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第6話 お嬢様は朗読が怖い

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/9/5 📚 シリーズ: フェルン館のメイドは今日も手一杯 📝 4,999文字 ✅ 全年齢

あらすじ

貴族フェルン家に仕える住み込みメイド、セラ・ミルト。飛び抜けて器用ではないけれど面倒見が良く、頼まれごとには何でも即答してしまう性分。主人一家に振り回され、時にはドジも重ねながら、新人指導や屋敷の困りごとを人と人の繋がりでほどいていく。小妖精の噂も囁かれるこの屋敷で、セラは今日も手一杯の一日を駆け回る、心温まる日常物語。

本文

朗読会の話が出たのは、火曜日の昼下がりだった。

セラが応接間の花瓶に水を差していると、居間の方から足音が近づいてきた。ミレイユだ。だがいつもの「セラ、ちょっと」という明るい呼び声はなく、扉の前で立ち止まったまま、しばらく何も言わなかった。

「お嬢様?」

振り返ると、ミレイユは胸の前で両手を握り合わせていた。

「あの……来月の、朗読会のことなんだけど」

領地の集会所で開かれる、年に一度の催しのことだった。地元の有志や親戚が集まり、屋敷の娘が一編の物語を読んで聞かせる。セラも話には聞いていたが、それ以上のことは知らなかった。

「お母さまが、わたしにって、勝手に返事しちゃって」

ミレイユの声が小さくなる。

「もう、来月の末に、やるんだって」

セラは水差しを花台に置いた。

「それは、素晴らしいことだと思いますけど」

言ってから、ミレイユの表情の硬さに気づいた。いつもの利発さの下に、明らかな怯えがある。

「お嬢様、何か心配なことが?」

ミレイユは目を伏せた。それから、意を決したように顔を上げる。

「もし、失敗したら。みんなの前で、つっかえたり、止まっちゃったりしたら」

言葉がそこで途切れる。喉が動くのが見えた。

「笑われるんじゃないかって……」

その先は、ほとんど声にならなかった。

セラはミレイユの傍に膝をついた。年上としての立場を意識しながら、同時に、安易な励ましだけでは通じない子だということも分かっていた。

「お嬢様。あたしのこと、頼りになると思ってくれてますか」

唐突な問いに、ミレイユは戸惑いながらも頷いた。

「もちろん。セラは、いつも頑張ってくれるし」

「じゃあ、あたしがついこの間、盛大に失敗した話をしますね」

ミレイユが、不思議そうにセラを見る。

「三本の鍵を、全部取り違えたんです。お嬢様の押し花帳も、旦那様の測量台帳も、奥様の卓布も、みんな急いでいたのに、一人でどうにかしようとして館中を走り回って」

セラは苦笑した。

「途中で、自分でも何が何だか分からなくなりました」

「あの時のことね。でも、そんなに大変だったの?」

「そうなんです。あの時、あたし一人じゃ片づけられなくて。ノーラに手伝ってもらって、エルシーが鍵の目印を見つけてくれて。それで、やっと全部間に合いました」

セラはミレイユの目をまっすぐ見た。

「だから、失敗しても、それで全部終わるわけじゃないです。止まったら、一度息をついて、そこから続ければいい。あたしだって、そうやって何とかしてますから」

「本当に?」

「本当です」

セラは少し笑った。

「朗読だって同じです。つっかえたら、一度息をついて、その言葉からもう一度読めばいい。最後まで続けられたら、それで十分だと思います」

ミレイユはしばらく黙っていた。膝の上で重ねた手の力が、少しだけ緩んでいくのが分かった。

「練習、手伝いましょうか」

セラは静かに言った。

「毎晩でも、付き合いますよ」

言ってしまってから、セラは自分の言葉に少し驚いた。朝の家事も、エルシーの指導も、繕い物も、全部抱えている状態なのに。

だが顔を上げたミレイユの目には、さっきまでの怯えとは違う色が戻り始めていた。

「本当に?」

「本当です」

その日の夜から、練習が始まった。

客間の隅、書見台にミレイユが座り、詩集を開く。セラはその隣に立って、最初の一節に耳を傾けた。

「春の、庭に……光が……」

声は震えていた。三行ほど進んだところで、ミレイユは止まった。

「駄目、また止まっちゃった」

「大丈夫です、もう一度」

「セラも、疲れてるでしょ。今日、忙しかったのに」

「全然。お嬢様の練習の方が大事です」

それは半分本当で、半分は言い訳だった。洗濯場ではノーラが繕い物の山と格闘していて、エルシーの指導も中途半端なままだったが、セラはその日、それらを頭の隅に押しやっていた。

