第16話 中央への招待——ROOM WITH A VIEW
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あらすじ
その腕、天才につき 〜スクラップ都市の機化傭兵〜 - 第16話 中央への招待——ROOM WITH A VIEW
本文
翌朝の工房は、いつもどおりに始まった。
〈起床を確認。六時四分。膝の熱は抜けています。濾過の負荷、正常域〉
『カイ。今日は部屋を借りに行くわよ』
ドクは死んだモニタの列の前にいた。今日は丈の長いワンピースで、髪を高いところで結んでいる。
「部屋? 工房があるだろ」
『昨日、窓口で言われたでしょう。本部の二階に寄れって。あれは呼び出しじゃなくて、招待よ』
『8級になるとね、指名の依頼が付くようになるの。ギルドは、指名の利く傭兵をすぐ呼べる場所に置いておきたい。だから、本部の裏の通りを一本まるごと借り上げてあるの。それを傭兵に又貸ししているのよ』
「ギルドが大家をやるのか」
『大家は元のままよ。ギルドは間に入って、家賃を少し呑むだけ。ギルドが、商品を店先に並べておくためよ』
「商品って、俺か」
『そうよ。よかったわね、棚に並ぶ身分になって』
言い方はひどいが、ドクの声は弾んでいた。
『それと、これは約束。倉庫と工房のことは、誰にも言わない。部屋は表の顔。ここは裏の顔よ』
「言われなくても言わねえよ」
『あんたは言わないでしょうね。でも中央には、聞き出すのが商売の人間がいるのよ』
※
初めて入った本部の二階は、西の分所と同じ組織とは思えなかった。
床が鳴らない。壁の電光が、依頼の数字を静かに流している。紙が、一枚も無い。
窓口の奥の事務方は、俺の認識票を端末に当てた。それから、ホロの地図を宙に出した。
「仮住まいの通り。8級以上への斡旋だ。いま空きは三部屋」
「借りると、何をさせられるんだ」
「何も。指名が入ったら、一時間で顔を出せること。決まりはそれだけだ」
地図の中で、本部の裏手の通りが一本、明るくなっていた。
外へ出て、その通りへ歩いた。
昼前の中央は、音が多い。ホロ看板が、頭の上で値段を差し替えている。配達のドローンは、列を作って飛んでいく。白襟しろえりの勤め人が、こめかみの端子を押さえて早足に追い抜いていった。
路地を一本、近道に入ったときだった。
頭の上で、金属が鳴った。
非常階段の手すりを蹴って、誰かが目の前に降ってきた。
細い身体に、不釣り合いに太い機械の腕が二本。袖のない上着の背に、蜂の意匠。
昨日、柵から吊り出されていった少女だった。
「見つけた。名乗らずに消えた大穴」
「……昨日の」
「ホーネットのシュリ。エース候補。覚えなさい」
少女は名乗ると同時に、両の前腕から短い刃を二本、滑り出させた。
「昨日の一本、まぐれか本物か、確かめる。構えなさい」
「ここは路地だぞ」
「あたしの流儀は速さ。あんたの流儀は?」
「——一本で終わり。落ちたら追撃なし。参ったも有り。それでいいなら」
「リングの流儀ね。乗った」
言い終わる前に、来た。
速い。二本の刃が、右、左、右と、拍を割って入ってくる。
『受けなさい。昨日の壁の真似をしてみるといいわ』
言われて、昨日の関せきを思い出した。腕を上げて、前腕で受ける。受けるたびに、腕の芯が軋む。三合目で分かった。この連撃は、当てるためじゃなく、崩すために振っている。
相手の四合目の右が、深く入りすぎている。
シュリの肩が泳いで、機械の腕の付け根の継ぎ目が、こっちを向く。
俺は一歩だけ踏み込んで、その継ぎ目に、掌を置いた。
「——ここまで」
シュリが止まった。
止まったまま、自分の肩と、俺の掌を順番に見た。継ぎ目は、装甲のいちばん薄い場所だ。本気で打っていれば、そこで終わっていた。
「…………今のは無し! 路地が狭かった!」
「そうか」
「それと、あんたが変な受け方をした! 壁の真似なんて聞いてない!」
「注文が多いな」
シュリは刃を納めて、機械の腕を組んだ。頬が膨れている。怒っているのに、どこか楽しそうに見えるのは、なんでなんだ。
「次はリングでやる。ちゃんとした場で、立会を付けて。逃げたら追い回すから」
「逃げねえよ」
「……名前」
「カイ」
「カイ。二十六倍のカイね。覚えた」
言い残して、シュリは来たときと同じ非常階段へ跳んだ。機械の脚が、手すりを三段飛ばしに蹴って消えていく。嵐みたいな奴だった。
『ふふ』
「なんだよ」
『嫌われてはいないみたいね、あんた』
「どこがだよ。追い回すって言われたぞ」
『そういうところがよ』
ドクは笑うだけで、それ以上は説明しなかった。
※
拍手が二つ、路地の入口から聞こえた。
小柄な子が立っていた。生身だ。首から端末を二つ提げて、肩掛けの鞄。歳は俺と同じくらいに見える。
