風、凪ぐ頃6
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あらすじ
学科は満点、実技が苦手 そんな悩みが卒業試験で露呈、不合格になってしまった凪 補習過程に移行した彼に待っているのは…… アマツを母とする戦後170年の物語。
本文
第二十五話 できないこと
八月。
教育隊。
午前。
第一演習場。
訓練用が三機並んでいた。
今日は機体同士の連携訓練。
二機一組で、障害物のある市街地を想定した演習を行う。
「今回の課題は。」
教官が説明する。
「味方機との連携だ。」
「速く動く必要はない。」
「互いの位置を把握しろ。」
「以上。」
◇
凪の相手は拓真だった。
「よろしく。」
「よろしくお願いします。」
二人はそれぞれ《神威》へ搭乗する。
《生体認証》
《脳波同期開始》
視界が広がる。
人工筋肉が静かに収縮する。
「演習開始。」
◇
市街地訓練区画。
崩れた建物。
狭い道路。
倒れた電柱。
二機はゆっくり進んでいく。
「凪。」
通信が入る。
『右側、確認頼む。』
「了解。」
凪は右方向を確認する。
異常なし。
そのまま前進。
だが。
交差点へ差しかかった瞬間。
二機の歩幅が僅かに合わなかった。
肩部装甲が軽く接触する。
「止まれ。」
教官の声が響く。
演習終了。
◇
格納庫。
二人は機体を降りる。
教官が端末を見る。
「大きな減点ではない。」
「だが。」
「互いを見過ぎた。」
凪は静かに聞いていた。
「連携とは。」
「相手に合わせ続けることではない。」
「自分の動きも相手へ伝えることだ。」
「はい。」
◇
昼休み。
食堂。
陽菜が苦笑する。
「難しかった?」
「はい。」
凪は頷く。
「一人なら動けます。」
「ですが。」
「二人になると。」
「難しいです。」
拓真が笑った。
「俺も同じ。」
「そうなの?」
「相手に合わせようとし過ぎる。」
「結局、二人とも遠慮するから動けなくなる。」
凪は少し考え込む。
「遠慮……。」
◇
午後。
座学。
教官が黒板へ一枚の写真を映した。
そこには実戦部隊の《ハヤテ》が映っている。
前席。
後席。
二人の搭乗員。
「この二人。」
「何年一緒に飛んでいると思う。」
誰も答えない。
「十二年だ。」
教室が静まる。
「連携は。」
「一日ではできない。」
「毎日の積み重ねだ。」
凪は写真を見つめる。
初任務で乗せてもらった《ハヤテ》。
朝比奈の操縦。
通信。
あの息の合った動き。
十二年。
その時間があった。
◇
夕方。
資料館。
閉館後。
凪は展示されている古い写真を見ていた。
歴代の隊員たち。
肩を並べて笑っている。
アマツが隣へ来る。
「今日は難しい顔をしていますね。」
「はい。」
「私は。」
「まだ誰かと息を合わせるのが苦手です。」
アマツは写真へ視線を向ける。
「私もそうでした。」
「母さんもですか。」
「ええ。」
「昔。」
「全部一人でやろうとしていました。」
凪は少し驚く。
「ですが。」
「人は一人では生きられません。」
「だから。」
「少しずつ。」
「誰かを信じることを覚えました。」
◇
夜。
資料館の窓から基地の灯りが見える。
整備員が歩く。
警備隊が巡回する。
司令部では、まだ灯りが消えていない。
誰も一人では働いていない。
誰かがいて。
その誰かを、また別の誰かが支えている。
凪は窓を閉める。
「母さん。」
「はい。」
「私も。」
「時間をかけてみます。」
アマツは穏やかに頷いた。
「急がなくて大丈夫です。」
「信頼は。」
「積み重ねるものですから。」
凪も静かに頷く。
八月の夜風が、資料館の庭をゆっくりと吹き抜けていった。
ーーー
第二十六話 支える手
八月。
午前。
教育隊演習場。