「もう一度、いきましょう」

ミレイユが頷き、また最初から読み直す。

その繰り返しが、幾晩も続いた。

三日目の夜、練習の合間にミレイユがふと手を止めた。

「セラ、ちゃんと寝てる?」

セラは繕い物の続きを膝に乗せたまま、顔を上げた。

「え」

「目の下、なんか、いつもより濃い気がする」

言われて、セラは反射的に「大丈夫です」と返しかけた。だが口から出る前に、ミレイユがじっとこちらを見ているのに気づいた。真剣な目だった。

「……少しだけ、寝不足かもしれません」

素直に認めると、ミレイユは眉を寄せた。

「やっぱり。無理してるんだ」

「無理っていうか」

「無理でしょ、それ」

ミレイユは膝の上の詩集を、ぎゅっと握った。

「あたしのために、こんなに時間使ってくれてるのに」

「お嬢様のためだけじゃないですよ。あたしも、こうして一緒にいるの、嫌いじゃないですし」

それは嘘ではなかった。だが、繕い物の籠がまだ半分残っていることも事実だった。

ミレイユはしばらく黙っていたが、やがて詩集を開き直した。

「それなら、あたしも、頑張る」

「はい」

「もう一回、読みます」

その一言に、セラは何かがすっと軽くなるのを感じた。この子は、ただ守られているだけの存在ではなくなってきている。セラの無理に気づき、それでも自分の頑張りで応えようとしている。

その相互のやり取りは、これまでの練習とは、少し違う手触りをしていた。

朗読会当日は、朝から薄曇りだった。

集会所には既に、椅子が半円形に並べられ、地元の顔見知りや領主夫妻の知人が集まりつつあった。ミレイユは楽屋代わりの小部屋で、詩集を握ったまま、何度もページを繰り返し見ていた。

「お嬢様」

セラが声をかけると、ミレイユは顔を上げた。

「セラ。聞いてて」

もう一度、練習していた冒頭の一節を読む。声は震えていたが、言葉は一つも欠けていなかった。

「大丈夫です。ちゃんと、できてます」

「つっかえたら?」

「一度、息をついて。それから、もう一度読めばいい。それだけです」

ミレイユは詩集を胸に抱きしめるようにして、深く息を吸った。

「がんばる」

舞台に上がったミレイユの姿を、セラは会場の隅から見ていた。

最初の一節は、ほとんど完璧だった。だが三番目の連に差し掛かったところで、珍しい言い回しのところに来て、声が止まった。

肩が、一瞬強張るのが分かった。

セラは息を止めた。

だがミレイユは、そこで短く息を継いだ。そして、つっかえた言葉をもう一度、丁寧に発音し直した。

「……思いが、色になる」

会場は静かなままだった。誰も咎めない。誰も笑わない。ただ、次の言葉を待っている。

ミレイユは続けた。

最後の一行まで、声は震えながらも止まらなかった。

読み終えたミレイユが本を閉じると、会場に小さな拍手が起こった。

ミレイユは舞台の上で、探すように目を動かした。セラを見つけると、その顔がわずかに緩んだ。

セラは、両手を合わせるようにして、精一杯拍手を送った。

懇親の時間になって、ミレイユはリディアやエドガーに囲まれながらも、何度かセラの方を振り返っていた。全ての挨拶が終わった後、ミレイユはようやくセラの元へ駆け寄ってきた。

「セラ、できた。最後まで、読めた」

「見てました。すごかったですよ、お嬢様」

「つっかえちゃったけど」

「つっかえても、続けたじゃないですか。それが一番すごいことです」

ミレイユは、セラの腕に額を寄せた。

「セラのおかげ」

「お嬢様が頑張ったからです」

「でも、セラが、失敗しても大丈夫だって、教えてくれたから」

その言葉に、セラは何も返せなかった。代わりに、ミレイユの背中に手を回した。

しばらく、二人ともそのままでいた。会場のざわめきが遠くに聞こえる中で、その沈黙だけが、二人の間に確かなものとして存在していた。

館へ戻った夜、セラは自分の部屋で編みかけのリボンを取り出した。ミレイユのために編んでいるもので、この数日、手をつけられていなかった。

針を持ったまま、しばらく動かせずにいた。

肩が重い。目の奥に、鈍い疲労が溜まっている。この数日、洗濯場の仕事は最低限で済ませ、繕い物はノーラに多く負担をかけ、エルシーへの指導も上の空になりがちだった。

早めに声を上げようと、確かに意識していた。何日か前、ノーラに「実は」と切り出しかけたこともあった。だがその直後にミレイユから練習の催促が入り、「今夜も、お願いできる?」という声に、セラはまた反射的に「もちろんです」と答えていた。

