第11話 バイオ槽と港——FLESH WARRANTY

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/9/12 📚 シリーズ: その腕、天才につき 〜スクラップ都市の機化傭兵〜 📝 2,675文字 ✅ 全年齢

あらすじ

その腕、天才につき 〜スクラップ都市の機化傭兵〜 - 第11話 バイオ槽と港——FLESH WARRANTY

本文

朝の報告は、六時十二分きっかりに降ってきた。琥珀こはくの合成音声だ。

〈身体、三十三ユニット中、稼働三十三。外気温、五度。本日の登録予定——東地区、港湾区〉

「予定まで読み上げるようになったのか」

〈昨夜、ドクがそう登録しました〉

「そうか」

『善は急げって言うでしょう』

 ドクは今日は白衣だった。医者の街を見に行く日に、医者の格好をしてくる。

『先に言っておくわ。現金は薄い束だけ。太いのは置いていく』

「わかってる。見せたら狩られる、だろ」

『よろしい』

※

 東地区へは、荷台を客席に組み替えた乗合の電動トラックで渡った。

 中央を抜けるあいだ、ホロ看板の光が荷台の床を何色にも塗り替えていく。東に入ると光の数が減って、そのぶん道が広くなった。

 診療所の通りは、静かだった。

 軒先のホロが、ゆっくり回る関節の図を映している。接続医の看板だ。

 その並びの一軒は、一階がガラス張りになっていた。

 中を見て、俺は足を止めた。

「……おい。人が浮いてるぞ」

 緑色の液体で満たされた槽が、三つ並んでいる。真ん中の槽に男が一人、目を閉じて浮かんでいた。脇腹に、張りかけの新しい皮膚が見える。

『バイオ槽よ。生身の傷を、時間をかけて治す水槽』

「生身って……治るのか」

『金と時間があればね』

 ドクは槽の色を眺めて、満足そうに頷いた。

『循環の色がいいわ。ここの医者は手を抜いていない』

 通りかかっただけで、そこまで分かるらしい。

「西には無いよな、これ」

『一つも無いわ』

『いい? カイ。機化者きかしゃは部品を替えれば翌日には働ける。生身の怪我は、槽で三週間よ』

『港の男たちが脚を機械にするのは、強くなるためじゃないの。早く仕事に戻るためよ』

「……強いからじゃ、ないのか」

『休めば飢える仕事だから、休まない身体にするのよ』

 考えたこともなかった。俺は黙って、浮かんでいる男を見た。あの男は三週間ぶんの金を払って、あの水の中で眠っている。

 診療所の並びに、医療の器材屋があった。

 ドクはそこで、伝熱ゲルの缶と髪より細い透明の管を選んだ。管は二巻き。払うのは俺だった。

 用途は言わなかった。

※

 東の外れの丘に、旧展望台がある。塔が生きていた頃の観光施設だ。

 昇降機が、油の切れた音を立てて鳴りながら、俺たちを持ち上げた。

 上に出て、風に当たった瞬間、声が出た。

「……地図と、同じ形だ」

『当たり前でしょう』

 五つの区。海。北の縁。西の端に、折れた塔。

 工房のモニタで見た形が、そのまま足の下に広がっていた。スクラップの谷は、ここからだと灰色の染みくらいにしか見えない。

 展望台には、俺たちの他に身なりのいい客が一組いた。小型のドローンが頭の上に浮いて、客の代わりに景色を撮っている。客が指を向けているのは、折れた塔だった。

「あれを、わざわざ見に来るのか」

『上の観光客には名所なのよ。人類の故郷の、折れた塔』

 ドクの声は、いつもより少しだけ平たかった。

 俺はもう一度、塔を見た。視線が勝手に、根元へ落ちる。

「なあ。あの下に、本当に何かあるんだよな」

『あるわよ』

『順番を守れば、そのうち拝めるわ。今日は買い物』

※

 港湾区は、音から先に来た。

 鯨海重工げいかいじゅうこうのクレーンが、波止場に沿って何基も並んでいる。腕の付け根に、社名の判が入っていた。船の腹から吊り上げられたコンテナが、頭の上をゆっくり流れていく。

