディーナ(全部を見る必要はない)
肩。
腰。
踏み込む足。
床を蹴る音。
動いた時の空気。
どれほど無駄がなくても、人間の身体が何の前触れもなく消えるわけではない。
ディーナ(見えないなら――行ける場所を先に潰す)
男が右へ踏み込んだ。
その先へ剣。
ヒュッ!
男が止まり、左へ身体を流す。
そこへ二撃目。
ザンッ!!
深く被られていたフードが、大きく裂けた。
切れた布が宙を舞う。
男が後ろへ跳ぶ。
そして――。
「…………」
闘技場のざわめきが、一瞬だけ小さくなった。
陽の下へ晒された顔。
思っていたより若い。
二十歳をいくつか越えたくらいだろうか。
少なくとも、これまでの戦いぶりから想像していたほど年上には見えなかった。
ひっかるん「若っ!」
ジェノス「……もっと年上だと思ってた」
サイタマタマ「俺もだ!」
カズキ「……誰だろう」
顔を見ても、カズキには分からない。
maro「ここでついに素顔が明らかになったァァァ!! そして、この男の登録名は――!」
一拍。
maro「すーだまん!!」
maro「大剣すら抜かず、ここまで勝ち上がってきた男!! その名は――すーだまんだァァァァ!!」
大歓声が上がった。
ほとんどの観客にとって、それは初めて聞く名前。
だが――。
観客席の一角で。
マリン「あっ!!」
五月雨が勢いよく顔を上げる。
五月雨「えっ……!?」
はに「すーだまん!?」
耀平「……まさか」
レックウザ「ああ」
名前を聞いた瞬間。
記憶が繋がった。
半年前。
ソルティモが魔物の群れに襲われた、あの日。
戦場の途中から現れ、防衛に加わった大剣の男。
マリン「あの人だ! ソルティモに来た、めちゃくちゃ強かった人!」
はに「うわっ、本当だ! フードで全然分かんなかった!」
五月雨「大会に出てたんだ……」
耀平「すーだまん……そうか。あいつだったのか」
レックウザは腕を組んだまま、舞台を見つめている。
レックウザ「……あの時も強かった」
マリン「うん。めっちゃ強かった」
はに「でも、どのくらい強いんだろ」
耀平「それは……分からんな」
同じ戦場で戦った彼らでさえ、その底までは知らない。
近くでは、先ほどの試合を終えたゆうやも舞台を見ていた。右腕には治療を受けた跡が残っている。
ゆうや「それにしても、ディーナもやっぱ強いな」
レックウザ「ああ」
ゆうや「街で一緒にいた時とは、全然雰囲気違う」
レックウザ「プラチナは伊達じゃない」
舞台。
ディーナ「すーだまん、ね」
すーだまん「……ああ」
ディーナ「覚えた」
ディーナの視線が、その背中へ向かう。
ディーナ「じゃあ――」
剣先が大剣を示す。
ディーナ「次は、それ使わせてみようかな」
すーだまんは答えない。
ただ、僅かに姿勢を落とした。
ドンッ!!
先ほどより速い。
ディーナ「っ!」
拳をかわし、そのまま懐へ。
剣が胴へ走る。
ヒュンッ!
すーだまんが退く。
ディーナが追う。
一歩、二歩。
右へ逃げれば、その先へ剣。左へ流れれば、さらに一歩踏み込む。
キィン!
すーだまんの指先が剣の腹を弾く。
ディーナは反動に逆らわず、そのまま剣を返した。
ザッ!
服が裂ける。
さらに一歩。
ディーナ「まだ!」
袈裟斬り。
すーだまんが身体を捻る。
その瞬間、ディーナは剣を止めた。
斬撃は囮。
空いた場所へ左足を入れる。
ディーナ「捕まえた」
至近距離。
剣が胸元へ走る。
ザシュッ!!
すーだまんが大きく後退した。
服の胸元に細い切れ目。その下へ、浅い赤い線が浮かぶ。
一瞬の静寂。
maro「届いたァァァァァ!!」
「うおおおおおおおおっ!!」
ねこ「すごい……!」
あぶらメンタル「おおー……」
にょろん「当てた」
スペース「うん」
ソルティモ勢も目を見開く。
マリン「当たった!」
はに「ディーナすごっ!」
耀平「……あいつに剣を届かせるか」
ディーナ自身も、僅かに息を弾ませていた。
ディーナ(当たった。でも……浅い)
最後の瞬間。
すーだまんは身体を引いていた。
そのすーだまんが、胸元へ一度だけ目を落とす。
そして。
右手が、背中へ伸びた。
ディーナ「……!」
今度は離さない。
大剣の柄を握り込む。
ギィン――!!
