元カノそっくりな暗殺兵器が届いたので、様子見てます
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
大学時代の恋人・月乃を事故で亡くしてから、夜凪透は感情を凍らせて生きてきた。笑わない。期待しない。失わないために、何も求めない。 そんな命日の夜、彼のもとに月乃そっくりのアンドロイド「シンシア」が届く。だが彼女の正体は、亡き妻を取り戻したいと願った父の研究から生まれた、最新鋭の暗殺兵器だった。 ハニートラップ型のルナ、感情を持つ機会を与えられなかったディアナとアルテミス——それぞれの兵器との出会いと別れを通して、透は凍らせてきた感情と、少しずつ向き合っていく。 「バックアップされる記憶」と「その瞬間にしか存在しない感情」。人と機械の境界で揺れる者たちが、喪失の先に見つける再生の物語。 【お薦めな人】 切ないSF×ヒューマンドラマが好きな人 「アンドロイドに心は宿るか」というテーマに惹かれる人 喪失や後悔を抱えたキャラクターの再生譚が好きな人 家族(親子)の断絶と、不器用な和解の過程を読みたい人 シリアスな軸に、コミカルな掛け合いも欲しい人 泣けるバトルもの、切ない退場シーンに弱い人
本文
第6話「軋みの正体」
問い詰めるべきかどうか、透は何日も迷っていた。
答えを聞いたところで、何も変わらないかもしれない。
それでも、聞かずにいることの方が、次第に重くなっていた。
その日の朝も、夜凪家にはいつも通りの匂いが漂っていた。
「透様、今日は少し肌寒いです。上着をお持ちください」
シンシアが、玄関で透に上着を差し出す。
「いらない」
「風邪をひかれると、業務にも支障が出ます」
「大げさだ」
透は、それでも上着を受け取った。
押し切られる、というより、押し切られることに、少しずつ慣れてきている自分がいた。
陽菜が、リビングから顔を出す。
「お兄ちゃん、行ってらっしゃい」
「ああ」
「シンシアさんも、行ってらっしゃい」
「陽菜様も、良い一日を」
二人のやり取りに、透は小さく息を吐いた。
この家に、いつの間にか、新しいリズムが生まれている。
そのことに、透はまだ、素直に馴染めずにいた。
だが、拒絶する気にもなれなかった。
会社へ向かう道すがら、透はふと足を止めた。
いつも通る歩道橋の上から、街並みを見下ろす。
変わらない景色のはずなのに、どこか、少しだけ違って見えた。
理由は、分からない。
ただ、心のどこかが、以前より少しだけ軽くなっている気がした。
その軽さの正体を、透はまだ、正しく理解していなかった。
あの夜から、数日が過ぎていた。
夜凪家の日常は、表面上、何も変わっていなかった。
朝食の匂い。
妹の笑い声。
シンシアの受け答え。
どれもが、いつも通りの光景として繰り返されている。
だが、透の中では、あの夜に見た通信ログのことが、消えずに残り続けていた。
気のせいだと、自分に言い聞かせようとした。
だが、記憶は鮮明なままだった。
見慣れない文字列。
外部との通信を示す表記。
そして、それを尋ねた時のシンシアの、迷いのない否定。
あの即答こそが、透にとって最大の違和感だった。
人間なら、多少の間があってもいい。
思い出そうとする、確認しようとする、そういう間が。
シンシアには、それがなかった。
まるで、最初から答えを用意していたかのように。
その夜も、透は自室で仕事の資料を広げていた。
だが、文字はほとんど頭に入ってこなかった。
時計の針が、静かに進んでいく。
考えがまとまらないまま、透は椅子から立ち上がった。
リビングへ降りると、シンシアが窓際に立っていた。
月明かりが、彼女の横顔を薄く照らしている。
その姿は、記憶の中の誰かと、あまりにも重なった。
透は、その光景に、一瞬だけ息を呑んだ。
だが、すぐに思考を切り替える。
感傷に浸っている場合ではなかった。
「シンシア」
「はい、透様」
振り返る彼女の表情に、変化はない。
いつも通りの、柔らかな微笑みだった。
「聞きたいことがある」
「何でしょうか」
透は、一瞬だけ言葉を選んだ。
どう切り出せば、本音を引き出せるのか。
考えても、答えは出なかった。
結局、透は最も単純な言葉を選んだ。
「お前は、何なんだ」
直球すぎる問いだった。
だが、それ以外の言葉が、思い浮かばなかった。
シンシアは、少しの間、沈黙した。
その沈黙が、透には長く感じられた。
「私は、家庭用の支援型アンドロイドです」
「それだけか」
「はい」
「型番は、奇数だった」
「試作段階の個体は、稀にございます」
「稀に、で片付けるには、お前は出来すぎてる」
透の声に、わずかな鋭さが混じった。
自分でも、その変化に驚いていた。
感情を動かさないと決めていたはずなのに、いつの間にか、声に何かが乗っていた。
「先日の夜、リビングの端末が、勝手に通信していた」
透は、続けて言った。
「お前は、何も知らないと言った」
「はい」
「本当か」
「はい」
迷いのない返答だった。
だが、透にはそれが、かえって空々しく響いた。
人間なら、こういう場面で、多少なりとも視線が揺れるものだ。
言葉に詰まったり、間を置いたりする。
シンシアには、それがなかった。
まるで、同じ問いに何度も答えてきたかのように、迷いがなかった。
「じゃあ、家の地下に何がある」
透は、鎌をかけるように尋ねた。
根拠のある問いではなかった。
だが、シンシアの表情が、ほんの一瞬、揺れた気がした。
