第4話 パーツ市場——GENUINE (LOL)
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
その腕、天才につき 〜スクラップ都市の機化傭兵〜 - 第4話 パーツ市場——GENUINE (LOL)
本文
朝いちばんに、昨日のことを聞いた。
「あの赤い線、どういう理屈なんだ」
『看破(タグ)ね』
ドクの声は、講義のときの調子になった。
『私が診たものを、あんたの視界に描いてるだけよ。線を引いてるのは私。見てるのはあんたの眼』
「じゃあ、あんたが見てないものには引けないのか」
『引けないわ。あんたが見ていないものも駄目。私はあんたの眼を借りてるんだから』
壁の向こうは駄目、暗くて見えないものも駄目、ということだ。
「線が引かれたら、勝てるのか」
『まさか』
ドクは即答した。
『線は、どこを押せば崩れるかを教えるだけよ。押しに行くのはあんたの身体。昨日だってね、あんたの足がもう半拍遅かったら、線ごと殴られて終わってたわ』
背中が冷たくなった。
そうか。あれは、勝ちを保証する道具じゃない。
『それに、負けた男は仲間に喋るわよ。「あいつは崩しに来る」と一言伝われば、次の相手は重心を下げて待つだけでいい。同じ手札で二回勝てるほど、誰も馬鹿じゃないの』
「線は毎回変わるんだろ」
『変わるわ。——変わっても、届かなければ同じよ』
だから今日は身体のほうを直しに行く。そういう理屈だった。
※
市場街のパーツ通りは、朝から油の匂いがする。
塔が生きていたころ、ここは星に上がる荷の検品場だったらしい。物流が死んで、検品台だけが残って、その台の上でいま中古の腕が量り売りされている。世界が変わっても、台は同じ台だ。
軒先には腕が吊るされている。肘から先が十本、二十本。脚は樽に立ててあって、胴の外装は壁に立てかけてある。値札は無い。
ここの値段は全部、顔と交渉で決まる。
代わりに軒の上で、半分死んだホロ看板が点いたり消えたりしている。電気を引けている店の、それが看板代わりだ。
中古には中古の格がある。最上は「暴走歴なし」。次が再生品、その下が出所を聞かない品。見分け方は、関節の焼け色と履歴チップの二つ。
ただしチップは書き換えられる。だから結局、みんな焼け色を見る。人は嘘をつくが、熱は嘘をつかない。この市場で最初に覚える格言だ。
俺の目当ては左肩だった。
ゆうべから、左肩が軋んでいる。新しい腕は音もなく動くのに、それを受ける側がついてこない。台車に軍馬を繋いだようなものだと、ドクは言った。
『腕に肩が負けてるの。今日はまず受け皿。装飾より土台よ』
塔下再生とうかさいせいの店は、通りの奥にある。看板には「再生」の二文字だけ。店主は元の解体屋だ。
スクラップの山から使える臓器を掘り出す。洗って、締め直して、また動くようにして売る。うちのはガラクタじゃねえ、生き直した部品だ——というのが口癖だと、きのう認識票を渡すときに受付の女が教えてくれた。
中古を買うなら塔下とうかにしな、とも。この街でいちばんまともな中古屋らしい。
店主は俺の顔と、それから左腕を順に見た。何も言わない。礼儀だ。
「左肩。八洲やしまの系で、中古」
店主が顎で棚を指す。肩の関節が五つ、並んでいた。
ドクが棚の前に立って、肩の関節を左から順に見ていった。今日は丈の長いワンピースだ。髪は下ろしている。
『右から二番目は駄目。外装の艶が濁ってる——酸を浴びた品よ。海上がりね。その隣は論外、ネジ山が三回舐めてる。素人が三回開けた証拠』
ドクの声が、棚を左から右へ撫でていく。
『いちばん左。それだけまとも』
「これ」
と俺が持ち上げると、店主は初めて口を開いた。
「目がいいな、坊主」
きのうの稼ぎの現物——中古の足首は、取っておく手もあった。ドクが切った。
『あれはあんたの漢陽ハンヤンの脚と型が合わない。持っていても倉庫の肥やし。肩は治療よ。装飾より土台、土台より治療』