巨大な刃が鞘から滑り出た。
ディーナ「……速っ」
重い武器を引きずるような動きではない。
まるで普通の剣でも抜いたかのように、大剣が滑らかに宙へ現れる。
maro「抜いたァァァァァ!! ついに!! この大会で初めて!! あの大剣が抜かれたァァァァ!!」
歓声が闘技場を揺らした。
その中心で。
ディーナは、むしろ楽しそうに笑っていた。
ディーナ「……やっとだ」
剣を構え直す。
ディーナ「それ、見たかったんだよね」
すーだまんは大剣を構えたまま、短く答える。
すーだまん「……来い」
ディーナが床を蹴った。
大剣がどれほど強力でも、懐へ潜り込めば振れる範囲は狭くなる。
そう判断したディーナは、一気に距離を詰めた。
だが。
ブォンッ!!
ディーナ「っ!?」
横薙ぎ。
速い。
巨大な刃が空気を押し潰しながら迫る。
ディーナは受けず、後方へ跳んだ。
ブワッ!!
鼻先を風圧が抜け、髪が大きく揺れる。
ディーナ(これは……受けちゃダメだ)
まともに剣同士をぶつければ力負けする。
ならば、受けない。
すーだまんが踏み込む。
ドンッ!
大剣が振り下ろされた。
ドガァン!!
舞台が震える。
ディーナは横へ抜け、砕けた床材が跳ねる中ですぐに身体を起こした。
すーだまんは、もう大剣を引き戻している。
ディーナ(振った後も遅くない……!)
巨大な武器なら存在するはずの隙。
それが、ほとんどない。
ブォンッ!
二撃目。
ディーナは身体を沈める。
頭上を大剣が通過した瞬間、前へ出た。
キィン!!
自分の剣を大剣の側面へ当てる。
受けるためではない。
軌道をほんの僅かにずらし、その横を抜ける。
ザシュッ!
剣先が、すーだまんの脇腹の服を裂いた。
「おおおおおおおっ!!」
ねこ「また当てた!」
ゆうや「すげぇ……」
あぶらメンタル「いやー、やっぱディーナとはもう戦いたくないなぁ」
にょろん「また会ったら?」
あぶらメンタル「逃げる」
スペース「即答」
ディーナはすぐに距離を取った。
呼吸は少しずつ荒くなっている。大剣を抜かせてから、一撃一撃の圧がまるで違う。
それでも、まだ届く。
すーだまんが大剣を握り直す。
――片手。
ディーナ「……え?」
ドンッ!!
踏み込み。
ブォンッ!!
片手で振られた大剣が、先ほどよりも鋭く空を裂いた。
ディーナ「っ――!」
キィン!!
咄嗟に剣を添えて軌道をずらす。
衝撃だけで腕が痺れ、身体が横へ流された。
そこへ、すーだまんが踏み込む。
ディーナの目が大剣へ向く。
――違う。
ディーナ(左!)
空いている手が伸びてきた。
身体を捻ってかわし、その勢いのまま剣を振る。
ヒュンッ!
すーだまんが首を傾ける。
だが、完全には避けきれない。
剣先が頬を掠めた。
細い赤い線。
「おおおっ!!」
ディーナは止まらない。
ここで距離を取れば、また大剣の間合いになる。
だから前へ。
すーだまんが大剣を振る。
ディーナがその内側へ潜る。
ヒュッ!
ブォンッ!
ザッ!
一歩間違えば終わる。
それでも、ディーナの剣先は確実にすーだまんへ迫っていた。
そして。
二人が同時に踏み込む。
ガキィィィン!!
初めて、二本の剣が正面からぶつかった。
ディーナ「くっ……!」
腕が軋む。
重い。
押し合えば負ける。
だから、押し合わない。
ディーナはすぐに力を抜き、剣を滑らせた。
ギギギッ――!
大剣の側面を刃が走る。
身体を横へ抜き、そのまま懐へ。
ディーナ「そこ!」
剣先が肩へ迫る。
ガシッ。
ディーナ「――え?」
止まった。
すーだまんの左手が、ディーナの手首を掴んでいる。
ディーナ「っ……!」
抜けない。
次の瞬間。
右手の大剣が戻ってきた。
ブォンッ!