 影が動いて、思わず首をすくめた。視界の隅で、心拍の数字が跳ねた。118。

 荷を担いでいた男が笑った。

「線の外にいりゃ、落ちてこねえよ」

 男の脚は、胴の倍も太い機械だった。関節が白い蒸気を吐いている。その上に、日焼けした生身の顔が乗っている。着ているのは、脚の太さと不釣り合いな普通のシャツだ。

 顔は世間話の顔で笑いながら、脚は一歩で俺の三歩ぶん進む。港の男は、だいたいみんなその形だった。

『見なさい、あの船』

 ドクが顎で沖を指した。平たい船に、銀色の板が積み上げられていく。

『上から降ってくるのは、宇宙で壊れた機械よ。この街で剥がして、地金に戻すの。それをまた、上へ売り返すのよ。港の仕事の半分はそれ』

「上って……宇宙か」

『そうよ。この港は、宇宙の解体屋の荷受け口なの』

 スクラップの谷で、二年間も物を拾って暮らしてきた。その拾い物の出どころを、俺は今日初めて見た。

 クレーンの根元をもっと近くで見ようとして、床の白い線をまたいだ。

 途端に、太い機械の脚が二本、目の前に立ちはだかった。揃いの腕章の男たちだ。

「ここから先は、契約者だけだ」

 揉める前に、聞き覚えのある声が割って入った。

「——ようフリーの小僧。何しに来た」

 肩の広い男が歩いてくる。解体場の元請け、ハリムだ。

 嫌味の色は無かった。縄張りの中の知らない顔に、どこの客かを訊く。それだけの声だ。

「買い物だ」

「買い物」

 ハリムは俺を上から下まで見て、鼻で笑った。

「9級が港で買い物とは、豪勢だな」

「あんたたちは、港の警備もやるのか」

「鯨海げいかいが金を出して、うちが立つ。ここの治安は、ただじゃない」

「野良のらを狩るより儲かるのか」

「安定してる。船は毎日着くからな」

 ハリムは白い線を顎で指した。

「型落ちなら波止場の三筋目だ。今日は鯨海げいかいの払い下げが出てる」

「……助かる」

「線の内側に入るときは、先に声を掛けろ。次に止めるのが、新入りとは限らん」

 ハリムの言った三筋目は、露店というより市場だった。

 払い下げの箱が台の上に開けられて、油紙の匂いがしている。

 ドクの目が、途端に忙しくなった。

『これ。鯨海げいかいの冷却ポンプ。海際仕様は防錆で過剰に作ってあるから、中古でも中身が減っていないの』

 ネジの頭を覗き込んで、頷く。

『締めた痕が一度きり。開けられてもいないわ。当たりよ』

 二軒先では、八洲やしまの判の入った肩の駆動部を選り分けた。

『この型番の最初のロットは、肉が厚いの。あとのロットで削られたわ』

「同じ型番でか」

『台帳の上ではね。中身は別物。だから、選び方で勝つのよ』

 言い値から少し削って、払った。

 束をしまうとき、店主の目が俺の手元に一拍だけ残った。

※

 工房に戻る頃には、日が落ちていた。

〈本日の購入品を記録します。鯨海げいかいの冷却ポンプ、一。八洲やしまの肩部駆動、一。消耗品、工具——伝熱ゲル、一缶。医療用の管、二巻き〉

〈伝熱ゲルの用途分類を入力してください〉

『保留』

〈了解しました。用途保留の在庫は、これで三件です〉

『数えなくていいのよ』

「なあ。そのゲルと管、俺の身体に使うんだよな」

『さあ、どうかしら』

 ドクは缶を覗き込んだまま、楽しそうに笑っただけだった。

 冷却ポンプに、肩の駆動。そこまでは、俺にも読める。

 伝熱ゲルと、髪より細い管。あの女は俺の身体のどこに、何を通す気なんだ。

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