第29話 最高傑作
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
異世界と東京が繋がって35年。区役所「異世界住民課」で働く天野勇は、定時退庁を愛する平凡な公務員。だがある日、テロ事件に巻き込まれ、うっかり「勇者」に選ばれてしまう! 発現した能力は、空間をつなぎ合わせるだけの地味なもの。世間からは「ハズレ勇者」と哂われるが……実は空間操作を駆使した常識破りの最強スキルだった!? コンビニスイーツ中毒のエルフ聖騎士アイリスと共に、勇は世界の危機と“残業”に立ち向かう! 「僕はただ、定時で帰ってアニメを見たいだけなのに!」 オタク公務員が二つの世界を繋ぐ、現代×異世界ファンタジー! ※本作品は「カクヨム」「あいぺん」にて同時掲載しています。
本文
鳴り響く警報、バグり散らした空間の歪み、そして目の前に立ち塞がる最新鋭の兵器群。新宿ゲートの中枢は、完全に僕のキャパシティをオーバーした混沌に包まれていた。
「アマノ殿、下がれ! ここは私が防波堤となる!」
アイリスが精霊剣を構え、重装甲ドローンが放つ銃弾を剣撃で弾き飛ばす。
だが、その美しい顔には明らかな焦りの色がにじんでいた。それもそのはず、彼女の剣に宿るはずの風の精霊が、周囲を埋め尽くす漆黒の魔力によって窒息しかけていたからだ。
「くっ……! 精霊の呼びかけへの応答が鈍い。まるで大気そのものが濁った油に変わってしまったかのようだ!」
「 僕のディバイド・ルーラーも同じだ。空間がグニャグニャにバグっているせいで、思ったように空間計算ができない!」
「ハハハ! どうした、ハズレ勇者! 頼みの綱の小賢しい計算も、世界が崩壊する混沌の前ではただの無駄骨だったな!」
グラハム・レイノスが、制御コンソールの奥から僕たちを指差して笑う。
彼の合図によって、重装甲ドローンが一斉にフォーメーションを組み直した。その銃口から放たれたのは、先ほどまでの黒魔石の弾丸ではない。純粋な高エネルギーのレーザーだ。
「アイリス、伏せて!」
計算がブレるのを覚悟で、僕は右手の聖痕を強引に起動した。
「ディバイド(境界分離)!!」
一瞬、僕たちの目の前の空間がねじれ、レーザーの光条が屈折して左右の壁へと逸れていく。しかし、その代償は一瞬で僕の脳へと返ってきた。
「が、はっ……!?」
頭が割れそうな激痛。鼻から生温かいものが垂れる感覚がした。
歪んだ空間を無理やり書き換えようとした反動だ。完全に脳がオーバーヒートを起こしている。
「アマノ殿!」
「大丈夫……。ただ、これ以上の空間操作は、僕の脳みそがスクランブルエッグになっちゃうな……」
「不吉な例えはやめろ! しっかりするのだ、アマノ殿!」
アイリスが僕の肩を支えるが、状況は最悪の一言だった。僕たちの手詰まりを見透かしたように、グラハムがさらに追い打ちをかける。
「やはり君たちはその程度か。頭脳戦気取りの限界だな。だが、我が社のテクノロジーは、混沌すらも制御下に置く。見せてあげよう、この計画の真なる切り札を」
グラハムが制御コンソールのキーを叩くと、プラントの床が大きく割れた。そこからせり上がってきたのは、外で親父たちが戦っているサイボーグ魔王を凌駕するほどの大型機甲戦闘人形だった。
「な、なんだあれは一体。サイボーグ魔王とは違うのか……」
それは、レイノス・インダストリーのサイバネティクス技術の最高傑作であり、醜悪極まる鉄の塊だった。人形の胸部にある紫色のコアが不気味に明滅し、漆黒の魔力をさらに吸い上げていく。その圧倒的な火力と威圧感は、外にいるサイボーグ魔王以上である。
「この戦闘人形が最高にして最強の切り札なんだよ! ロートルどもが外で戦っているサイボーグ魔王は、所詮は単なるデータ収集用でしかないんでね。」
「ギ、ギギ……ターゲット、確認……。排除、開始……」
合成音声のような不快な音が人形の頭部から発せられる。
次の瞬間、その人形が信じられない速度で動いた。
「はっ――」
アイリスが反応して剣を盾のように構えたが、人形の鋼鉄の拳が彼女の精霊剣を真っ向から叩き伏せた。凄まじい衝撃音が響き、アイリスの身体が軽々と吹き飛んで床を転がる。
「アイリス!」
「くっ……、なんというパワーだ……! しかも、この人形……!」
アイリスが床に手をつきながら、驚愕の声を漏らす。
人形の腕部――アイリスの剣撃を受けて火花を散らしたはずの装甲が、まるで生き物のようにウニウニとうごめき、一瞬で元の綺麗な金属光沢を取り戻していた。
「……自己再生能力……!?」
「その通りだ。我が社のナノマシンテクノロジーと、魔王の持つ超常的な細胞再生力を融合させた。どんなに傷をつけようと、コアが破壊されない限り一瞬で修復される。無敵のスペックだよ」
グラハムが勝ち誇ったように腕を組む。圧倒的な火力、そして無限の自己再生。
僕の空間能力によるサポートが封じられ、アイリスの精霊剣も通じないとなれば、僕たちにこの怪物を倒す手段は残されていない。
重装甲ドローンが僕たちを包囲し、戦闘人形がじりじりと距離を詰めてくる。
赤いレーザーの照準が、僕とアイリスの胸元に何本も重なった。
「さて、チェックメイトだ、ハズレ勇者。君の自慢の空間計算で、この状況を打開する答えは残されているかな?」
グラハムの冷酷な宣告が中枢プラントに響く。ドローンの銃口が、エネルギーチャージを始めて、高音を鳴らした。
アイリスが僕の前に立ち、ボロボロになりながらも剣を構え直す。彼女の背中は小さく震えていたが、それでも僕を守ろうとする意思だけは折れていなかった。
……本当に、ここで終わりなのか?
僕は自分の右手を見つめた。35年前に人々を救った名もなき勇者たちにあやかって親父が付けてくれた『勇』という名前。
そして『世界を本当に繋ぐ力だ』言ってくれた、この地味な空間能力。
頭の痛みが、怒りと共に少しずつ引いていく感覚があった。脳細胞が極限状態の中で奇妙なほど冷徹に、そして静かに回転を始める。
「……いや、まだだ。計算が成立しないなら、計算のルールそのものを変えればいい」
僕はボロボロの身体を無理やり引き起こし、アイリスの隣に並んだ。絶望的に勝てる未来が見えない敵を前にして、僕の心は不思議なほど冷静さを取り戻していた。
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