巨大な刃が、ディーナの首元で止まる。
風だけが髪を揺らした。
静寂。
ディーナは手首を掴む左手を見て、それから首元の大剣を見る。
少しだけ悔しそうに眉を下げた後。
ディーナ「……参った」
審判「そこまで!!」
大歓声が爆発した。
maro「決着ゥゥゥゥ!! 第四試合!! 勝者――すーだまァァァァん!!」
すーだまんが大剣を下ろし、ディーナの手首を離す。
ディーナ「いやぁ……強いね」
すーだまん「……お前も」
ディーナ「ほんと?」
すーだまん「……ああ」
一瞬だけ目を丸くして、ディーナは嬉しそうに笑った。
ディーナ「そっか。なら、まあいっか」
手を差し出す。
すーだまんはその手を一度見てから、大剣を背中へ戻し、握り返した。
大きな拍手が二人へ降り注ぐ。
ねこ「……負けちゃった」
むっちゃん「でも、強かったな」
ざるそば「あの大剣、抜かせたしな」
ぴりからし「つまり実質勝利では!?」
ねこ「負けは負け」
ぴりからし「厳しい!」
七つ影の席では、あぶらメンタルが腕を組んでいた。
あぶらメンタル「ディーナでもダメかぁ……」
にょろん「次、当たったら?」
あぶらメンタル「逃げる」
スペース「大会」
あぶらメンタル「大会でも逃げたい」
一方、ソルティモ勢は舞台を降りていくすーだまんを目で追っていた。
マリン「……やっぱり強かったね」
五月雨「うん」
はに「でもディーナもすごかった!」
耀平「それにしても……名前も顔も分かったのに」
レックウザ「ああ」
レックウザは、選手通路へ消えていく背中を見る。
レックウザ「結局、どこまで強いのかは分からなかったな」
名前は分かった。
顔も分かった。
そして、ついに大剣も抜いた。
それなのに――分からないことだけが増えた。
すーだまん。
四人目のベスト8進出者が決まった。
maro「さあ!! まだまだ行くぞグラディアァァァ!! 第五試合!!」
魔導掲示板が切り替わる。
ゆかマキ。
対。
せきりゅう。
舞台へ上がったゆかマキは、肩にバットを乗せていた。
向かいでは、せきりゅうが盾とメイスを構える。
ゆかマキの視線は、せきりゅう本人ではなく――その盾へ向いていた。
せきりゅう「……なんだ?」
ゆかマキ「いや」
バットを肩から下ろす。
ゆかマキ「いい音しそうだなって」
せきりゅう「……そこを見るのか」
観客席から、いくつもの声援が飛ぶ。
その中でも、ひときわ大きな声が響いた。
まきお「いけえええ!! ゆかマキィィィ!!」
だが、すぐに周囲の歓声へ飲み込まれる。
舞台上のゆかマキは、ただバットを構えた。
審判「始め!!」
床を蹴る。
バットが僅かに巨大化。
ブォンッ!!
せきりゅうが盾を前へ出す。
ガァァァン!!
澄んだ金属音が、闘技場いっぱいに響いた。
ゆかマキ「……いい音」
せきりゅう「だからそこか!?」
しかし、次の瞬間。
盾へ叩き込まれた音が、せきりゅう自身へ返っていく。
せきりゅう「ドン!」
ドンッ!!
メイスが盾を叩く。
踏み込みが、一気に鋭くなった。
ゆかマキ「うおっ!?」
メイスが鼻先を通過。
ゆかマキは後ろへ跳び、そのままバットを返す。
ガァン!
再び盾。
せきりゅう「カッ!」
カァン!
二つの音が重なる。
次の踏み込みは、さらに速い。
ガンッ!
ドンッ!
ガァン!
攻撃を重ねるほど、せきりゅうの動きが鋭くなっていく。
ゆかマキの眉が動いた。
ゆかマキ「……ん?」
バットを構えたまま、一歩下がる。
自分のバットを見る。
次に盾。
ゆかマキ「……もしかして、私が育ててない!?」
せきりゅう「今気づいたのか!?」
観客席から笑いが起こった。
だが、ゆかマキもすぐに頭を切り替える。
ゆかマキ「だったら――盾を叩かなきゃいい!」
踏み込む。
せきりゅうが盾を前へ出す。
振らない。
さらに一歩。
盾の外側へ回った。
せきりゅう「!」
ブォンッ!
バットが脇腹へ。
ドッ!!
せきりゅう「ぐっ……!」
身体が横へ飛ぶ。
maro「入ったァァァ!! 盾を避けて本体を直接狙ったァァァ!!」
歓声が大きくなる。
ゆかマキが追う。
しかし。
せきりゅう「ドン!!」
ドォン!!
自ら盾を叩いた。
強い一音。
踏み込みが加速する。
盾が迫る。
ゆかマキ「っ!」
ドガッ!!
