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第4話 客間の小妖精

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/9/4 📚 シリーズ: フェルン館のメイドは今日も手一杯 📝 5,136文字 ✅ 全年齢

あらすじ

貴族フェルン家に仕える住み込みメイド、セラ・ミルト。飛び抜けて器用ではないけれど面倒見が良く、頼まれごとには何でも即答してしまう性分。主人一家に振り回され、時にはドジも重ねながら、新人指導や屋敷の困りごとを人と人の繋がりでほどいていく。小妖精の噂も囁かれるこの屋敷で、セラは今日も手一杯の一日を駆け回る、心温まる日常物語。

本文

客間の拭き掃除に入ったのは、朝の光がまだ廊下に長い影を落としている時刻だった。

「先輩、灰皿がありません」

暖炉のそばにしゃがみ込んでいたエルシーが振り返った。セラは棚の埃を払う手を止めた。

「あー、多分どこかに置いたままだと思うよ。昨日も使ったから」

「昨日、ここで?」

「うん、旦那様のお客様がいらした時に」

そう言いながら記憶をたどる。灰皿を下げて、それから――そこから先が思い出せない。

「まあ、そのうち出てくるでしょ」

軽く言って、また埃を払い始めた。

だがその日の午後、客間を使ったリディアが、置いていたはずの刺繍枠が見当たらないと言い出した。そして翌朝、来客用に用意していた小さな置き時計が、棚から消えていた。

「三つも?」

洗濯場で洗濯物を畳みながら、ノーラが眉を上げた。

「灰皿と、刺繍枠と、時計」

「誰かの悪戯にしちゃ、地味すぎない」

「地味かな」

「地味でしょ。金目の物なら分かるけど。灰皿なんて盗んで何になるのよ」

セラは畳んだシーツを籠に入れながら、灰皿のことを思い返した。あの時、確かに手に持っていた。持って、それから客間を出て、廊下を歩いて、それから。

そこから先の記憶が、すとんと抜けている。

「あたしが、どこかに置き忘れたのかも」

「灰皿はともかく、刺繍枠も時計も、あんたが触ったの」

「刺繍枠は……多分。時計は、分からない」

自信のない声になった。ノーラがこちらをじっと見る。

「マルタさんに言った方が早いんじゃない」

「うーん、そこまでのことでもないと思う」

言いながら、セラは自分の手元へ視線を落とした。籠の中のシーツを、意味もなく撫でつける。

「あたしのせいなら、あたしが探して戻せばいいことだし」

「そう言うと思った」

ノーラは肩をすくめて、それ以上は何も言わなかった。

その日の仕事が一段落した後、セラは一人で客間へ戻った。

窓から差す午後の光が、床に長い影を落としている。棚、暖炉のそば、テーブルの下。膝をついて覗き込んでも、埃と木目が見えるだけだった。

「灰皿……灰皿……」

呟きながら、この部屋を出た時の自分の足取りを頭の中でなぞってみる。灰皿を持って、扉を出て、廊下を――そこで、確か誰かに呼び止められた。誰だったか。

思い出せないまま、セラは棚の引き出しを一つずつ開けていった。布巾、蝋燭、古い便箋。灰皿はない。

刺繍枠は椅子の下にもない。テーブルの陰にもない。

窓辺のカーテンの裾を持ち上げてみたところで、廊下から声がした。

「セラさん」

振り返ると、下男のトーマが戸口に立っていた。手には薪の束を抱えている。暖炉の薪を運んでくる途中らしかった。

「あ、トーマさん。お疲れ様です」

「何か、捜し物ですか」

セラは一瞬迷って、それから小さく笑った。

「うん、ちょっと。灰皿とか、刺繍枠とか、時計とか。この部屋から消えちゃって」

「三つも」

「そう、三つも」

トーマは薪を暖炉のそばへ下ろしながら、部屋を見回した。

「僕も、探すの手伝いましょうか」

「いいよ、大丈夫。トーマさんは薪の仕事があるでしょ」

「今日はもう、これで最後です」

そう言って、トーマは薪の束を置き終えると、何も言わずにテーブルの下を覗き込み始めた。

セラは少し戸惑って、その背中を見た。断ったつもりだったが、トーマは気にする様子もなく、部屋の隅の飾り棚に手を伸ばしている。

