第5話 港への護衛——THREE ROUNDS

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/9/6 📚 シリーズ: その腕、天才につき 〜スクラップ都市の機化傭兵〜 📝 3,177文字 ✅ 全年齢

あらすじ

その腕、天才につき 〜スクラップ都市の機化傭兵〜 - 第5話 港への護衛——THREE ROUNDS

本文

港への護衛——THREE ROUNDS

銘の件を、ドクは語らなかった。

『銘は銘。彫った奴の判よ。それより仕事』

それきりだ。聞くなという声だったので、聞かなかった。

依頼はまた、依頼板の残り物だった。護衛の依頼。

ただし割のいい本隊警護は8級から上の席のみで、9級に回るのは列の最後尾しんがりでの荷崩れの番と、置き引きの防止だ。

荷主は塔下再生とうかさいせい。

再生パーツを木箱で三十、港の埠頭までの行程だ。

木箱の中身を、積むときに一つだけ見た。

腕が四本、緩衝材に寝かせてある。どれも継ぎ目が磨き直してあって、値札の代わりに小さな紙が縛りつけてあった。等級と、前の持ち主が何年使ったかが書いてある。

「使ってた人の年数まで書くのか」

『買う側が知りたいのはそこよ。何年動いたかが分かれば、あと何年動くかの見当がつくもの』

この荷の最終的な行き先は、海沿いに三つ先の圏だという。安い身体の需要は、どこの街にもあるものだ。

『輸送は襲われるものよ』

ドクは当然のように言った。

『市場の中は黒名簿で身元確認しているからいいけれど。輸送中の道の上は誰も止めない。だから護衛が商売になるのよ』

「役所は」

『無いわ。この道は、どの圏の縄張りでもないの』

道の上には法が無い、という意味だ。

だから荷を運ぶ側は、法の代わりに人を雇う。ギルドが間に立って、値段を決めて、判を押す。

「じゃあ、襲うほうも」

『同じよ。あっちも雇われ。荷を切って、中身を持ち帰って、日当をもらうの』

雇われた人間と、雇われた人間が、道の上で殴り合う。

どちらの後ろにも、顔を出さない誰かがいる。

金は、きのうあらかた肩に化けている。だが護衛依頼には装備の前貸しがあった。

道具代をギルドが先に貸し、日当から天引きする仕組みだ。

その前貸しで、市場の銃砲屋から弾を三発。五十鈴いすずの再装弾——撃ち殻に火薬を詰め直した品だ。新品は港経由の輸入で、値段はこの倍になる。

『言っておくけど、それ、装薬が弱いわ』

「安いからか」

『詰め直しだからよ。新品の八割も出ない。外装板に当てても、跳ねて終わり』

「じゃあ、どこに当てるんだ」

『私が描くところ』

一発が飯一日半。三発で四日半。数えるだけで腹が減る。それでも空の銃で列に立つのは、看板に嘘を書くのと同じだ。

『撃つ状況にしないのが仕事よ』

「分かってる」

『撃つなら、外さない』

「分かってるよ」

※

夜明け前に積み込み。トラックが二台。前に8級がふたり、屋根に一人。

前を張る8級は、革の上着の女と、無口な大男のふたり組だった。女のほうが俺の認識票を一瞥して言った。

「しんがりの仕事は三つ。見る。鳴く。逃げ道を塞がない。英雄になるな」

「鳴く?」

「来たら叫べってことだよ、新入り」

俺は最後尾の荷台の縁に座って、後ろへ流れていく道を見る係になった。

ドクは同じ縁に腰かけて、脚を組んでいた。今日は丈の長い外套だ。髪は後ろで束ねている。

放棄帯の道は、建物の鉄骨の間を縫って走る。朝焼けが灰色の空を薄く割って、遠くで海が光った。初めて見る色じゃない。だが、近づいていく海は初めてだった。

「海、初めて見るわけじゃないんだけどな」

『でしょうね。それでも近づくのは初めてでしょう。……覚えておきなさい。海際で長生きしたい機化きか者は鯨海げいかいの型を使う。塩は、八洲やしまの樹脂を三年で駄目にするのよ』