「いい見世物だった。売れる絵よ、いまの」
「……誰だ」
「タマキ。アバカスの見習い。情報屋のほう」
タマキは端末の一つを持ち上げて、読み上げた。
「カイ。8級、昨日づけ。仮住まいの斡旋、空きは三部屋。——これから内見でしょ。案内、要る?」
「なんで知ってるんだ」
「知ってるのが商売だもの。案内料は初回無料。あんた、値上がりしそうだから、いまのうちに恩を売っとく」
一軒目の前で、タマキは建物を見上げて、家賃を先に言い当てた。事務方の端末の数字と、端まで同じだった。
「相場どおりの値付け。ただし、ここの大家は月初に機嫌が悪い。払いは五日過ぎてからのほうが、話が通る」
「なんで分かるんだ」
「集金の記録が荒れるのが、毎月あたまだから。……次」
二軒目は、通りの角のいい場所だった。
「ここは相場より一割高い。角の部屋は指名待ちに人気だから。金があるなら、悪くない部屋よ」
三軒目は、通りの奥の、細い建物だった。
「ここがいちばん安い。理由は窓。——西向きだから」
「西向きだと、安いのか」
「中央の人間は、西を見たがらないの」
部屋に上がると、窓の向こうに屋根の連なりが見えた。その連なりの果てに、折れた塔が立っている。昼の光の中でも、あそこだけ色が無い。
ドクが窓枠に腰かけて、外を見ていた。何も言わなかった。
「ここでいい」
「本気? ……ま、安いのはいいことよ」
タマキは大家との顔つなぎまでやってくれた。
契約は端末に指を当てるだけで済んで、紙は最後まで一枚も出てこなかった。
「案内料、本当に要らないのか」
「言ったでしょ、恩を売るって。あたしの眼はね、物と人の値段が分かるの。あんたは——」
タマキは俺を上から下まで見て、少しだけ首を傾げた。
「……珍しい。あんたにはまだ、誰も値段を付けてない。そういう物は、上がる前に押さえるのが商売よ」
「俺は物か」
「褒めてるの。それと、これはおまけ」
タマキは端末を一つ振った。
「昨日の広場の大口、気になってるでしょ。窓口の記録は、非公開になってた。誰かが手数を払って、閉じてる」
「……なんでそれを、俺に」
「気分」
それだけ言って、タマキは人混みに消えた。
※
夕方、荷物を運んだ。運ぶと言っても、背負い袋一つで終わった。
部屋には寝台と、小さい流しと、窓が一つ。西向きの窓から、暮れていく街に灯が入るのが見えた。中央の灯は白と七色だ。西の果てへ行くほど、灯は減って暗くなっていく。
日が落ちてから、鈴余すずよと忌那いなが通りまで来た。払い戻しで勝った金で、夕飯を奢るという。どこで聞きつけたのか、タマキまで当たり前の顔で並んでいた。
「情報屋は、誘われたら断らないの」
「誘ってない」
通りの入口の屋台で、湯気の立つ麺を四人で食った。鈴余すずよは、昨日の一本を三回も身振りでやり直した。忌那いなは、黙って麺を追加していた。騒がしくて、悪くない夜だった。
解散して、三人が通りの奥へ帰っていくのを見送った。
※
俺は、部屋には戻らなかった。
通りを外れて、灯の減るほうへ歩く。
ホロ看板が尽きて、配線の切れた街灯が増える。やがて道は、壁の貼り紙と手書きの値札の世界になる。このあたりまで来ると、店の品書きは紙だ。電気が無いからだ。
遠くで口笛が一つ、長く鳴って消えた。谷の見張りの合図だ。西のハズレの夜が、いつもどおりに始まっている。
工房の扉を開けると、灯りが点いた。
〈お帰りなさい〉
琥珀こはくの声が降ってくる。
〈本日より、あなたの帰る場所は二箇所になりました。記録の呼び分けを決めてください〉
「呼び分け?」
〈中央の部屋と、当工房です。どちらを「家」と記録しますか〉
少し考えて、考えるのをやめた。
「両方だ」
〈……記録の様式にありません〉
「作れよ、様式」
〈新しい様式を作成します。前例の無い運用です〉
文句を言いながら、琥珀はどこか嬉しそうに聞こえた。気のせいかもしれない。
『さて』
ドクが整備台の横で、指を折っていた。
『金。装備。級。部屋。——揃ったわね』
四本目まで折られた指が、止まる。
「次は、塔か」
『次は塔よ。順番どおり』
「なあ。あの塔の下には、結局、何があるんだ」
『……そうね』
ドクは折りかけの五本目の指を、開いたまま、しばらく見ていた。
『それを確かめるための、金と、装備と、級と、部屋よ』
「答えになってねえよ」
『なってるわよ。——潜れば分かるわ』
整備台に寝転がって、天井の多腕を見上げた。
この天井の向こう、西の暗がりの先に、あの塔は立っている。
二十年、誰にも開けられなかった扉の向こうには——何が眠っているんだろう。
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