「……ありがとう」

小さく言うと、トーマは振り返らずに答えた。

「いえ」

それだけだった。

二人で捜し始めてしばらく、部屋の中には物を動かす音と、時折交わす短い言葉だけが響いた。

「刺繍枠、こっちにはないですね」

「うん、あたしの方にも」

トーマが暖炉の灰をかき分けるようにして中を覗き込んだ。セラはカーテンの裏の隙間に手を入れて探った。

窓の外で、鳥の声がした。

「セラさん」

トーマが暖炉の脇にしゃがんだまま声を上げた。

「これ、灰皿じゃないですか」

薪の陰、灰がかぶさった場所に、確かに灰皿の縁が覗いていた。セラは駆け寄って引っ張り出した。灰をかぶって薄汚れているが、間違いなくそれだった。

「あった……! でも、なんでこんなところに」

「灰を落とす時に、一緒に滑り落ちたのかもしれません」

「かもしれない、けど」

セラは灰皿を手にしたまま、首をひねった。灰皿を持って部屋を出たはずの記憶と、暖炉の脇に落ちていた事実が、うまく繋がらない。

「まあ、見つかったから、いいか」

そう言って、灰皿を布で拭った。

刺繍枠は、結局その日のうちには見つからなかった。時計も、同じだった。

「明日、また探そう」

セラは客間の扉を閉めながら呟いた。トーマは薪の燃えさしを片づけながら頷いた。

「はい」

翌朝、客間の掃除に入ったセラは、棚の上に見覚えのある小さな置き時計が戻っているのを見つけた。

「……あれ?」

昨日、どれだけ探しても見当たらなかった場所に、それはあった。まるで最初からそこにあったかのように、埃ひとつなく。

隣で箒を動かしていたエルシーが、こちらの視線を追って棚を見た。

「先輩、それ」

「昨日は、絶対なかったのに」

セラは時計を手に取った。針は止まっていない。誰かが持ち出して、戻したような形跡もない。

「小妖精の悪戯かな」

軽く言ったつもりだったが、口にしてから、あながち冗談でもない気がしてきた。フェルン館では、時々そういう話を耳にする。物がなくなって、しばらくすると何事もなかったように戻っている。そんな話を、子供の頃バルトから聞いた覚えもあった。

エルシーは半信半疑の顔で棚を見つめた。

「本当にいるんですか、そういうの」

「さあ。でも、いてもおかしくないと思うよ、この館なら」

そう言って、セラは時計を棚の元の位置へそっと戻した。

刺繍枠は、それから二日経っても見つからなかった。

「刺繍枠だけ、律儀に返してくれないんだ」

セラは苦笑しながら、リディアの部屋へ向かう廊下を歩いた。手には、代わりに用意した予備の枠を持っている。館の物置に眠っていた、使われていない一枠だった。

奥様の部屋の扉をノックすると、すぐに返事があった。

「奥様、刺繍枠の件で、ご報告に参りました」

「あら、見つかったの」

「それが……申し訳ございません、まだ見当たらなくて。代わりに、こちらをお使いいただければと」

セラは予備の枠を差し出した。リディアはそれを受け取り、しげしげと眺めた。

「あら、悪くないじゃない。今使っていたものより、むしろ手に馴染むかもしれないわ」

軽やかな笑い声に、セラは肩の力が少し抜けるのを感じた。

「見つかりましたら、すぐにお持ちします」

「いいのよ、無理して探さなくても。物には、物の行きたい先というのがあるのかもしれないし」

リディアはそう言って、悪戯っぽく笑った。セラはその言葉に、小さく頭を下げた。

灰皿の一件については、セラ自身にも思い当たる節があった。

その晩、洗濯場の隅でエルシーと繕い物をしながら、セラはぽつりと切り出した。

「灰皿、多分あたしのせいだと思う」

エルシーが手を止めた。

「先輩の?」

「うん。持って部屋を出た記憶はあるのに、その後どこに置いたか、全然思い出せなくて。多分、暖炉の掃除の時に、うっかり落としたんだと思う」

言いながら、セラは自分の中の記憶の抜け方を、改めて情けなく思った。誰かに何かを頼まれて、灰皿を持ったまま返事をして、それから――多分そこで、意識がそっちに向いてしまったのだ。

