第11話 バイオ槽と港——FLESH WARRANTY
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あらすじ
その腕、天才につき 〜スクラップ都市の機化傭兵〜 - 第11話 バイオ槽と港——FLESH WARRANTY
本文
朝の報告は、六時十二分きっかりに降ってきた。琥珀こはくの合成音声だ。
〈身体、三十三ユニット中、稼働三十三。外気温、五度。本日の登録予定——東地区、港湾区〉
「予定まで読み上げるようになったのか」
〈昨夜、ドクがそう登録しました〉
「そうか」
『善は急げって言うでしょう』
ドクは今日は白衣だった。医者の街を見に行く日に、医者の格好をしてくる。
『先に言っておくわ。現金は薄い束だけ。太いのは置いていく』
「わかってる。見せたら狩られる、だろ」
『よろしい』
※
東地区へは、荷台を客席に組み替えた乗合の電動トラックで渡った。
中央を抜けるあいだ、ホロ看板の光が荷台の床を何色にも塗り替えていく。東に入ると光の数が減って、そのぶん道が広くなった。
診療所の通りは、静かだった。
軒先のホロが、ゆっくり回る関節の図を映している。接続医の看板だ。
その並びの一軒は、一階がガラス張りになっていた。
中を見て、俺は足を止めた。
「……おい。人が浮いてるぞ」
緑色の液体で満たされた槽が、三つ並んでいる。真ん中の槽に男が一人、目を閉じて浮かんでいた。脇腹に、張りかけの新しい皮膚が見える。
『バイオ槽よ。生身の傷を、時間をかけて治す水槽』
「生身って……治るのか」
『金と時間があればね』
ドクは槽の色を眺めて、満足そうに頷いた。
『循環の色がいいわ。ここの医者は手を抜いていない』
通りかかっただけで、そこまで分かるらしい。
「西には無いよな、これ」
『一つも無いわ』
『いい? カイ。機化者きかしゃは部品を替えれば翌日には働ける。生身の怪我は、槽で三週間よ』
『港の男たちが脚を機械にするのは、強くなるためじゃないの。早く仕事に戻るためよ』
「……強いからじゃ、ないのか」
『休めば飢える仕事だから、休まない身体にするのよ』
考えたこともなかった。俺は黙って、浮かんでいる男を見た。あの男は三週間ぶんの金を払って、あの水の中で眠っている。
診療所の並びに、医療の器材屋があった。
ドクはそこで、伝熱ゲルの缶と髪より細い透明の管を選んだ。管は二巻き。払うのは俺だった。
用途は言わなかった。
※
東の外れの丘に、旧展望台がある。塔が生きていた頃の観光施設だ。
昇降機が、油の切れた音を立てて鳴りながら、俺たちを持ち上げた。
上に出て、風に当たった瞬間、声が出た。
「……地図と、同じ形だ」
『当たり前でしょう』
五つの区。海。北の縁。西の端に、折れた塔。
工房のモニタで見た形が、そのまま足の下に広がっていた。スクラップの谷は、ここからだと灰色の染みくらいにしか見えない。
展望台には、俺たちの他に身なりのいい客が一組いた。小型のドローンが頭の上に浮いて、客の代わりに景色を撮っている。客が指を向けているのは、折れた塔だった。
「あれを、わざわざ見に来るのか」
『上の観光客には名所なのよ。人類の故郷の、折れた塔』
ドクの声は、いつもより少しだけ平たかった。
俺はもう一度、塔を見た。視線が勝手に、根元へ落ちる。
「なあ。あの下に、本当に何かあるんだよな」
『あるわよ』
『順番を守れば、そのうち拝めるわ。今日は買い物』
※
港湾区は、音から先に来た。
鯨海重工げいかいじゅうこうのクレーンが、波止場に沿って何基も並んでいる。腕の付け根に、社名の判が入っていた。船の腹から吊り上げられたコンテナが、頭の上をゆっくり流れていく。
影が動いて、思わず首をすくめた。視界の隅で、心拍の数字が跳ねた。118。
荷を担いでいた男が笑った。
「線の外にいりゃ、落ちてこねえよ」
男の脚は、胴の倍も太い機械だった。関節が白い蒸気を吐いている。その上に、日焼けした生身の顔が乗っている。着ているのは、脚の太さと不釣り合いな普通のシャツだ。
顔は世間話の顔で笑いながら、脚は一歩で俺の三歩ぶん進む。港の男は、だいたいみんなその形だった。
『見なさい、あの船』
ドクが顎で沖を指した。平たい船に、銀色の板が積み上げられていく。
『上から降ってくるのは、宇宙で壊れた機械よ。この街で剥がして、地金に戻すの。それをまた、上へ売り返すのよ。港の仕事の半分はそれ』
「上って……宇宙か」
『そうよ。この港は、宇宙の解体屋の荷受け口なの』
スクラップの谷で、二年間も物を拾って暮らしてきた。その拾い物の出どころを、俺は今日初めて見た。
クレーンの根元をもっと近くで見ようとして、床の白い線をまたいだ。
途端に、太い機械の脚が二本、目の前に立ちはだかった。揃いの腕章の男たちだ。
「ここから先は、契約者だけだ」
揉める前に、聞き覚えのある声が割って入った。
「——ようフリーの小僧。何しに来た」
肩の広い男が歩いてくる。解体場の元請け、ハリムだ。
嫌味の色は無かった。縄張りの中の知らない顔に、どこの客かを訊く。それだけの声だ。
「買い物だ」
「買い物」
ハリムは俺を上から下まで見て、鼻で笑った。
「9級が港で買い物とは、豪勢だな」
「あんたたちは、港の警備もやるのか」
「鯨海げいかいが金を出して、うちが立つ。ここの治安は、ただじゃない」
「野良のらを狩るより儲かるのか」
「安定してる。船は毎日着くからな」
ハリムは白い線を顎で指した。
「型落ちなら波止場の三筋目だ。今日は鯨海げいかいの払い下げが出てる」
「……助かる」
「線の内側に入るときは、先に声を掛けろ。次に止めるのが、新入りとは限らん」
ハリムの言った三筋目は、露店というより市場だった。
払い下げの箱が台の上に開けられて、油紙の匂いがしている。
ドクの目が、途端に忙しくなった。
『これ。鯨海げいかいの冷却ポンプ。海際仕様は防錆で過剰に作ってあるから、中古でも中身が減っていないの』
ネジの頭を覗き込んで、頷く。
『締めた痕が一度きり。開けられてもいないわ。当たりよ』
二軒先では、八洲やしまの判の入った肩の駆動部を選り分けた。
『この型番の最初のロットは、肉が厚いの。あとのロットで削られたわ』
「同じ型番でか」
『台帳の上ではね。中身は別物。だから、選び方で勝つのよ』
言い値から少し削って、払った。
束をしまうとき、店主の目が俺の手元に一拍だけ残った。
※
工房に戻る頃には、日が落ちていた。
〈本日の購入品を記録します。鯨海げいかいの冷却ポンプ、一。八洲やしまの肩部駆動、一。消耗品、工具——伝熱ゲル、一缶。医療用の管、二巻き〉
〈伝熱ゲルの用途分類を入力してください〉
『保留』
〈了解しました。用途保留の在庫は、これで三件です〉
『数えなくていいのよ』
「なあ。そのゲルと管、俺の身体に使うんだよな」
『さあ、どうかしら』
ドクは缶を覗き込んだまま、楽しそうに笑っただけだった。
冷却ポンプに、肩の駆動。そこまでは、俺にも読める。
伝熱ゲルと、髪より細い管。あの女は俺の身体のどこに、何を通す気なんだ。