第14話 前日の細工——CHECKSUM FAILED
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あらすじ
その腕、天才につき 〜スクラップ都市の機化傭兵〜 - 第14話 前日の細工——CHECKSUM FAILED
本文
中央の朝は、匂いがしなかった。
油と錆の匂いが無いだけで、別の星に来たような気分になる。通りの上をドローンが列で流れて、ホロ看板が朝から色を変え続けている。行き交う勤め人は、腕も脚も生身だ。うなじの蓋だけが小さく光る。機化きかはしていても、身体は生身のまま。それが中央の普通らしい。
ギルドの本部は、広場の北側に立っていた。
西の分所の三倍はある。壁の一面が電光の板で、依頼と告示が上から下へ流れていく。羅針盤の紋だけは、西の分所と同じ形だった。
西なら、告示は壁の貼り紙だ。紙が電気に変わるだけで、同じ羅針盤がずいぶん立派に見えた。
『手続きは四番の窓口よ。行きなさい』
ドクは電光の下で腕を組んでいた。今日は丈の長い外套だ。
窓口に認識票をかざすと、端末が受験料の額を出した。西の日雇いの十日ぶん。息を呑んだ音を、窓口の男に聞かれた。
「8級挑戦。壁は関せき。明朝十時、広場の櫓」
男は淡々と読み上げた。
「ルールは一本。壁から一本取れば合格。取れなければ、また受験料からだ」
※
広場では、鉄骨の櫓がもう組み上がっていた。
櫓を囲んで観覧席が円く並ぶ。前の列だけ、椅子の色が違う。
『前の列は売り物じゃないのよ。企業が年間で買ってる席。スカウト席——青田買いの椅子ね。合否とは別に、あそこで値札が付くの。渤海ぼっかいあたりは毎年買ってるらしいわ』
「観られながら、値踏みされるのか」
『興行ってそういうものよ。ギルドは場代を取る。街は賭ける。企業は買い付ける。……あんたは、勝つだけ』
観覧席の脇の電光に、明日の受験者が並んでいた。
名前。所属。級。倍率。
所属の欄には、勢力の名前が並んでいる。フリーの二文字は、一つしかなかった。
一番下に、俺がいた。
——カイ。フリー。9級。40。
「よんじゅう?」
声が裏返った。隣の欄の受験者は8だ。その隣は11。
『大穴じゃない。言ったでしょう、稼ぎどきよ』
「大穴って、そんなに取れないもんなのか」
『関せきから一本取った受験者はね、この十年で片手に足りないの。九割は、受験料を置いて帰るだけよ』
言われるまま、賭けの窓口で自分の名前に金を張った。倍率が動かない程度に、少しずつ、三つの窓口に分けて。
窓口を離れるとき、視線を感じた。
広場の反対側。柱の陰に、夜市で俺を値踏みしていた目があった。まばたきの間に、消えた。
※
工房に戻って、最後の点検に入った。
零点の照合は昨日取ったばかりだ。すぐ終わる——はずだった。
〈左膝の軸受。遊びが、昨日から百分の三ミリ広がっています〉
『……新品が、一日で?』
ドクの声が、一段低くなった。
『カイ。左膝を正面から見なさい。——看破(タグ)』
視界に赤い縁取りが灯った。線は膝の刻印の上で細かく折れて、彫りの底をなぞっている。
『彫りの底が丸いわ。百錬ひゃくれんの刻印は鏨たがねで打つの。これは彫りの写し。——刻印は百錬ひゃくれん、中身は双十そうじゅうの偽装品よ』
「……夜市のあれか」
思い出せるのは、売り手の顔じゃなくて手つきだった。慣れた手つきで、隣の正規品と並べて見せられた。
『焼き入れが嘘なの。立ってるだけなら、本物と同じ顔をしてるわ。四秒の負荷をかけたら、割れる。広場のど真ん中で、膝から落ちるところだったのよ』
「検査は通ったじゃねえか」
『上限ぎりぎり、って言ったでしょう。あれが答えだったのよ。静かな検査じゃ剥がれない嘘だったの』
買ったときのことを思い出す。純正(笑)の笑いは、付いていなかった。笑いを付けて売るのが市場の仁義で、付けずに売るのは詐欺だ。
〈参考。双十そうじゅうの跡目が、数日前から西の界隈で動いているという噂があります。名は、玄げん〉
「玄げん……」
夜市の、値踏みの目。今朝の、柱の陰。倉庫の金の出所を嗅ぎ回っている足音。
「俺を狙ったのか? それとも、ただの外れくじを引いただけか」
『さあね。……ただ、偶然にしては役者が揃いすぎだわ』
怒りで指が固まっていた俺の横で、ドクは——笑っていた。
『面白いじゃない。受けて立つわよ』
※
対策はすぐに立った。
一つ。偽物は外す。ただし捨てない。
『これは証拠よ。明日、広場へ持っていくの。笑いを付けずに偽物を売ったんだから、仁義を先に破ったのはあっちよ。表の場で剥がされたら、双十そうじゅうは落とし前を払うしかなくなるわ』
二つ。替えは買いに行かない。作る。
『井上剛三いのうえごうぞうの地金があるでしょう。それと、倉庫の治具。——勘の化石の出番よ』
治具は、手のひらに乗る削られた鉄の台だ。誰の勘を写した化石なのか、俺はまだ聞けていない。
〈工程を計算します。荒削り、仕上げ、焼き入れ、冷まし。十三時間〉
〈試験の受付まで、十四時間です〉
『一時間も余るじゃない』
ドクの声は、計画を語るときの声だった。この人は本当に、こういうときが一番楽しそうだ。
多腕が地金を咥えて、火花が散り始めた。治具に沿って刃が走るたび、砂漠の紋の焼き印が削り落とされていく。数世代前の、不純物の少ない鉄。市場のどの棚にも並んでいない膝が、削り出されていく。
「なあ。俺にできることは」
『寝ること』
「眠れるかよ」
『じゃあ横になってなさい。身体は生身の分から疲れるのよ』
横になって、天井の火花を眺めた。
「なあ。明日勝ったら、次は何だ」
『中央に部屋を借りるのよ。表の顔ってやつ。……その次が、塔』
〈整備記録。対象は横になりましたが、目を閉じていません〉
「言うなよ」
※
目を開けたら、朝だった。いつの間にか寝落ちしていたらしい。
〈焼き入れ、完了。冷却、完了〉
台の上に、鈍い銀色の軸受がひとつ載っていた。触れると、まだ仄かに温かい。刻印は無い。どこの銘柄でもない、名無しの膝だ。
嵌めた。留め具が四つ、順に音を立てた。
立ち上がって、一度だけ屈伸をする。膝は、良好なようだ。
『行くわよ、大穴』
ドクが先に階段を上がっていく。外套の裾が朝の光の中で揺れて——足元の埃だけが、動かなかった。
削りたての膝で、四秒の負荷は保つのか。
答え合わせは、十時の広場だ。