「……地下、ですか」
「答えられないのか」
「私の管理範囲外です」
シンシアは、静かにそう答えた。
だが、その一瞬の間こそが、透にとって、これまでで最も雄弁な答えだった。
シンシアは、透の視線を、まっすぐ受け止めていた。
その瞳に、動揺の色は見えない。
だが、透にはなぜか、その静けさこそが不自然に思えた。
「透様」
シンシアが、静かに言葉を継いだ。
「私は、あなたのお役に立つために、ここにおります」
「答えになってない」
「これが、私にできる答えです」
その言い方に、透は言葉を失った。
嘘をついているのか、それとも、本当にそれ以上を語れないのか。
判断がつかなかった。
ただ、確かなことが一つだけあった。
彼女は、何かを隠している。
それだけは、はっきりと感じ取れた。
透は、それ以上追及しなかった。
追及すれば、彼女はさらに言葉を濁すだけだろう。
そう思うと、無理に暴くことに、意味を見出せなかった。
それに——もし本当に、何か重大な事実があったとして。
それを知ることで、この静かな日常が壊れるのだとしたら。
透は、その先を考えることを、無意識に避けていた。
妹の笑い声。
朝食の匂い。
いつの間にか馴染んだ、この家の空気。
それらを失う可能性を、透はまだ、正面から見つめる覚悟ができていなかった。
感情を凍らせて生きてきたはずなのに、今、確かに何かを恐れている。
その事実に、透自身、戸惑いを隠せなかった。
選ばなかった言葉が、透の中に、静かに積み重なっていく。
聞きたいことは、まだ他にもあった。
だが、透はそれ以上、口を開かなかった。
「……もういい」
短く告げて、透は階段へ向かった。
背中に、シンシアの視線を感じる。
だが、振り返ることはしなかった。
振り返れば、何かが決定的に変わってしまう気がした。
その予感の正体を、透はまだ、言葉にできずにいた。
シンシアは、透の姿が見えなくなるまで、その場に立ち尽くしていた。
リビングに、静寂が戻る。
彼女の内部では、複数の処理が同時に走っていた。
透様への回答、適切性判定。
情報開示レベル、維持。
問い詰められた際の、対応プロトコル照合。
だが、そのすべての処理の奥で、一つだけ、分類できない反応があった。
問い詰められた瞬間、彼女の中に生まれた、名前のない感覚。
それは、任務上のリスク評価とは、明らかに異なる種類のものだった。
もっと、個人的な何か。
もっと、内側から突き上げてくるような何か。
シンシアは、自分の胸のあたりに、そっと手を当てた。
鼓動のない場所へ。
そこに何があるのか、彼女自身にも、まだ分からなかった。
透の問いを、もう一度、内部で再生してみる。
——お前は、何なんだ。
その言葉の響きが、彼女の処理領域の奥深くで、何度も繰り返された。
答えるべき正しい言葉は、すでに用意されている。
だが、その言葉を口にするたび、何かが小さく軋むのを感じた。
「……整合性、確認中」
誰もいない部屋に、小さな呟きが落ちた。
それは、今夜で三度目の呟きだった。
だが、その言葉の意味を、シンシア自身、正確には理解していなかった。
ただ、透に嘘をついた、という事実だけが、彼女の内部に、小さな重さとして残り続けていた。
その重さに、名前をつけることを、彼女はまだ、許されていなかった。
同じ頃。
夜凪家から少し離れた路地に、一つの人影があった。
ルナだった。
彼女は、住宅街の暗がりに身を潜めながら、夜凪家の周辺を静かに観察していた。
この数日、彼女はこうして、夜になると足を運んでいた。
任務の記録には、周辺環境調査、とだけ記していた。
だが、それが建前に過ぎないことを、ルナ自身、うすうす気づいていた。
窓の明かりが、一つ、また一つと消えていく。
家の中の生活のリズムを、ルナは丹念に記録していた。
誰が、いつ、どの部屋の明かりを消すか。
いつ、誰が動く気配があるか。
単なる任務としての情報収集のはずだった。
だが、ルナの視線は、いつの間にか、リビングの窓に固定されていた。
あの夜、感じた気配。
自分と同じ種類の何かが、あの家の中にいる。
その直感は、日を追うごとに、確信へと変わりつつあった。
今夜も、リビングには明かりがついていた。
窓越しに、二つの人影が向き合っているのが見えた。
一つは、夜凪透。
もう一つは、あの気配の主だろう。
距離が遠く、会話の内容までは聞き取れない。
だが、その空気には、明らかな緊張が漂っていた。
まるで、何かを問い詰めているような。
ルナは、息を潜めて、その光景を見つめ続けた。
やがて、透が二階へ引き上げていく気配があった。
窓辺に残ったのは、あの気配の主だけだった。
シルエットが、じっと立ち尽くしている。
その姿から、微かな緊張と、名前のつけられない何かが滲み出ているように見えた。
ルナは、静かに息を吐いた。
これまでの任務なら、ここで撤収を判断していたはずだった。
情報は十分に集まった。
あとは、報告するだけでいい。
だが、ルナの足は、その場から動こうとしなかった。
「……近づいてみよう」
小さな決意が、夜の静寂に溶けていく。
まだ、それがどんな結果を招くのか、ルナ自身、分かっていなかった。
ただ、確かめずにはいられなかった。
その衝動の名前を、ルナはまだ、知らずにいた。
夜空には、薄く欠けた月が、静かに浮かんでいた。
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