第13話 揃った脚——MATCHED PAIR
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
その腕、天才につき 〜スクラップ都市の機化傭兵〜 - 第13話 揃った脚——MATCHED PAIR
本文
工房の床に、箱が九つ並んだ。
運び込むのに三日かけた。ドクの指図で、毎日ちがう道を通り、ちがう時刻に谷を降りた。倉庫の金の出所を嗅ぎ回っている連中がいるからだ。夜市の帰りに尾けてきた、あの足音の連中。
九つの箱に、換金した地金の半分が化けた。
〈搬入、完了。九箱。内訳、購入品が七、倉庫からの回収品が二〉
琥珀こはくの合成音声が、天井から降ってくる。
『開けるわよ』
ドクは今日も作業着だった。工具帯を腰に二重巻いて、髪はそのまま下ろしている。箱の前にしゃがみ込む横顔が、遠足の朝の子供みたいだった。
一番大きい箱には、脚が入っていた。
百錬ひゃくれんの鍛造フレーム。九年落ちの型落ち。ただし左右で一対、同じ工場の同じ月に生まれた同ロットだ。
「本当に、百錬ひゃくれんなんだよな」
『三回目よ、その質問』
「だって、憧れの銘柄なんだ。市場じゃ、眺めるだけの棚の」
『型落ちにも当たりと外れがある、って言ったでしょう。これは当たり。前の持ち主は港の計量係——重さを支えるだけで、走らなかった脚よ。中は減ってないわ』
あとの箱は、塔下再生とうかさいせいで買った再生品の冷却ポンプ。夜市で買った補修用の軸受。倉庫から出した、被覆の分厚い神経線の束。砂漠の紋の焼き印が入った地金。
最後の箱の底には、旧世代の駆動が二基入っていた。油紙にくるまれて、寝かせてある。
『さ、乗りなさい』
ドクが整備台を叩く真似をした。音は出ない。それでも琥珀は灯りを点けた。
※
整備モードに入るのは、これで三度目だ。
うなじに有線を差して、承認を押す。身体が俺のものでなくなって、意識の水位が一段下がる。二度目までは、ここが怖かった。三度目の今日は、怖さより先に力が抜けた。
〈整備シークエンスに移行します〉
『あぁ——』
ドクが息を吐いた。
『この全能感。たまらないわね』
〈電圧が上がっています〉
『心拍って言いなさいよ、そこは』
〈ドクに心拍はありません〉
『……あんたって子は』
多腕が四本、同時に降りてくる。今日のドクは、いつにも増して機嫌がよかった。理由は分かっている。素材だ。
『いい? 今日は素材がいいの。拾い物の寄せ集めを、騙し騙し繋ぐんじゃないのよ。選んだ部品を、選んだ順番で組むの。生きてるうちだって、こんな贅沢は年に一度もなかったわ』
右の脚が外れる音を、俺は他人事みたいに聞いた。留め具が、順に外れていく。二年間俺を運んだ八洲やしまの右脚が、架台に寝かされた。続いて左。漢陽ハンヤンの鋳物。
拾った日から、右と左は他人同士だった。設計の思想から違うのだと、ドクは言った。歩くたびに右へ三度傾いて、それを腰で誤魔化して二年。
『お疲れさま』
ドクが架台の脚に向かって、短くそう言うのが聞こえた。
それから、新しい脚が来た。
嵌まる音は呆気なかった。口の形が合うからだ。
『端子の口はね、どこの会社の脚でも同じなの。昔、八洲やしまが音頭を取って、端子と電圧を公開の規格にしたのよ。正式な名前は長ったらしいから、みんな八洲やしま規格って呼ぶわ。八洲やしまはね、世界中の機体の口の形を自分の規格で作ったの。だから量産の王様でいられるのよ』
「へえ……道理で、拾い物同士でも嵌まるわけだ」
