第16話 中央への招待——ROOM WITH A VIEW

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/9/17 📚 シリーズ: その腕、天才につき 〜スクラップ都市の機化傭兵〜 📝 3,611文字 ✅ 全年齢

あらすじ

その腕、天才につき 〜スクラップ都市の機化傭兵〜 - 第16話 中央への招待——ROOM WITH A VIEW

本文

翌朝の工房は、いつもどおりに始まった。

〈起床を確認。六時四分。膝の熱は抜けています。濾過の負荷、正常域〉

『カイ。今日は部屋を借りに行くわよ』

 ドクは死んだモニタの列の前にいた。今日は丈の長いワンピースで、髪を高いところで結んでいる。

「部屋? 工房があるだろ」

『昨日、窓口で言われたでしょう。本部の二階に寄れって。あれは呼び出しじゃなくて、招待よ』

『8級になるとね、指名の依頼が付くようになるの。ギルドは、指名の利く傭兵をすぐ呼べる場所に置いておきたい。だから、本部の裏の通りを一本まるごと借り上げてあるの。それを傭兵に又貸ししているのよ』

「ギルドが大家をやるのか」

『大家は元のままよ。ギルドは間に入って、家賃を少し呑むだけ。ギルドが、商品を店先に並べておくためよ』

「商品って、俺か」

『そうよ。よかったわね、棚に並ぶ身分になって』

 言い方はひどいが、ドクの声は弾んでいた。

『それと、これは約束。倉庫と工房のことは、誰にも言わない。部屋は表の顔。ここは裏の顔よ』

「言われなくても言わねえよ」

『あんたは言わないでしょうね。でも中央には、聞き出すのが商売の人間がいるのよ』

※

 初めて入った本部の二階は、西の分所と同じ組織とは思えなかった。

 床が鳴らない。壁の電光が、依頼の数字を静かに流している。紙が、一枚も無い。

 窓口の奥の事務方は、俺の認識票を端末に当てた。それから、ホロの地図を宙に出した。

「仮住まいの通り。8級以上への斡旋だ。いま空きは三部屋」

「借りると、何をさせられるんだ」

「何も。指名が入ったら、一時間で顔を出せること。決まりはそれだけだ」

 地図の中で、本部の裏手の通りが一本、明るくなっていた。

 外へ出て、その通りへ歩いた。

 昼前の中央は、音が多い。ホロ看板が、頭の上で値段を差し替えている。配達のドローンは、列を作って飛んでいく。白襟しろえりの勤め人が、こめかみの端子を押さえて早足に追い抜いていった。

 路地を一本、近道に入ったときだった。

 頭の上で、金属が鳴った。

 非常階段の手すりを蹴って、誰かが目の前に降ってきた。

 細い身体に、不釣り合いに太い機械の腕が二本。袖のない上着の背に、蜂の意匠。

 昨日、柵から吊り出されていった少女だった。

「見つけた。名乗らずに消えた大穴」

「……昨日の」

「ホーネットのシュリ。エース候補。覚えなさい」

 少女は名乗ると同時に、両の前腕から短い刃を二本、滑り出させた。

「昨日の一本、まぐれか本物か、確かめる。構えなさい」

「ここは路地だぞ」

「あたしの流儀は速さ。あんたの流儀は?」

「——一本で終わり。落ちたら追撃なし。参ったも有り。それでいいなら」

「リングの流儀ね。乗った」

 言い終わる前に、来た。

 速い。二本の刃が、右、左、右と、拍を割って入ってくる。

『受けなさい。昨日の壁の真似をしてみるといいわ』

 言われて、昨日の関せきを思い出した。腕を上げて、前腕で受ける。受けるたびに、腕の芯が軋む。三合目で分かった。この連撃は、当てるためじゃなく、崩すために振っている。

