5話:幼女にご用心
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あらすじ
死んだ冒険者を蘇らせる事を仕事にする蘇生屋トルクは、今日も死体を探しにダンジョンへと潜る。人助け?いいや、ただの飯の種だよ。モンスター退治や宝探しみたいな夢もロマンもありゃしない。そんな冒険者の物語。
本文
今日も今日とて冒険者の死を金に換える一日。
ぎちぎちと重い音を立てる肩をさすりつつ、そろそろ引き揚げようと脚を前へ進めた。
その時だ。
「おじさん、そっちは危ないよ」
背後から届いた不意の呼びかけ。
反射的に引き返した視線の先に、異様な存在が佇んでいた。
腰まで届く鮮やかな白髪。
どこか浮世離れした、同じく白い瞳を持つ十歳前後の少女。
血とカビの不快な臭気が充満する暗がりで、その姿だけが異常に浮き立っていた。
(いつの間に後ろに!?)
無意識のうちに右手が動く。
腰のスティレットの柄を、強い力で握りしめていた。
人知れず姿を変え、人を嵌める化け物などいくらでも存在する。
ドッペルゲンガーやシェイプシフター。
だが、ここはまだ8階層。
浅層の領域で、そんな高水準な術を使う個体が出没するはずもない。
(何より露骨過ぎる。化けて騙すならもうちょっと普通の冒険者を装うものだろ)
「……危ないってのはどういう意味だ、嬢ちゃん?」
相手の意図を知る為に、敢えてトルクは話しかけた。
「そっちはモンスターがいっぱいいるよ」
化け物特有の澱みがない、あまりに自然な受け答え。
少女へ鋭い視線を固定したまま、背後の通路へ全神経を研ぎ澄ます。
硬い石畳を通して、微かな振動が足裏を叩く。
空気を揺らして伝わる、複数の湿った息遣い。
(4,5匹ってところか…少しキツイな)
気配がわかり息を自然と潜める。
どうやら目の前の幼子の指摘は事実らしい。
ハメに利用するつもりなら、わざわざ回避策を与える理屈が通らない。
(どの道、ここから離れた方が良さそうだな)
柄から指を離し、気配を殺して踏み出す。
少女の脇をすり抜けるように、静かな足取りで通り過ぎた。
「……おい。何してる。ボサッとしてないで行くぞ」
「……いいの?」
思いがけぬ呼びかけだったのか。
白い瞳を丸く見開く少女。
「来たくないなら別にいい。来たけりゃ来い」
踵を返し、トルクは速足で暗がりへ滑り出す。
その後ろを静かに追いかける少女。
小さな気配を背中に感じながら、薄暗い迷宮の奥へと足を進めた。
◇◇◇
(……左肩がいてぇ)
五階層まで一気に駆け上がり、たどり着いたのは迷宮の片隅。
四隅に置かれたランタンが、青い炎を揺らしている。
セーフルーム。
モンスターを寄せ付けない安全地帯の壁に、肩こりをほぐしながらぐったりと背中を預けた。
乱れる息を吐き出すトルクの隣。
少女も同様に壁へ身を寄せるが、呼吸ひとつ乱さずにただ黙り込んでいる。
(浅い階層までは逃げれた…とりあえず、あとは油断しなけりゃ無事に出られるな)
緊張がほぐれ、唐突に腹が鳴る。
ポーチをまさぐり、引っ張り出した干し肉にかぶりついた。
塩気と噛みごたえを舌で味わっていると、刺さるような視線。
少女の白い瞳が、じっとこちらを凝視していた。
「………食うか?」
所在なさのあまり、噛みかけの肉片を差し出す。
ふるふる。
小さな頭が左右に揺れた。
「………あぁ、そ」
差し出したままの手ごと引っ込め、再び口の中へ干し肉を放り込む。
途切れる会話。
凶暴な怪物や粗暴な同業者なら手慣れたものだが、子供の扱いなど未知の領域だ。
「…俺はトルクと言う者だ。嬢ちゃん、名前は?」
「イコ」
「そうか」
「うん」
………。
広場を再び沈黙が支配する。
「……さっきの、モンスターの気配、どうやってわかったんだ?」
「なんかわかるの」
「なんでだ?」
「わかんない」
「………そうか」
……。
(どうしろと言うんだ)
脳内で頭を抱える。
置き去りにしても痛くも痒くもないはずだった。
だが、あの助言が命拾いになったのも揺るぎない事実。
「……イコ、なんでこんな迷宮に1人でいたんだ?」
沈黙に耐えかね、本丸へ踏み込んだ。
「わかんない。気付いたらここにいたの」
「…誰かと一緒じゃなかったのか?」
「わかんない」
(名前以外何ひとつわからねぇ…)
額を押さえるトルクの前で、少女の唇がわずかに動く。
「帰れなくなっちゃったの」
そういうと少女は顔を俯かせる。
「帰れない?」
「うん。帰り方がわからなくなっちゃった」
(なんだ、要はただの迷子か?)