空は高く澄み渡り、強い日差しがグラウンドを照らしていた。
本日の課目は、山岳救助訓練。
負傷者役を安全地帯まで搬送する総合演習である。
教官が地図を広げた。
「四人一組。」
「状況を判断しながら行動しろ。」
「救助は速さだけではない。」
「安全を維持することも任務だ。」
「開始。」
◇
凪たち四人は山道を進む。
先頭は拓真。
続いて陽菜。
凪。
最後尾は美琴だった。
森の中は風が弱く、蝉の声だけが響いている。
「負傷者発見。」
陽菜が声を上げた。
倒木の横に訓練用人形が置かれている。
「担架を展開します。」
凪が静かに準備を始める。
その時だった。
「きゃっ!」
後方から短い声が響く。
振り返ると、美琴が足を滑らせ、小さな斜面へ膝をついていた。
「大丈夫!」
陽菜が駆け寄ろうとする。
「待ってください。」
凪が静かに制止した。
「地面が崩れています。」
全員が足元を見る。
確かに、斜面の土が少しずつ崩れていた。
もし全員で近付けば、さらに崩れる可能性がある。
拓真も頷く。
「凪。」
「どうする。」
凪は周囲を見回した。
一本の太い木。
救助ロープ。
担架。
訓練で学んだ内容が頭の中で繋がる。
「拓真さん。」
「はい。」
「木へロープを固定してください。」
「陽菜さん。」
「美琴さんへ声を掛け続けてください。」
「了解。」
二人はすぐに動き始めた。
◇
「美琴さん。」
凪は斜面の上から声を掛ける。
「動けますか。」
「足は大丈夫。」
「でも。」
「滑りそう。」
「分かりました。」
凪はロープを腰へ固定する。
「私が降ります。」
教官は少し離れた場所から静かに見守っていた。
止めない。
この程度なら安全管理の範囲内だった。
◇
ゆっくりと斜面を降りる。
一歩。
また一歩。
足場を確認しながら近付く。
「手を。」
美琴が凪の手を握る。
「ありがとうございます。」
「立てますか。」
「うん。」
凪は焦らず体勢を整える。
ロープを軽く張る。
「拓真さん。」
「お願いします。」
上からゆっくり引かれる。
二人は慎重に斜面を登り切った。
「終了。」
教官の声が響いた。
◇
演習終了後。
教官が四人の前へ立つ。
「救助は適切だった。」
「特に。」
「全員が同時に動かなかった判断は良い。」
凪は静かに聞いている。
「凪。」
「はい。」
「何故止めた。」
「二次災害を避けるためです。」
「そうだ。」
教官は頷いた。
「急ぐことより。」
「事故を増やさないこと。」
「その判断ができた。」
「よく覚えていた。」
「ありがとうございます。」
◇
休憩時間。
木陰。
美琴がスポーツドリンクを差し出した。
「ありがとう。」
「助かった。」
凪は首を横に振る。
「皆さんがいたからです。」
陽菜が笑う。
「またそうやって一人で褒められない。」
拓真も苦笑する。
「今回は凪の判断だった。」
「認めろ。」
凪は少し考えた。
「……はい。」
その返事に三人は顔を見合わせる。
「今の。」
陽菜が笑う。
「少しだけ素直だった。」
凪は首を傾げる。
「そうでしょうか。」
「うん。」
「前なら『私は当然のことをしただけです』って言ってた。」
美琴も微笑む。
「今日はちゃんと『はい』って言えた。」
凪は自分でも気付かなかった変化に、小さく目を瞬かせた。
◇
夕方。
資料館。
閉館後。
庭の花壇へ水をやるアマツの隣で、凪もじょうろを持っていた。
「今日は。」
アマツが尋ねる。
「何を学びましたか。」
凪は花へ水を注ぎながら答える。
「助ける時は。」
「急ぐことより。」
「安心させることが大切でした。」
アマツは穏やかに微笑んだ。
「それは。」
「昔から変わらない教えです。」
花壇の白い花が夕風に揺れる。
凪はその様子を静かに眺めた。