 相手の四合目の右が、深く入りすぎている。

 シュリの肩が泳いで、機械の腕の付け根の継ぎ目が、こっちを向く。

 俺は一歩だけ踏み込んで、その継ぎ目に、掌を置いた。

「——ここまで」

 シュリが止まった。

 止まったまま、自分の肩と、俺の掌を順番に見た。継ぎ目は、装甲のいちばん薄い場所だ。本気で打っていれば、そこで終わっていた。

「…………今のは無し! 路地が狭かった!」

「そうか」

「それと、あんたが変な受け方をした! 壁の真似なんて聞いてない!」

「注文が多いな」

 シュリは刃を納めて、機械の腕を組んだ。頬が膨れている。怒っているのに、どこか楽しそうに見えるのは、なんでなんだ。

「次はリングでやる。ちゃんとした場で、立会を付けて。逃げたら追い回すから」

「逃げねえよ」

「……名前」

「カイ」

「カイ。二十六倍のカイね。覚えた」

 言い残して、シュリは来たときと同じ非常階段へ跳んだ。機械の脚が、手すりを三段飛ばしに蹴って消えていく。嵐みたいな奴だった。

『ふふ』

「なんだよ」

『嫌われてはいないみたいね、あんた』

「どこがだよ。追い回すって言われたぞ」

『そういうところがよ』

 ドクは笑うだけで、それ以上は説明しなかった。

※

 拍手が二つ、路地の入口から聞こえた。

 小柄な子が立っていた。生身だ。首から端末を二つ提げて、肩掛けの鞄。歳は俺と同じくらいに見える。

「いい見世物だった。売れる絵よ、いまの」

「……誰だ」

「タマキ。アバカスの見習い。情報屋のほう」

 タマキは端末の一つを持ち上げて、読み上げた。

「カイ。8級、昨日づけ。仮住まいの斡旋、空きは三部屋。——これから内見でしょ。案内、要る?」

「なんで知ってるんだ」

「知ってるのが商売だもの。案内料は初回無料。あんた、値上がりしそうだから、いまのうちに恩を売っとく」

 一軒目の前で、タマキは建物を見上げて、家賃を先に言い当てた。事務方の端末の数字と、端まで同じだった。

「相場どおりの値付け。ただし、ここの大家は月初に機嫌が悪い。払いは五日過ぎてからのほうが、話が通る」

「なんで分かるんだ」

「集金の記録が荒れるのが、毎月あたまだから。……次」

 二軒目は、通りの角のいい場所だった。

「ここは相場より一割高い。角の部屋は指名待ちに人気だから。金があるなら、悪くない部屋よ」

 三軒目は、通りの奥の、細い建物だった。

「ここがいちばん安い。理由は窓。——西向きだから」

「西向きだと、安いのか」

「中央の人間は、西を見たがらないの」

 部屋に上がると、窓の向こうに屋根の連なりが見えた。その連なりの果てに、折れた塔が立っている。昼の光の中でも、あそこだけ色が無い。

 ドクが窓枠に腰かけて、外を見ていた。何も言わなかった。

「ここでいい」

「本気? ……ま、安いのはいいことよ」

 タマキは大家との顔つなぎまでやってくれた。

 契約は端末に指を当てるだけで済んで、紙は最後まで一枚も出てこなかった。

「案内料、本当に要らないのか」

「言ったでしょ、恩を売るって。あたしの眼はね、物と人の値段が分かるの。あんたは——」

 タマキは俺を上から下まで見て、少しだけ首を傾げた。

「……珍しい。あんたにはまだ、誰も値段を付けてない。そういう物は、上がる前に押さえるのが商売よ」

「俺は物か」

「褒めてるの。それと、これはおまけ」

 タマキは端末を一つ振った。

「昨日の広場の大口、気になってるでしょ。窓口の記録は、非公開になってた。誰かが手数を払って、閉じてる」

「……なんでそれを、俺に」

「気分」

 それだけ言って、タマキは人混みに消えた。

※

 夕方、荷物を運んだ。運ぶと言っても、背負い袋一つで終わった。

 部屋には寝台と、小さい流しと、窓が一つ。西向きの窓から、暮れていく街に灯が入るのが見えた。中央の灯は白と七色だ。西の果てへ行くほど、灯は減って暗くなっていく。

 日が落ちてから、鈴余すずよと忌那いなが通りまで来た。払い戻しで勝った金で、夕飯を奢るという。どこで聞きつけたのか、タマキまで当たり前の顔で並んでいた。

「情報屋は、誘われたら断らないの」

「誘ってない」

 通りの入口の屋台で、湯気の立つ麺を四人で食った。鈴余すずよは、昨日の一本を三回も身振りでやり直した。忌那いなは、黙って麺を追加していた。騒がしくて、悪くない夜だった。

 解散して、三人が通りの奥へ帰っていくのを見送った。

※

 俺は、部屋には戻らなかった。

 通りを外れて、灯の減るほうへ歩く。

 ホロ看板が尽きて、配線の切れた街灯が増える。やがて道は、壁の貼り紙と手書きの値札の世界になる。このあたりまで来ると、店の品書きは紙だ。電気が無いからだ。

 遠くで口笛が一つ、長く鳴って消えた。谷の見張りの合図だ。西のハズレの夜が、いつもどおりに始まっている。

 工房の扉を開けると、灯りが点いた。

〈お帰りなさい〉

 琥珀こはくの声が降ってくる。

〈本日より、あなたの帰る場所は二箇所になりました。記録の呼び分けを決めてください〉

「呼び分け?」

〈中央の部屋と、当工房です。どちらを「家」と記録しますか〉

 少し考えて、考えるのをやめた。

「両方だ」

〈……記録の様式にありません〉

「作れよ、様式」

〈新しい様式を作成します。前例の無い運用です〉

 文句を言いながら、琥珀はどこか嬉しそうに聞こえた。気のせいかもしれない。

『さて』

 ドクが整備台の横で、指を折っていた。

『金。装備。級。部屋。——揃ったわね』

 四本目まで折られた指が、止まる。

「次は、塔か」

『次は塔よ。順番どおり』

「なあ。あの塔の下には、結局、何があるんだ」

『……そうね』

 ドクは折りかけの五本目の指を、開いたまま、しばらく見ていた。

『それを確かめるための、金と、装備と、級と、部屋よ』

「答えになってねえよ」

『なってるわよ。——潜れば分かるわ』

 整備台に寝転がって、天井の多腕を見上げた。

 この天井の向こう、西の暗がりの先に、あの塔は立っている。

 二十年、誰にも開けられなかった扉の向こうには——何が眠っているんだろう。

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