第12話 夜市——CASH SMELLS

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/9/13 📚 シリーズ: その腕、天才につき 〜スクラップ都市の機化傭兵〜 📝 2,587文字 ✅ 全年齢

あらすじ

その腕、天才につき 〜スクラップ都市の機化傭兵〜 - 第12話 夜市——CASH SMELLS

本文

日が落ちる時間に、俺たちは逆に出かける支度をしていた。

〈日没まで、四十分。西区の夜間の外出は、推奨しません〉

 琥珀こはくが、壁のどこかから言う。

「知ってる」

〈推奨しない理由を読み上げますか〉

「いい。俺のほうが詳しい」

『今日は夜が本番よ』

 ドクは白衣じゃなかった。丈の長い黒の外套に、髪を下ろしている。

「……あんた、どこで着替えてるんだ」

『さあね』

『回るのは調整屋の通りと、夜市。狙いは消耗品と、掘り出し物』

「掘り出し物って、当てはあるのか」

『無いわ。無いから掘るのよ』

※

 市場街の西の外れに、調整屋と接続屋の並ぶ通りがある。

 シャッターが半分だけ開いて、作業灯の白い光が路地にこぼれていた。ラチェットの音。誰かの脚の駆動を、繰り返し試す音。

 値札は紙だ。西側では、電気より紙のほうが安い。

「パーツ屋と、何が違うんだ」

『パーツ屋は部品を売る。ここは噛み合わせを売るの』

『メーカーは部品を作って、箱に入れて、終わり。あんたの腕と脚が喧嘩しないようにするのは、こういう店の仕事よ』

『傭兵の強さは、部品の値段と調整屋の腕の掛け算。どこの調整屋に通ってるかで、傭兵の格が知れるわ』

「あんたがいれば、要らない店だな」

『あら。言うようになったじゃない』

 通りの奥の一軒で、ドクの足が止まった。

 看板の無い小さな店だ。年寄りが一人、荷担ぎの若い男の膝を診ていた。

 診断機は無い。金属の棒の先を関節に当てて、反対の端を耳に差している。それだけで、膝の中の音を聴いている。

「なあ、あれ——」

『静かに』

 年寄りの手が、足首の締め具から順に、上へ動いていった。膝で終わった。

『……いまの調整屋は、膝から締めるの。教本がそうなってるから』

「爺さんは逆だった」

『そう。足首から。地面に近いほうから』

「どっちが正しいんだ」

『あっちよ』

 ドクはそれきり黙って店の前を離れ、離れ際にもう一度だけ振り返った。

『誰に習ったのかしらねえ』

※

 夜市の入り口は、壁の印で分かる。

 白い蝋石で、三本線に丸。縄張りの合図だ。意味を知らずに入る奴は、出てくるときに財布が軽くなっている。

 路地の口には木箱が置いてあって、前歯の欠けた子供が座っていた。通行料の取り立て役だ。

 小銭を二枚、箱に落とす。子供は俺の顔を見て、一枚返してきた。

「谷の人だろ。顔は知ってる。半額でいい」

「……そうかよ」

 頭の上のどこかで短い口笛が一つ鳴って、遠くで同じ音が返った。客が入った、の合図だ。

 夜市は、発電機の唸りでできていた。

 裸電球の紐が、屋台から屋台へ渡してある。その端で、どこかの店が盗んできたホロ看板が光っていた。映っているのは、関係ない酒の広告だ。台の上は型落ちと剥ぎ取りと、出所を訊いてはいけない箱ばかりだ。

『——止まって』

 ドクが指したのは、鋳物の継手を山に積んだ屋台だった。

『左の奥。百錬ひゃくれんの鍛造の継手が、一個だけ混ざってるわ』

「見ただけで分かるのか」

『継ぎ目が無いもの。型に流して作った物は、どこかに必ず線が残るのよ』

 手に取ると、大きさのわりにずしりと重い。店主は値打ちを知らないまま、消耗品の値段で寄越した。

『足首はこれで決まりね』

 その隣の店は、様子が違った。

 台の上に、揃いの新しい箱が積んである。八洲やしまの純正の判。……箱が、綺麗すぎる。

『触らなくていいわ。全部偽物よ』

『箱の判は八洲やしま。中身はたぶん双十そうじゅう。あんたの台帳を誤魔化してた連中と、同じ匂いがするわ』

 声は落としたつもりだった。それでも、台の奥にいた男がこっちを見た。

 若い男だ。歳は俺と同じくらいに見える。夜市には不釣り合いな、仕立てのいい上着を着ていた。

 男は積んである箱を、一つ取った。確かめるでもなく手の中で回して、元へ戻す。店主の背筋が伸びた。

「玄げんさん。今日の分は、その——」

「あとで」

 男は片手で店主を黙らせて、俺を見た。

 目が、値段を付けていた。顔。認識票。それから、左腕。腕のところで、一拍長く止まった。

「その腕、どこの?」

「拾い物だ」

「へえ」

 男は少しだけ笑った。目は笑っていなかった。

「いい拾い物だ」

 それだけ言って、屋台の奥の暗がりに消えた。

『……行くわよ』

「誰だよ、あれ」

『さあね。ただ、あの店の偽物は、あの男の顔色で売られてる。それだけは確かだわ』

 夜市を出て、二筋も歩かないうちに、ドクが言った。

『カイ。振り返らないで』

『足音が二つ。夜市からずっと、同じ距離で付いてきてるわ』

 隣を歩くドクの足音は、しない。だから後ろの音は、いやでもよく聞こえた。

 二人ぶんの足音。片方は、左足の着き方だけが重い。安い脚は、冷えた夜にこういう音になる。

「……客かもな。帰り道が同じなだけの」

『そうね。なら、道を変えても付いてはこないはずよ』

 次の角を、家とは逆に曲がった。

 足音も、曲がった。

 視界の隅で、心拍の数字が上がっていく。104。……落ち着け。

 ここから先は、俺の側の街だ。二年、ここで生きてきた。

 廃線の高架下を抜ける。

 水路の柵の、外れると知っている一枚を外して、通って、戻す。戻すとき、右膝が小さく軋んだ。

 倉庫と倉庫の隙間の、身体を斜めにしないと通れない抜けを通る。

 それでも足音は、距離を空けたまま切れなかった。素人じゃない。

 最後に、谷の縄張りの路地へ入った。

 頭の上で口笛が変わった。長く一回、短く二回。知らない顔の報せだ。

 俺は足を緩めず、見張りの子供の箱に小銭を落として通った。

 後ろの足音が、蝋石の印の手前で止まった。

 振り返ると、路地の口に人影が二つ、立ったまま動かずにいた。

 縄張りの線の向こうへは、通行料では入れない。知らない顔なら、なおさらだ。それを知っている止まり方だった。

 人影は、来た道へ戻っていった。

※

 工房に戻って、扉の閂を下ろしてから、ようやく息を吐いた。

〈お帰りなさい。心拍、平常域に戻りました〉

「……ただいま」

『さて』

 ドクは整備台の縁に腰かけて、いつもの調子で言った。

『倉庫通いは、しばらくお休みね』

「なんでだ」

『あの二人が確かめたかったのは、あんたの顔じゃないわ。帰る場所と、金の出どころよ』

『9級のフリーが、現金で、当たりの部品ばかり買っていく。出どころを知りたがる人間は、いくらでもいるの』

「……偽物屋か」

『さあね。偽物で食べてる連中は、他人の本物に敏感だけど』

 値踏みの目を思い出す。俺の左腕で、一拍長く止まった目だ。

 あの足音は、誰が寄越したんだ。狙いは金か、倉庫か——それとも、この腕か。

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