人を支えるということは。
特別な力を持つことではない。
相手が安心して、その手を預けられること。
その意味を、今日の演習で少しだけ理解できた気がしていた。
夏の夕暮れは、ゆっくりと基地を茜色へ染めていった。
ーーー
第二十七話 九月の風
九月。
沖縄本島北部。
朝。
窓を開けると、柔らかな風が資料館へ吹き込んできた。
真夏の熱気は少しだけ和らぎ、空には高い雲が流れている。
庭では蝉の声が減り、代わりに秋の虫の音が聞こえ始めていた。
凪は庭木へ水をやりながら空を見上げる。
「季節が変わりましたね。」
アマツも同じ空を見上げる。
「ええ。」
「沖縄の秋は短いですが。」
「風はちゃんと教えてくれます。」
◇
教育隊。
朝礼。
教官が全員を見渡した。
「本日より九月課程へ移行する。」
端末の画面が切り替わる。
教育隊 後期課程
文字が映し出された。
「今月からは。」
「個人技術だけではない。」
「部隊運用を学ぶ。」
「教育隊は卒業が目的ではない。」
「現場へ送り出すことが目的だ。」
凪は静かに画面を見つめた。
「補習課程も同様だ。」
「理解しておけ。」
「はい。」
◇
午前。
教室。
壁一面に沖縄周辺海域の立体地図が映し出されている。
教官が指示棒を動かした。
「これが外縁独立機動部隊の担当区域だ。」
沖縄本島。
宮古島。
石垣島。
さらに沖合には巨大な六角形の人工島が表示される。
「第五戦隊。」
「第六戦隊。」
「第七戦隊。」
「いずれもメガフロート都市型移動拠点である。」
凪は端末へ記録を取る。
「平時は洋上基地。」
「災害時は前進司令部。」
「有事には洋上補給拠点となる。」
教官は続ける。
「お前たちが配属されれば。」
「本島勤務とは限らない。」
「海の上で勤務する可能性もある。」
教室が少しざわついた。
◇
休憩時間。
陽菜が海図を見つめる。
「メガフロートって。」
「街みたいなんでしょ?」
拓真が頷く。
「整備工場。」
「病院。」
「学校。」
「全部あるらしい。」
「一つの海上都市だな。」
凪は静かに海図を見ていた。
「海の上の基地……。」
その言葉に、美琴が笑う。
「行ってみたい?」
「はい。」
「実際に見てみたいです。」
◇
午後。
訓練場。
今日から新しい課目が始まる。
「指揮通信演習。」
教官が端末を掲げた。
「現場では。」
「見える情報だけで判断してはいけない。」
「見えない仲間と情報を共有する。」
「それも任務だ。」
凪は自然と背筋を伸ばす。
通信支援。
初任務で経験した役割だった。
「今日は凪。」
教官が言う。
「指揮通信を担当しろ。」
「了解しました。」
◇
演習終了。
教官は評価表へ記入する。
「通信。」
「良好。」
「状況把握。」
「良好。」
「報告。」
「良好。」
凪は敬礼する。
「ありがとうございました。」
教官は静かに頷いた。
「お前は。」
「前へ出るより。」
「後ろから全体を見る方が向いている。」
「その長所を伸ばせ。」
「はい。」
◇
夕方。
資料館。
閉館後。
凪は今日配られた海図を机へ広げていた。
沖縄本島。
離島。
そして洋上に浮かぶ三つのメガフロート。
「母さん。」
「はい。」
「いつか。」
「ここへ行く日が来るのでしょうか。」
アマツは海図を覗き込み、小さく微笑む。
「きっと来ます。」
「外縁独立機動部隊は、一つの基地だけではありません。」
「広い海を守る組織です。」
凪は海図の一番北に描かれた第七戦隊へ指を置く。
まだ見たことのない海。
まだ会ったことのない隊員たち。
知らない景色が、その先には広がっている。
窓の外では、九月の風が静かに木々を揺らしていた。
その風は、新しい季節の始まりと、新しい一歩を優しく告げているようだった。
ーーー
第二十八話 海上都市