真正面から受け、身体が後ろへ弾かれた。
床を滑る。
それでも倒れない。
ゆかマキはバットを握り直した。
ゆかマキ「……面白ぇ!」
そこからは、打撃と音のぶつかり合いだった。
ガァン!
ドン!
ブォンッ!
カァン!
ゆかマキは盾を避けて身体を狙い、せきりゅうは盾の位置を変えて打撃を誘う。
一度覚えた攻略法だけでは足りない。
盾を避ければ、せきりゅうは自ら音を作る。せきりゅうが盾を叩けば、その瞬間を狙ってゆかマキが踏み込む。
何度もぶつかるうち、二人の呼吸が少しずつ速くなっていった。
そして。
ゆかマキ「これで――飛べぇぇぇ!!」
全力の一振り。
せきりゅうは避けない。
盾を真正面へ。
ガァァァァァン!!
今日一番の快音。
せきりゅうの足が床を滑る。
一メートル。
二メートル。
舞台端が近づく。
「おおおおおおおおっ!!」
だが。
止まった。
ゆかマキ「……マジか」
せきりゅうが顔を上げる。
せきりゅう「いい音だった」
ドン!!
盾が鳴る。
一気に間合いを詰める。
ドガッ!!
ゆかマキ「うおおおお!?」
盾打ち。
身体が浮き、そのまま舞台外へ。
ドサッ!
審判「場外!! 勝者、せきりゅう!!」
maro「第五試合決着ゥゥゥ!! ベスト8進出――せきりゅう!!」
場外で仰向けになったゆかマキは、しばらく空を見上げていた。
ゆかマキ「……育てすぎた」
観客席から笑いが起こる。
まきお「ゆかマキィィィ!! いい音だったぞおおおお!!」
その声も歓声へ混ざっていった。
第六試合。
メイビス。
対。
まくらZ。
二人が姿を現した瞬間、観客席の一角が一気に騒がしくなる。
まくらA「Zちゃああああん!!」
まくらB「がんばってええええ!!」
まくらC「今日もかわいいいい!!」
まくらD「Zちゃあああああん!!」
ざるそば「始まったな」
むっちゃん「相変わらず人数が多い」
ぴりからし「負けてられません!!」
ねこ「何と戦ってるの?」
舞台上のZは観客席を見ることなく、メイビスへ向き直った。
審判「始め!!」
メイビス「お願い、たぬビス!」
足元の小さなたぬビスが、一気に膨れ上がる。
ズンッ!!
太い腕。
巨大な脚。
筋肉に覆われた、約三・五メートルの巨体。
その正面に立つZは、あまりにも小さく見えた。
ひっかるん「……これ絵面すごいな」
ジェノス「三倍近くないか?」
サイタマタマ「大きい方が強いとは限らんぞ!」
ジェノス「兄貴が言うと妙に説得力あるな」
メイビス「いって!」
巨大な拳が振り下ろされる。
ブォンッ!!
Zは避けない。
両腕を上げた。
ドガァァァン!!
舞台が震える。
「うおおおおおお!?」
砂埃が広がる。
その向こうで――Zは立っていた。
小さな両腕で、たぬビスの巨大な拳を受け止めている。
メイビス「押して!」
たぬビスが前へ出る。
ズズズズッ――!
今度はZの足が滑った。
一歩。
二歩。
舞台端へ近づいていく。
カズキ「押してる……!」
ひっかるん「Zが力負けしてるぞ!」
さらに一歩。
Zの踵が、舞台の端へ届いた。
あと僅か。
メイビス「そのまま!」
たぬビスが力を込める。
だが。
Zの足が止まった。
まくらZ「……重い」
腰を落とす。
まくらZ「でも――」
たぬビスの腕を抱え込んだ。
まくらZ「持てる」
メイビス「え?」
次の瞬間。
巨大な身体が、浮いた。
「ええええええええええ!?」
メイビス「たぬビス!?」
三・五メートルの巨体が宙を舞う。
Zが身体ごと回転。
ブォォォン!!
そのまま舞台の外へ。
ドッゴォォォン!!