肺の空気を吐き出し、膝を叩いた。
「わかったわかった。助けて貰った恩もあるからな。帰りまで案内してやる」
「……本当?」
トルクの言葉に応じ、少女がゆっくり首をこちらへ向ける。
直後、青い炎が大きく揺らめいた。
カタン、とランタンが短くなった。
「……?」
一瞬のその異常にトルクが部屋の隅のランタンに顔を向ける。
青い炎が引き絞られ、影が異様に伸びる。
「おじさん、本当に、おじさんについていっていいの?私が帰れるまで連れてってくれる?」
イコの白い眼がまっすぐにトルクを射抜く。
その圧に、トルクの背筋に汗が伝う。
毛穴という毛穴が凍りつく圧迫感が喉を締め付ける。
「あ、あぁ……」
震える口でそう答えた瞬間
くわぁ
イコの口と目が大きく開き、歪んだ。
顎の関節が外れ、眼球が不自然に突っ張る。
「あは、あは、あはははははは!!!やったぁ!!
いっしょだ!!おじさんといっしょだああ!!!」
まるで風が吹いたかのようにランタンが激しく揺れ、中の青い炎が揺らぎ消えそうになる。
安全な筈のセーフルーム内に、圧迫感が生まれ今度は体全体を縛り付けてくる。
(オイオイ、なんだこりゃ!?こいつ、まさか……!)
床に座り込んでいたイコが立ち上がり、そしてその体がふわりと浮かぶ。
イコの白い髪が伸びてまるで触手の様に周りを蠢き始めた。
重力を無視した浮遊。
(ゴーストだと!?セーフルームには入ってこれない筈じゃ!?)
「ちぃっ!」
聖水を取ろうと腰のポーチへ右手を伸ばそうとした瞬間、イコの白い髪が伸び右腕ごとトルクの胴体を絡めとる。
「ぐっ…!」
みしみしと音を立てる肋骨。
ポーチを指先で掠めることすら許されない。
「あはは、おじさぁぁん!!」
目を見開いたイコが上空からこちらへ迫りくる。
「くそがぁっ!!」
毒づくトルクだったが左腕の重さに、ある事を思い出す。
(……!)
トルクが唯一動かせる左腕をイコに向けた。
その瞬間。
バシュッ!!
左手の手首の根元から、小さな水の柱がイコに飛ばされる。
「!?」
咄嗟の事に、イコは反応できず、その水を顔から真正面に受けた。
「ああああああああ!!!!」
ジュワアアアアァァァ……
イコは叫び声を上げながら肉が焼けた様な匂いと共に空中に霧散するように消え去る。同時にトルクを束縛していた髪の毛も消え、セーフルームのランタンの揺れが収まり、部屋の中の重圧も消え去った。
「はぁっ、はぁっ…!……危ねぇ、あんなハッキリと自我を持ったゴーストなんて見た事ねぇから完全に油断した……!!」
脂汗をかきながらトルクは左腕の袖を捲り上げる。左手首にはパイプが取り付けられており、それは薬莢の様に肘の聖水入りの瓶に接続されていた。
「………ジジからテスター依頼されたこの聖水射出装置、何の役に立つんだと思ったが…意外と役に立ったな。
………けど、やっぱり重いなこれ」
酷くなった肩こりを解しながら、トルクは青い炎に囲まれた空間で一人呟いた。
◇◇◇
「あー疲れた…今日はもうさっさと帰って寝よ……」
関節を軋ませ、肩をゴキゴキと鳴らす。
出口へ向かい、足取り重く進むトルク。
不快な圧迫感が重く肩にのしかかる。
年は取りたくないな、と心の中で独りごちた直後。
前方の暗がりから響く、聞き覚えのある靴音。
「ホ・ホ・ホ。おや、トルクさん。本日の首尾は如何でしたか?」
三日月形に目を歪め、滑り出るジジ。
極度の疲労の中、真っ先に避けたい顔だ。
顔面を苦々しく歪め、舌の裏に苦味を覚える。
「色々と最悪だったよ。危うく蘇生屋が死体の仲間入りする所だった。あぁ、そうだ、お前のこの聖水射出装置だがな……」
左腕の仕込み武器へ視線を落とした矢先。
ピタリと足を止める商人。
いつもならこっちの懐を狙ってすり寄るジジが、距離を取る事に違和感を覚える。
首を傾げるトルクへ、分厚い手袋の指先が向けられた。
「……随分と可愛らしいお仲間が出来たようですね、トルクさん」
「………あ?」
ズシリと増す両肩の重量感。
背筋に不吉な冷気が走る。
首をゆっくり横へ巡らせた瞬間、飛び込む白い影。
「おじさーん。まだお外に出ないの?」