九月。
早朝。
外縁独立機動部隊基地。
まだ日の昇りきらない飛行場に、一機の大型輸送機が駐機していた。
教育隊の隊員たちが次々と乗り込んでいく。
教官が点呼を取る。
「本日の目的地。」
「第七戦隊メガフロート基地。」
「現地研修を実施する。」
「見学ではない。」
「現場を学ぶ時間だ。」
「了解!」
◇
輸送機はゆっくりと滑走路を走り始める。
機体が浮き上がる。
窓の外には沖縄本島北部の森が広がっていた。
やがて海へ出る。
青く澄んだ海面には、朝日が細かく反射している。
陽菜が窓へ顔を近付ける。
「やっぱり何度見ても海はきれいだね。」
拓真も頷いた。
「今日は天気もいい。」
凪も静かに外を見つめる。
どこまでも続く海。
陸地はもう見えなくなっていた。
◇
一時間後。
「見えてきた。」
教官の声で全員が窓を見る。
海の向こうに、小さな島のような影が浮かんでいる。
しかし近付くにつれ、その姿は大きく変わっていく。
巨大な六角形。
何本もの岸壁。
滑走路。
格納庫。
高層の司令棟。
住宅区画。
病院。
学校。
港湾施設。
まるで一つの街が、そのまま海へ浮かんでいるようだった。
「……。」
凪は思わず息を呑む。
「これが。」
「第七戦隊……。」
◇
輸送機はゆっくりと着陸する。
タラップが降ろされると、潮の香りを含んだ風が吹き込んできた。
「ようこそ。」
迎えてくれたのは、第七戦隊所属の女性士官だった。
紺色の制服に、海上勤務章を付けている。
「教育隊の皆さんですね。」
「私は第七戦隊副官、白石です。」
「本日は案内を担当します。」
教官が敬礼する。
「よろしくお願いします。」
◇
基地内を歩く。
道幅は広く、電動車両が静かに行き交っていた。
整備員。
医療隊。
通信隊。
補給隊。
制服は違っても、全員が忙しく働いている。
「ここは常時三千人以上が勤務しています。」
白石が説明する。
「災害時には一万人以上を受け入れることも可能です。」
陽菜が目を丸くする。
「本当に街なんだ……。」
「はい。」
「ここだけで生活が完結できます。」
◇
格納庫。
巨大なシャッターが開く。
そこには十数機の《ハヤテ》が整然と並んでいた。
整備用クレーン。
交換用バックパック。
予備の人工筋肉ユニット。
二十年運用されてきた機体とは思えないほど、美しく整備されている。
凪は一機の《ハヤテ》を見上げた。
「毎日飛んでいるのですか。」
白石は頷く。
「ええ。」
「救助。」
「輸送。」
「離島支援。」
「哨戒。」
「この基地では、一日として飛ばない日はありません。」
◇
その時だった。
館内放送が流れる。
『第七戦隊飛行隊各機。』
『緊急発進準備。』
『北方海域にて漁船一隻が機関故障。』
『救助支援を実施する。』
格納庫の空気が一瞬で変わる。
整備員が走る。
搭乗員がヘルメットを受け取る。
《ハヤテ》の胸部ハッチが次々と開いていく。
「研修は続けます。」
白石は落ち着いて言った。
「ですが。」
「これが現場です。」
◇
エンジン始動。
背部推進器が展開する。
人工筋肉が低く唸る。
一機。
また一機。
《ハヤテ》が格納庫を歩き始めた。
凪はその姿を静かに見送る。
誰も慌てていない。
誰も大声を出さない。
それでも全員が、自分の役割を理解して動いていた。
◇
夕方。
帰りの輸送機。
陽菜は疲れたように座席へもたれていた。
「今日だけで。」
「世界が広がった気がする。」
拓真も窓の外を見ながら頷く。
「現場って、想像以上だったな。」
凪は静かに海を見つめる。
洋上に浮かぶ第七戦隊が、夕日に照らされて小さくなっていく。
あの基地にも。
多くの人が暮らし、多くの人が誰かを支えている。
「いつか。」
凪は小さく呟く。
「私も、あの場所で働いてみたいです。」