土煙が上がった。
数秒の沈黙。
審判「……場外!! 勝者、まくらZ!!」
次の瞬間。
まくらA「Zちゃああああああああん!!」
まくらB「すごおおおおおおい!!」
まくらC「Zちゃああああん!!」
歓声なのか悲鳴なのか分からない声が飛び交う。
maro「六人目のベスト8進出者――まくらZゥゥゥゥ!!」
メイビスはすぐに舞台を降りた。
元の小さな姿へ戻っていくたぬビスのもとへ駆け寄り、抱き上げる。
メイビス「大丈夫?」
たぬビス「……」
メイビス「そっか。頑張ったね」
ぎゅっと抱きしめる。
敗者にも、大きな拍手が送られた。
これで六試合。
ベスト8の席は、残り二つ。
魔導掲示板が切り替わる。
第七試合。
サイタマタマ。
対。
あぶらメンタル。
サイタマタマ「よし!!」
サイタマタマが勢いよく立ち上がる。
身体には、ジェノスとの戦いで負った傷の包帯がまだ残っていた。
ジェノス「兄貴」
サイタマタマ「ん?」
ジェノス「無茶すんなよ」
サイタマタマ「ハハハ! 善処する!」
ジェノス「絶対する気ないだろ……」
笑いながら選手通路へ向かっていく。
一方、七つ影の席では。
あぶらメンタル「……帰っていい?」
にょろん「ダメ」
スペース「次、お前」
あぶらメンタル「分かってるよぉ……」
嫌そうに立ち上がる。
あぶらメンタル「だってさぁ、あいつ……殴れば殴るほど強くなるんでしょ?」
にょろん「たぶん」
スペース「前の試合」
あぶらメンタル「見てたよ! だから嫌なんだって!」
ぶつぶつ言いながら選手通路へ向かう。
その途中、反対側から歩いてきた人物に気づいた。
ディーナ「あ」
あぶらメンタル「あ」
試合を終えたディーナだった。
あぶらメンタル「お疲れー」
ディーナ「ありがと。負けちゃった」
あぶらメンタル「いやいや、十分でしょ。あんな大剣まで抜かせたんだから」
ディーナ「そっちはこれから?」
あぶらメンタル「そうなんだよぉ」
盛大なため息。
ディーナ「相手、強そうだよね」
あぶらメンタル「他人事だと思って!」
ディーナ「だって他人事だし」
あぶらメンタル「冷たい!」
ディーナが笑う。
ディーナ「頑張ってね」
あぶらメンタル「はいはい」
二人がすれ違う。
数歩進んだところで。
ディーナ「でも」
あぶらメンタルが振り返る。
ディーナ「油断しない方がいいよ」
さっきまでとは少し違う声。
ディーナ「サイタマタマ、かなり強いから」
あぶらメンタル「……」
ディーナはそれ以上言わず、歩いていった。
あぶらメンタルは少しだけその背中を見送り。
あぶらメンタル「……知ってるよ」
再び歩き出した。
やがて、二人の選手が舞台へ姿を現す。
「サイタマタマァァァ!!」
「あぶらメンタルー!!」
「いけええええ!!」
歓声が降り注ぐ。
舞台の中央。
サイタマタマ「よろしくな!!」
あぶらメンタル「……元気だなぁ」
サイタマタマが拳を握る。
対するあぶらメンタルは、その拳をじっと見た。
二回戦。
ジェノスとの戦い。
当然、見ている。
傷つくほど。
追い込まれるほど。
あの男は強くなった。
まともに殴り合えば、こちらから相手を強くすることになる。
あぶらメンタル「……なるほどね」
肩が落ちる。
腕から、脚から、指先から。
余計な力が、すっと消えていく。
サイタマタマ「ん?」
あぶらメンタルが笑った。
あぶらメンタル「だったらさ――」
審判が二人の間へ立つ。
あぶらメンタル「殴らなきゃいいじゃん」
少し離れた観客席。
カズキはその言葉を聞きながら、舞台を見つめていた。
この試合が終われば。
次は、自分。
最後の一試合。
ふと視線を横へ向ける。
少し離れた場所に、yukiがいた。
目が合う。
yuki「……次だね」
カズキ「……うん」
たったそれだけ。
なのに、心臓が大きく鳴った。
ここまで何度も見てきた。
舞台を覆い尽くす氷。
相手の逃げ道まで奪う制圧力。
ダイヤモンド級の冒険者。
そして次に。
自分は、あそこへ立つ。
maro「さあァァァ!! 残るベスト8の席は、あと二つ!! 第七試合――サイタマタマ対、あぶらメンタル!!」
大歓声。
サイタマタマが拳を構える。
あぶらメンタルは――構えない。
ただ、両腕をだらりと垂らしている。
審判「両者――構え!」
静かに。
あぶらメンタルの身体から、さらに力が抜けた。
審判「始め!!」
ドンッ!!
サイタマタマが飛び出した。
速い。
拳が一直線に、あぶらメンタルの顔へ迫る。
それでも。
あぶらメンタルは動かない。
サイタマタマ「――っ!?」
拳が届く。
その瞬間。
あぶらメンタルの身体が――
崩れた。
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