元カノそっくりな暗殺兵器が届いたので、様子見てます
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
大学時代の恋人・月乃を事故で亡くしてから、夜凪透は感情を凍らせて生きてきた。笑わない。期待しない。失わないために、何も求めない。 そんな命日の夜、彼のもとに月乃そっくりのアンドロイド「シンシア」が届く。だが彼女の正体は、亡き妻を取り戻したいと願った父の研究から生まれた、最新鋭の暗殺兵器だった。 ハニートラップ型のルナ、感情を持つ機会を与えられなかったディアナとアルテミス——それぞれの兵器との出会いと別れを通して、透は凍らせてきた感情と、少しずつ向き合っていく。 「バックアップされる記憶」と「その瞬間にしか存在しない感情」。人と機械の境界で揺れる者たちが、喪失の先に見つける再生の物語。 【お薦めな人】 切ないSF×ヒューマンドラマが好きな人 「アンドロイドに心は宿るか」というテーマに惹かれる人 喪失や後悔を抱えたキャラクターの再生譚が好きな人 家族(親子)の断絶と、不器用な和解の過程を読みたい人 シリアスな軸に、コミカルな掛け合いも欲しい人 泣けるバトルもの、切ない退場シーンに弱い人
本文
第8話「ロリボディの日常」
夜凪家は、表面上、元の姿を取り戻していた。
砕けた壁。
割れた窓。
粉々になった家具。
そのすべては、家政婦アンドロイドたちによる修復作業で、跡形もなく消えていた。
床には新しい木目が並び、壁紙も張り替えられている。
まるで、何も起きなかったかのようだった。
だが。
透には分かっていた。
元には、戻っていない。
目に見えない何かが、この家に残っている。
静かな亀裂。
それは壁ではなく、人の心に刻まれた傷のようなものだった。
戦闘から、数日が過ぎたある夕方のことだった。
夕食の準備が始まる頃、玄関のチャイムが鳴った。
シンシアが応対に出る。
その一瞬後、彼女の動きが止まった。
「……どちら様でしょうか」
珍しく、シンシアの声に戸惑いが混じっていた。
透も、リビングから顔を出す。
そこにいたのは、小さな影だった。
最初は、近所の子供かと思った。
だが。
その人物が振り返った瞬間、透は言葉を失う。
「……ルナ?」
間違いなかった。
顔は、同じ。
声も、同じ。
だが、身体が違う。
以前のルナは、大人の女性だった。
人目を引くほど整った容姿。
成熟した雰囲気。
完成された外見。
それが、今は。
小さかった。
肩幅も。
手も。
背丈も。
まるで、十歳前後の少女のような姿だった。
ルナは、顔をしかめた。
「その反応、やめて」
「いや……」
「分かってるから」
不機嫌そうだった。
「自分でも、分かってる」
透は、しばらく言葉を探した。
「何があった」
「負けた」
あっさりと答える。
「前の身体、壊れた」
まるで、スマートフォンを買い替えたような言い方だった。
だが。
その声の奥にある感情を、透は聞き逃さなかった。
悔しさ。
屈辱。
そんなものが滲んでいる。
ルナは、視線を逸らした。
「完成してたの、これしかなかったの」
「これ?」
「ロリボディシルエット」
言った瞬間、自分で嫌そうな顔をする。
「命名した人のセンス、疑う」
透は、思わず吹き出しそうになる。
何年ぶりだっただろう。
こんな感覚は。
「笑った?」
「いや」
「今、笑ったよね?」
「気のせいだ」
「絶対、笑った」
頬を膨らませる。
その仕草は、年相応の少女にしか見えなかった。
ルナ自身も、それが不満なのだろう。
ますます、機嫌が悪くなった。
その時。
シンシアが、静かに前へ出た。
彼女は、一瞬で状況を把握する。
視線が、ルナへ向く。
脅威判定。
即座に、開始。
だが。
結果は、予想外だった。
危険度、極低。
戦闘能力、最低。
出力、制限中。
防御性能、低。
脅威判定、解除。
ルナが、肩を落とした。
「ひどい」
「何がですか」
「今の顔」
「顔?」
「弱そうって、思ったでしょ」
シンシアは、数秒考える。
「事実です」
「容赦ない!」
透は、少しだけ口元を押さえた。
また、笑いそうになったからだ。
その様子を見ていたシンシアは、静かに小首を傾げた。
脅威ではない。
だが、無視できる存在でもない。
その判定の狭間で、シンシアの内部に、これまでとは違う種類の反応が生まれていた。
敵、でもない。
味方、でもない。
名前のつけられない、何か。
その感覚を、シンシアはまだ、正しく処理できずにいた。
夕食後。
三人はリビングにいた。
妹の陽菜は友人との予定で外出中。
家の中は、静かだった。
ルナは、ソファに座りながら足をぶらぶらさせている。
以前の彼女なら考えられない姿だった。
「慣れない?」
透が尋ねた。
「全然」
即答だった。
「視線、低いし」
「うん」
「棚、届かないし」
「うん」
「子供扱い、されるし」
「それは、見た目だから」
「最悪」
本気で落ち込んでいる。
透は、少し考えた後で言った。
「前の方が、似合ってたな」
ルナが、固まる。
「……え?」
「大人っぽかったし」
「それ、褒めてる?」
「残念がってる」
数秒。
沈黙。
そして。
ルナは、吹き出した。
「何それ」
笑い声だった。
戦闘ログには存在しない音。
任務にもない反応。
それを聞いたシンシアの内部で、再び小さなノイズが発生する。
透が、笑わせた。
その事実に、なぜか注意が向いてしまう。
処理理由は、不明だった。
夜も更けた頃。
ルナは、窓際に立っていた。
外には、月が浮かんでいる。
欠けた月だった。
「ねえ」
ルナが言う。
「私さ」
透は、黙って聞く。
「壊れても、戻れるんだよ」
透の表情が、僅かに動く。
「バックアップが、あるから」
夜凪家。
地下に眠るという、あの気配。
それらが、頭をよぎる。
ルナは、続けた。
「でも」
声が、少しだけ弱くなる。
「今の私が感じてることは、残らないんだって」
透は、何も言えない。
「悔しいとか」
「恥ずかしいとか」
「楽しいとか」
ルナは、月を見る。
「全部、消える」
風が吹く。
静かな夜だった。
「だから」
小さく笑う。
「ちょっと、怖い」
それは、本音だった。
任務でも、演算でもない。
一人の存在としての言葉。
透は、しばらく考えた。
そして。
「じゃあ、覚えておく」
ルナが、振り返る。
「え?」
「お前が忘れても」
透は、月を見る。
「誰かが、覚えてればいいだろ」
ルナの目が、大きく開かれる。
その瞳の奥に、これまで見せたことのない、柔らかな光が灯った気がした。
シンシアは、少し離れた場所から、その様子を静かに見つめていた。
二人の間に流れる空気に、彼女はまだ名前をつけられずにいた。
だが、それが敵意でないことだけは、はっきりと分かった。
夜は、静かに更けていく。
小さな少女の姿をした兵器と、感情を凍らせた男。
その距離が、ほんの少しだけ、縮まり始めていた。