その声を聞いた教官は、何も言わず小さく頷いた。
九月の海は穏やかだった。
その水平線の向こうには、凪がまだ知らない景色と、これから出会う仲間たちが静かに待っていた。
ーーー
第二十九話 持ち帰った景色
九月。
教育隊。
朝。
研修から戻った翌日。
いつもと変わらないラッパが基地へ響く。
整列。
点呼。
朝礼。
景色は昨日までと同じだった。
しかし、凪には少しだけ違って見えた。
整備員が工具を運ぶ。
補給車両が倉庫へ向かう。
通信アンテナが静かに回転する。
誰も目立たない。
それでも、一人ひとりが基地を支えている。
第七戦隊で見た光景と重なっていた。
◇
午前。
教室。
教官が前へ立つ。
「昨日の研修。」
「何を学んだ。」
静かな教室。
「順番に答えろ。」
陽菜が立ち上がる。
「規模の大きさです。」
「一つの基地というより、一つの街でした。」
「そうだ。」
次は拓真。
「整備体制です。」
「常に複数機が飛べるよう準備されていました。」
教官は頷く。
「その通り。」
最後に凪。
「はい。」
「凪。」
「何を見た。」
凪は少し考える。
「人です。」
教室が静かになる。
「続けろ。」
「飛行隊。」
「整備隊。」
「補給隊。」
「医療隊。」
「通信隊。」
「全員が。」
「自分の仕事を理解し。」
「互いを信頼していました。」
教官は腕を組む。
「それだけか。」
「はい。」
「それだけです。」
しばらく沈黙が流れた。
やがて教官は静かに言った。
「良い答えだ。」
◇
午後。
総合演習。
今日は初めて指揮班を中心とした訓練だった。
教官が命じる。
「凪。」
「指揮通信担当。」
「了解しました。」
仮想地図が端末へ映る。
救助班。
輸送班。
偵察班。
それぞれの位置が表示される。
「救助班。」
「予定より三分遅れています。」
「輸送班へ支援を要請します。」
通信を送る。
『了解。』
画面の部隊が動き始める。
◇
十分後。
演習終了。
教官が結果を確認する。
「救助完了まで。」
「予定より一分短縮。」
「通信遅延。」
「ゼロ。」
教官は凪を見る。
「理由は分かるか。」
「第七戦隊で見ました。」
「現場は。」
「一人で動いていませんでした。」
「情報も。」
「一人で持っていませんでした。」
「だから。」
「全員へ伝えました。」
教官は静かに頷く。
「現場を見た意味があったようだ。」
◇
夕方。
資料館。
閉館後。
アマツは展示室の照明を落としていた。
「母さん。」
「はい。」
「第七戦隊では。」
「誰も急いでいませんでした。」
「ですが。」
「誰一人、止まってもいませんでした。」
アマツは静かに微笑む。
「それが。」
「組織というものです。」
凪は展示されている古い集合写真を見る。
何百人もの隊員。
一人ひとりの名前は知らない。
それでも。
誰か一人が欠ければ、この写真は完成しない。
「私は。」
「前に立つ人ではありません。」
凪が言う。
「ですが。」
「誰かを支える人にはなれると思いました。」
アマツは穏やかに頷いた。
「凪さん。」
「はい。」
「その言葉を。」
「きっと多くの人が喜びます。」
◇
夜。
資料館を出る。
基地本部の灯りは、まだ消えていない。
司令部。
整備棟。
通信室。
病院。
今日も誰かが働いている。
凪は立ち止まり、静かに敬礼した。
その敬礼は、名前も知らない誰かへ向けたものだった。
一人では守れない。
だから人は支え合う。
その当たり前のことを、凪は少しずつ自分の言葉として理解し始めていた。
九月の夜風は穏やかに吹き抜け、基地の灯りを静かに包み込んでいた。
作品統計
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