第12話 夜市——CASH SMELLS
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あらすじ
その腕、天才につき 〜スクラップ都市の機化傭兵〜 - 第12話 夜市——CASH SMELLS
本文
日が落ちる時間に、俺たちは逆に出かける支度をしていた。
〈日没まで、四十分。西区の夜間の外出は、推奨しません〉
琥珀こはくが、壁のどこかから言う。
「知ってる」
〈推奨しない理由を読み上げますか〉
「いい。俺のほうが詳しい」
『今日は夜が本番よ』
ドクは白衣じゃなかった。丈の長い黒の外套に、髪を下ろしている。
「……あんた、どこで着替えてるんだ」
『さあね』
『回るのは調整屋の通りと、夜市。狙いは消耗品と、掘り出し物』
「掘り出し物って、当てはあるのか」
『無いわ。無いから掘るのよ』
※
市場街の西の外れに、調整屋と接続屋の並ぶ通りがある。
シャッターが半分だけ開いて、作業灯の白い光が路地にこぼれていた。ラチェットの音。誰かの脚の駆動を、繰り返し試す音。
値札は紙だ。西側では、電気より紙のほうが安い。
「パーツ屋と、何が違うんだ」
『パーツ屋は部品を売る。ここは噛み合わせを売るの』
『メーカーは部品を作って、箱に入れて、終わり。あんたの腕と脚が喧嘩しないようにするのは、こういう店の仕事よ』
『傭兵の強さは、部品の値段と調整屋の腕の掛け算。どこの調整屋に通ってるかで、傭兵の格が知れるわ』
「あんたがいれば、要らない店だな」
『あら。言うようになったじゃない』
通りの奥の一軒で、ドクの足が止まった。
看板の無い小さな店だ。年寄りが一人、荷担ぎの若い男の膝を診ていた。
診断機は無い。金属の棒の先を関節に当てて、反対の端を耳に差している。それだけで、膝の中の音を聴いている。
「なあ、あれ——」
『静かに』
年寄りの手が、足首の締め具から順に、上へ動いていった。膝で終わった。
『……いまの調整屋は、膝から締めるの。教本がそうなってるから』
「爺さんは逆だった」
『そう。足首から。地面に近いほうから』
「どっちが正しいんだ」
『あっちよ』
ドクはそれきり黙って店の前を離れ、離れ際にもう一度だけ振り返った。
『誰に習ったのかしらねえ』
※
夜市の入り口は、壁の印で分かる。
白い蝋石で、三本線に丸。縄張りの合図だ。意味を知らずに入る奴は、出てくるときに財布が軽くなっている。
路地の口には木箱が置いてあって、前歯の欠けた子供が座っていた。通行料の取り立て役だ。
小銭を二枚、箱に落とす。子供は俺の顔を見て、一枚返してきた。
「谷の人だろ。顔は知ってる。半額でいい」
「……そうかよ」
頭の上のどこかで短い口笛が一つ鳴って、遠くで同じ音が返った。客が入った、の合図だ。
夜市は、発電機の唸りでできていた。
裸電球の紐が、屋台から屋台へ渡してある。その端で、どこかの店が盗んできたホロ看板が光っていた。映っているのは、関係ない酒の広告だ。台の上は型落ちと剥ぎ取りと、出所を訊いてはいけない箱ばかりだ。
『——止まって』
ドクが指したのは、鋳物の継手を山に積んだ屋台だった。
『左の奥。百錬ひゃくれんの鍛造の継手が、一個だけ混ざってるわ』
「見ただけで分かるのか」
『継ぎ目が無いもの。型に流して作った物は、どこかに必ず線が残るのよ』
手に取ると、大きさのわりにずしりと重い。店主は値打ちを知らないまま、消耗品の値段で寄越した。
『足首はこれで決まりね』
その隣の店は、様子が違った。
台の上に、揃いの新しい箱が積んである。八洲やしまの純正の判。……箱が、綺麗すぎる。
『触らなくていいわ。全部偽物よ』
『箱の判は八洲やしま。中身はたぶん双十そうじゅう。あんたの台帳を誤魔化してた連中と、同じ匂いがするわ』
声は落としたつもりだった。それでも、台の奥にいた男がこっちを見た。
若い男だ。歳は俺と同じくらいに見える。夜市には不釣り合いな、仕立てのいい上着を着ていた。
男は積んである箱を、一つ取った。確かめるでもなく手の中で回して、元へ戻す。店主の背筋が伸びた。
「玄げんさん。今日の分は、その——」
「あとで」
男は片手で店主を黙らせて、俺を見た。
目が、値段を付けていた。顔。認識票。それから、左腕。腕のところで、一拍長く止まった。
「その腕、どこの?」
「拾い物だ」
「へえ」
男は少しだけ笑った。目は笑っていなかった。
「いい拾い物だ」
それだけ言って、屋台の奥の暗がりに消えた。
『……行くわよ』
「誰だよ、あれ」
『さあね。ただ、あの店の偽物は、あの男の顔色で売られてる。それだけは確かだわ』
夜市を出て、二筋も歩かないうちに、ドクが言った。
『カイ。振り返らないで』
『足音が二つ。夜市からずっと、同じ距離で付いてきてるわ』
隣を歩くドクの足音は、しない。だから後ろの音は、いやでもよく聞こえた。
二人ぶんの足音。片方は、左足の着き方だけが重い。安い脚は、冷えた夜にこういう音になる。
「……客かもな。帰り道が同じなだけの」
『そうね。なら、道を変えても付いてはこないはずよ』
次の角を、家とは逆に曲がった。
足音も、曲がった。
視界の隅で、心拍の数字が上がっていく。104。……落ち着け。
ここから先は、俺の側の街だ。二年、ここで生きてきた。
廃線の高架下を抜ける。
水路の柵の、外れると知っている一枚を外して、通って、戻す。戻すとき、右膝が小さく軋んだ。
倉庫と倉庫の隙間の、身体を斜めにしないと通れない抜けを通る。
それでも足音は、距離を空けたまま切れなかった。素人じゃない。
最後に、谷の縄張りの路地へ入った。
頭の上で口笛が変わった。長く一回、短く二回。知らない顔の報せだ。
俺は足を緩めず、見張りの子供の箱に小銭を落として通った。
後ろの足音が、蝋石の印の手前で止まった。
振り返ると、路地の口に人影が二つ、立ったまま動かずにいた。
縄張りの線の向こうへは、通行料では入れない。知らない顔なら、なおさらだ。それを知っている止まり方だった。
人影は、来た道へ戻っていった。
※
工房に戻って、扉の閂を下ろしてから、ようやく息を吐いた。
〈お帰りなさい。心拍、平常域に戻りました〉
「……ただいま」
『さて』
ドクは整備台の縁に腰かけて、いつもの調子で言った。
『倉庫通いは、しばらくお休みね』
「なんでだ」
『あの二人が確かめたかったのは、あんたの顔じゃないわ。帰る場所と、金の出どころよ』
『9級のフリーが、現金で、当たりの部品ばかり買っていく。出どころを知りたがる人間は、いくらでもいるの』
「……偽物屋か」
『さあね。偽物で食べてる連中は、他人の本物に敏感だけど』
値踏みの目を思い出す。俺の左腕で、一拍長く止まった目だ。
あの足音は、誰が寄越したんだ。狙いは金か、倉庫か——それとも、この腕か。