第5話 港への護衛——THREE ROUNDS
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あらすじ
その腕、天才につき 〜スクラップ都市の機化傭兵〜 - 第5話 港への護衛——THREE ROUNDS
本文
港への護衛——THREE ROUNDS
銘の件を、ドクは語らなかった。
『銘は銘。彫った奴の判よ。それより仕事』
それきりだ。聞くなという声だったので、聞かなかった。
依頼はまた、依頼板の残り物だった。護衛の依頼。
ただし割のいい本隊警護は8級から上の席のみで、9級に回るのは列の最後尾しんがりでの荷崩れの番と、置き引きの防止だ。
荷主は塔下再生とうかさいせい。
再生パーツを木箱で三十、港の埠頭までの行程だ。
木箱の中身を、積むときに一つだけ見た。
腕が四本、緩衝材に寝かせてある。どれも継ぎ目が磨き直してあって、値札の代わりに小さな紙が縛りつけてあった。等級と、前の持ち主が何年使ったかが書いてある。
「使ってた人の年数まで書くのか」
『買う側が知りたいのはそこよ。何年動いたかが分かれば、あと何年動くかの見当がつくもの』
この荷の最終的な行き先は、海沿いに三つ先の圏だという。安い身体の需要は、どこの街にもあるものだ。
『輸送は襲われるものよ』
ドクは当然のように言った。
『市場の中は黒名簿で身元確認しているからいいけれど。輸送中の道の上は誰も止めない。だから護衛が商売になるのよ』
「役所は」
『無いわ。この道は、どの圏の縄張りでもないの』
道の上には法が無い、という意味だ。
だから荷を運ぶ側は、法の代わりに人を雇う。ギルドが間に立って、値段を決めて、判を押す。
「じゃあ、襲うほうも」
『同じよ。あっちも雇われ。荷を切って、中身を持ち帰って、日当をもらうの』
雇われた人間と、雇われた人間が、道の上で殴り合う。
どちらの後ろにも、顔を出さない誰かがいる。
金は、きのうあらかた肩に化けている。だが護衛依頼には装備の前貸しがあった。
道具代をギルドが先に貸し、日当から天引きする仕組みだ。
その前貸しで、市場の銃砲屋から弾を三発。五十鈴いすずの再装弾——撃ち殻に火薬を詰め直した品だ。新品は港経由の輸入で、値段はこの倍になる。
『言っておくけど、それ、装薬が弱いわ』
「安いからか」
『詰め直しだからよ。新品の八割も出ない。外装板に当てても、跳ねて終わり』
「じゃあ、どこに当てるんだ」
『私が描くところ』
一発が飯一日半。三発で四日半。数えるだけで腹が減る。それでも空の銃で列に立つのは、看板に嘘を書くのと同じだ。
『撃つ状況にしないのが仕事よ』
「分かってる」
『撃つなら、外さない』
「分かってるよ」
※
夜明け前に積み込み。トラックが二台。前に8級がふたり、屋根に一人。
前を張る8級は、革の上着の女と、無口な大男のふたり組だった。女のほうが俺の認識票を一瞥して言った。
「しんがりの仕事は三つ。見る。鳴く。逃げ道を塞がない。英雄になるな」
「鳴く?」
「来たら叫べってことだよ、新入り」
俺は最後尾の荷台の縁に座って、後ろへ流れていく道を見る係になった。
ドクは同じ縁に腰かけて、脚を組んでいた。今日は丈の長い外套だ。髪は後ろで束ねている。
放棄帯の道は、建物の鉄骨の間を縫って走る。朝焼けが灰色の空を薄く割って、遠くで海が光った。初めて見る色じゃない。だが、近づいていく海は初めてだった。
「海、初めて見るわけじゃないんだけどな」
『でしょうね。それでも近づくのは初めてでしょう。……覚えておきなさい。海際で長生きしたい機化きか者は鯨海げいかいの型を使う。塩は、八洲やしまの樹脂を三年で駄目にするのよ』
視界の端が、また一瞬、妙にきれいに光った。
振り向く。鉄骨の街があるだけだ。
今回は、口に出さなかった。
襲撃は、海が見えてから来た。
前方で何かが破裂して、列が止まる。8級たちが前へ出た。
『後ろ。二人。荷を切りに来る』
振り向くと、鉄骨の陰から二人、走ってきていた。速い。腰が低い。慣れた荷狩りだ。
先頭のやつはでかい。鉈を提げた箱切り役だ。二人目は細身で、右腕だけが胴より艶がいい——北亜ほくあの火力を後付けした腕だった。
