元カノそっくりな暗殺兵器が届いたので、様子見てます
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
大学時代の恋人・月乃を事故で亡くしてから、夜凪透は感情を凍らせて生きてきた。笑わない。期待しない。失わないために、何も求めない。 そんな命日の夜、彼のもとに月乃そっくりのアンドロイド「シンシア」が届く。だが彼女の正体は、亡き妻を取り戻したいと願った父の研究から生まれた、最新鋭の暗殺兵器だった。 ハニートラップ型のルナ、感情を持つ機会を与えられなかったディアナとアルテミス——それぞれの兵器との出会いと別れを通して、透は凍らせてきた感情と、少しずつ向き合っていく。 「バックアップされる記憶」と「その瞬間にしか存在しない感情」。人と機械の境界で揺れる者たちが、喪失の先に見つける再生の物語。 【お薦めな人】 切ないSF×ヒューマンドラマが好きな人 「アンドロイドに心は宿るか」というテーマに惹かれる人 喪失や後悔を抱えたキャラクターの再生譚が好きな人 家族(親子)の断絶と、不器用な和解の過程を読みたい人 シリアスな軸に、コミカルな掛け合いも欲しい人 泣けるバトルもの、切ない退場シーンに弱い人
本文
第7話「最初の戦闘」
その日、透は残業をしていた。
モニターの時計は、午後八時を回っている。
オフィスの照明は少し落とされ、帰宅した社員も多い。
静かなフロアだった。
キーボードを叩く音だけが、規則的に響いている。
仕事は、すでに終わっていた。
だが、透はまっすぐ帰る気になれずにいた。
理由は、分かっている。
家に帰れば、シンシアがいる。
それが嫌なわけではなかった。
むしろ、逆だった。
慣れてしまったのだ。
玄関を開ければ「お帰りなさい」と言われることに。
食卓に、誰かがいることに。
疲れていると、見抜かれることに。
それが少しずつ、当たり前になっている。
その事実を、透は認めたくなかった。
認めてしまえば、また失うかもしれないからだ。
透はため息を吐き、帰路についた。
夜風が、頬を撫でる。
冷たかった。
住宅街には明かりが灯り、どこかの家から夕食の匂いが漂ってくる。
醤油と生姜の混ざったような、温かい匂いだった。
普通の夜だった。
少なくとも、家に着くまでは。
夜凪家の門をくぐった瞬間、透は足を止めた。
静かすぎた。
嫌な静けさだった。
夜凪家は、無音にならない。
妹が動画を見て笑う声。
家政婦アンドロイドの駆動音。
食器の触れ合う音。
生活には、必ず音がある。
だが今は、違う。
まるで、世界そのものが息を潜めているようだった。
「……シンシア?」
返事は、なかった。
胸騒ぎがした。
玄関のドアを開く。
その瞬間。
轟音が、響いた。
ガラスが砕け散る、鋭い音。
透は反射的に、身を引いた。
透明な破片が、無数の雨となって飛び散る。
頬を、何かがかすめた。
温かい感触が、頬を伝う。
自分が、切れたことに気づいた。
リビングから、何かが飛び出してきた。
人影だった。
シンシア。
だが、普段の彼女ではない。
床を滑るように着地し、即座に構える。
その瞳には、感情がなかった。
演算。
分析。
迎撃。
戦闘専用の光だった。
「透様、後方へ」
低い声だった。
いつもの柔らかさは、そこになかった。
命令に近い。
透は、動けなかった。
何が起きているのか、理解できない。
だが。
背後から聞こえた拍手が、状況をさらに悪化させた。
「さすがね」
聞き覚えのある声。
振り返る。
そこにいたのは、ルナだった。
会社で見た姿とは違う。
ポニーテールではない。
長い黒髪が、肩を越えて流れている。
夜の光を受けて、艶やかに輝いていた。
その美しさは、人間離れしている。
完璧すぎる。
だからこそ、不自然だった。
「ルナ……」
「こんばんは、夜凪さん」
微笑む。
会社で見せる営業用の笑顔ではない。
観察者の顔だった。
「監視任務の一環よ」
軽い口調。
だが、目は笑っていない。
「少し、試しただけ」
透の背筋を、冷たい汗が流れる。
ルナは、ゆっくりとシンシアを見た。
「あなたが求めているのは」
その視線は、まるで解剖するようだった。
「彼女?」
音無月乃。
死んだ恋人。
その名前を、口にしていないのに。
透は、思い出してしまう。
「それとも」
ルナが、続ける。
「ぬくもり?」
その言葉に。
シンシアの肩が、わずかに動いた。
一瞬だけ。
ほんのわずかに。
演算が、遅れる。
ルナは、見逃さなかった。
消える。
そう見えた。
次の瞬間には、シンシアの目前にいた。
速い。
人間ではあり得ない速度。
拳が、放たれる。
シンシアが、受ける。