自分の予定より、目の前の不安そうな顔の方が、いつも先に来てしまう。

それは今回も、変わらなかった。

翌朝、洗濯場に入ると、ノーラが繕い物の籠を抱えて待っていた。

「おはよ。昨日、お嬢様の朗読、上手くいったんだって?」

「はい。最後まで、ちゃんと読み切りました」

「よかったじゃん」

ノーラはそう言うと、籠をセラの前に置いた。

「これ、結局あたしとエルシーで、大体片づけといた」

セラは、その言葉に一瞬言葉を失った。

「ノーラ、すみません、あたし」

「別にいい。あんたが練習に付き合ってたの、知ってたし」

ノーラは軽い調子で言ったが、その目はセラの顔を少し長く見ていた。

「けど」

「はい」

「この間、『しんどいかも』って言えたじゃん、あんた。あれ、覚えてる?」

セラは頷いた。

「今回は、それ、できなかったな」

その言葉は、責めるというより、確かめるような響きだった。セラは何も言えなかった。

その日の午後、セラはマルタに侍女長室へ呼ばれた。

「お嬢様の朗読会、無事に終わったようだね」

「はい」

「あんたが、随分と手を貸したと聞いたよ」

マルタは机の向こうから、じっとセラを見た。

「顔色が良くないね」

「大丈夫です」

「また、それか」

マルタの声に、呆れとも呼べない、静かな重さが混じった。

「あんたは、ミレイユ様の力になれた。それは間違いない。だが、その分、自分の仕事を誰かに押しつけていたことにも、気づいているかい」

セラは俯いた。

「早めに言えばいいと、この間、言ったはずだけどね」

「……覚えてます」

「覚えてるだけじゃ、意味がないんだよ」

マルタの言葉は、刺さるようで、同時にどこか案じているようでもあった。

セラは何も言い返せなかった。ただ、自分の中で、その言葉が行き場もなく漂っているのを感じていた。

侍女長室を出て、廊下を歩きながら、セラは窓の外に目をやった。

庭では、バルトが一本の樹の枝を剪定していた。伸びすぎた枝を切り落とす、その手つきは迷いがない。

伸びるだけ伸ばしていては、木は弱る。そういえば、前にバルトがそんなことを言っていた気がする。

セラは自分の手のひらを見た。荒れた指先、古い傷。忙しさの証のようなその手を見ながら、何かがまだ足りていないことを、ぼんやりと感じていた。

早めに声を上げようとは、確かに思っている。だが思うことと、実際にそれを言葉にすることの間には、まだ大きな隔たりがあった。

夕方、洗濯場に戻ったセラは、繕い物の続きを引き取った。ノーラが横目でそれを見ていた。

「無理すんなよ」

「してません」

「はいはい」

ノーラは苦笑して、自分の作業に戻った。それ以上、何も追及してこなかった。

エルシーが、干し終えたシーツを畳みながら、ぽつりと言った。

「先輩、お嬢様の朗読、うまくいってよかったですね」

「うん」

「先輩がずっと付き合ってたの、知ってました。だから、あたしたちも、頑張らなきゃって思って」

セラはその言葉に、少しだけ救われた気がした。だが同時に、自分が意識せず、周りに負担を分けてしまっていたことも、改めて分かっていた。

その夜、セラは寝床に入る前に、編みかけのリボンをもう一度手に取った。少しだけ、針を進める。

ミレイユの声が、まだ耳の奥に残っていた。つっかえながらも、止まらずに続けたあの声。

セラは自分にも、同じことが言えるだろうかと考えた。つっかえたら、止まってもいい。一度、息をついて、そこから、また続ければいい。

けれど、自分の言葉で「しんどい」と言うことは、まだ、うまくできない。

ミレイユとの間には、確かに深い信頼が生まれた。それは疑いようがない。だが、セラ自身の癖――頼まれれば即座に頷き、自分のことは最後に回してしまう性分――は、この数日を経ても、変わらないままだった。

窓の外では、雲の切れ間から、細い月が覗いていた。

セラは針を置き、リボンを裁縫箱の中にそっと仕舞った。

明日もまた、いつも通りの朝が来る。頼まれごとが重なり、また即答してしまうかもしれない。

それでも今は、ミレイユの笑顔だけを、静かに思い出していた。

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作者について

ぽいたん

自作のAI執筆ソフトで作成しています。 想像を創造出来るように...。 ※作品はAI生成作品です。

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