白濁した瞳が間近で瞬く。
さっき霧散させたはずのイコが、しがみつくように浮遊していた。
「うおおおおおおお!?」
咄嗟に跳ね上がる左腕。
トリガーが弾け、聖水の水柱が空間を穿つ。
だが、水滴はイコの手前で不自然に旋回。
球体となって宙を漂い始めた。
「あ、これさっきのジュースだぁ!おじさんありがとー!」
浮遊する水球を引き寄せるイコ。
ちゅるり、と小さな口が聖水(ジュース)を呑み込んでいく。
「んー♪しゅわっとしてておいしー!」
無邪気な笑みを咲かせ、ゴーストにとって劇薬である聖水を飲み干す化け物。
常識を粉砕する光景に、膝の奥がガクガクと震え出す。
「お、お前…さっき消えた筈じゃ…」
「え?消えてないよ?さっきのはちょっとびっくりしてバラバラになっただけで私ずっとおじさんと一緒にいたよ?」
「ホ・ホ……なるほど強魂霊(サイコゴースト)でしたか。これは驚きですね」
「サ…なんだって?」
「生前の自我と強い魔力を持ったまま霊体となった、通常の除霊方法も一切効かない極めて強力なゴーストです。私も実物を見るのは初めてですよ」
淀みなく紡がれるジジの解説。
脳内の不整合が、一気に氷解していく。
異常な会話能力。
安全地帯の無効化。
そして聖水を呑み干す異質さ。
「しかも、トルクさん。貴方、この子と契約を結びましたね?魔力的な繋がりを感じますよ」
「……はあ!?」
裏返った声が暗闇を破る。
「ちょっと待て!俺はこんなゴーストと契約なんかしてねぇぞ!?」
「えー?だっておじさん言ってたよ?私が帰れるまで連れてってくれるって」
飲み終えたイコが会話を遮る。
「なるほどなるほど。そちらのお嬢さんがトルクさんと一緒にいたいと思い、トルクさんはそれを了承した、という事ですね。霊的な存在にとって双方の合意は立派な使い魔契約みたいなものですよ」
「ちょっと待てぇ!!こいつさっき俺のこと殺そうとしてたんだぞ!?契約もクソもあるか!!」
「そんな事しないよー?さっきのだって嬉しいから抱きしめようとしただけだもん」
ケロッと吐き捨てる幼女。
(……つまり何か?あれは嬉しさでテンション上がっただけって事かよ…)
死線を潜った徒労感に、眩暈が襲う。
「……わかったわかった、とりあえずイコ、お前が帰れるまでは一緒に居てやる。で、お前の家はどこだ?」
頭を抱えながら横の少女に問いかけるが、イコはんー、と頭を傾けると
「わかんない」
「……は?」
「気が付いたらここにいたの。なんとなく、この迷宮のずっとずっと下にいた気がするんだー。私そこに帰りたいんだと思う」
絶句。
てっきりこの街のどこかで不遇な死を遂げてここに迷い込んだと思い込んでたトルクだったが、まさかの迷宮地下深くにいるという答えに頭がくらくらしてきた。
(ちょっと待て……じゃあ、こいつの言う迷宮地下まで行かない限りずっとこのままだってことか!?)
迂闊にも約束してしまった自分に青ざめるトルク。
そんなトルクにお構いなしに、イコは髪の毛を触手の様に伸ばして操りトルクのポーチを器用に開けて中から聖水を取り出していた。
「ジュース飲みたーい!もっとちょうだーい!」
「あ、おいコラ!!それは俺の商売道具だ!!飲み物じゃねぇぇ!!」
そんなイコにジジがスス、と近づき目を三日月の様に歪めて聖水の入ったビンを差し出す。
「ホ・ホ・ホ。初めましてイコさん。私、迷宮商人のジジと申します。こちらお近づきの証です。以後どうぞ御贔屓に」
「わー、ありがとー!」
(ちゃっかりと仲良くなりやがったなコイツ…)
ジジから貰った聖水を無邪気に飲み干すイコ。
「これからよろしくね、おじさん!」
「あ、トルクさん。聖水切らしているなら今なら五本セットを銀貨4枚でお譲りしますよ?これからどんどん必要になるでしょうし、沢山仕入れておきますね、ホ・ホ・ホ」
眩暈と肩こりが、軋む体に一気に襲い掛ってくる。
迷宮で出会う奴はロクなのが居ない。
冒険者の生き血を啜る様な商人や、追いはぎをしてくる同業者。
情け容赦なく襲いかかる異形の怪物ども。
そして…色んな常識をぶっ壊す幼女。
迷宮内で恐ろしいのはモンスターだけでは無い。