第4話 パーツ市場——GENUINE (LOL)

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/9/5 📚 シリーズ: その腕、天才につき 〜スクラップ都市の機化傭兵〜 📝 3,048文字 ✅ 全年齢

あらすじ

その腕、天才につき 〜スクラップ都市の機化傭兵〜 - 第4話 パーツ市場——GENUINE (LOL)

本文

朝いちばんに、昨日のことを聞いた。

「あの赤い線、どういう理屈なんだ」

『看破(タグ)ね』

ドクの声は、講義のときの調子になった。

『私が診たものを、あんたの視界に描いてるだけよ。線を引いてるのは私。見てるのはあんたの眼』

「じゃあ、あんたが見てないものには引けないのか」

『引けないわ。あんたが見ていないものも駄目。私はあんたの眼を借りてるんだから』

壁の向こうは駄目、暗くて見えないものも駄目、ということだ。

「線が引かれたら、勝てるのか」

『まさか』

ドクは即答した。

『線は、どこを押せば崩れるかを教えるだけよ。押しに行くのはあんたの身体。昨日だってね、あんたの足がもう半拍遅かったら、線ごと殴られて終わってたわ』

背中が冷たくなった。

そうか。あれは、勝ちを保証する道具じゃない。

『それに、負けた男は仲間に喋るわよ。「あいつは崩しに来る」と一言伝われば、次の相手は重心を下げて待つだけでいい。同じ手札で二回勝てるほど、誰も馬鹿じゃないの』

「線は毎回変わるんだろ」

『変わるわ。——変わっても、届かなければ同じよ』

だから今日は身体のほうを直しに行く。そういう理屈だった。

※

市場街のパーツ通りは、朝から油の匂いがする。

塔が生きていたころ、ここは星に上がる荷の検品場だったらしい。物流が死んで、検品台だけが残って、その台の上でいま中古の腕が量り売りされている。世界が変わっても、台は同じ台だ。

軒先には腕が吊るされている。肘から先が十本、二十本。脚は樽に立ててあって、胴の外装は壁に立てかけてある。値札は無い。

ここの値段は全部、顔と交渉で決まる。

代わりに軒の上で、半分死んだホロ看板が点いたり消えたりしている。電気を引けている店の、それが看板代わりだ。

中古には中古の格がある。最上は「暴走歴なし」。次が再生品、その下が出所を聞かない品。見分け方は、関節の焼け色と履歴チップの二つ。

ただしチップは書き換えられる。だから結局、みんな焼け色を見る。人は嘘をつくが、熱は嘘をつかない。この市場で最初に覚える格言だ。

俺の目当ては左肩だった。

ゆうべから、左肩が軋んでいる。新しい腕は音もなく動くのに、それを受ける側がついてこない。台車に軍馬を繋いだようなものだと、ドクは言った。

『腕に肩が負けてるの。今日はまず受け皿。装飾より土台よ』

塔下再生とうかさいせいの店は、通りの奥にある。看板には「再生」の二文字だけ。店主は元の解体屋だ。

スクラップの山から使える臓器を掘り出す。洗って、締め直して、また動くようにして売る。うちのはガラクタじゃねえ、生き直した部品だ——というのが口癖だと、きのう認識票を渡すときに受付の女が教えてくれた。