「刺繍枠と、時計は」

「あれは、多分あたしじゃない」

セラは針を動かしながら答えた。

「刺繍枠、あたしはあの日、触った覚えがないの。時計も、掃除の時にちょっと位置をずらしたくらいで」

「じゃあ」

「多分、半分くらいは、あたしの不注意。残りは、この館に住んでる何かの仕業」

エルシーは針を持つ手を止めたまま、じっとセラを見た。

「本当にいるんでしょうか、小妖精」

「分からない。でも、どっちにしても」

セラは繕い物を膝の上に置いて、小さく息をついた。

「あたしの分は、あたしの責任。灰皿を落として、探すのに手間取らせた。それは、ちゃんと謝らなきゃ」

翌日、セラはマルタの元へ向かった。

侍女長室の扉を叩くと、マルタが書き物の手を止めてこちらを見た。

「セラ、何かあったのかい」

「客間の灰皿の件で、ご報告と、謝罪に参りました」

セラは背筋を伸ばして続けた。

「灰皿を、あたしの不注意で暖炉の脇に落としてしまったようです。探すのに二日かかって、お客様にもご不便をおかけしました。申し訳ございません」

マルタは眼鏡の奥からセラをじっと見た。

「刺繍枠と時計のことも聞いているよ」

「はい。あちらは、あたしが触った覚えのないものです。ただ、灰皿については、確実にあたしの落ち度です」

「探すのに、誰か手を貸してくれたのかい」

「トーマさんが、手伝ってくれました」

マルタはしばらく黙って、それから小さく頷いた。

「灰皿の件は分かった。今後は、物を持ったまま返事をする時は、一度置いてからにおし」

「はい、気をつけます」

「刺繍枠のことは、まあ、この館には昔からそういう話があるからね」

マルタは軽く肩をすくめた。それ以上は、追及しなかった。

その日の夕方、セラは薪小屋の前でトーマを見つけた。

「トーマさん」

薪を積んでいたトーマが振り返る。

「この間は、ありがとう。灰皿探すの、手伝ってくれて」

「いえ、大したことは」

「大したことだよ。一人であの部屋、ずっと探してたら、多分もっと長くかかってた」

トーマは薪を一本、束の上に置きながら、少し照れたような顔をした。

「僕、掃除は得意じゃないので、探し物くらいしか役に立てないですから」

「それが十分助かったの」

セラは笑った。トーマも、つられたように小さく笑い返した。

「先輩は、いつも一人でやろうとしますね」

唐突な言葉に、セラは瞬きをした。

「……そうかな」

「みんな、そう言ってます。悪気はないですけど」

トーマはそれだけ言うと、薪の束を持ち直し、薪小屋の奥へ入っていった。

セラはしばらくその場に立ったまま、何も言えずにいた。

その日の夜、洗濯場の片づけを終えたセラは、誰もいない客間にもう一度立ち寄った。

棚の上の時計は、変わらずそこにあった。刺繍枠の代わりの枠も、隅にきちんと置かれている。灰皿は、綺麗に拭き上げてテーブルの上に戻してあった。

窓の外は、もうすっかり暗い。

セラは椅子に座って、部屋をぐるりと見回した。

灰皿を落としたのは、多分あたしの不注意。刺繍枠と時計は、多分違う何か。どっちがどっちか、はっきりとは分からないまま、部屋はいつも通りに戻っている。

それでいいのかもしれない、とふと思った。

全部を自分のせいにして抱え込む必要もないし、全部を何かのせいにして知らん顔をするのも、違う気がする。

自分の落ち度は、自分で認めて、謝って、片づける。それ以外の部分は、分からないままにしておいてもいい。

窓の外で、かすかに何かが動いたような気がした。振り返っても、何もない。ただ、カーテンが夜風にわずかに揺れていただけだった。

セラは立ち上がり、部屋の灯りを落とした。扉を閉める前に、もう一度だけ棚を見た。時計の針は、静かに時を刻んでいる。

廊下へ出ると、ちょうど反対側からトーマが通りかかった。

「まだ残ってたんですか」

「うん、最後に一回だけ、見ておきたくて」

「見つかりましたか」

「灰皿は、ちゃんと戻せた。刺繍枠と時計のことは、まあ、分からないままだけど」

トーマは小さく頷いた。

「一人で全部背負わなくても、いいと思いますよ」

思いがけない言葉に、セラは一瞬、返す言葉を探した。

「……うん。今回は、そう思えた」

短いやり取りのあと、二人はそれぞれの持ち場へ向かって、静かな廊下を分かれて歩いていった。

翌朝、洗濯場に顔を出したセラに、ノーラが開口一番に聞いてきた。

「刺繍枠、結局出てきたの」

「ううん、まだ」

「気にならない?」

「気にはなるけど……まあ、そのうち出てくるか、出てこないままか、どっちかでしょ」

ノーラは目を丸くした。

「あんたにしちゃ、随分あっさりしてるじゃない」

「そう?」

セラは洗濯物の山に手をかけながら、少し考えた。

「灰皿の分は、自分でちゃんと片づけたから。それ以外は、あたしの手には余る話な気がして」

「へえ」

ノーラは肩をすくめて、それ以上は突っ込まなかった。

隣で洗濯物を畳んでいたエルシーが、ふと顔を上げた。

「先輩、また今度、何かあったら、あたしにも手伝わせてくださいね」

セラはその言葉に、少し驚いてから、笑った。

「うん。……お願いするかも」

そう言いながらも、次に何か頼まれごとが重なったら、きっとまた一人で抱え込んでしまうのだろう、という気もしていた。それが分かっていても、今日のところは、これでいい気がした。

洗濯物の湯気の向こうで、朝の光が白く差し込んでいた。

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作者について

ぽいたん

自作のAI執筆ソフトで作成しています。 想像を創造出来るように...。 ※作品はAI生成作品です。

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