下取りに出すと、店主は秤に載せ、しばらく黙って、指を三本立てた。差額は指三本。きのうの現金が、あらかた肩に化けた。飯の勘定は、しないことにした。
隣の棚に、見覚えのある灰色があった。
八洲やしまの刻印が入った肘。艶があって、新しい。値段を聞くと、店主は面白そうに俺を見た。
「純正だぜ。安くしとくよ」
『やめなさい』
ドクの声が刺さった。
肘の上に、赤い線が這った。
刻印の縁を一周して、ネジの頭を四つ、順に指していく。
『刻印の書体が半世代ズレてる。それに——ネジの掛け方が八洲やしまじゃない。あの会社は締めの最後に必ず四分の一戻す。それは戻していない。作ったのは別の手よ』
「……偽物か」
声に出してから、しまったと思った。店主は肩をすくめた。怒りもしない。
「純正、って言っただろ。笑うところだぜ、坊主」
店を出しなに、店主が首の後ろを掻いた。
「繋ぎはどうする。隣の辻に接続屋が出てる。肩一つで——まあ、傭兵の月商が飛ぶ相場だが、正規の手だ」
「あてがある」
「あて」
店主は俺の左腕を、もう一度だけ見た。
「まともな値で肩を繋げる"あて"なんて、この辺りにゃ幾つもねえんだがな」
ドクは店主の後ろの棚を覗いていた。店主は振り向きもしない。
それ以上は聞かないのが礼儀だった。礼儀に助けられて、俺は店を出た。
あとで知った。この街では双十そうじゅうの偽装品を「純正(笑)」と呼ぶ。
笑いを付けて売るのが仁義で、付けずに売るのが詐欺だ。
市場には市場の仁義があって、その全体を、ギルドの黒名簿が外から睨んでいる。騙しは市場の恥で済む。刃物と強盗は黒名簿に載る。そういう棲み分けだ。
塔下再生とうかさいせいと双十そうじゅうは、この市場の裏で長くやり合っているのだとも聞いた。
再生屋は直して売る。偽装屋は化かして売る。
どちらも「安い身体が要る」という同じ需要から生えた商売で、需要のほうは決して消えない。ギルドは商いの中身には口を出さない。刃物が出たときだけ、通りの入り口の羅針盤の紋が動く。
『型番は嘘をつくのよ』
帰り道、ドクは機嫌がよかった。
『でも作り方は嘘をつけない。手は、名前より正直なの』
それから、思い出したように付け足した。
『言ったでしょう。あんたの機体台帳、二箇所ほど誤魔化されてるって。——つまり、ああいう「純正(笑)」があんたの身体にはもう入ってるのよ』
「……どこだよ」
『いずれね。順番よ。土台が先』
自分の身体の中に、笑いを付け忘れた偽物が二つ。どこの何が化けているのかも分からない。歩きながら、少しだけ肌が粟立った。
※
換装は、廃墟に戻ってからやった。
市場の裏でもできたが、ドクが止めた。素人が自分の肩を開ける画は、この世界では手品より目立つ。大半の人間は、それで死ぬからだ。
古い機械油の匂いの中で、左肩の外装を開ける。ドクの指示は細かかった。給電を落とす順番。ロックの外し方。抜くときの角度。教本なら一行の作業に、三十の手順があった。
『ああ、じれったい。……ちゃんとした台と治具があれば、こんなもの十五分なのよ』
らしくない愚痴だった。
肩が抜けた瞬間、左腕の重さが胸に落ちてきて、息が詰まった。空いた受け口は、思ったより小さくて、思ったより深い。人間の形は、開けてみると人間の形をしていない。
『急がない。受け皿を先に。端子を拭いて。——そう。合わせて。押すのは息を吐きながら』
細い音がして、新しい肩が入った。
腕を回す。音が消えている。昨日、脚で覚えた静けさと同じ種類の静けさだった。
「なあ。俺の身体、まだ強くなるのか」
『まだも何も』
ドクは呆れた声を出した。
『あんたはまだ、始めてもいないわよ』
点検の最後に、左腕の付け根の環を布で拭いた。
泥を落とすと、腕側の接合面の内側に、小さな彫りがあった。組んでしまえば誰にも見えない場所。飾りじゃない。文字だ。
二文字。
——瑠璃。
「るり」
声に出して読んだ。
頭の中で、ドクが息を呑むのが、はっきり分かった。
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