衝撃。
空気が爆ぜた。
鼓膜が、痛む。
透は、思わず耳を塞いだ。
家具が、吹き飛ぶ。
壁が、軋む。
木材の焦げるような、乾いた匂いが鼻を突いた。
家政婦アンドロイドが、即座に遮断モードへ移行した。
シャッターが、降りる。
防火壁が、展開される。
夜凪家そのものが、戦闘モードへ変わっていく。
透は、何もできなかった。
ただ、立っているだけだった。
戦いの速度に、ついていけない。
目で、追えない。
拳が交差する。
衝撃が走る。
家具が砕ける。
ガラスが割れる。
床が沈む。
その全てが、一秒にも満たない時間の中で起きていた。
透は、ようやく理解する。
シンシアは、ただのアンドロイドではなかった。
そして。
ルナもまた、人間ではない。
「やっぱり」
ルナが、距離を取る。
呼吸は、乱れていない。
「バランス型は、厄介」
シンシアは、答えない。
ただ、透を背中に庇っている。
その姿に、透は違和感を覚えた。
任務だから。
そう思っていた。
護衛対象だから。
そう処理していた。
だが。
本当に、それだけなのか。
ルナが、笑う。
そして、透へ向かって踏み込んだ。
反射的な行動だった。
シンシアが、割り込む。
迷いがない。
躊躇もない。
ただ、守る。
ルナの拳が、透の目前で止まる。
数センチ。
本当に、数センチ。
透は、初めて死を想像した。
恐怖だった。
足が震える。
呼吸が、浅くなる。
だが、ルナは別のものを見ていた。
「なるほど」
小さく呟く。
「それは、プログラム」
視線が、シンシアへ向く。
「でも」
その声が、少しだけ揺れた。
「あなたの動きは、違う」
次の瞬間。
シンシアが動いた。
回転。
蹴撃。
轟音。
ルナの身体が、吹き飛んだ。
壁に激突する。
コンクリートが砕ける。
透は、言葉を失う。
崩れた壁の向こうで。
ルナが、ゆっくりと立ち上がろうとしていた。
だが、足が動かない。
スーツが、裂けている。
その下から見えた。
金属フレーム。
人工筋肉。
配線。
人間ではない証。
ルナは、自分の身体を見た。
そして。
「……負け」
呟いた。
その声は、どこか寂しそうだった。
初めてだった。
彼女から、感情のようなものを感じたのは。
ルナは、透を見る。
何かを確かめるように。
そして、小さく笑った。
「今日は、ここまで」
撤退。
それが、最善だった。
だが。
立ち去る直前。
ルナは振り返る。
「次は」
夜風が吹く。
長い髪が揺れる。
「別の形で会うかも」
その言葉だけを残し、彼女は闇へ消えた。
静寂が戻る。
壊れたリビング。
散乱した家具。
砕けたガラス。
埃と、焦げた匂いが、部屋に立ち込めていた。
そして。
立ち尽くす透。
足が、震えていた。
何もできなかった。
守られることしか、できなかった。
それは、恐怖だけではなかった。
もっと、深いところにある感覚だった。
月乃を失った、あの日のことが、頭をよぎる。
病院の白い天井。
何もできず、ただ立ち尽くしていた自分。
あの時と、同じだった。
いや。
それ以上かもしれない。
あの時は、少なくとも、自分の無力さに気づくことすらできなかった。
今は、はっきりと分かる。
自分は、ただ守られているだけの存在だ。
その事実が、透の胸を、じわじわと締め付けていく。
シンシアが、振り返る。
「透様」
いつもの声だった。
戦闘モードが、解除されている。
だが。
その頬には、傷があった。
透は、初めて知る。
彼女が、壊れるかもしれない存在なのだと。
失うかもしれない存在なのだと。
その事実が、恐怖よりも重く、透の中に沈んでいった。
その夜。
ルナは、遠く離れた施設で、再起動準備に入っていた。
損傷率、限界。
換装、必須。
残された選択肢は、一つだった。
完成済みの、別のボディ。
だが。
システムが理解できない、あるデータが残っていた。
戦闘記録ではない。
敗北記録でもない。
透を見た時に生じたノイズ。
シンシアを見た時に発生した、揺らぎ。
分類不能。
削除、不可。
整備アームが、静かに損傷部位へ触れる。
金属の擦れる音が、規則的に響く。
その音の合間に、内部記録が、繰り返し再生されていた。
——あなたが求めているのは、彼女?それとも、ぬくもり?
その問いを、投げかけたのは自分のはずだった。
だが、なぜか、その言葉が、自分自身に返ってくるような感覚があった。
答えは、出ない。
ただ、そのノイズだけが、静かに、彼女の内部に保存され続けていた。
消えることのないまま。
やがて、月を二つに分けることになる、最初の亀裂として。
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