『言っておくけど、あの腰は対策してきてるわ。昨日の崩しは通じない』
「じゃあ、別の描いてくれ」
『……いい返事ね』
だから正面はやめた。
荷台の縁を蹴って、箱の山の上へ。高さを取る。
先頭が箱の綱に鉈を入れる。二人目が俺を見上げて、笑った。
腰の後ろから、短い銃身が出てくる。
銃口がこっちを向くのを、生まれて初めて見た。胃の底が浮いた。
『銃!』
『描くわよ』
世界の色が半分抜けて、赤が乗った。
男の右腕——銃を持ち上げてくる、その腕の付け根に、線が一本。
肩の継ぎ目を斜めに横切っている。北亜ほくあの後付けの腕を、胴に留めている場所だ。
ドクは男の真横に立っていた。銃口の前だ。
『そこだけ板が無いわ』
考えるより先に、右腕が上がっていた。
四〇口径。
線の上を撃った。
金属の悲鳴が上がって、短銃が地面に落ちた。
男は自分の腕を見た。肘から先が、ぶら下がったまま動かない。
一発だった。
二人目は腕を抱えて鉄骨の陰へ消えた。先頭は切りかけの箱をひとつ抱えて逃げた。
追わなかった。追うな、と8級に言われていた。しんがりの仕事は、追わないことだ。
『人を撃たずに箱だけ。雇われの荷狩りね』
ドクが静かに言った。
『……恨まれてるのは、荷主のほうよ。たぶん』
※
港は、生きているようだった。
鯨海重工げいかいじゅうこうの紋を掲げたクレーンが並んでいる。灰色の海から、船が一隻ずつ吊り上げられていく。
動いている鉄を見たのは、久しぶりだった。
俺の街の鉄は、動かない。積まれているか、剥がされているかのどちらかだ。
クレーンの腹で管制灯が走り、埠頭の男たちは手首の端末に荷の番号を流し込んでいく。紙は、どこにも無かった。
埠頭の男たちは身体が太い。外装の色も揃っている。ドクが言ったとおりだった。
ドクはクレーンの真下に立っていた。吊り上げられた船が、頭の上を通っていく。
「みんな同じ色だ」
『鯨海げいかいよ。海際の身体は、あれが正解なの』
「八洲やしまじゃ駄目なのか」
『三年で塩に負けるわ。場所が変われば、最適な装備も変わるのよ』
同じ身体でも、置く場所で当たり外れが変わる。
そんなことは、考えたこともなかった。
沿岸行きの船に箱が積まれていくのを、埠頭の端から見届けた。
沖にはもう一回り大きい船が泊まっていた。腹に緑の文字が見える。
「あの船は」
『オウロ・ヴェルジ。月に一度、金属を買い付けに来る南米の会社よ』
俺たちが掘り出した鉄は、こうやって外へ出ていく。船に乗って、俺の知らない場所へ運ばれていく。
海の向こうにも街があって、そこにも身体を売る店があるのだろう。
箱が二十九。ひとつ足りないぶんは、査定から引かれることになる。
※
清算は日暮れの分所だった。
端仕事は日当制で、日雇いの倍ほど。
そこから前貸しの弾二発ぶんが天引きされた。さらに右肘用の銅箔と薬剤の実費が消えた。初弾の反動で、あの緩い軸がまた泣き出したからだ。
締め直しはドクとやるから、手間賃は要らない。ただし部品と薬は店で買うしかない。
残った稼ぎは、日雇いと変わらなかった。
受付の女は指を折って計算しながら、こともなげに言った。
「箱一つで済んで、その顔かい。上出来だよ。初回の護衛なんて、たいてい荷ごと消えるんだ」
「守ったのにな」
『輸送はそういう商売よ。守って当たり前、減ったぶんだけ責められる。——それでも、あの一発は良かったわ』
褒められた、と気づくのに少しかかった。
この女が人を褒めるのを、初めて聞いた。
「……そうかな」
『二回言わせないで』
外へ出ると、日が落ちきっていた。
弾は二発、残っていた。
数えて、初めて数が減っていないことが嬉しかった。
『線の上を撃ったわね』
「あんたが引いたところだ」
『引いたのは私。当てたのはあんたよ』
それきり、ドクは何も言わなかった。
帰りぎわ、依頼板の前で足が止まった。
新しい貼り紙が一枚。
——暴走機化者、討伐。場所、北の解体場。報酬、今日の手取りの十倍。現物回収可。
十倍、の字を三回読んだ。
『駄目よ』
ドクの声が先に言った。俺はまだ、何も言っていない。
剥がしはしなかった。
まだ。
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