『そう。だから嵌めた後が商売になるの。傭兵の身体はね、部品の値段と、調整をする人間の腕の掛け算よ。……あんたは後ろの掛け算がタダで最高なんだけど』
膝には、夜市で買った補修の軸受が入った。
〈左膝の軸受、遊びは規定の上限内。判定、可〉
『……上限ぎりぎりね。新品なのに』
「駄目なのか」
『可は可よ。次』
駆動が、旧世代の二基に替わる。神経線は太い束に引き直された。冷却ポンプが、胴の奥に収まる。焼き込みは最後だった。首の奥を、細い熱が降りていく。
〈書き込み、完了。検証、通過。適合率、九六〉
〈持続時間を再計算します。——四秒〉
「四秒?」
声が出た。
『部品が良くなれば、秒は伸びるのよ。三秒はあんたの安物が決めた数字。四秒は、この駆動と神経線が決めた数字』
※
台から降りて、まず驚いた。床が静かだった。一歩ごとの小さな文句が、どこからも聞こえない。
死んだモニタの黒い画面に、俺が映っていた。
太い装甲の脚が二本、同じ顔で立っている。面の角度が揃っているから、灯りが左右で同じに光る。膝の形も、脛の厚みも、足首の段も、右と左で同じだ。その上に、細い生身の胴と、十七の顔が載っている。
機化きかして二年。ずっとちぐはぐだと思っていた眺めが、今日は様になっていた。
「……揃ってる」
『やっとね』
ドクは整備台の縁に腰かけて、脚を組んだ。
『拾った日、醜いって言ったの、覚えてる?』
「忘れるかよ」
『訂正するわ。——見られる機体になったじゃない』
歩いてみると、腰が右に寄った。傾きはもう無いのに、二年ぶんの誤魔化しの癖だけが残っている。走ると、左右の反発が重なる。フレームの奥から、低い唸りが聞こえた。
『同ロットの脚は、癖まで同じなの。放っておくと拍が重なって、フレームが内側から揺れるのよ。——零点(ゼロイン)、取り直すわ。今日のあんたが、新しいゼロ』
唸りが消えるまで、ドクは反発の出る拍を片側ずつ半歩ぶんずらして詰めた。腰の癖だけは残った。
『そこは機械じゃなくて、あんたの稽古の分』
※
『琥珀、座金。今度は四枚よ』
「四枚?」
『——加速(オーバークロック)』
視界の端に、数字が出た。4。
音が伸びた。灯りの中の埃が、浮いたまま落ちてこない。
天井から、座金が回りながら降りてくる。四枚。
一枚。二枚。
3。2。
三枚目。前は、ここで終わった。今日はまだ、数字が残っている。
1。
四枚目に、指が掛かった。
0。
音が戻った。掌の中で、四枚が重なって鳴った。
一瞬だけ、視界の端が歪んだ気がした。……気のせいだ。
膝と肘が中から熱い。視界の隅に、灰色の行が出る。
濾過、負荷24。
前に見た警告は、29だった。
「……軽くなってるのか」
『減衰が減ったのよ。信号が途中で無駄に燃えなければ、濾過に落ちる毒も減るの。いい部品は、速さの後払いまで安くしてくれるってこと』
ドクの声は、隠す気もなく得意そうだった。
※
夜、片付けの途中で気づいた。外した旧世代の駆動の外装の内側に、手彫りの数字がある。
七。
「なあ。この七って」
『七号機。私が生きてたころの、試作の番号よ』
「何の試作だ」
『——秘密』
ドクは笑って、モニタの地図に眼をやった。
『明日は中央へ行くわよ。受験の手続き。あんたの四秒を、広場に売りに行くの』
俺は掌の座金を見た。三秒が、四秒になった。部品が良くなれば、秒は伸びる。
なら——この街でいちばんいい部品は、どこにあるんだ。
地図の西の端。折れた塔の根元に、ドクの視線が止まっていた。