視界の端が、また一瞬、妙にきれいに光った。

振り向く。鉄骨の街があるだけだ。

今回は、口に出さなかった。

襲撃は、海が見えてから来た。

前方で何かが破裂して、列が止まる。8級たちが前へ出た。

『後ろ。二人。荷を切りに来る』

振り向くと、鉄骨の陰から二人、走ってきていた。速い。腰が低い。慣れた荷狩りだ。

先頭のやつはでかい。鉈を提げた箱切り役だ。二人目は細身で、右腕だけが胴より艶がいい——北亜ほくあの火力を後付けした腕だった。

『言っておくけど、あの腰は対策してきてるわ。昨日の崩しは通じない』

「じゃあ、別の描いてくれ」

『……いい返事ね』

だから正面はやめた。

荷台の縁を蹴って、箱の山の上へ。高さを取る。

先頭が箱の綱に鉈を入れる。二人目が俺を見上げて、笑った。

腰の後ろから、短い銃身が出てくる。

銃口がこっちを向くのを、生まれて初めて見た。胃の底が浮いた。

『銃!』

『描くわよ』

世界の色が半分抜けて、赤が乗った。

男の右腕——銃を持ち上げてくる、その腕の付け根に、線が一本。

肩の継ぎ目を斜めに横切っている。北亜ほくあの後付けの腕を、胴に留めている場所だ。

ドクは男の真横に立っていた。銃口の前だ。

『そこだけ板が無いわ』

考えるより先に、右腕が上がっていた。

四〇口径。

線の上を撃った。

金属の悲鳴が上がって、短銃が地面に落ちた。

男は自分の腕を見た。肘から先が、ぶら下がったまま動かない。

一発だった。

二人目は腕を抱えて鉄骨の陰へ消えた。先頭は切りかけの箱をひとつ抱えて逃げた。

追わなかった。追うな、と8級に言われていた。しんがりの仕事は、追わないことだ。

『人を撃たずに箱だけ。雇われの荷狩りね』

ドクが静かに言った。

『……恨まれてるのは、荷主のほうよ。たぶん』

※

港は、生きているようだった。

鯨海重工げいかいじゅうこうの紋を掲げたクレーンが並んでいる。灰色の海から、船が一隻ずつ吊り上げられていく。

動いている鉄を見たのは、久しぶりだった。

俺の街の鉄は、動かない。積まれているか、剥がされているかのどちらかだ。

クレーンの腹で管制灯が走り、埠頭の男たちは手首の端末に荷の番号を流し込んでいく。紙は、どこにも無かった。

埠頭の男たちは身体が太い。外装の色も揃っている。ドクが言ったとおりだった。

ドクはクレーンの真下に立っていた。吊り上げられた船が、頭の上を通っていく。

「みんな同じ色だ」

『鯨海げいかいよ。海際の身体は、あれが正解なの』

「八洲やしまじゃ駄目なのか」

『三年で塩に負けるわ。場所が変われば、最適な装備も変わるのよ』

同じ身体でも、置く場所で当たり外れが変わる。

そんなことは、考えたこともなかった。

沿岸行きの船に箱が積まれていくのを、埠頭の端から見届けた。

沖にはもう一回り大きい船が泊まっていた。腹に緑の文字が見える。

「あの船は」

『オウロ・ヴェルジ。月に一度、金属を買い付けに来る南米の会社よ』

俺たちが掘り出した鉄は、こうやって外へ出ていく。船に乗って、俺の知らない場所へ運ばれていく。

海の向こうにも街があって、そこにも身体を売る店があるのだろう。

箱が二十九。ひとつ足りないぶんは、査定から引かれることになる。

※

清算は日暮れの分所だった。

端仕事は日当制で、日雇いの倍ほど。

そこから前貸しの弾二発ぶんが天引きされた。さらに右肘用の銅箔と薬剤の実費が消えた。初弾の反動で、あの緩い軸がまた泣き出したからだ。

締め直しはドクとやるから、手間賃は要らない。ただし部品と薬は店で買うしかない。

残った稼ぎは、日雇いと変わらなかった。

受付の女は指を折って計算しながら、こともなげに言った。

「箱一つで済んで、その顔かい。上出来だよ。初回の護衛なんて、たいてい荷ごと消えるんだ」

「守ったのにな」

『輸送はそういう商売よ。守って当たり前、減ったぶんだけ責められる。——それでも、あの一発は良かったわ』

褒められた、と気づくのに少しかかった。

この女が人を褒めるのを、初めて聞いた。

「……そうかな」

『二回言わせないで』

外へ出ると、日が落ちきっていた。

弾は二発、残っていた。

数えて、初めて数が減っていないことが嬉しかった。

『線の上を撃ったわね』

「あんたが引いたところだ」

『引いたのは私。当てたのはあんたよ』

それきり、ドクは何も言わなかった。

帰りぎわ、依頼板の前で足が止まった。

新しい貼り紙が一枚。

——暴走機化者、討伐。場所、北の解体場。報酬、今日の手取りの十倍。現物回収可。

十倍、の字を三回読んだ。

『駄目よ』

ドクの声が先に言った。俺はまだ、何も言っていない。

剥がしはしなかった。

まだ。

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