中古を買うなら塔下とうかにしな、とも。この街でいちばんまともな中古屋らしい。

店主は俺の顔と、それから左腕を順に見た。何も言わない。礼儀だ。

「左肩。八洲やしまの系で、中古」

店主が顎で棚を指す。肩の関節が五つ、並んでいた。

ドクが棚の前に立って、肩の関節を左から順に見ていった。今日は丈の長いワンピースだ。髪は下ろしている。

『右から二番目は駄目。外装の艶が濁ってる——酸を浴びた品よ。海上がりね。その隣は論外、ネジ山が三回舐めてる。素人が三回開けた証拠』

ドクの声が、棚を左から右へ撫でていく。

『いちばん左。それだけまとも』

「これ」

と俺が持ち上げると、店主は初めて口を開いた。

「目がいいな、坊主」

きのうの稼ぎの現物——中古の足首は、取っておく手もあった。ドクが切った。

『あれはあんたの漢陽ハンヤンの脚と型が合わない。持っていても倉庫の肥やし。肩は治療よ。装飾より土台、土台より治療』

下取りに出すと、店主は秤に載せ、しばらく黙って、指を三本立てた。差額は指三本。きのうの現金が、あらかた肩に化けた。飯の勘定は、しないことにした。

隣の棚に、見覚えのある灰色があった。

八洲やしまの刻印が入った肘。艶があって、新しい。値段を聞くと、店主は面白そうに俺を見た。

「純正だぜ。安くしとくよ」

『やめなさい』

ドクの声が刺さった。

肘の上に、赤い線が這った。

刻印の縁を一周して、ネジの頭を四つ、順に指していく。

『刻印の書体が半世代ズレてる。それに——ネジの掛け方が八洲やしまじゃない。あの会社は締めの最後に必ず四分の一戻す。それは戻していない。作ったのは別の手よ』

「……偽物か」

声に出してから、しまったと思った。店主は肩をすくめた。怒りもしない。

「純正、って言っただろ。笑うところだぜ、坊主」

店を出しなに、店主が首の後ろを掻いた。

「繋ぎはどうする。隣の辻に接続屋が出てる。肩一つで——まあ、傭兵の月商が飛ぶ相場だが、正規の手だ」

「あてがある」

「あて」

店主は俺の左腕を、もう一度だけ見た。

「まともな値で肩を繋げる"あて"なんて、この辺りにゃ幾つもねえんだがな」

ドクは店主の後ろの棚を覗いていた。店主は振り向きもしない。

それ以上は聞かないのが礼儀だった。礼儀に助けられて、俺は店を出た。

あとで知った。この街では双十そうじゅうの偽装品を「純正(笑)」と呼ぶ。

笑いを付けて売るのが仁義で、付けずに売るのが詐欺だ。

市場には市場の仁義があって、その全体を、ギルドの黒名簿が外から睨んでいる。騙しは市場の恥で済む。刃物と強盗は黒名簿に載る。そういう棲み分けだ。

塔下再生とうかさいせいと双十そうじゅうは、この市場の裏で長くやり合っているのだとも聞いた。

再生屋は直して売る。偽装屋は化かして売る。

どちらも「安い身体が要る」という同じ需要から生えた商売で、需要のほうは決して消えない。ギルドは商いの中身には口を出さない。刃物が出たときだけ、通りの入り口の羅針盤の紋が動く。

『型番は嘘をつくのよ』

帰り道、ドクは機嫌がよかった。

『でも作り方は嘘をつけない。手は、名前より正直なの』

それから、思い出したように付け足した。

『言ったでしょう。あんたの機体台帳、二箇所ほど誤魔化されてるって。——つまり、ああいう「純正(笑)」があんたの身体にはもう入ってるのよ』

「……どこだよ」

『いずれね。順番よ。土台が先』

自分の身体の中に、笑いを付け忘れた偽物が二つ。どこの何が化けているのかも分からない。歩きながら、少しだけ肌が粟立った。

※

換装は、廃墟に戻ってからやった。

市場の裏でもできたが、ドクが止めた。素人が自分の肩を開ける画は、この世界では手品より目立つ。大半の人間は、それで死ぬからだ。

古い機械油の匂いの中で、左肩の外装を開ける。ドクの指示は細かかった。給電を落とす順番。ロックの外し方。抜くときの角度。教本なら一行の作業に、三十の手順があった。

『ああ、じれったい。……ちゃんとした台と治具があれば、こんなもの十五分なのよ』

らしくない愚痴だった。

肩が抜けた瞬間、左腕の重さが胸に落ちてきて、息が詰まった。空いた受け口は、思ったより小さくて、思ったより深い。人間の形は、開けてみると人間の形をしていない。

『急がない。受け皿を先に。端子を拭いて。——そう。合わせて。押すのは息を吐きながら』

細い音がして、新しい肩が入った。

腕を回す。音が消えている。昨日、脚で覚えた静けさと同じ種類の静けさだった。

「なあ。俺の身体、まだ強くなるのか」

『まだも何も』

ドクは呆れた声を出した。

『あんたはまだ、始めてもいないわよ』

点検の最後に、左腕の付け根の環を布で拭いた。

泥を落とすと、腕側の接合面の内側に、小さな彫りがあった。組んでしまえば誰にも見えない場所。飾りじゃない。文字だ。

二文字。

——瑠璃。

「るり」

声に出して読んだ。

頭の中で、ドクが息を呑むのが、はっきり分かった。

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